ミセス・ヨーロッパ   作:ふーじん

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テンション上がってるうちに投下ァ!


タロスマキアZ ~クレタで一番強いヤツ~

 戦端を切ったのは魔牛であった。

 雲海を蹄で蹴り上げ、瞬時に最大加速しての突撃。単なる体当たりに過ぎないそれは、しかし魔牛の大質量と音を超える速度によって、隕星の墜落にも匹敵する威力を誇る。

 余波だけで雲を引き千切り、海を割り、大地を捲り上げる破壊移動。

 それをエウロペは真っ直ぐに見据えながら、頼れる巨神に叫んだ。

 

「迎撃よタロス! じゃれる牛っころを可愛がってあげなさい!」

 

 エウロペの命令に従い、タロスが大きく腕を開いて待ち構える。

 曝け出されたタロスの胸元へ一直線に、制止を忘れた魔牛の最大加速が吸い込まれていく。

 あわやその胴を撃ち抜かんとする瞬間、まさに神妙極まるタイミングでタロスの両腕が動き、突き出た魔牛の双角を掴み取った。

 

 瞬間、大衝撃波が波紋のように広がる。大地は捲れ遥か地下の冥府が顔を覗かせるほどに深く傷を刻まれ、思い出の湖は生じた熱波に瞬く間に干上がる。

 しかしそれらが全土へ波及することはない。タロスと魔牛、両者を中心とした一定範囲内に被害は収まっていた。

 

 何故か。

 否、理由など端から決まっている。

 

「随分と元気のいい牛っころね! やんちゃは大いに結構だけど、それであたしの庭を荒らし回るのは見過ごせないわ!! タロス、全力全開よ!!」

 

 なぜならクレタは、エウロペの庭だからだ。

 遊ぶのは結構。探検するも結構。狩りに興じ商いを交わし、時として意図せず害してしまうこともあるだろう、それも許そう。

 だが、しかし。

 明確な悪意を以て破壊を齎さんとする礼儀知らずを、エウロペが容赦することなどあり得ない。

 

 王権エウロペ。

 彼女は王位こそ持たないが、王権を保証するのはエウロペである。

 それは即ち、クレタ島に築かれる王国にあって、クレタ島そのもの。

 そのエウロペが島を荒らす暴虐を許さぬのなら、クレタ島がそれに応えるのは至極当然!

 

 今や戦場は両者を中心とした小世界に定められ、決してその外部に影響を及ぼすことはない。

 言うなればタロスと魔牛が雌雄を決するための一大リング、干渉不可能の絶対的決闘空間であった!

 

 

 双角を掴まれ俄に拘束された魔牛の眼とエウロペの眼が合う。

 タロスの肩に立つエウロペの間近に迫った魔牛の顔。夏の熱風よりも尚熱い鼻息がエウロペの肌を炙り、英雄すらも恐れる眼光がその身を貫く。

 

「曇った眼ね、まるで癇癪を起こした子供みたい! それでもヘラの聖なる牝牛かしら? 人の飼う乳牛でもそんな眼はしないわ! 仮にも神獣が――――恥を知りなさい!!」

 

 しかしエウロペは恐れない。

 憎悪に染まった眼差しを真っ向から跳ね返し、更なる命令をタロスに下す。

 

 唸りを上げる動力機関。巨体を巡る神の血(イーコール)が熱血して循環を早め、エウロペから供給される莫大な魔力が絶大なる怪力をタロスに齎す。

 巨樹の如き両脚が根を張るように大地を掴み、巨体を支える腰が大渦のように捻り絞られる。

 

 果たして大地から得た百万力を総身に巡らせると、タロスは大咆哮して双角を掴む両腕を振り上げ、大地から両脚、両脚から腰、腰から上半身へと立ち昇る運動量を以て魔牛を天高く放り上げた!

 

 さながら先の突撃を逆再生にしたような、やはり音を越えての大投撃。

 地上を離れ、雲海を貫き、あわや彼方星界にまで放逐されんと危ぶまれたところで、魔牛はなんとか持ち堪える。

 今や地上のエウロペが砂一粒よりも尚小さい極小と見える高空に追いやられるも、しかしその双眸は確かにエウロペを捉える。

 同じくエウロペも、決して見えぬはずの魔牛の姿を確かに捉えながら、不敵に笑って言った。

 

 

「来なさい牛っころ。第二ラウンド開始よ!!」

 

 

 

 

 巨神と魔牛の戦いは、端を発してからおよそ一昼夜続いた。

 魔牛の嘶きが嵐を呼び、津波を引き起こし、大地を揺らす。

 対するタロスは赤熱する巨躯を振りかざし、自身が灼熱の太陽と化して戦場を駆け巡り、両の拳で迎撃の殴打を繰り出す。

 

 直接的な被害こそ決闘空間の内に収まってはいるが、轟く咆哮、震える大気、吹き荒れる熱波は否応なく人々の五感に届く。

 燃えるタロスが太陽となって夜を奪い、吼える魔牛が嵐となって晴天を奪う。

 この戦いの最中、あらゆる日常を簒奪された人々は夜に震えることも陽だまりに安らぐことも許されず、ただただ戦いの終わりを祈って見守るしかなかった。

 

「まったくタフったらありゃしないわね! 子供でもそんなに癇癪は長続きしなくってよ! 魔獣ですらとっくに暴れ疲れて眠る頃合いでしょうに、そんなにあたしが気に入らなくって!?」

 

 エウロペは、ことの始終を膝を折らぬまま見届けていた。

 常にタロスの肩に立ち、休みなく巨体の応酬を見届け指示に徹している。

 水も食糧も、疲労も睡眠も全て魔力で補って、ひたすら戦場を共にすることへ注力していた。

 

 それは単なる意地の問題だけではなく、単にタロスが全力を発揮するにはエウロペの存在が身近に必要不可欠であるからだ。

 エウロペが宿す莫大な魔力を可能な限りロス無くタロスへ供給するには、距離は近ければ近いほど良い。

 いつ流れ弾が飛んでくるとも知れぬ最前線に身を置くのも、それこそがこの戦いで優勢を取る唯一の方法であるとエウロペが理解しているからこそ。

 

「いいわ、最後まで付き合ってあげる! タロス!! あたしに構うことはないわ、最初から最後まで、全身全霊で可愛がってあげるのよ!!!」

 

 とはいえ、第一はエウロペの気骨がそうさせているのだったが。

 タロスはそんな主の声援を間近にして奮い立っているのか、今の今に至るまで一切消耗を見せていない。

 しかしそれは、敵方の魔牛も同様だった。

 

 余程ヘラの憎悪が深いのか、傷つける端から再生し、始終荒ぶるままに暴れ回る魔牛。

 そこに技巧も知恵もありはしないが、その巨体が暴れるだけで天変地異にも匹敵する破壊が撒き散らされる。

 

 まさしく生ける天災そのもの。

 人が津波に、火災に、あるいは台風に立ち向かえないように、そもそも戦うこと自体が的外れと言える無謀。

 

 だがそれは、常人の理屈だ。

 無鉄砲にして天真爛漫。恐れ知らずにて大神をも魅了するただ美しいだけの小娘。

 だがクレタに於いては王権の象徴と定められ、神の名のもとに三つの大地の一つを拝領する超弩級の小娘である。

 

 魔牛が大口を開く。

 喉奥から渦巻くは遍く地表を焼き尽くす滅尽の火。

 これまで見せなかった手だ。彼方離れても身を焦がすような熱波に、直撃すれば神の青銅すら危ういことがはっきりと分かった。

 

 だからこそ、エウロペは笑う。

 この死中こそが活路であると根拠なしに確信し、躊躇いも無くタロスへ命じた。

 

「さぁタロス、全速前進よ!!」

 

 タロスが駆ける。否、翔ける。

 背の大翼をはためかせ、陽炎の残光を引きながら一直線に魔牛へ肉迫する。

 

 エウロペは、ずっと携えていた無尽の槍に魔力を込めた。

 莫大な魔力を喰らい、槍は人が振るうそれから巨神のそれへと、間近に見れば天を支える柱と見紛うほどに遥か巨大に膨張する。

 

 なんのために。

 無論、タロスが満足に振るうためだ。

 タロスは右手で拳を握り締め、左手に神授の天槍を構えながら、今まさに大火を吐かんとする魔牛の目と鼻の先に現れ――

 

「今よタロス! その無防備な顎にデカいの一発お見舞いしてやりなさい!!」

 

 火が大口より放たれんとする刹那、痛恨の一撃を顎下から天へ見舞った。

 ただ握るだけで山を潰すタロスの拳。それがこれ以上無く硬く固く握られ、天空へ飛翔する勢いのままに無防備な顎へ吸い込まれる。

 さながら天へ昇る竜が如き拳。開かれた口は堪らず勢いに閉ざされ、歯がガチリと鳴らされると同時、その口内で盛大に爆ぜる音が轟き、口の端から黒炎が漏れ出た。

 

 遍く地表を焼き払うはずの火が、出口を失って暴発したのだ。

 いかな魔牛といえこれにはダメージも深刻なものとなる。燻る熱気に内から焼かれ、両眼が白濁するほどに傷を負いながら、堪らず悲鳴を上げてのたうつ。

 

「さぁタロス、とっておきのダメ押しといくわよ!!」

 

 昇竜するまま魔牛の上空へ居座ったタロスがエウロペの命令に頷くと、槍を構えた左腕を渾身の力を込めて振り上げる。

 その矛先は遥か下方の魔牛、その口へ。

 供給される魔力の奔流。魔力放出は炎となって留め置かれる槍にエネルギーを蓄積し、その解放の時を今か今かと待ち侘びる。

 やがて熱量が臨界に達し、蓄積された運動量が軋みを上げるまでに至ると、タロスは満を持して左腕を振り下ろした。

 

 放たれた天槍は今や槍の形をした太陽となって、その軌跡にある悉くをプラズマ化し昇華せしめ、一直線に魔牛の頤へ向けて飛翔する。

 音の壁などとうに十も二十も超え、大気すら焼いて焦がし、海原を蒸発させて濃霧を生み出しながら、遂に目標に到達する。

 

 抵抗なぞ、あるはずもなかった。

 極光の槍は魔牛の口、その上顎から下顎までを一直線に貫き、決して抜けぬ釘を刺した。

 最早嘶きを上げるだけの動きすら許されない。まさしく口輪を嵌められる家畜に相応しい様に、果たして誰がこれを神獣と呼べようか。

 

 無論、結果はそれだけに留まらない。

 たかだか魔牛の口を閉ざすだけで渾身の投擲が終わるはずもなし。

 天から地へ放たれた一擲は魔牛の口を貫いてなお勢いを減じさせず、魔牛諸共海の底深くへと突き刺さる。

 その勢いで波は遥か高く伸び、その後に大渦が顔を覗かせた。

 

 渾身の一撃は、確かに天の魔牛を海の底へ縫い付けたのだ。

 

 

 

「やったか!?」

「馬鹿者。それを()()()と言うのだ、姉よ」

 

 天に座して行く末を見守るヘスティアが思わず喜色を露わにする。

 対するヘカテーは、戦いはまだだと頭を振った。

 

 

 

「…………」

『――――――――!!!』

 

 事ここに至り、初めて魔牛が明確な意志を見せる。

 確かに海の底へ葬ったはずの一撃、いかな魔獣神獣とて一溜まりもない渾身の一撃であったはずだ。

 だが、しかし――

 

「同じ牛でも、ゼウスが変じたそれとは天と地ほどの違いね! まったく、どうしたらそこまでしぶとく生き足掻けるのかしら!!」

 

 

 ――魔牛、未だ健在。

 頤を天槍に封じられ嘶きこそ封じられるも、より一層の神気と暴威を漲らせ海の底から蘇った。

 

 

 

 

 




これくらいやっても型月世界ではまだまだ序の口だから困る
ほんま型月は懐の深いコンテンツやでぇ……

あ、次で決着させます。

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