【艦隊これくしょん短編集】Love&Love   作:鬼狐

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※メンズラブ。成人男性同士の恋愛のこと。略してMLと呼ぶこともある。

尚、この注訳とタイトルに関係があるとは限らない。

表紙はこちら。
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ぜひご覧になってからお読みください。



ML

 ぷかぷかと、浮いている。冷たさも暖かさも感じない。ただ自分の身体が水の中にいるような感触だけがある。目を開く。闇。何も見えない。いや――そもそも目が開いていない。開くことが、出来ない。

 何も見えない、聞こえない。ワタシという身体に……ワタシという存在にあるのは浮遊感と思考だけ。それ以外は何ひとつ持っていない。ワタシは誰だっけ。名前があった気がする。過去があった気がする。大事なモノが、あった気がする。思考と記憶に靄がかかる。思い出せそうで思い出せない、もどかしさで頭が痛む。

ふと。誰かの声が耳に聞こえてきた。相変わらず目は見えないが、途切れ途切れのその声だけは聞こえる。それが妙に嬉しかった。

 

「……功だ! よ……く、艦娘を……作……ができた!」

「おめで……ます、博士! これで娘さ……も」

「あぁ、あり……う。君のおか……だ」

 

 どうやらワタシの傍に、人が二人以上いるようだ。酷くノイズ混じりのその会話を理解することはできない。けれど、その声には聞き覚えがあった。生まれた時から聞いてきた声。だいすきなだいすきなパパの声だ――

 ぐい。声と記憶が結びついたその瞬間。浮遊感が、身体がどこかへと引っ張られていく感覚に変わった。同時に、意識も黒く染められていく。次々と記憶が蘇っていくのに、意識が薄れてしまっている。パパ。ママ。せんせい。――くん。あぁ、そうだ。――くん。また、貴方に会いたい。そして……

 ぶつん。

 

『ML』

 

 ぷかぷかと、浮いている。そんな気持ちになった。だが、すぐに心を切り替えて、提督としての最初の一言を彼女――金剛型一番艦、金剛――に告げる。

 

「横須賀鎮守府へ、ようこそ。私が提督だ。君はこの鎮守府の初めての戦艦だ。頼りにしているよ」

「初めまして、金剛デース! 提督ゥー、よろしくおねがいしますネー!」

 

 元気な返事だ。声から、どこかはしゃいでいる印象も受ける。なんとなく、昔、犬を飼っていたことを思い出した。たくさん飼っていたが、首輪をつけていなかったのが悪かっただろう、全部すぐにいなくなってしまったが。犬が大好きで、とても大切にしていたのに。あぁ、そういえばあの時は犬と一緒に、あの娘ともよく――いや。やめよう。余計なことを、思い出さなくていい。

 

「戦艦は燃費があまり良くないと聞く。必要な時以外、余り戦闘に出せないかもしれないが」

「アハハ、心配ゴ無用デース! 私は戦艦の中では燃費がいいほうデースから!」

 

 頼りがいのある言葉と共に、彼女はにこりと笑った。また、心が浮き上がる。あぁ、いかん。全くもって良くない。提督に就任してから数ヶ月。見た目麗しい艦娘たちに囲まれてはいたが、仕事と私事をきちんと分け、自分なりに艦娘に心を動かすことなく過ごせていたというのに。何故、金剛にこれほどまでに心が浮ついてしまっているのだろう。それも、今日はじめて会えた――会っただけだというのに。

 鎮守府内の工場に資源を渡すとその資源量に基づいた艦種の艤装が作られ、その艤装に適応し勤務を志願する者を鎮守府の近辺から探し出し艦娘とする。それが、俗称で『艦娘建造』と呼ばれる一連の流れだ。そのプロセスによってこの鎮守府にやってきた初めての戦艦、金剛。故郷がこの鎮守府から遙か遠くにあるため鎮守府付近をうろついたこともない俺と、ここ付近に住んでいたであろう彼女は会ったことがないはずだ。

 それなのに、何故だろう。俺は彼女をよく知っている気がする。遠い昔に、会ったことがあるような。……ごほん、と咳払いをした。関係のないことを考えている場合じゃない。今は、この新艦娘にきちりと提督としての威厳を見せつける時だ。

 

「ん、んん。えー、この鎮守府では新任の艦娘は数日間、秘書艦をやってもらうことになっている。問題は?」

「ありまセーン! なんだったら、ずっと秘書艦でも良いですヨ!」

 

 偽りの威厳――実際、威厳など最初だけしか見せようと思っていない。締めるべき所を締めたいだけだからだ――を見透かしたかのように、からかう台詞と表情で、金剛は笑う。その笑みで、俺の遠い遠い記憶がこじ開けられた。……あぁ、あぁ。そう、そうか。

 ようやく、ようやく思い出した。そっくりなんだ。金剛と、幼馴染……遠い昔に死んだ幼馴染が。こちらを楽しそうにからかうような台詞。輝く太陽みたいな笑顔。どこかの国からやってきたと言い張る、少し嘘臭い片言。茶色混じりの美しい髪。全てが一致する。

 ありえない、と俺は首を振った。彼女は死んだ。それも、俺の目の前で。学校帰りに、暴走したトラックに轢かれてぐちゃぐちゃになった。今でも、強烈にその光景が頭に焼き付いている。ついさっきまで話していた相手が、淡い恋心を抱いていた相手がただの肉の塊になる景色……あの時から一ヶ月ほどは、まともに物が食べられなかった。葬式に出ることすら出来なかった――いや、葬式があったのかどうかすら知らない。あの期間は、親も含めた全ての人間との接触を絶っていたからだ。

 

「テートク? どうかしましたカ?」

 

 金剛の声で、ハッと思考が目の前の金剛に戻った。金剛、いや、あの幼馴染の記憶から、凄惨な事故まで思い出してしまって、ボーっとしていたようだ。

 

「い、いや。なんでもない。えーっと、そうだな。今日は特に仕事はない。自室で待機していてくれ」

「ハイ! 了解デース! 何かあったら、すぐにこの私に言ってくださいネー!」

 

 本当は、秘書艦として手伝ってもらいたい仕事は大量に残っている。だが、だが――とにかく今は、一人になりたかった。

 

 

 

「本当にいいのか? お前が望むなら、ずっとこの研究所に居られるんだぞ。お前は特別な艦娘だから、研究という名目をでっち上げれば……」

「大丈夫デスヨ、パパ! 心配しないでくだサーイ!」

「そうか。やはり、な。あそこには彼もいるしな……正直、お前を止められるとは思っていなかったよ。それに、艤装さえ失わなければ――」

 

 

 ぷかぷかと、浮いている。またもそんな気持ちになった。けれど、今度は悪い方――それも最悪な方の理由でだ。

 初めての海域だったから。未熟な指揮だったから。過信していたから。……心がどこか浮ついていたから。他人のせいにも、自分のせいにも出来る。だが、それによって現実を覆すことは絶対に出来ない。そう。事実は変わらない。金剛は、轟沈したのだ。『また』、俺の目の前で死んだのだ。……馬鹿が。何が、『また』だ。金剛と幼馴染は違うのに。心の表面ではわかっていたのに、奥底の方では重ねていたのだ。

 その結果がこれだ。金剛は轟沈し、死んだ。着任からたった数週間だというのに、彼女は深海棲艦の砲撃を喰らい、沈んだ。

 『まだまだ平気デース!』。沈む前の戦闘の時、敵の弾が直撃した彼女はそう言った。俺はそれを信じ、進撃を選んだ。……信じるべきではなかった。彼女の空元気に過ぎなかったのだ。敵艦隊の旗艦を撃沈させると同時に、彼女もまた轟沈してしまった。

酷い喪失感が胸にじくり、じわりと広がっている。何の気力も湧いてこない。もしかしたら、心が死んでしまっているのかも。こうして思考を巡らせることそれ自体が、ただの死後反応にしか過ぎないような、そんな感覚がする。全く同じ状態になった覚えがある。そう、あの幼馴染が死んだ時と、寸分違わず同じだ。自分の脳の一部がごそりと削げ落ちてしまったかのような、失ってはいけないモノを失ってしまったかのような。

死んでいく瞬間の彼女の顔が焼き付いている。笑顔――そう、笑顔だった。随伴していた電のカメラを通して見た彼女の最後の表情は、笑みだったのだ。まるでわからない。何故、何故。彼女は笑っていたのだろう。死を目前にして、何故。ふと、幼馴染の顔が頭のなかに過った。そういえば、彼女のまた……トラックに轢かれるその瞬間、笑みを浮かべていたような気が――

 

「司令官さん、大丈夫なのです……?」

 

 電の声が聞こえ、ハッと顔を上げた。いつのまにか部屋に入ってきていたらしい。まるで気が付かなかった。

 

「帰還していたのか。……ご苦労だった。俺、いや私のことは気にせずに休んでくれ。疲れただろう」

「司令官さん……あの、なんていうか、その……」

 

 何を言えばいいのかわからない、という顔の電。彼女なりに俺を励ましてくれようとしているが、なんて言えばいいのかが思いつかないのだろう。それはそうだろう、彼女と金剛は仲が良かった。年上のお姉さんとそれに甘える子供、という関係だったのだ。彼女にとっても、金剛の死はショックに違いない。にもかかわらず、俺を励まそうとする彼女の優しさに頭がさがる。

 だが、今はとにかく一人になりたい気分でもあった。心苦しくはあるが、正直、それを気にしていられる心境ではない。

 

「休め、と言っているだろう。……一人にしてくれ」

「は、はい……。でも、これだけは言わせて欲しいのです。金剛さんの最後の言葉を」

 

 ドクン、と心臓が高鳴る。そういえば、沈んでいく直前に、彼女は電のカメラに向かって何かを呟いていた。カメラと通信は別で、金剛の通信機が壊れていたため聞き取れなかったが……そうか、そうだな。彼女の目の前にいた電には聞き取れていたのだな。

 

「なんと、言っていた?」

「……『また、会いまショウ』と」

「……そうか。ありがとう。下がってくれ」

「はい……」

 

 下を向いたまま、電が退出していく。本当に申し訳ない。後日、彼女には謝らないといけないだろうな。……『また』、か。

 以前、彼女がしてくれたヴァルハラの話を思い出す。死んだ戦士たちが集まる場所……戦いの中で死んだ者はそこに行けると言う。金剛はそこへと行けたのだろうか。ならば――『また』、というのは。戦い続けて欲しいという、彼女の最後の願いなのかもしれない。ならば、俺は艦娘と共に戦い続けよう。戦って、戦って、戦いの中で死ぬ。そうすれば、きっとまた彼女に会うことが出来るのかもしれない。

 けれど。頭の片隅に疑問が浮かんだ。ヴァルハラの話をしてくれたのは、果たして本当に金剛だっただろうか。あの幼馴染もまた、同じ話をしていたような気が――いや、そもそも金剛から聞いていないのでは――

 

 

「艤装は回収できたか!?」

「は、はい。博士。電という駆逐艦娘から回収しました」

「そうか。良かった……これでまた、あの娘を――」

 

 

 彼女はまた、笑っていた。

 金剛の死から数日。たった、数日。『新しい金剛』が建造されたという報告を受けた。戸惑った表情の電によって執務室へと連れてこられた『金剛』は、私の顔を見るなり笑顔で叫んだ。

 

『初めましテ、テートク!』

 

 少なからず、俺は落胆した。初めまして……あの幼馴染とも、金剛とも、やはり違う人間なのだと。だが、もしかして――などと夢想してしまうほど、新しい金剛もまた二人とそっくりだった。双子だった、と言われてもおかしくないほどに。艦娘が艦娘となる前のプロフィールが非公開のため、ひょっとしたらそうなのかもしれなかったが、『君の姉か妹は私の手で死んだのか』などと聞けるはずもなかった。いや、もっと親しくなれば聞けていた可能性もあった。だが、そうはならなかった。

 彼女は、再び沈んだからだ。あの時のように、俺のミスで。あの時のように、笑いながら。あの時のように、『また会いまショウ』という言葉を電に残して。

 ガン、と目の前の机を叩いた。骨が折れたのではないか、と思うほどの痛みが拳に走る。だが、彼女の痛みはこんなモノではなかっただろう。二人目の金剛にも、今にも泣き喚いてしまいそうなのを必死に抑えつけているような表情で戦闘報告を行ってくれた電にも、できることなら己の首を掻っ切って謝りたかった。

 魔が差した、とでも言えばいいだろうか。一度死なせてしまった艦娘と同じ名前を冠している以上、俺は彼女のことを大切にしていた。決して無茶な海域には行かせず、演習や低危険度の海域での戦闘で着実に練度を上げさせた。だというのに。

 分かっていたのだ。彼女の損傷が危険であることは。それなのに、また信じてしまった。彼女の『大丈夫』という言葉を、また。進撃を命令してしまった。まるで、まるで――彼女の死が見たいかのように。

 

「……馬鹿な」

 

 ぼつり、とそう呟いて己の思考を否定する。そんなはずがない。俺はそんなイカれた男なんかじゃあない。単に愚かだっただけだ。学習能力のない、反省点を活かす気のない頭の悪い男だっただけ。馬鹿。愚図。阿呆。考え無し。間抜け。

 自分を罵倒する言葉を並べる。『死が見たい』、その結論が――ほんの一瞬だけ、しっくり来たように感じてしまったのを隠すように。

 

 

「……また、あの鎮守府に行くのか」

「ハイ。もちろんデース!」

「何故だ。理解できない。彼のことも、……お前のことも。復活しているとはいえ、お前は確実に死んでいるんだぞ」

「アハハ! それはもちろん――」

 

 

 彼女は、笑っている。俺の目の前で、嬉しそうに、楽しそうに。

 四、いや、三人目として建造された金剛もまた、これまでの金剛と同じ見た目だった。さすがに俺は何かがおかしいと気がつき始めていた。クローンか何かで艤装適応者を無理やり作り出しているのではないか――なんて、SFじみた推測までしてしまうほどに。

 けれど、飽くまで一提督にすぎない俺には裏にあることなど知ることができるはずもないし……知る気もなかった。俺にとって、そんなことはどうでも良かったからだ。『今度こそ、沈めない』。重要なのは、それだけだった。

 三人目の金剛も、『初めまして』と言った。つまりは、あの幼馴染じゃないし、一人目の金剛でもない。二人目の金剛ともまた違う。だからこそ、だからこそ死なせたくない。死んでいった者達に報いるには、それしかないと思った。だからそう決意したのだ。

 電、金剛、他数名の駆逐艦や軽巡で編成された艦隊を、俺は決して海域には出さなかった。行わせるのは演習だけで、海域で戦わせるのは金剛を抜いて代わりに重巡を増やした艦隊。病的と思われてしまうかもしれないほど、俺は頑なに金剛を危険な場所へと行かせなかった。ずぅっと、秘書艦をやらせた。新しい艦娘が来ても、金剛から変えることはしなかった。

 何度も何度もせがまれた。『私も戦いたいデース!』と。けれど、俺は絶対に首を縦に振らなかった。もう、『金剛』の死を見たくはなかったから――その一方で、心のどこかに何かを感じていた。それは焦燥感にも、心苦しさにも、……物足りなさにも似た感情だった。

 そんな日々が、数十日続いた。コンコンと扉を叩き、金剛が執務室へと入ってきた。それが、今、この瞬間の出来事だ。

 彼女は、笑っている。俺の目の前で、嬉しそうに、楽しそうに……左手に、ナイフを握って。右手には、何か大きな袋を持っているようだ。

 

「何のつもりだ、金剛」

「こういうつもりデス」

 

 そういうと、彼女はナイフを――ことり、と机の上に置いて、持ち手を俺の方へと向けた。きらり、とナイフの表面が光った。随分と高価そうだ。よく磨かれていて、俺の顔が写りそうだ。

 

「……なんだ。出撃させてもらえない怒りのあまり、ナイフで俺を刺してくるのかと」

「アハハ、そんな狂ったことはしませんヨー。……これは、提督が使うために持ってきただけデース」

「……は?」

「あ、ナイフじゃ駄目だったデスか? こちらなら、どうですカ?」

 

 そう言って、金剛は右手に持っていた袋から次々に道具を取り出した。包丁、ハンマー、棍棒、バット、ビール瓶、何かの薬が入っている瓶。それらを全て、俺の目の前に並べていく。まるで、……得物を選ばせるかのように。

 

「……なんなんだ。なんなんだッ! さっきから何度も聞いているだろう! 何のつもりだ、金剛ッ!」

「分からないんですカ? それとも、……分からない振りをしているんデスカ? ――くん」

 

 ごきり、と頭の中で嫌な音が響いた気がした。おそらくは、無理矢理記憶の引き出しをこじ開けられた音だ。金剛が口にした名前と、呼び方。それは……死んだはずの幼馴染と同じ呼び方だった。

 

「どういう、ことだ。お前は、アイツなのか? ……いや。アイツら、なのか」

「エェ、エェ。そのとおりデスヨー。貴方の目の前で死んだ幼馴染でもアリ、貴方の手で死んだ金剛でもありマース!」

「そう、か。そうだったのか。……死んでいなかったのか」

「イイエ。たしかに死にましタ。この身体は新しく作ったモノだシ、記憶は艤装に記録されていた物から復元しただけデス。パパ……いや、博士曰く『魂も同じ』らしいですケドね。ま、私にとっては私は私デース!」

 

 衝撃的過ぎて、頭が追いつくのに時間がかかる。死んでいなかった、いや、死んでいた。だけど、同じ魂の同じ金剛。けれど、肉体も記憶もある意味では別の物。違う。同じ。死んでいる。死んでいた。良かった。……良かった? 何がだ。解釈次第では死んでいなかった、といえる点か?

 

「ワタシは特別な艦娘なんデス。艦娘研究の第一人者であるパパが、非人道的とも言える手であの事故で死んでいたはずのワタシを無理矢理復活させたんデスヨ」

「そう、なのか。……なら何故、黙っていたんだ? お前は相変わらず、なんというか人が悪いな。ははは。『初めまして』、だなんて白々しいことを言いやがって」

「だって――そうじゃないと、殺した実感がわかないデショ?」

 

 ごつん。頭を殴られたかのような強い衝撃が走った。実際に殴られたわけではない。彼女の言っていることが図星だったから――違う――彼女の言葉で気がついてしまったから――それも違う――彼女が言い出したことがあまりにも唐突で、あまりにも意味が不明だったから、だ。

 

「あの頃から、貴方と幼馴染だった頃カラ。ずっと私は貴方のことが好きナンデス。愛しているンデス。ずっと、ずっと見てましタ。だからこそ、気がついてしまった……気がつくことが出来たんデス。貴方の本性に」

「俺の、本性? 何を……何を言っているのかわからない。まるでわからない」

 

 頭が痛い。目の前が霞んでしまいそうなほどに痛みが酷い。警告。これは、脳みそからの警告だ。何か、開かれてはいけない引き出しが開かれようとしているぞ、という。

目を閉じてしまいたい。だけど、目を背けてはいけない気がする。微かに開いた目で、金剛が、ゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいてきているのは分かった。

 

「愛犬が何匹も死にましたネ。貴方の飼っていた犬が」

 

 覚えている。たくさん飼っていた。だけど、いなくなってしまった。『次々』と。そのたびに、新しい犬を拾った。犬が大好きだったから。一匹ずつ、『たくさん』飼っていた。

 

「私は知ってましタ。見てしまったンデス。貴方が殺した所ヲ。あの頃は、理由が無くても良かったんだモンネ」

 

 ……何を言っているのか。まるで分からない。そう自分に言い聞かせた。そうして、開きそうな記憶の引き出しを無理矢理抑えつける。いなくなってしまったんだ。いつのまにか。子供の頃の自分の見ていた景色が蘇る。目の前には愛犬。俺の手には、ドライバー。知らない。全く知らない記憶だ。

 

「大好きだから、殺シタ。殺人鬼……殺すことでしか愛せない、イカれた殺人鬼が貴方ノ本性」

 

 金剛が、俺の手に自分の手を重ねた。暖かい。頭が痛い。思考が出来なくなっていく。暖かい。痛い。暖かい。暖かい。暖かい。吐きそうだ。この暖かさに身を委ねていたい。

 金剛。大切な、金剛。大切な幼馴染。……幼馴染のことを愛していた。金剛のことも、愛していたと思う。幼馴染と重ねて、大事にしていた。それが不貞なことに、生産性のないことに思えて、その想いを記憶の引き出しに封印した。でも、同一人物だった。なら、これは。俺がやるべきことは、なんだ。

 

「だから貴方は私を何度も沈めタ。そうでショ?」

「馬鹿な……違う。俺は、ただの一般人だ」

 

 そうだ。俺は普通の人間だ。どこも、おかしいところはない。どこにでもいる、ありふれた男。愛するモノを愛したいと思う。愛するモノに対して愛していると言いたい、愛を表現したいと思う、普通の人間。

 

「そう思っているカラ。判断ミス、ダノ。私の言葉をつい信じてしまった、ダノ。最もな理由が無いと殺せナイんですヨネ。だからこそ私は『大丈夫デス』だなんて嘘をついたんですケドネー」

「違う……違う! 絶対に、違う!」

 

 違う、としか言えなかった。他に言葉が出てこない。根拠も、理由もなく。ただただ否定する言葉を叫ぶしかない。……何故なら、本当は否定できないから――違う!

 

「本当ニ? なら、確かめてみましょうカ」

 

 そういって、金剛は。重ねていた手で、俺の手を掴んだ。それを、自分の首元へと持っていく。俺の手が、金剛の首に触れた。勝手に、指に力が入る。金剛の首を掴むように。今にも締めてしまいそうな掴み方、だ。

 

「テートク。私のこと、好きですカ?」

「……あぁ。好きだ。愛している」

 

 そう。そうだ。俺は金剛が好きだ。愛している。幼馴染のことが好きで、それに似ていた金剛が好きで。そして、二人は同じ人間だった。だから、俺は彼女を堂々と愛することができる。愛してもいいんだ。このまま首を絞めよう。愛しているなら、そうするべきだ。違う。何を言っている。愛とは、そんなんじゃない。首を締めることが愛情表現だなんて、イカれてる。そう、違うんだ。首を締めるのが重要なんじゃないんだ。首を締めて、殺すことが――違う。

 やめろ。やめるんだ、俺。俺は、俺は正常な人間だ。指にまた力が入る。ダメだ。このままでは金剛の首を締めてしまう。締めたい。馬鹿な、やめろ。締めたい。殺したい。愛したい。愛している。愛したい。愛している。愛しているから。締めたい。殺したい。愛したい。違う。俺は、俺は正常だ。殺したい。ばか。本当は殺したくないだろう。実は殺したいんだろう。やっぱり殺したくないと思う。俺が正常だから。それが普通だ。

 笑っている。彼女は、笑っている。俺の目の前で、嬉しそうに、楽しそうに。首を締められて苦しいはずなのに、とても嬉しそうだ。俺も嬉しい。彼女は俺の愛を分かってくれる。受け入れてくれる。愛しているよ、金剛。まて。何故俺は首を締めている。いつのまにか、俺は既に彼女の首を締め始めていた。止めろ。止めるんだ。こんなのは愛じゃない。

 本当に彼女を愛しているなら、そう、そうだ。殺すだなんて馬鹿な真似はダメだ。手の力を緩めて。そのまま、俺の唇を彼女に近づけて、キスでもすれば良い。そう、そうだ。それが普通の愛情表現だ。手が緩まない。緩めろ。緩めろ俺。殺せ。ノーだ。殺すんじゃない。彼女の唇と、自分の唇を重ねるんだ。

 キス。キスだ。キスを。自分の唇を、彼女の唇に重ねる。暖かい。甘さすら感じる。あぁ、愛している。愛しているよ、金剛。キス。キスをしながら。俺は。彼女の首を。締め続けた。

 

 

 

『Murder’s Love』

 

 

 

「アハハ! それはもちろん――愛ダヨ、愛! 殺人鬼の本性を抑えきれない彼の愛情表現が殺人で、私はそれを受け入れることが出来るほど彼を愛しているノ!」

「何故。何故だ。……私が狂わせてしまったのか。死んでしまう所だったお前の記憶と魂を、艦娘艤装そのものに宿らせた……」

「そのおかげデ、肉体をクローンで作って艤装を付ければ私は私として何度でも復活することが出来るようになったんだモンネ」

「あぁ……神をも恐れぬ所業だったが、それでも私はお前に生きて欲しかった。それだけなのに。それが、それこそがお前を狂わせてしまったのか?」

「イイエ。違うヨ、パパ。狂ってなんかイナイ。ただの愛ダヨ。でも、そうネ。パパの言う『狂う』タイミングがあったとしたら。たったひとつダネ。トラックに轢かれる瞬間。私は笑ったノ。死に様を見せてあげられターって。でもね、彼ハ――犬を殺した時の、あのステキな笑顔を見せてくれなカッタノ」

 

「とても。とても残念そうな顔をしていたんダ――」

 

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