ミセス・ヨーロッパ   作:ふーじん

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リアル都合が忙しく、投稿が遅れました。
盛大にやらかした感の半端ない最終話、始まります。


戴冠せよ、其の銘は――

 

 

 

 

 終局の特異点で彼らを待ち受けていたのは、無限の宙空に根を張る肉の柱――七十二柱の魔神たち。

 如何なる時空にも存在しない事象の彼方。虚数空間に構えた工房は、さながらクリフォトの樹めいて醜悪な偉容を誇る。

 七十二柱が統合され、結合し、七十二柱であるが故に魔力供給ある限り無限に再誕する無尽の軍勢。

 

 ――――即ち此処こそが冠位時間神殿ソロモン。あるべき世界を押し退け展開される、彼の名を冠する固有結界。

 

「魔神柱撃破! ですがッ……!」

「――――ああ、無駄だとも。なにせ我々は七十二柱だからねぇ! そうあれかしと定められている限り、例え一時消滅させられようとも……」

 

 終局の特異点で藤丸立香たちカルデア一行を出迎えた魔神柱フラウロス――かつての名を、レフ・ライノール・フラウロスが哂う。

 マシュがやっとの思いで撃破したかと思いきや、余裕の笑みを崩さずフラウロスは即座に再生し、無数に具えた眼球で彼らを嘲笑った。

 

「我ら七十二柱ある限りこの世界(固有結界)は滅びず、またこの世界(固有結界)ある限り我々が滅びることも無い! くっ――っははははっはっはっはっは!! つまりは無駄なのだよ、諸君。貴様らは確かに七つの特異点を乗り越え、力を養い成長していったのだろう。その努力は認めようとも! しかし――――」

「ッ!? マスター、あぶない!!」

「マシュ――――!!」

 

 彼らが立つ大地そのものが揺れた。

 否、大地ではない。彼らが足を着けたそれすらも無数に枝分かれした柱の一端に過ぎない。

 蠕動する柱に姿勢を崩し膝をつく立香。そこへ彼女を貫かんとする柱の枝先を認め、駆け寄ったマシュが円卓の大盾でそれを防ぐ。

 そこへ更なる肉の柱たちが無数に殺到し、二人の進軍を阻まんとしていた。

 

「それが無駄な努力であることを理解していたかね? 貴様らが幾度となく言葉にしてきた可能性――――こうして絶望に屈することを可能性として考慮していなかったのかい? だとしたら滑稽だ! ああまったく、滑稽に過ぎるとも!!」

「グッ、う……ぅうううあああああああああ!!!?」

 

 立香を護るマシュへ、柱たちが更に殺到する。

 マシュが展開する小結界へと魔神柱の末端が突き立ち、突き立ち、突き立ち――最早蠢く肉の塊に成り果てるまでに無数の柱が二人を取り囲むも、しかしマシュは奥底から力を振り絞って耐え続ける。

 しかしその圧力、筆舌に尽くし難く。如何に護りに特化したマシュと言えど単独でそれを耐えるにはあまりにも戦力差が開き過ぎ、攻勢にも転じられない現状では、遠からず護りを突破されてすり潰されるのも時間の問題であろう。

 

 レフは――――否、今や完全に七十二柱の一員として魔神柱に成り果てたフラウロスは、そんなマシュの絶叫を心地よいと聞き惚れていた。

 人の貌を失ってなお察せられる程の侮蔑。抗えぬ絶対的力量差に身を削られる苦悶への愉悦。

 これまで七つの特異点を乗り越え、当初とは比べ物にならない程に力をつけた――その自負を真っ向から打ち砕く程の暴力。

 

『貴様らの旅路は無駄ではあったが、我らの無聊の慰みにはなった。他の柱を通して見届けた人理修復の旅は実に――――実に、無様だったとも! 抱腹絶倒とはまさにこのことだ! 我々はもう十分に愉しませてもらった。故に――――』

 

 マシュを取り囲む柱たちの圧力が増す。

 みしり、と空間が罅割れる音を錯覚し、支えるマシュの絶叫がより深く、より痛切に響き渡る。

 その背中を立香は見守ることしかできない。戦力的にはひたすら無力でしかないカルデアのマスター。彼女にできることは、仲間たるサーヴァントをひたすら信じ続けることだけ。

 

『――――潔く死に給え。抗うだけ苦しみが増すだけだと理解し、滅びを受け入れるがいい』

 

 しかし、それも。

 今まさに屠られんとするマシュを前にして尚も貫き通せるだろうか。

 あまりに絶望的な状況。他のサーヴァントたちはレイシフトに伴う揺らぎによって未だ合流できていない。そもそもが如何なる時空からも隔絶したこの特異点に於いて、確実に行動を共にできる仲間はマシュしかいなかった。

 そのマシュが――これまで全ての特異点で歩みを同じくし、確かな実力を身に着けていったマシュが。こうして致命の状況に陥るなんて――――。

 

「せん、ぱい――――!」

「マシュ――――!」

 

 ただ呼ばれただけの名前に万感を悟り。

 立香はそっとマシュの背中を支えた。

 マシュもまた、立香の手に身を委ねる。

 

 果たしてそれに何の意味があるのか。

 この期に及んでまで絆や感傷に拠り所を求めんとするその姿勢を、人は美しいと見、彼ら魔神柱は無様と吐き捨てるのだろうか。

 フラウロスは、寄り添う二人を見届けて――――はっきりと侮蔑を露わにした。

 

『――――くだらない。潔く死ねとは言ったが、そのような光景は求めていない。貴様らは我々を愉しませたが、同時に酷く目障りでもあった。どうせなら虫ケラのように死ねばよいものを』

 

 魔神柱は、無数に具えた肉感的にして無機質な眼球を所在無げに動かしてから、興味を失ったように最後の行動に移った。

 二人を取り囲む柱の圧力を最大限に、二人を圧縮し尽してこの場から消し去るために力を込め――――。

 

『では、さらばだ。諸君らの旅は此処で終わ――――』

 

「いいえ。そうはさせません」

 

 柱たちが、聖炎に灼かれて一掃された。

 寄り添いながら最後まで抗わんとしていた二人を、今度は悍ましい柱ではなく聖なる結界が包み込む。

 押し潰さんとしていた柱のそれとは正反対の、絶対守護の聖結界。その温かな光を、二人はよく覚えていた。

 

「――――ジャンヌ!!」

「お久し振りです、立香さん、マシュさん。かつて紡いだ絆、繋いだ縁を辿り、我ら一同この戦いに馳せ参じました」

 

 喜色に笑顔を見せる立香に、彼女――聖処女ジャンヌも穏やかな微笑を返した。

 湛える聖性。掲げる御旗。主の慈悲の具現そのものの彼女は、かつて旅した第一の特異点オルレアンで同道した救国の聖女。

 その力を、その頼もしさを二人はこれ以上無く知っている。彼女がいれば状況は一気に好転するだろう確信もある。

 しかし一方で、拭えない疑問もマシュは抱いていた。

 

「助かりました……! ありがとうございます、ジャンヌさん。しかし一体どうやって此処へ……? ジャンヌさんの霊基そのものはカルデアに登録されておらず、こうして行動を共にすることは本来不可能なはずですが――」

「それは――――宇宙(ソラ)を見ればわかるはずですよ」

 

 慈愛を湛えたジャンヌの眼差しには、この上ない称賛と敬意が込められていた。

 俄には彼女の言葉を理解できず、言われるままに宇宙を見上げる立香とマシュ。

 一体何が――――そう訝しむ間もなく降り注いだ無数の流星に目を見開いて驚き、一方で魔神柱はあり得ざるイレギュラーに紛糾していた。

 

『無数の霊基反応を確認! もしかして、これは――――間違いない、サーヴァントだ! なんてこった、こんなことがあり得るなんて!!』

「ドクター? これは一体、なにが……」

『ジャンヌちゃんの言った通りだよ! 一体全体、どうして可能なのか全く見当もつかないけれど――――これはまさしく奇跡だ! キミたちがこれまで乗り越えてきた特異点で縁を結んだ英霊たちが、その僅かな因果を辿って自力で召喚されてきている!! は、はははっ、いける、いけるぞぅ! これならいけるかもしれない!! マシュ、立香ちゃん! この場は彼らに任せて、キミたちは先へ進むんだ!!』

「――ええ、魔術師殿の仰る通り。此処は我々にお任せください。至らぬ身ではありますが、なに。足止めくらいは果たしてみせましょうとも」

「元帥まで!? それに――――みんなも!」

 

 熱狂するロマニ。頷くジャンヌ。そして先を促して微笑むジル・ド・レェ。

 他にもマリー、アマデウス、サンソン、ジークフリートらオルレアンで味方してくれた者のみならず、ヴラド三世、カーミラ、マルタを始めとする敵対した者たちまでもが、魔神柱への対抗として力を貸してくれていた。

 

 否、彼らだけではない。

 遥か彼方を見ればオルレアンの面々のみならず、ローマ、オケアノス、ロンドン、アメリカ、エルサレム、ウルク――これまで旅してきた全ての特異点で縁を結んだ英霊たちが、人理護るべしと立香たちに味方していた。

 星空に煌めく光は、全てが全て魔神柱と英霊の戦いの軌跡。蠕動して蠢く柱たちを真っ向から斬り伏せ、あるいは撃ち落とし、無数の魔術で灼き尽くす超常の戦いの残滓。

 

 皆が皆、一人では何の力も持たない立香を助けるために。彼女を支えるマシュの助けとなるために。あらゆる道理を超越して一堂に会したのだ。

 ロマニの言葉にも全く同意するしかない。まさしく奇跡だ――およそこれ程の偉容を誇る光景を他に見ることができるだろうか。

 立香は不意に涙が滲む双眸を拭い、表情を新たにして前を見据えた。絶望に折れかけた心は、最早無い。今灯るのは確かな希望の光のみ。

 

「いこう、マシュ」

「はい! マスター!」

 

 マシュもまた、花開くような笑顔で立香に応えた。

 萎えた心も今はない。砕ける寸前に陥った大盾も、克己するマシュの心に呼応して、より一層の堅牢を取り戻していた。

 走る背中を仲間たちが見送って、行く手を阻まんとする魔神柱に対峙する。

 それらの光景に魔神たちは身を引き裂くような狂乱と憤怒を覚え、内一柱が沸騰する感情のままに呪詛を吐いた。

 

『この期に及んで、よもやこのようなイレギュラーを招くとは!! 統括局への弾劾を! そして湧き出たる英霊どもに憎悪を!! 我ら七十二柱の御名において、断じて我らが偉業を阻むことは許さぬ――――!!!』

 

 かくして最後の決戦は端を開いた――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハァー!! 随分とご機嫌な戦場だ、大時化の嵐が揺り籠みたいだねぇまったく! まさか死んでからまでこんな戦いに駆り出されるなんて、人生ってなわからないもんさね!!」

「オレたちも死ぬまで付いていくたぁ言いましたがね、まさか死んだ後もこんな扱き使われるだなんて思っちゃいなかったっすよ!!」

「それがイイんじゃないかい! ほらほらモタモタしてないで弾詰めな弾! いくら撃ってもキリがないからねぇ、チンタラしてるとお前らを詰めてぶっ放しちまうよ!!」

「アイ、サー! キャプテン!!」

 

 Ⅲの座、観測所フォルネウスを中心とする戦域。そこに集うは第三の特異点で鎬を削った英霊たち。

 かのオケアノスでは生身の人間として、そして今は英霊として汲み上げられたサーヴァントとして。縁を辿りこの終局特異点へ馳せ参じたフランシス・ドレイク率いる黄金の鹿号。無数の船団を率いて指揮を飛ばすドレイクは、すっかり熱狂に浮かれて上機嫌であった。

 なにせ生前ですら無かった、人類史を賭けての大決戦。敗北は即ち滅亡を意味する乾坤一擲の生存戦争、まさしく生命の嵐。

 根本の気性を嵐とするドレイクにとり、これ以上無く魂が揺さぶられる戦場であった。

 

 この場に参じたのは、無論彼らだけではない。

 オケアノスで敵対した黒髭率いる女王アンの復讐号の面々、イアソン率いるアルゴー号のアルゴナウタイ。彼らもまた人理の存亡を賭けた一大決戦を前にあらゆる垣根を越え、真実英霊であることを証明するために魔神柱と戦っていた。

 

「むふ、むふふふ。デュフフフフフフ――!!! きてる、きてるでござるよコレ! ここで一発拙者のカッコイイとこ見せてBBAの鼻を明かしてやるのじゃ!! それいけやれいけ野郎どもー!! 不甲斐ねぇとこ見せやがったらイカ野郎の餌にしてやっからなァ!!」

「……これ以上無く浮かれてるね、顔デレデレしすぎでしょ」

「口さえ開かなければカッコイイのだけれど……でもあの海での姿よりはずっとマシですわ」

「だね。なんだかんだで一番充実してた船だったし、英霊なんてガラじゃなかったけど、なってみるもんだね」

 

 復讐号の船上でフォルネウスの攻撃を捌く両名、アン・ボニーとメアリー・リード。比翼にして連理なる連携を以て華麗に切り刻み撃ち落とすも、その端から柱は再生して攻防は降り止むことがない。

 しかして終わりの見えぬ戦況に窮しているかと言えば、決してそのようなことはなかった。寧ろオケアノスでの鬱憤を晴らすとばかりに疲れ知らずの活躍を見せ、心底楽しげに踊り狂う。

 垣間見えるメアリーの生脚、大きく揺れるアンの胸を合間合間で拝もうとするティーチへの褒美(弾丸)も忘れずに、大元へ向かう立香たちの活路を開くべく奮戦していた。

 離れたところには狂乱して柱を切り刻むエイリークの姿もある。この場にやってきた当初こそ穏やかな物腰で周囲を驚かせた彼だったが、戦いが始まるや否やオケアノスで見せた狂乱を宿し、目に映るもの全てを屠る殺戮機械と化していた。

 

「おい! はしゃぐのも結構だがウチのヘラクレスの邪魔だけはしないでくれよ!! お前たちなんかよりもヘラクレスに動いてもらった方が万倍も効率がいいんだ、下手こいて巻き添えになっても私は知らんぞ!!」

「全く、イアソンめ。相も変わらず調子づきやすい奴だ。しかし――――少しはマシな顔をするようになったな。だからと言って、私が汝を見直すなど万に一つもあり得ん話だが」

「うっせーなぁ狩人風情がさぁ! 今そういうのいらないから、精々ヘラクレスの援護に回れ!!」

「言われるまでもない」

 

 戦況の把握に努め帆の制御に注力するイアソンが叫べば、最前線に躍り出るヘラクレスの援護に矢と槍と魔術とが無数に飛び交う。ドレイクが率いる船の幾つかもそれに合わせ、戦場を縦横無尽に駆け巡るヘラクレスの足場となり、そこに生じた隙を過たず見抜いたティーチが穴埋めする。

 道化を演じながら狡猾を決して忘れないティーチは言わずもがな、イアソンもまたこの死線に於いて英雄としての本性を露わにしていた。

 生来の傲岸不遜こそそのままながら、かつてオケアノスで外道を働いた下衆な性根は鳴りを潜め、終始ヘラクレスの一助たらんと操船に徹するイアソンの姿は、まさしく英雄と称するになんら異論は無いもの。

 生前に於いて最も長く時を同じくした若かりしメディア曰く、あれこそがイアソンの正体。絶体絶命の窮地に陥って初めて見せる英雄としての善性。

 同乗するヘクトールがその姿に弟を幻視するほどに、その活躍は眩い。

 

 いずれも船長を異にする大船団が三つ。しかしこの星空の海域、オケアノスよりも尚遠い事象の彼方に於いて彼らは一致団結し、観測所フォルネウスに立ち向かう。

 決して優勢ではない。寧ろ劣勢が前提となるこの戦い。なにせ敵は魔術王ソロモンの眷属にして最優最智の使い魔、七十二柱の魔神。魔神柱ひとつひとつが英霊数騎分に値し、それが七十二。このⅢの座に限っても尚九柱が存在するのだ。対する英霊たちは十騎を数えるかどうか……単純な計算で言えば、およそ英霊たちの敵う相手ではない。

 ならば何故拮抗し得るのか。その答えもまた単純――――一騎にして千に相当する武勇を誇る英雄が居るからに他ならない。

 

「――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 雪崩の如き大音声。山を崩す大咆哮を以て戦場を駆けるはヘラクレス。

 ギリシャ神話に名高く、現代に於いてすら最大の知名度を誇る大英雄の奮戦を以てすれば、彼単騎で拮抗を生むなど赤子の手を捻るよりも容易。

 寧ろ周囲が彼の援護に徹し、彼が全力を振り絞って尚僅かな拮抗を生むに留める魔神柱の力こそ、この場に於いてはなによりも戦慄すべき事実か。

 

 だが、この戦いに限って無双の英雄は彼以外にも存在した。

 天を衝く双角。五体を構成する筋肉のおこり。白髪を振り乱して咆哮する彼が一撃を放てば、魔神柱は忽ち四散して再生を余儀なくされる。

 双つに分かたれたラブリュスを嵐の如く振り回し、大英雄に勝るとも劣らない戦果を叩き出す彼の名は。

 

「アステリオス!!」

「う、ぅううううおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 彼こそはアステリオス。

 ミノタウロスの忌み名で知られながら、人理修復の旅に於いてアステリオスと呼ばれ人間性を取り戻した怪物。

 オケアノスで知った温かな心を胸に、立香たちの助けとなるべく彼方英霊の座より馳せ参じた彼。

 その肩に愛しいエウリュアレを乗せ、彼女の歌を声援に戦う姿はまさしく勇者そのもの。

 狂気に囚われているはずのヘラクレスですら、彼の参戦を認めてからは語らずして共闘を働き、両雄は己が豪腕と武勇をたのみに即席にして熟練の連携を魅せていた。

 

「うっわー何アレ超こわい、ギリシャ二大筋肉英雄タッグマッチだぁ……マジで脳筋すぎてヤバイなありゃ。絵面が暑苦しすぎてむせるわー」

「むぅー。女の子に目移りしてないだけマシだけど、ちゃんと私の活躍も見てくれなきゃイヤよー?」

「アッハイ、とても眼福で大変結構かと。これでじっくり眺める余裕があれば最高だったんだけどなーあーあーあーってアッブねぇ!?」

「やーん、ダーリンのてっぺんがハゲちゃう! でもツルツルになったって私はダーリンのト・リ・コ……きゃっ♪」

「ハゲとか以前に頭もげそうになったわ!?」

 

 アルテミスの頭上に陣取ったオリオンを狙った一撃。命からがら回避してみれば、相変わらずスイーツ脳全開な女神に怒鳴る珍獣の図。

 一組だけシリアスと無縁なラブラブ空間を形成しながら、無茶苦茶な姿勢で繰り出される神矢の一撃は、しかし一矢全てが必殺の魔弾。流星の如く宙を翔ける光弾に射貫かれて、魔神柱はここでも幾度となく再生を強いられる。

 

「………………」

「ほらもう信者さんがハイライト失ってきてる! すっごい可哀想な感じになってきてるから! せめてもうちょっとカッコイイ感じでどうかお願い!!」

「……大丈夫、大丈夫だから。こんなことで私の信仰は挫けないから、うん。それよりも子供(アステリオス)だけに任せておけない……子供を護る母親はなんとやら! 私は私の願いのために全世界の母たちよ私にお母さんパワーを貸し与え給えぇえええええええええええええええええ!!!!」

 

 あんまりと言えばあんまりな女神の姿に、忘れようと思っていた現実が再び浮上し、その逃避で放った全力の矢が一直線に魔神柱を貫く。

 現実逃避しながらも根っこは冷静なあたり流石は名狩人と言うべきか、放たれた矢は過たず敵を射貫き、その上で両雄の援護も果たすという神業にして離れ業。

 

「アタランテちゃんかっこいー! さっすが私の信徒ね! お姉さん鼻が高いわぁ~♪」

「……はい、みにあまるこうえいです」

「お前……それが神のやることかよぉおおおおおおおおおおおおおお――――!!!」

 

 悪意一切なしの称賛にますます眼を死なせていくアタランテ。

 それを憐れむだけの情けがオリオンにも存在した。容赦なく頭をペチられるアルテミス、しかし所詮ぬいぐるみモドキのやることなので微笑ましいだけであった。

 

「しかし――――どうにも遅いな」

「あん? なにがだよ」

 

 なんやかんやで正気を取り戻したアタランテがふと呟く。

 それを聞き拾ったオリオンが尋ねれば、アタランテはやや訝しむようにして言う。

 

「いや、この状況でエウロペがまだ姿を見せないのが気になってな……。私の知る限りでは、真っ先に駆け込みそうな性格だと思っていたのだが……」

「あー、あーあーあー確かにそうだなー……ってか本気の婆ちゃんがいりゃあもっと楽できるんじゃねーか!!」

「んー……エウロペちゃんはちょっと手間取りそうかも? ていうかあの特異点で召喚されたこと自体がそもそもイレギュラーだし……ていうか来れるかどうか微妙?」

「そりゃどういう意味だ? 大英雄は喚びにくいっつーのは確かだが、にしたってヘラクレスもいるんだ、今更あり得ねぇってワケじゃねぇだろ。ましてや来ないなんてこたぁ無い無い、絶対無い……ですよね?」

「私に訊かれても困るが。ですがアルテミス様、なぜそのようなお考えを?」

「だってあの子は――――」

 

 アルテミスが言葉を紡ごうとした矢先、視界の端でイアソンが絶叫するのが見えた。

 

「ばっ、お前ら何を悠長にしてる!? 避けろ――――!!!!」

「ッ、私としたことが……迂闊也!!」

「ゲェーッ!? ちょ、おま、緊急回避――――!!!?」

「ダーリン!?」

 

 僅かな会話、その隙を突いたフォルネウスが魔力を収束させ眼光として放った。その威力、直撃すれば消滅は必至。ヘラクレスのような例外でなければ即座に霊基消滅の必殺。

 アタランテは逸早くイアソンの声に応じ持ち前の俊足で場を離脱するも、決して機動性に長けるとは言えないアルテミスが取り残される。

 オリオンは咄嗟にアルテミスを突き飛ばして庇うも、迫り来る魔力の暴威に一瞬にして脳裏で諦念を描いた。

 

(あ、こりゃダメだ。ミスったぜ……オレとしたことがサポートもロクにできないで最初に脱落とか情けねぇ……! ワリィ、アルテミス、立香。不甲斐ないオレで――――)

 

 こうしてアルテミスを庇うことの無意味を誰よりも知るオリオン。アルテミスと霊基を共にする彼が消滅すれば、アルテミスもまた道連れとなって崩壊するが道理。

 理屈で考えればあの場で庇い立てするなど、消滅に際する苦痛を引き受けるだけで戦略上の意義など皆無に等しい。

 

 しかし――――それでも。

 

 情が深く、人倫をロクに解さず、一方的なことも多々ある傍迷惑な女神ではあるが。

 それでも己の愛する女であった。ならば身を挺して護ろうとする理由など、それだけで十分に過ぎる。

 

 そんななけなしの自己満足を片隅で自嘲しながら、滅びを齎す光を迎え入れ―――

 

 

「やるじゃない、オリオン。それでこそギリシャ男児ってものよ!!」

 

 

 ――――響く声に救われた。

 

 フォルネウスの放った眼光はオリオンに届かず。

 彼我を遮る巨大なナニかに阻まれ、絶大なる奔流は水飛沫の如く儚く散った。

 

 

「待たせたわね! もう大丈夫よ、なぜなら――――」

 

 

 虚空を引き裂いて現れ出る偉容。

 聳え立つ青銅の城に腕組みして獰猛に笑む顔は、まさしく絶対無敵の安心感。

 戦域の誰もが戦慄し、硬直し、固唾を呑んで出現を見守る彼女の名こそは。

 

 

「――――あたしが来た!!!!」

 

 

 満を持して登場せし、最高峰の騎手が一。

 最大にして最強の使い魔を配下に統べる、エウロペである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと来たのか汝は! まったく心配させおってからに!」

「悪かったわよー! でもしょうがないじゃない、色々と準備に手間取ったんだから!」

 

 真っ先に歓迎を示したのはアタランテだった。

 駆け寄って抱き締める行為に、両者の友誼の深さを思わせる。エウロペもまたアタランテを抱き返し、久方振りの逢瀬に満面の笑みを浮かべた。

 

「アルテミスにオリオンも! ほんともー危なっかしいたらありゃしないんだから! 大丈夫? 焦げてない? 二人とも狩りは得意でも戦いは専門じゃないんだから、あんまり油断しちゃダメよー?」

「お陰様で助かったわぁ♪ ダーリンも無事だし、カッコイイとこ見れたし、私ちょー感激☆」

「マジで助かったぜ婆ちゃん……いやホントもうカッコつけるんじゃないねまったく。ガラじゃないんだよほんとにさー」

「何言ってるのよ! おばあちゃんってば嬉しくて嬉しくて……見直したわ! おばあちゃん大感激よ!!」

「痛い痛い痛い痛い! そんな全力で抱き締められるとミが出ちゃう綿が出ちゃう~~~~!!!?」

 

 感激したエウロペに抱き締められ苦悶を溢すオリオン。

 空気が変わった戦域に黄金鹿、復讐号、アルゴー号の三者が集まれば、エウロペもそれらの船に搭乗する面々を見渡して満足げな様子を見せる。

 それに前後して立香とマシュがⅢの座に到達すると、その二人にもまた全力の抱擁をお見舞いした。

 

「リッカ! マシュ! 無事でよかったわ、ほんとにもう立派になって……若い子の成長はほんと早いんだから、おばあちゃんびっくりよ!」

「エウロペおばあちゃんも! 来てくれたんだね、ありがとう!」

「あ、あの……歓迎は大変嬉しいのですが、ここは戦場ですのであまりかまけていては……」

「んもー! 二人ともホント可愛いんだからっ! おばあちゃん殺しにも程があるわよぉ~~!!」

 

 ここが戦場であることも忘れて全力で愛でにかかるエウロペに緊張が和らぐ。

 そのまま二人のみならず、ドレイク、アステリオス、エウリュアレ――更にはティーチ、アン、メアリーにも愛情たっぷりのハグを見舞うと、周囲は俄に騒然となった。主に黒髭的な意味で。ちなみにエイリークはグンヒルドのこともあるのでと丁重に辞退していた。

 

「すごい……この世に躊躇いもなく船長にハグできる女性が存在したなんて……!」

「まさに聖母……ですわね……」

「ちょっと? ねぇちょっと? 酷くない? 拙者に対して酷くない? でもいいの、今の俺は全部許しちゃう! デュフフフフフッ、拙者超いい匂いのオニャノコパワーで戦闘力が限界突破ですぞォー!!!」

 

 当然ながらティーチは浮かれた。ただでさえドレイクとの共闘で弛みっぱなしだった表情が、これ以上無くだらしない感じでデレデレのドロドドロである。黒髭ティーチ、至福の一時であった。

 

「やっぱいいわねー海の男。やっぱ男は髭と筋肉があってナンボよね、今時の線の細い優男はお呼びじゃなくってよ!」

「ああ、そういう……対象はともかく、なかなかイイ趣味してンだねアンタも」

「あなたもねー、男だったら絶対ほっとかないんだけどね!」

「あっはっは! そりゃ残念だったね、後世じゃあ変な伝わり方したみたいだけど、アタシはしっかり女だからね!」

 

 ドレイクとも意気投合しつつ、目につく端から全力のハグを見舞うエウロペ。船上では女人の温もりに乏しい船員たちなどはこれ以上無い程わかりやすく即堕ちであった。

 その中でアルゴー号のメンバーを前にすると、立ち止まって悪戯な笑みを浮かべて言った。

 

「やっほー。元気してた? こないだの海では随分やんちゃしてたみたいだけど」

「はい……お陰様で元気してます……その、その節では大変ご迷惑を、ですね……」

(マスター、ヘクトールさんが完全に萎縮しています……まるで婿殿です!)

(中村主水? ていうか完全に部活に顔出してきたOGみたい……)

 

 矢面に立って頭を下げるのはヘクトール。その表情は卑屈な笑みで、なんとも哀愁を誘うものであった。

 彼にしてみれば大恩人の母親という、決して無碍にはできない間柄。その上で彼女自身も英雄として大先輩にあたるのだから、ヘクトールの肩身の狭さたるや言うまでもない。

 尤も、それすらも彼に比べればそよ風のようなものかもしれないが――――。

 

『――――――――』

「ひ、ひぃいいいいいい!? な、なんだよぉ!? あれはもう終わったことだろう!? い、今更蒸し返されても困るんですけどぉー!?」

(マスター、こっちは完全に猛獣の檻に入れられた肉です)

(最早生物ですらない……タロスもなんか、イアソンにだけは妙に辛辣っぽい雰囲気のような?)

 

 ちなみにヘラクレスとメディアはお咎めなしのようだ。片や狂気に囚われているのをいいことに利用され、片や生前の因縁に同情を禁じ得ず咎めるに心苦しい両名である。

 更にぶっちゃけるとエウロペ自身に彼らへ思うところや蟠りなどもなく、二人を困らせているのも単純に楽しいからであり、要はただのからかいであった。

 

「――――なんてね、自棄が治ったのならよかったわ。ほんともう、似合わない悪玉なんて演じて下手くそなんだもの。大体あなたは守りに入ってこそが本領なのに、海賊の真似事なんてできっこないじゃないの」

「それを言われちゃあ元も子もないんですがね……いやまったく、かのエウロペには敵いませんや。爺様にも詫び入れなくっちゃねぇ」

「サルペドンなら笑って済ますわよ、それくらい。ま、気になるってんならここからの戦いで返してもらいましょ。そうよね? リッカ、マシュ」

「うん、もちろん! ヘクトールさんが手を貸してくれるならすごく助かるよ!」

「"輝く兜の"ヘクトールの武勇は後世にも名高いですから、この場においてはこれ以上無く頼もしいですね、マスター」

「――――っとに、オタクら……オジサンをおだてるのも程々にしてくださいよ。こちとら本気出すなんてガラじゃないんですから」

 

 困ったように言いながらも、その顔は心情を明確に表していた。

 英雄魂を擽られる物言い、ましてや飛び切りの美少女のものともなれば、本気を出すことを良しとしないヘクトールであってさえ、全力を揮うになんら否やはない。

 ヘクトールの魂は、かつてなく熱く滾っていた。

 

「タロスー? あんまりいじめちゃダメよ。イアソンだってやれば出来る子なんだから。出遅れたけれど状況は見てたわ。ほんともう面倒くさい子なんだから……そこが可愛くもあるんだけどっ!」

「ッ~~~~!! あ、あんまり上から目線で物言わないでくれるぅ!? こちとら老いぼれに偉そうにされる筋合いなんてないんですがねぇ!?」

「何言ってんのよ、行きずりとはいえウチの娘を孕ませたんでしょ? ならおとなしく可愛がられときなさいな! そーれウリウリ♪」

「ちょ、まっ、やめ、やめろぉ――――!?」

 

 嫌がるイアソンの頭を無理矢理抱き寄せて胸に埋めれば、周囲はドッと笑みを溢す。

 特異点での因縁も何もかも、すっかり毒気を抜かれて。最早共闘する上での障害なぞ一切が粉砕された。

 エウロペが合流するまでの苦戦のあともすっかり消え去り、皆の裡には余裕が取り戻されていく。

 誰も彼もが人類史を代表する英雄英傑たち――――笑って戦いに臨めるなら、これ程頼もしい存在もなかった。

 

「さて、と――――そろそろ反撃、しちゃいましょ。向こうさんも痺れを切らしちゃうものね」

「ったく……ああ本当に、こんなにめんどくさい操船は初めてだよ!」

「まぁまぁそう言わずに。名誉挽回といきましょうや、キャプテン」

 

 エウロペが仕切り直してフォルネウスを見上げれば。

 イアソンが悪態を吐きながらも帆を御し、ヘクトールが不毀の極槍を構える。

 後方にはドレイク率いる黄金鹿、ティーチ率いる復讐号。それぞれに搭乗する英霊たちが戦意を新たに漲らせる。

 そして――――最前線には無双の両雄、ヘラクレスとアステリオス。アステリオスの肩に乗ったエウリュアレが歌を紡ぎ、英雄たちの戦いを祝いだ。

 

 全ては人類最後の希望。

 カルデアのマスターとそのサーヴァントを導くために。

 

 

「アステリオス! ヘラクレス! そしてエウリュアレ様!!」

「おばあちゃん! ぼくを……たよって!」

「――――――――!!」

「……ふん、あんまり馴れ馴れしくしないでほしいのだけど、まぁいいわ」

「頼んだわよ! ――――少しだけ時間を稼いで!!」

 

 

 休戦は終わりを告げ、新たな戦端が幕を開いた。英雄たちは駆け、無尽蔵を誇る柱たちへ果敢に挑む。

 久闊を叙した時間は短い。しかしながらその僅かな間に観測所フォルネウスはイレギュラーから立ち直り、再起動を果たして英雄たちを迎え撃つ。

 一方でエウロペはそんな彼らの背中を見送り、立香たちの傍でタロスの肩に立ち目を伏せていた。

 

「おばあちゃん――――?」

 

 それに疑問を呈したのは立香。彼女が知る限りでエウロペは、こうした状況に於いては真っ先に駆け込んでいくものとばかり思っていたからこその疑念だった。

 訝しむ立香とマシュだが、疑問を口に出して問うた矢先にエウロペから溢れ出る魔力に圧倒され、思わず息を呑む。

 立ち昇る魔力は物理的な暴風すら伴う劇的な変化だった。およそオケアノスの大半で見せた無力な姿や、最後の命を賭した足止めで見せた末期のそれとも異なる、あまりに巨大すぎる魔力の胎動。

 エウロペの身に一体何が――――それを問おうとした立香を遮るように、エウロペが口を開いた。

 

「リッカ、マシュ」

「……どうしたの、おばあちゃん?」

「エウロペさん……?」

 

 エウロペの口調は極めて穏やかで、無条件の安心を与える愛に満ちた声色だった。

 それを察して彼女を案じる理由は無いと悟った立香が平然を装って応えると、エウロペは輝きを増す魔力の向こうで慈しみに満ちた笑みを浮かべて、深い感謝の念を表した。

 

「あなたたちの旅路、きっと辛いことも、苦しいことも、悲しいこともあったのよね。あたしが一緒できたのはあの海だけだったけど、今のあなたを見ればいろんなことがあったのがとてもよく分かるわ。あなたは哀しみだけではなく、多くの喜びも呑み込んで此処へ至った。本当に、本当に立派になって――――我がことのように嬉しい」

 

 母が子を褒めるような、慈愛に満ちた声だった。

 元はただの一般人に過ぎなかった立香が歩いてきた旅路、その最中にあった苦難の数々――同時に得た歓喜の数々を想って、心底から敬意を表し、その労をいたわると共に無上の称賛を口にする。

 立香はツンと刺すような鼻奥の痛み、じんわりと熱を帯びる心を自覚した。記憶のどこかに仕舞い込んだ、実の両親の愛情を想い起させるエウロペの声。

 

「あなたのような人間がいるから、人類は捨てたものじゃない。あなたのような人間がいるから、英霊は世界を護ろうという気概を得る。あなたがいたからこそ――――この事象の彼方で英雄たちは集った」

 

 エウロペの纏う光輝が最早直視できぬ領域にまで至り、立香は眩しさに瞼を閉じた。

 視界は奪われ、エウロペの声を拾う耳だけが鋭敏に機能する。その中で立香は、初めて。

 大英雄としてのエウロペの声を聞いた。

 

「だからこそ――――あたしも本気で応えなきゃ嘘よね! 冠位だとか世界のためだとか、そんなものはどうでもいい! あたしはあたしの意志で! リッカとマシュのためにこの力を今揮うわ――――!!」

『霊基増大――――いや、違う! 規格が一致していない。この反応は――――まさか!? 彼女は、グラ――――』

 

 絶叫するロマニを置いて、エウロペは――――タロスは飛翔する。

 宇宙の彼方で輝く恒星のように、絶対的な距離を横たえながらも尚朗々と響き渡る声を以てエウロペが号令を下す。

 それに応えるのは、当然――――タロス。

 

 

「全身全霊、本気でいくわ。三つの誓いを此処に!!」

『拘束解除要請を確認――――復唱します。三つの誓いを此処に』

 

 

 遠い、遠い昔の話をしよう。

 有史に語られぬ戦いを生き抜いた、数少ない先史の物語だ。

 

 

「これは、世界の敵との戦いである」

『これは、世界の敵との戦いである』

 

 

 一万と四千年もの昔、かつて地球へ飛来した遊星があった。

 其は捕食を以て人類史を観測し、結果として先史文明に破滅を齎した遥か異星の置き土産。

 遊星は一体の巨神を野に放ち、月と大地を蹂躙しながら、数多の神々を屠り、他天体の降臨者をも滅ぼした。

 そして文明は滅びに瀕し、地球は死を回避するために様々な手段を講じた。

 

 

「これは、世界の認める戦いである」

『これは、世界の認める戦いである』

 

 

 紆余曲折を経て巨神は星の講じた手段の一つ、"世界を救う聖剣"に斃れたが。

 一方でもうひとつ、剣と並行して産み出されながら、運用されるに至らなかった"星の武器"がある。

 それこそは地球が遊星を参考にして造り上げた巨神。文明を捕食して質量を増す遊星の巨神に対抗すべく、所有者の魔力を糧に無尽蔵に巨大化する特性を具えた"世界を護る鎧"。

 所有者の魔力を増大させ、純エネルギーとして放つ聖剣と対を成す"地球の巨神"。

 

 

「これは――――」

『これは――――』

 

 

 後世、ある神話に於いて青銅の時代と名付けられた先史の遺産。

 かつて先史文明を生き、終末を生き延び、工芸神の手によって再誕を果たし、やがて一人の姫君に与えられたそれ。

 其はかつて人であり、神像となり、主の偉業を以て共に英霊の座へ汲み上げられた、世界を護る一大機構の七騎が一席。

 最大にして最強の使い魔。"冠位騎兵(グランドライダー)"が駆る至高の玉座。

 

 

「――――世界を護る戦いである!」

『――――世界を護る戦いである!』

 

 

 先史の末裔、青銅英雄――――タロス。

 その真体を、今此処に顕現す。

 

 

「承認――――」

『――――拝承』

 

 

 その原理は至極単純であった。

 即ち敵が強大であるならば、それと対抗できる領域(レベル)まで自己強化を施せばいい。

 聖剣が敵を斃し得る領域(レベル)にまで所有者の魔力を増大せしめて放つ武器(ツール)ならば、巨神はそれを成すための時を稼ぐ尖兵。圧倒的な質量を以て世界の敵を打倒し、聖剣の舞台を整える装置(ギミック)に他ならない――――。

 

 

至上命令(グランドオーダー)、認証――――最終形態(ファイナルステージ)、開幕』

青銅神話(タロスマキア)、再演――――雷霆王権(マスターキー)、起動』

『我、父なる神、母なる星、愛し子たる人々の信任を以て、災厄たる獣の撃滅を此処に誓う』

三界よ(デウス・エクス・マキナ)幸福であれ(グランドフィナーレ)

 

 

 変化は劇的だった。

 青銅英雄はかつてない大きさにまで膨張し、無限の宙域を覆い尽くす。

 その身に宿す熱量は、質量は、敵が強大であればあるほどに増大し、生み出す物理エネルギーを規格外のそれへと至らせる。

 片手で魔神柱の束を握りつぶせる程に巨大化した全身は、それそのものが絶対の矛であり盾である。

 即ち大きさとは尤も原始的で明確な強さの基準に他ならず、終始機械的だった観測所フォルネウスは此処に至り初めて狼狽を露わにした。

 

『理解、不能。観測不能。なんだ――――これは――――』

『このような結果は算出できなかった。幾度となく重ねた演算にこのような結果は見出だせなかった』

『統括局ゲーティア、応答願う。即刻対策の提出を望む。当観測所に於いて対抗策を見出だせず、統括局の審議を求める』

『応答せよ、統括局。応答せよ、ゲーティア』

『――――――――応答せよ!!!!』

『このような結果、認められない。認められるはずがない。有り得るはずがない!!!』

 

 激昂するフォルネウス。対しエウロペはその動揺に笑みを返した。

 

「――――あり得ない? 今、あなた……あり得ないって言ったかしら?」

 

 タロスが拳を振り抜いた。

 掠るだけで肉の柱は抉れ、直撃した幾条かは跡形も無く消滅する。何の概念も魔術的効果も宿していない、ただただ巨大であるだけの拳。

 しかしそれがこうも規格外ならば――――それだけで。暴論極まりないが、殴り合いはいつだってより大きく、より速く、より硬いものが勝つ。それだけの単純な帰結である。

 

「本当にお馬鹿さんね! 人間の一生なんてあり得ないことの連続よ!! 上から目線で勝手に憐れんで、ほんの少し予測が外れただけで大袈裟に驚いて! ()()()()()()()()()()()()()――――それが人生ってもんでしょうが!! ていうかあのセファールの欠片が英霊になってたことにびっくりだわ!! それがあり得るくらいなんだからもう世の中何でもありよね!!」

 

 殴打、殴打、殴打。その一撃ひとつが雑多な星を砕く必滅。

 投擲する石は灼熱する小惑星。投げるタロスのスケールが段違いならば、投げられる石のスケールもまた規格外。

 殺到する柱の群れを両の手で受け止めれば、そのまま引き千切って鞭のように振り回す横暴三昧。

 傍らに構えた無尽の槍――雷霆の枝(オゾス・ケラウノス)――その本質は雷霆なれば、無数に枝分かれし、幾ら擲とうとも尽きず、放てば雷撃となって魔神柱を灼き尽くす。

 他の座からも視認できるほどに強大にして巨大、いっそ場違いですらある応酬に数多の英霊たちが瞠目し、一瞬矛を止めた。

 

 それ程に規格外な戦い。それを平然と受け入れるのは、同じ冠位を戴く天命の使者か、あるいは万象を見渡す眼を持つ英雄王か。

 あるいは元が神霊であるイレギュラーたちが、冠位を投げ捨てて立香に加担するエウロペの暴挙に笑い声を上げ、山の翁は思わぬ同類に双眸の蒼を瞬かせた。

 

「よもや――――我以外に冠位を手放す愚行に至る者が現れようとは。まさしく、世は奇運と混沌に満ちておる……愉悦也」

「しょ、初代様が――――!?」

「笑った――――のかな?」

 

 戦いは終わらない。始終エウロペ、ひいてはタロス有利に一方的な展開を繰り広げる。

 かつてオケアノスの撤退戦で見せたそれとはあまりに規模の違う、まさしく怪獣大決戦といった様相に戦域を同じくする英雄たちの悲鳴が響く。

 イアソンは必死になって帆を御して巻き添えから逃れ、ドレイクは持ち前の豪運と勘の良さで流れ弾の悉くを回避、ティーチ率いる復讐号だけは何度か流れ弾を貰ったものの、持ち前の頑強さで事なきを得ていた。

 

「信じられねェ――!? なんだありゃ、デタラメにも程がある!! あんなのを二度も敵に回してよく生きてたなオレ!! アレに追随するヘラクレスも大したもんだ! まったく頼もしすぎて吐き気がする!!」

「必死ですなぁキャプテン。かくいうオレも流石に余裕が無いよ――――って!!」

 

 幾度となく不毀の極槍を投擲するヘクトール。流石の強肩も疲労を訴える――――が、それは何ら攻撃の手を止める理由にはなりはしない。

 イアソンもまた、口では散々にエウロペの無茶を罵りながらも、その手は休まず操船の制御に注力していた。

 

「おばあちゃん――――!!」

「アステリオス! 受け取りなさい――――!!」

 

 最前線にて一瞬の邂逅を交わすエウロペとアステリオス。

 すれ違う刹那にエウロペがアステリオスに託したモノ。それはこの地平、この決戦だからこそ可能となった、エウロペ最大のゴリ押しにして贈り物。

 アステリオスは、エウロペから力を受け取った瞬間、己の霊基が歓喜の悲鳴を上げるのを聴いた。

 

「これ、は――――」

「アステリオスの霊基が――――変質してる?」

 

 エウロペが冠位を薪にしたのは、何もタロスを過剰に励起させるためだけではない。

 寧ろエウロペにとってタロスの全力駆動は余技に過ぎない。彼女がこの場、この戦い、この奇跡にて冠位の銘を投げ捨ててまで叶えたかったモノ。

 それはかつて彼女が夢見、遂に成し得なかったエウロペの希望そのもの。

 エウロペが願った通り、()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()――――そんな那由多の果てに夢想した、エウロペの幸福の形。

 

 本来であれば決して拭えない、怪物として人理に刻まれたミノタウロスの忌み名。

 しかしアステリオスは人理修復の旅路の最中で、人間と触れ合い、理解者を得、愛を知り、人間性を取り戻した。

 それだけで奇跡に奇跡を重ねた無上の幸福であったが、エウロペはその程度で満足はしなかった。

 人間を取り戻さんと抗ったアステリオスへ、その後押しをすべくエウロペが冠位を燃やして組み上げた一世一代の大儀式。

 今のアステリオスだからこそ可能となる、最大の奇跡。

 

「――――エウリュアレ。お祖母ちゃん。立香。マシュ。それに、皆」

 

 かつてエウロペはゼウスの導きに従い、アステリオスなる男にクレタの王権を授けた。

 逆説、クレタの王はアステリオスがエウロペの赦しを得たことで始まり、故に同じ名を冠するアステリオスに今以て真の王権が授けられる。

 即ちクレタの王権神授の再現。かつてありし逸話を基にした即席の儀式。しかして演者は張本人たるエウロペと、血の繋がりは無くとも名の繋がりを経て系譜を結ぶアステリオス。

 

「僕に――――任せろ!!」

 

 斯くして戴冠は為る。

 今やアステリオスは怪物の柵から脱し、一時とはいえ正統を認められた王となった。

 これぞエウロペの目論んだ大儀式、雷光王の戴冠。エウロペが夢見た、()()()()()()()()()()()()()()の姿がそこにあった。

 

「――――――――かっこいい……」

「ほっほーう?」

「はっ!? なんでもない、なんでもないわよ! こらそこ、ニヤニヤすんな!!」

 

 獣性は鳴りを潜め、しかし偉丈夫はそのままに溌剌としたアステリオスの姿に、エウリュアレが思わず見惚れる。

 それまでの獣じみた雰囲気を知る者ほど、アステリオスの変化は劇的に映った。

 なんというか――あの巨躯、あの童顔で、一気に王子様属性を得たアステリオスは、色々と少女殺しなのだった。

 してやったりとニヤつくエウロペ、狼狽えるエウリュアレを差し置き、ゼウスの雷光を宿した牛王アステリオスがラブリュスを揮う。

 その太刀筋、獣の膂力にして人智の技の冴え。ヘラクレスにすら匹敵する武勇を宿したアステリオスは、是まさしく大英雄そのもの。

 

 或いは誰かが言うだろう、それに何の意味があるのだと。

 戦力的な理屈で言えば、冠位を薪に全力駆動したタロス単騎で過剰にすぎる。今ここでその一部を割いてまでアステリオスを変質させることに、戦略上の意義はおよそ皆無。

 

 だが、そんな理屈こそエウロペの知ったことではなかった。

 彼女の裡にあるのは徹頭徹尾アステリオスの幸福それのみ。彼が愛し、彼を取り巻く全てが幸福であれという切なる願い。

 己の至らなさによって孫を魔道に踏み入らせてしまった悔恨が、アステリオス自身の成長によってエウロペに決断させた。

 人間を求めたアステリオスへの、せめてもの慰みとして――――その可能性の一端を、冠位を犠牲に無理矢理招き寄せたのだ。

 

 手放したモノはあまりに大きく、最早取り返しのつかないものなれど。

 孫の笑顔と引き換えになったのならば本望である。

 元より己が冠位を投げ捨てたところで人類がどうこうなるともエウロペはちっとも思っていなかったし、そもそも冠位など無くとも人類は決して歩みを止めない……その信頼を、エウロペは向けていた。

 つまるところエウロペは――――少々過剰にすぎるくらいの人間贔屓なのだった。

 

「さぁ行きなさい! リッカ、マシュ! あなたたちの旅はまだまだこれから! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、してる余裕なんてなくってよ!!」

 

 故に彼女は発破をかける。人類最後の希望、ここまで歩んできた只の人間である彼女らに。

 ここまで歩んできた二人の努力と成果を誰よりも認めるが故に、その結末を己が眼で見届けよと激励を発して。

 

「努力を方向音痴させた大馬鹿者に言っておやりなさいな! "彼"が求める答えを、あなたたちは既に持っているのだから! あなたたちこそ人類最後の希望にして――――――――全ての答えよ!!」

 

 二人の行く手を阻む魔神柱を、タロスの巨腕が薙ぎ払った。

 エウロペの激励に言葉を返す間も無く、意を決した立香とマシュは互いに頷いて駆ける。

 目指すは領域の中心、光帯を制御し今も儀式を進める統括局へ。

 

 走り去る二人の背中を見送るエウロペの傍らに、麗しき女狩人が寄り添った。

 

「無茶をする。それ程までに彼女らが大事か」

「ええ、とっても。それこそ本当の孫みたいに思うくらい大好きよ」

「そうか。――――私もだ。あれほど好感を抱ける人間はそうは居まい」

「ほんとほんと、おかげであたしも無理しちゃったわ。……ま、後悔はまったく無いんだけどね! 寧ろ清々したわ、あたしもまだまだ若いわね!!」

「ふっ――――さて」

「ええ、それじゃあ――――」

 

 アタランテが弓を引き絞り、エウロペがタロスへ命じた。

 敵が無限に蘇るのならば、こちらもまた無限に迎え撃つまで。

 全ては人類最後のマスターのため。彼女の旅を見届けるため。英雄たちが血路を開く。

 恐怖? 絶望? なんだそれは。今更そんなもので臆する者がいると思うのか。只の人間が意を決して進むのだ、それに応えねば最早英雄ではない。

 

「我が弓と矢を以て、太陽神と月女神の加護を願い奉る――――!!」

「正真正銘最後の見せ場よ! 奮起なさい、タロス――――!!」

 

 宇宙を駆け抜ける矢と拳が、その答えだ。

 人理焼却を目論む偉大なる獣よ、その応報を刮目せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顛末は、語るまでもないだろう。

 彼らは、これまでそうしてきたように、喪失と成果を手にあるべき場所に帰った。

 人類は丸一年の活動停止を経て再生し、何事も無かったかのように営みを続けていく。

 

 しかし紡いできた絆は決して嘘ではない。

 尋常にとって如何に夢幻の如く泡沫の邂逅であったとしても、彼らの奮戦は確かに人理へ刻まれたのだから。

 

 更なる戦いが待ち受けていたとしても。

 それに臆する未熟な雛鳥は、もう居ない――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――

 ――――

 ―――

 ――

 ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと喚んだわね、あたしを!」

「ずっとスタンバイして待ってたのに、ちっとも繋がらないんだもの! おばあちゃんを焦らせるなんて、意地悪な子たちもいたもんだわ!」

「――――えっ、なに? 爆死? ……ほらほらそんなしょんぼりしないで、あたしが来たからにはもう大丈夫よ。おばあちゃんを目一杯頼りなさいな!」

「それじゃあ――――コホン。サーヴァント・ライダー……うん、ただのライダー、エウロペよ! これから末永くよろしくね、マスター!!」

 

 

 

 

 




やっちまったぜ……(完走した感想)
筆がノリにノッて極上のステーキに蜂蜜をぶち撒けるが如き所行になった気が半端ない……!

色々と言いたいこともあるのですが、それを後書きで語るにはあまりにも複雑なので、近いうちに活動報告ででも本作におけるあれこれをぶっちゃけたいと思います。

なんにせよ、全体の物語としてはこれで完結です。
長く……も無いな。精々が半月程度の短い作品でしたが、ここまで読んでいただき感謝の念に堪えません。
ここまで走り切れたのも、偏に皆様の応援と感想あってのことです。
本当にありがとうございました。SS作者として、私は今これ以上無く幸せです。

それではまた、いつか活動報告で――――。

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