ミセス・ヨーロッパ   作:ふーじん

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ステータスはもう最終話と同時に投稿します。
今はストーリーを進めていきたい!


再会、そして奪還へ

 

 

 

 

「ちょっとー!? いきなり簀巻にされる謂れなんてないんですけどー!!」

「仮想敵戦力の無力化に成功。驚くほど簡単でしたね、マスター」

「子供を押入れに閉じ込めるような呆気なさだった……」

 

 ロープでぐるぐる巻きに確保されたエウロペ。その手綱はマシュが握っている。

 アタランテの方は早々に敵ではないことを告げ弓を下げていたが、それを好機と見たこれまで従えてきた海賊が叛乱、即座にカルデア一行に鎮圧されていた。

 持ち主の黒髭が霊基消滅したのに合わせ沈みゆく女王アンの復讐号から場所を移し、一行はドレイクの黄金の鹿号で改めて顔を合わせた。

 

「突然の乱入をまずは詫びよう。吾々の船が嵐に流され、それを抜けた矢先に船影を見かけたのでな。そこの童が勇み足で不用意に突撃した結果だ。私の監督不行届であった、すまぬ」

「いえ、こちらに損害はありませんでしたし、それは良いのですが……貴女はアタランテさん、ですよね?」

「あっ、ほんとだ! 前にフランスで戦ったことある!」

「如何にも、私がアタランテだ。朧気ではあるが汝らのことも記憶にある。先の特異点では不甲斐ない姿を見せた」

『今回の現界では狂化は付与されていないようだね。少なくとも敵意が無いのは確かなようだ』

 

 ロマンの分析に各々が警戒を緩める。

 敵としてではあるが彼女の強さを知る立香とマシュは戦力の増強に喜び、手を取って歓迎の意を示していたが、他のサーヴァント陣と言うとこれまたそれどころではなかった。

 

「ぅおおおおおおあああああああああああああ!!! はやく、だせ……! ふねを、あいつを、おいかけ、なく、ちゃ……!!!!」

「おちつけ旦那! たった一人で突っ込んでどうする!?」

「ひいいいいいい!? なんて馬鹿力だ、まるで止まりゃしねぇ!!」

「……随分と荒れているようだが、何事だ?」

「! そうでした、事態は一刻の猶予もありません! 手短にお話しますが――」

 

 エウリュアレの連れ去られた方角へ怒声を上げるアステリオス。

 今にも船を飛び降りて単身追いかけかねない彼を引き止める水夫たちの悲鳴が轟く。

 マシュは事の前後を手短に伝えると、アタランテは眉根に深く皺を刻んで顔を顰めた。

 

「――成程。アレはイアソンめの手勢だったか」

「イアソン……と言うと、アルゴナウタイの?」

「そうだ。――どうやら汝らは事の元凶にまだ行き当たっていないようだな。ならばこちらも知り得ることを伝えよう」

「お願いします。正直ここまで殆ど成り行き任せでしたから……」

 

 そしてカルデア側とアタランテで互いの情報を交換し、揃って苦渋を浮かべる両者。

 事態はイアソン側へ有利に動いていることに、アタランテは露骨に苦虫を噛み潰したようにして獰猛な笑みを浮かべつつある。

 

「……そんな顔するほどアレなの?」

「……およそアレを知る者であやつを好く輩など想像できんくらいには、な」

「しかし問題はそこではありません。アルゴナウタイ――アルゴノート号の探検隊と言えば、ギリシャ神話でも一際有名な英雄集団でもあります。乗組員には錚々たるメンバーが集い、中でも――」

『ギリシャ一の大英雄、ヘラクレスまでもが参加していた……そうだね、アタランテちゃん?』

「その通りだ。私がヤツに召喚されたとき、既にヘラクレスがヤツについていたのを目撃している。私が無事逃げおおせたのも、運によるところが大きい」

「ヘラクレスなら私も名前は知ってるけど……そんなにヤバイの?」

「率直に言いまして、この上なくヤバイかと」

 

 一人安穏とした様子の立香が問えば、マシュはこの上なく真剣味を帯びて答える。

 立香は俄に想像がつかないにしろ、今や歴戦と言ってもいい彼女がそこまで危険視するのなら余程のことなのだろうと納得し――

 

「ところでマシュ、あの女の子は?」

「あっ、思考に耽るあまり手放していました! す、すみませんマスター!」

 

 話し込むうちに手綱を握る手が緩んでいたらしく、咄嗟に引っ張れば「ぐえっ!」という蛙が潰れたような悲鳴が上がる。

 いつの間にかアステリオスの方まで駆け寄っていたらしい。上半身を簀巻にされたまま、彼の足元で突っ伏す少女の姿があった。

 

「ちょっとー!? いきなり引っ張るなんてレディに対して礼儀がなってないんじゃなくて!?」

「も、申し訳ありません……ところで彼女は一体誰なのでしょうか。ここまで誰もがスルーしていましたが……」

「なんかこう、無害すぎて皆見落としてたよね」

「ああ、紹介し忘れていたな。あれは――」

「――――アステリオス!!!」

 

 アタランテが口を開こうとした矢先に、それを遮るようにしてエウロペの喜色が響く。

 勢いのまま飛びついて、アステリオスの脚に突撃したエウロペが両手で抱きしめようとするも、拘束されていたことを忘れそのまま顔面を強打する。

 

「えへ、えへへへ……アステリオス! ああまさかアステリオスに会えるなんて……!!」

「ぉ、まえ、だれ、だ……?」

 

 めげずに鼻っ面を赤くしながらニヤケ顔を浮かべる少女にアステリオスは若干引きながらも、その小柄な姿に一瞬エウリュアレの影を重ねて静かに問い返す。

 彼が己を認めたのがそんなにも嬉しいのか、エウロペはますます笑みを大きくして、彼の脚に頬ずりしながら甘やかし全開で叫んだ。

 

「おばあちゃんって呼んで!!」

 

 ――はぁ?

 その場の誰もが心中を一致させた。

 

 

 

 

「アステリオスぅ……ほんともう大きくなっちゃって、おばあちゃん嬉しい!」

「ぅ……」

「すごい、アステリオスさんが借りてきた猫のようにおとなしくなってます……!」

 

 なんやかんやで脅威にもならないだろうと判断され拘束を解かれると、エウロペはそのままアステリオスにしがみついて全身頬ずりしながらにやけっぱなしであった。

 アステリオスはそんな彼女に対し接し方がわからないでいるのか、暴れることも忘れて立ち尽くしている。その割には拒む様子も無くされるがままにしている辺り、自分でも状況が飲み込めていないようだった。

 

「いつの間にか子犬や天使っぽいのもいるし……」

「見たところサーヴァントのようです、マスター。極めて微弱ですが霊基反応も確認できます」

『天使と子犬を連れたサーヴァントかい? うーん……アレイスター・クロウリー? 守護天使エイワスに愛犬エセルドレーダ……いや、さすがに無いな。エイワスはともかく、飼い犬が英霊の一部として登録されるのはあまりに考えにくい。性別の違いはこの際無視するとしてもだ』

「かのアーサー王も女性でしたしね。……あの、マスター? 何をそんなに悔しがっているのでしょうか」

「すごい、一心不乱にもふもふされてもおとなしいなんて……私でも起きてるときは許してくれないのに!」

 

 嫉妬に歯噛みする立香。正体を考察するマシュにロマニ。そしてアタランテはじゃれつくエウロペを引き剥がし、吊るされる彼女に猛抗議を受けていた。

 

「ちょっとちょっと! 家族の再会を邪魔しないでよ!? まだまだギュッてしたりないんだからー!!」

「落ち着け。何が汝をそう駆り立てるのだ。如何に敵対的でないとはいえ、じゃれ合うなど真っ当なサーヴァントのすることではない」

「孫を可愛がって何が悪いってのよ~~!!?」

「お孫さん……ですか?」

 

 きょとんと目を見張るマシュ。その視線の先にはアステリオスの角にしがみついて離れまいとする少女の姿が。

 聞き間違いがなければ、今しがた彼女はアステリオスを指して孫と言い放ったはずだ。しかしとてもではないが両者を孫と結びつける材料を見出だせず、理解が及ばないでいる。

 一方でロマニの反応は劇的だった。

 

『アステリオスを――孫だって!? まさか、彼女はエウロペだっていうのかい!?』

「ドクター、エウロペって?」

 

 尋ねる立香。彼女は基本、英霊に関する知識に疎い元一般人だ。精々が遊んだゲームでモチーフにされている単語を覚えてるくらいで、詳細な起源や由来などとはさっぱり無縁である。人理修復の旅を始めて自主的に学ぶことも増えたが、詳しいとはとても言えない粗末な付け焼き刃だ。

 サーヴァントの来歴や実力を説明するのは、大抵はマシュやロマニの役目だった。そのロマニが泡を食って驚く様子に、一体どのような人物なのだろうとぼんやりと考える。

 そんな立香に、ロマニは弾むような声音で説明を始めた。

 

『エウロペはギリシャ神話の英雄の時代、その最初期に活躍した女性だ。彼女は神々の王ゼウスに見初められ、一頭の牡牛に変身した彼に連れ去られて世界の各地を巡り、やがてクレタ島に辿り着く。そこでゼウスと情を交わして子を儲けると、ゼウスの神託に従ってアステリオスに庇護され、彼を王へ導いたんだ。言うなればクレタ島の王権そのものと言える人物だね』

「有名なのは"ヘラシモスの牛退治"でしょうか。ヘラの放った魔牛との戦いでは、ゼウスから贈られた三つの宝物――即ちタロス、ライラプス、尽きない槍を駆使し、見事勝利を収めたのです。この功績によって全ての神々から称賛される栄誉を賜ったとされ――――そういえば、この場には当事者がいるのでは?」

「それってもしかしなくても……」

 

「あれ? あれれっ!? もしかして――きゃーっ、エウロペちゃんじゃなーい♪ ひさしぶりねーっ☆」

「あら、アルテミスじゃない! まさかあなたが現界してるなんて思わなかったわ!」

 

 逃げたヘクトールを追っていたアルテミスが戻るや否や、黄色い声を上げる。

 気付いたエウロペも同様に、長年来の友人へそうするように気安く手を振り返していた。

 そして駆け寄るなり手を取って、ぶんぶんと振り回して笑みを浮かべる。

 

「あなたも随分とイメチェンしたわねー。昔はもっとキリッとして男なんて知りませんーって感じだったのに、すっかり乙女モード入っちゃって!」

「んふふー♪ やっぱり女の子としてはぁ、素敵な恋しちゃうと変わっちゃうかなって! 今回はダーリンが呼び出されたんだけど、心配だからついてきちゃった♪」

「てことはこっちのちんちくりんなのがウチの曾孫ってわけね! うりうり」

「ど、どーもー……ごぶさたしてまーす……あぁん、尾てい骨は、尾てい骨はやめてぇっ!?」

 

 すっかり親戚モードに突入した三人と、一方で目を見開いたまま気を失っているアタランテの姿が。

 近所付き合いの長いおばちゃんじみて姦しい己が主神の威厳の欠片も見当たらない姿に、信仰を試されるあまりどこかへ旅立ってしまったようだ。その哀愁たるや誰もが目を背けるほどに。

 

「アタランテさんはアルテミス神の熱心な信徒としても有名ですから……」

「傷は深いぞ、がっかりしろ!」

「やめろ、いやほんとやめてくれ……あまりの衝撃に一瞬信仰を疑ってしまった……」

「フォーウ……」

 

 てしてしと殴るフォウくん。その鳴き声には心からの憐れみが込められていた。

 

 

 

 

「話は聞かせてもらったわ! あなたたちも随分と頑張ってきたようね! あたし、そういうの嫌いじゃないわ!!」

「きょ、恐縮です……それでその、エウロペさん――」

「うちの子たちがお世話になったのに、そんな他人行儀にしなくてもよくってよ! 遠慮なくおばあちゃんって呼ぶといいわ!!」

「エウロペおばあちゃーん!」

「おいでリッカ! おばあちゃんが抱っこしてあげる!」

「どうしましょうドクター、これまでにないパターンです」

『うーむ、さすがに大英雄。キャラクターも強烈だなぁ』

 

 思わず素に戻るマシュ。押せ押せ気質なエウロペの勢いにたじたじである。

 一方で対サーヴァントにおけるパーフェクトコミュニケーション記録現在更新中の立香が素直におばあちゃんと呼べば、彼女はすっかり立香を気に入った様子で全力のハグを交わしていた。

 

『だけど状況は大分好転したはずだ。ギリシャで一二を争う名狩人のアタランテちゃんに、四大英雄の一角が戦力に加わったんだ。たとえアルゴナウタイが相手でも十分渡り合えるはずだよ。連れ去られたエウリュアレと聖杯を取り戻すことも――』

「あっ、ごめーん。それちょっと無理っぽいかも」

『――なんですとぉ!?』

「召喚の際に不手際があったのか知らないけど、必要最低限の魔力しか供給されてないのだもの。さすがにこれじゃあヘラクレスをどうにかしろって言われても無理よ、宝具も使えそうにないし」

『なんてこった……こりゃ参ったぞぉ、宝具の使えないエウロペなんてただの置物じゃないか……』

「言うに事欠いて置物なんて失礼ね! それにさっきから聞いてれば端から他人任せの軟弱意見ばかり! きっとろくに髭の生えてないモヤシ野郎に違いないわ!!」

『も、もやし……』

「おばあちゃんどうどう、ドクターが傷ついてる」

「ふんだふんだ! どうせ宝具の使えないあたしなんてただの美少女よ!!」

 

 すっかり臍を曲げたエウロペを宥める立香。その光景、最早完全に姉妹か何かか。どちらが妹なのかは言うまでもない。

 

「しかしそうなると、まずはエウリュアレさんの奪還を第一目標とすべきでしょうか。何を目的に彼女を攫ったのかはわかりませんが、少なくとも彼女がこちらの手元に居る限り、彼らが目的を達することはないでしょう。然る後に戦力を整え、改めて相対すべきかと考えます」

「そうなると気掛かりなのはアーク……ってやつだよね。ダビデ王だっけ? その人とも合流しないとだね」

「……? マスター、なぜ顔を赤らめているのでしょうか」

「いや、だってその、ダビデって、あれでしょ? おち◯ち◯丸出しの人でしょ?」

『いや、あれはミケランジェロの創作であって本人そのものではないからね!?』

 

 世界で一番ち◯こを晒された英雄。思わぬ風評被害である。

 さすがのダビデ王もこのとばっちりには猛抗議不可避。

 

「……ならば私と汝らの海図を照らし合わせてみよう。それで探索できていない範囲は大分絞られるはずだ」

「となればまずは……せんちょー! 船はもう出せるー!?」

「任せな、あの程度で立ち往生するほどアタシの船はヤワじゃないよ!」

「よっし! それじゃあエウリュアレちゃん奪還作戦開始だね!!」

 

 ここまで船の復旧作業にあたっていたドレイクが応えれば、立香はにんまりと笑って両の拳を打ち付ける。

 大きな決断を下したときに決まって見せる、いつからか身についていた彼女のクセだ。

 そんなマスターが何よりも頼もしいとマシュは頷いて、大盾を打ち付け意気を高くした。

 

「アステリオスくん!」

「ますたー……いく、のか?」

「もちろん! 皆でエウリュアレちゃんを助けにいくよ!」

「なら……ぼく、も、がんばら、なきゃ……!!」

 

 立香の言葉に、項垂れていたアステリオスも頭を上げる。

 まんまと彼女を連れ去られてしまった怒りや悲しみはある。しかしそれを今は全て飲み込んで、必ずや助け出すのだと握り拳を強くした。

 

「アステリオス!」

「おま、え……」

 

 そんな彼の後ろ髪を引っ張るエウロペ。

 振り返るアステリオスは、今以て彼女のことを計り兼ねていたが、しかし――

 

「おま、え、も……ぼくを、あすてりおす、って、よぶの、か?」

「――あたりまえじゃない。だって、あたしがそう名付けたんですもの」

 

 泣きそうな笑みを浮かべて、己をアステリオスと呼ぶ少女のことを、決して嫌いではない――否、嫌いになれない自分がいることを認めている。

 この特異点に喚び出され触れ合った多くの人間、サーヴァントたちとも違う、エウリュアレとも違う、とても暖かで安らげる空気を纏うエウロペ。

 その小さな身体で精一杯の愛情を示そうとする彼女に、自然と目線を合わせるように屈むと、エウロペはそっとアステリオスの頭を抱き留めた。

 

「アステリオス……あなた、エウリュアレって子が大好きなのね」

「……うん」

「あなたが大切だって思う子なのよね?」

「たいせつ……そうだ、えうりゅあれは、ぼくの、たいせつ……」

 

 噛みしめるように、ひとつひとつ言葉を己に刻むアステリオスに、エウロペは頭を撫でる手を止められないでいる。

 だがアステリオスが意を決して立ち上がると、それを引き止めることはせず、一直線に彼を見上げて気丈に笑った。

 

「――ぼくは、えうりゅあれが、たいせつ……だから。いかなくちゃ……えうりゅあれを、たすけに、いかなくちゃ……!!」

「……あ゛ずでり゛お゛ずぅぅううう゛う゛う゛う゛う゛う゛!! ほん゛どに゛り゛っぱにな゛っぢゃっでぇぇぇ!!!!!!!」

 

 かと思いきや涙腺決壊。涙やら鼻水やらを垂れ流しての男泣きであった。

 感極まるあまり堪え切れなくなったらしい。そんなにも孫の成長が嬉しかったのか、恥も外聞も捨てての大泣きであった。

 勢いのままアステリオスの脚にしがみつけば離すまいと全身で抱きしめて、昂る感情を垂れ流すエウロペに周囲はすっかり微笑ましい気持ちになっていた。

 

「ずっと未練だったものねぇ……ここにきて念願が叶って、つい感極まっちゃったみたい」

「未練、ですか?」

「そ。親の不義理で産まれてきた忌み子だけれど、そんなの関係ないって大暴れ。元凶のミノスくんを張り倒すなり無理矢理引き取って養育したんだけど……育てきる前にエウロペちゃんにタナトスのお迎えがきちゃって、ね」

「本人は最後まで人として教育するように、絶対にすごい将軍になるからーって言ってたんだが……結局はおまえらが伝説で知るとおり、曾祖母様亡きあとは大迷宮へ幽閉されたってわけだ。どーやらそれが心残りだったらしいなぁ……」

 

 珍しく慈愛を浮かべるアルテミス。そこには旧来の友を案じる真実神としての慈悲があった。

 普段はおちゃらけているオリオンも、偉大なる先祖の弱い姿に思うところがあるのか神妙だった。

 

 マシュは、泣きじゃくるエウロペの背中に、得も言えぬ感情を抱いた。

 生前果たせなかった願い。幼くして置き去りにしてしまったアステリオスへの未練が、彼自身の精神的成長によって断ち切られることへの幸福。

 怪物と伝説に謳われた彼が人間として仲間と触れ合い、そして今、子供として抱き締められるその姿を、マシュは何より尊いと思ったのだ。

 

「あれ? ひょっとしてアタランテ……泣いてる?」

「そ、そうではない! ……ぐすっ、ただ、あやつは真実エウロペだったのだなと、感心していただけだ」

「んふふ、そっか♪」

 

 そんな彼らの傍らで、仕方のないような笑みを浮かべるドレイク。

 場の空気を呑むように酒瓶を呷り、酒気を吐いて呟いた。

 

「……やれやれ、お涙頂戴な空気は苦手なんだけどねぇ」

「とはいえ感動の再会に水を差すのも悪いし、ここは好きにさせてやっか……と気遣う船長であった」

「おだまりボンベ」

「あいてっ!? ……へへっ、すいやせん、準備してきやっす!」

 

 空になった酒瓶で張り倒せば、にやついたまま消え去るボンベ。

 随分甘くなったもんだと自嘲気味に頭を掻くと、ドレイクは操舵を握って風を捉えた。

 

「放っといたらいつまでも乳繰り合いかねないからねぇ……気の利くドレイク姐さんはクールに船を出してやるのさ」

『あはは……よろしく頼むよ、キャプテン』

「人だろうがお宝だろうが、一切合切奪っていくのがアタシらの流儀さ。うだうだ心配せずに任せときな! さぁて野郎ども、船を出すよ!! 目当ては舐めた真似してくれたトボケ野郎のケツの穴だ、カマ掘る勢いで突っ込みな!!」

「アイ、サー! キャプテン!!」

 

 そして進路は逃げたヘクトールを追って、遥か彼方のアルゴー船へ。

 第三特異点最大の戦いは、すぐそこに迫っていた。

 

 

 

 




生前編と違って随分と書き口が変わったように自分でも思います。
それが良いにしろ悪いにしろ、やはり原作があると難しいですね。可能な範囲で精一杯書いていきたい。

あと2~3話でオケアノス編終わりの予定です。

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