名前の通りの髭親父の、此処への記念すべき一作目です。
どうぞ、そこそこな気分で眺めて頂けると嬉しいかな、と。

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鬱想

 

 

 

「響だよ」

 

初めは、この一言だった。

これが、全ての始まり。

 

「その活躍ぶりから、不死鳥の通り名もあるよ」

 

きっと、少々の憂いを持ちながら、その儚げな眼差しと共に放たれた言葉は、彼女自身の、『あるべき最期』の記憶、それ以前の孤独が相まった恐怖の塊。

 

言い切らねば、そう言い聞かせた、小さな身体から捻り出された種火のように仄かで愚直な想い。

 

 

「電から聞いている、期待させてもらうぞ」

 

 

冷静に取り繕った裏側に、凍て付いた内側。

 

しかし、初対面には手厳しい反応の筈なのに、返した彼の言葉は、少女の思惑とはきっと、あまりにも懸け離れた『ことば』と『かお』。

 

そのどちらもが、死を新たな死によって洗い流す、秩序も混沌すら無い狂った世界に生き、兵という死ぬべきで無い命の後ろから操り糸を用いて、彼女達を潰す指揮者というモノには懸け離れていて。

 

 

「...頑張るよ」

 

 

心の底から、安堵したかもしれない。

 

この、いつ死ぬかも分からない地獄の入り口で。

 

何をすればいいのかも分からない幾重もの岐路に差し掛かっているにも関わらず。

 

 

 

「司令官の為なら、私は——」

 

 

 

笑った。

 

とても、とても短く、あまりにも薄い喜びが綻びた微笑。

 

だが、その一つ瞬く間の表情は、きっと、『響』という名の、白髪の少女の人生の中で、三番目に素晴らしい顔だっただろう。

 

 

 

未だ手と手さえ触れ合うことのない、そして一時間以下の、刹那じみた邂逅は終わりを告げる。

 

 

そして、次に見やるべきは、この少女が一回り成長する時だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...沈まんさ、私は、絶対に」

 

 

そう言い残し、彼に抱き抱えてもらって漸く精神に安心を得られたのか、まるで指揮者の手から離れた糸が切れたように震えながら目を細めた少女。

 

所々の服は破け、至る所に痛々しく肉を焼いた火傷と、それを貫く銃創。

 

内臓や頭部、頸動脈などの重要器官に一つも到達していないのが幸いとも言えるほど、あまりにも齢の幼く見える少女には惨たらしすぎる大怪我。

 

そう、勿論彼女はこうなることを覚悟していた筈だ。

 

 

旗艦という役目から、辛くも勝利を収め、報告する。

 

そんな一連の作業を無事完遂し切った少女自身の意思は、あまりにも健気としか言いようがない。

 

すぐにドッグに、その役目を一時的に置いて治癒の専念に向けようと、きっと誰もその行動を否定せず、むしろ賛同すら湧くだろう。

 

だが、少女のそれが、彼女を抱き締める存在にとっては。

 

 

「響...お前は、バカだよ」

 

 

何よりも、辛く苦しいことだった。

 

 

 

まだ若く見える二十歳過ぎの新入りである彼は、勉学、実戦両者に秀でていると、一種のエリートの能力を持っていた。

彼が指揮をすれば、負けも優勢に転じると言われる程の戦術の才能、だが彼は、その才能によって、平穏に生きるという生来の夢を奪われてしまう。

 

半ば無理矢理な形で軍に入れさせられ、挙げ句の果てに上司にはその性格から疎まれ、辺地の鎮守府に飛ばされる。

 

天才だったのだろう。

 

だが、その才は、彼にとってはあまりにも呪いのこもった鎖に過ぎない。

 

彼のいる鎮守府は、その指揮力により一艦も沈んでおらず、成績も戦術的敗北の一つすら無い、そんな謳われもあった。

 

だが、その多少の余裕すら、少女のあまりに無慈悲な姿によって打ち砕かれる。

 

あまりに強い優しさは、大切な存在が傷付くことを、最も怖くする。

 

きっと、少女を知らなければ、こんな痛みをまた味わう事もなかったろうに。

 

 

「私がバカか、一番」

 

 

震えた嘲笑を交えて呟き、悔恨の涙すら浮かべながら、瞑目した少女を抱いたまま工廠へと連れて行く男。

 

空気に溶けて無くなるかと思われた言葉、だがこれを拾っていた人物が、微かに存在していた。

 

 

Извините(ごめんなさい)

 

 

ただか細く、まるで寝言であるかのように呟いて、全身の痛みを堪えながらも少女は泣いた。

 

ただただ沈黙を。

 

そして、自分を想ってくれている『人間』への、温もりのある感情を内包しながら、涙のみを流す。

 

孤独にも似た死への恐怖。

 

自分の姉妹が、同じ屋根の下で居ようと、この幻肢痛から逃れることは、兵士には間違い無く出来ない。

 

だからこそ、マインドコントロールなどといった非人道的なものが、より良い戦略兵器へと転じさせるために用いられたりしたのだが、そこは割愛するべきだろう。

 

兎にも角にも、この一件から少女の想いは、今ある形を留めないほどの若干の敬愛から、異質なものに変化した。

 

そう、異質。

 

ただ戦争のために生まれ、幾多もの屍の上に乗る新たな死体としての意味しかない存在である操り人形が持つ感情としては、あまりにも。

 

 

ああ、鬱蒼としている。

 

生い繁った森、そこにある住み難い生温さの空気のように。

 

 

それは、まるで少女の想いのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、また何ヶ月かの時が流れた。

 

最低限作業が出来る程度の、あまりにも殺風景で切り詰められた部屋に、二人きり。

 

静かに、かつ正確に執務を終わらせていく軍服の男と、隣で男の終わらせた書類を纏めながら、小さく幸せそうな微笑みを浮かべた、前よりも一段階大人びた雰囲気を持つ少女。

 

 

少女の変化もそれもそのはず、彼女は『改二』という強化を経た姿。

 

身長も少し伸び、服装もどことなく白を基調としたものへと変わっているが、一番の変化は見た目にあらず。

 

ただ、隣にいる男の側にいる事自体に微笑んでいるかのような、そんな若干甘酸っぱい空気を湛えていることだ。

 

なのに作業の手つきは慣れたもので、颯爽と出来上がった資料を封筒につめたり、補佐として残りの訂正をする動きは、熟練の大人にも匹敵せんかのようである。

 

 

「私は、幸せだ」

 

 

気付かれないようにか、それすら考えない無意識のうちか、少女は小さく呟く。

そんな彼女の薬指には、小さく、宝石が照るかのような煌めきがあった———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降り注ぐ。

 

黒の雨。

 

鉄の雨。

 

爆発の雨。

 

死を呼ぶ雨。

 

 

それが、戦場だ。

 

敵も味方も関係無く、血飛沫が舞うだけの世界。

 

そこの中心で、あの白髪の少女は、死の海を走り抜けていた。

 

男を——背に、強烈な焼跡を残す、痛ましい身体になってしまった彼を抱き締めて。

 

 

「司令官...私は言ったと思うんだけどな」

 

「...すまない、な」

 

 

まだ辛うじて生きてはいて、致命傷になる前に少女は彼を助け出すことに成功はした。

だが、彼女の安堵と共に、同じくして別の感情が湧き上がってきたのだ。

 

 

 

「お願いだから、1日でも長く、私より長生きしてって...言ったよ」

 

 

 

裏切られた怒り、大切な人を傷付けられた悲しみ、そして先程にも言った通り、助け出せた事への安堵。

 

 

「最前線での指揮は、もう辞めてって言ったのに!」

 

 

留め度無く溢れ出す涙と共に声は震え、内に潜めていた想いもまた、さらけ出されていく。

 

 

「もう、司令官には傷ついて欲しくないって!」

 

 

巧く想いを伝えられず、隠していたはずのモノすら悲鳴のように叫んで。

 

 

「ずっと、ずっと大好きだった人が苦しむのなんて、私には耐えられないんだ!」

 

 

今までは苦痛に歪みながらも、愛想良く、不敵な笑みを作って男の表情が消えた。

その無の裏には、一種の驚きと、そして、先程の痛みとは違う別の『いたみ』が滲み出る。

 

 

「だから...おねがい」

 

 

普段常に冷静沈着な少女にはら余りにも似付かわしくない怒鳴りを続け、ついに喉を枯らしたのか、声も掠れ、肩で息をしながらも懇願をやめない。

 

 

「もう...一人で苦しまないでよ...司令官」

 

「私を...一人に、しな、いで...」

 

 

男の中の何かが、軋みをあげて崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爽やかな日差しと、小鳥の囀りが心地良い早朝。

 

白い布と医療道具に囲まれ、簡易のベッドに寝かされて処置されている男。

安らかに寝息を立てている彼の横で、白髪の少女は、ずっと包帯にまみれた男の手を優しく両手で包み込んでいた。

 

 

「今だから言える」

 

 

髪の毛の手入れなどはされておらず、疲労の色が垣間見える姿でもなお、彼女は男に微笑みかける。

 

 

「司令官」

 

 

氷雪の妖精であるかと誤解してしまうかのような純白の柔肌、その頰に朱を刺して、一人、独白していく。

 

 

「初めに会った時の笑顔、今でも忘れてないよ」

 

「冷たく言い放った筈なのに、司令官は私に優しくしてくれたよね」

 

「それからも、ずっと...もし失敗をしても、柔らかく頭を撫でてくれた」

 

 

何ヶ月も前に触れられた余韻に浸るかのように、帽子を右手で取り外して、頭に左手で触れるその目は、あまりにも幼く、あまりにも美麗で。

 

 

「そうして、この姿になれた時も、不安だった」

 

「でも、貴方が言ってくれたんだ」

 

「〝響は、響から変わることはない。良くも悪くも“」

 

「初めは、見た目が子供だからって小馬鹿にされているのかと思った」

 

 

「でも、違ったんだよね?」

 

 

「どんな姿でも、私は私、何も問題は無いって、そう言いたかった...だから、今でも私を、『響』と呼んでくれるんじゃないのかい?」

 

 

力無く、幸薄い笑顔を浮かべたのちに、右手に持っていた帽子が、乾いた音を立てて地に落ちる。

 

 

「遅かったよ」

 

「こんなに司令官が苦しんでたのにも、秘書艦だったのに気付かなかった」

 

 

「私を庇って、こうなったのに...その時に、ようやく気付いた」

 

「司令官は、自分より、他の人を大切に『出来てしまう』んだって」

 

 

自分に見返り無く、誰かを助ける。

それを無限に、見境なく続けられる人間などいるわけがない。

 

いるのならば、そいつは『人格破綻者』に成り下がっている。

 

自分の過去の痛みに捕らわれ、喪うことの痛みのみを恐れ、自分が傷付くという痛覚を無意識下に押さえつけてしまった、いわば、半『人格破綻者』、それがこの男の正体だった。

 

 

「だからこそ、私は、今度こそ」

 

「いや、ずっと...司令官、貴方の盾になりたい」

 

 

決して傷付けないように、そして起こさないようにやんわりと男の全身を抱くと、顔を眺めこむ。

 

 

「これは、私のエゴだ」

 

「でも、司令官の、あの表情は見たくない」

 

「庇ってくれた時の『笑顔』なんて、もう二度と作らせたくない」

 

 

死の恐怖などない、ただ救えたことだけを喜び、自分が消えることを歯牙にもかけない、哀しい笑顔。

どれだけの痛みと狂気を経れば、そんなものを作れるようになるだろう。

 

それに比べれば、かつて少女が孤独のうちに破壊された事など、まだ常識の範疇を超えない。

 

だからこそ、少女の願いは決まったのだ。

 

 

「1日でも長く、私より幸せになって...いや、させて見せる」

 

「だから、司令官」

 

 

顔をゆっくりと、更に男へと近づけて、静かに瞑目し、唇を。

 

 

「ずっと、ずっと———」

 

 

今日の風は、数日前の禍々しい殺戮劇が別の場であったとは思えない程に清く澄んでいた。

 

 

 

 

 

 

夜も更け、壁にもたれかかるようにして眠りながらも、少女は男の手を握る。

 

その寝顔は安らかに、しかし、隈が深く刻まれている。

なのに、何かの憑きものが取れたかのように晴れ晴れとしたそれは、きっと一流の宝石をも超えるほどに、美しいものだった。

 

そんな健気に自分を想う相手に自分の薄布団をかけてやりながら、小さく男の表情に、微笑みがさす。

 

 

「...悪いな、全部聞いてしまったよ」

 

 

気恥ずかしそうに、握られていない方の手で頰をかく仕草。

 

 

「ずっと、響が私を好いていることは知っていたのかもしれない、だが、私は怖かった」

 

「私には、もう何も残ってはいない」

 

「その想いに気づいたら、喪う時に恐れてしまう気がした」

 

「喪うものなど無い状態で、ただ逃避していたかった」

 

 

帽子の取れた綺麗な白髪を、優しく撫でて苦笑する。

 

 

「でも、ダメだよな」

 

「ずっと目を背けるわけにはいかない」

 

「いつか、向き合わなきゃならないんだ」

 

 

意思を決めたように瞑目して、ボロボロの服のポケットから彼が取り出したものは、掌に包み込めるほどに小さな、黒艶のある箱のようなもの。

俗に、それは...『結婚指輪』と呼ばれるものを包む為の存在。

 

 

「なぁ、響」

 

 

悪戯っぽい表情で少女の頰を優しく突っつくと、くすりと可愛らしい笑い声を寝息を立てていた筈の彼女、その閉じられた眼が華開く。

 

 

「司令官は、ずるいね?」

 

「私だけに言わせておいて、自分は言わないなんて、ね」

 

 

薄い切れ目から漏れる青い光は、きっと見るものの全てを魅了して止まない、淫魔などを超越して、あまりにも妖艶だった。

 

そんな視線を浴びてなお、男の表情に張り付いているのは微妙にひきつったものだったが、それは何故だろうか。

 

 

「私は、司令官が好きだ」

 

 

じわじわと背徳的に、彼女の無垢が紅に染まっていく。

 

 

「司令官は...どうなんだい?」

 

「どんな結果だとしても、私は、今、受け止めたいんだ」

 

 

見つめる眼に、静かに恋慕を秘めた柔和な光を湛えている。

 

それに対し、若干の苦虫を噛んだ笑みを浮かべながら、男は手にある小さな箱を、ゆっくりと開いていった。

 

 

そこに入っていた物は、最早言うべきもない、祝福の礼装。

 

闇夜の陰りの中、些細な月光ですら我がものとして煌めく反射の意味。

 

 

「...私の持ち金じゃ、これが限界だ」

 

「どうにも男の癖に、情けないと言われればそれまでだが」

 

 

先程の妙ちきりんに歪な笑みの理由はこれらしく、自嘲するかのように目を伏せる男、だが、少女の様子は、どうも彼の想像とは違っていたらしい。

 

一瞬の間を置いて、少女の目尻から、薄青の細川が零れ落ちていく。

 

その雫に込められた想いは、男ならば推して知るべし。

 

 

「ああ...ああっ...」

 

 

言葉に出来ない激情に呑まれて、力無く男の胴に縋り付いた。

 

この想いが実るまで、どれ程長い時間を経たか。

この想いが届くまで、どれ程苦しい感情の波を越えたか。

 

その辛さは、少女にしかわかるまい。

 

ずっと、ずっと、初めに出逢ってから一途に想い、いつしか焦がれた。

 

姉妹達にも会えず、故郷にも帰れないままこの世から去った『不幸』な小鳥が、その身を押し潰されんほどの恐怖に苛まれながらも、忘れなかった健気な感情。

 

 

それが、漸く報われた。

あの時の、温もりを忘れずに愛してくれた。

 

 

「わ、私...こんな時、どうすれば、いいのかっ...わからな...」

 

 

真っ赤になった自分の顔を、穴があったら入りたいとばかりに見られないよう相手に押し付けて、途切れ途切れにか細く嘆く少女。

 

先ほどまでの大人な雰囲気はいざ知らず、一転して、到底彼女の落ち着いた気質では見ることの出来ないであろう、獣に怯える兎のように愛い姿、なんとも言えず彼の表情は優しげになる。

 

 

「言えと言ったのは響、君の方だろう」

 

 

尚も面を上げない少女に苦笑を浮かべながらも、男の手は優しく少女の左手へと触れ、薬指を優しく包み。

 

 

「う、あ...」

 

 

更に言葉が不明瞭と化してしまい、しどろもどろに赤風船と化した少女、その薬指を男が離した時には、それまでには無かった、二つめの宝石の煌めきが。

 

それは、『確かな永遠の絆』を象徴する金剛石が持つ、静かで、美しいそれだった。

 

空気を読まないことを述べると、信頼の名を持つ彼女にとっては、後になんとも言えない想いを抱きそうな皮肉ではあるが。

 

 

「...すまない、な...いや、私も、そうだ、アレなんだ」

 

 

一方で、祝福を象るソレを、少女の薬指につけた本人も、言葉が浮かばないとばかりに、如何にも困っていますと言わんばかりの絵に描いたような苦笑い。

 

悲しいかな、生まれて此の方、孤独を強いられる立場と能力により、そういう甘い『ナニカ』とは無縁の生涯を送ってきていたせいで、彼も気の利いた言葉も行動も思い付かないのだ。

 

常勝の戦略家も、恋の戦略にはD敗北というのは中々どうして面白いものではないか。

 

だが、自らの経験値に後悔しても、ゲームのボス系からは逃げられない法則と同じく、現実の壁から逃げる事など出来はしない。

 

 

「ああ...うむ、私はまだ好きだとかそんなのはよくわからんが...答えは、その、指輪の通りでな...うん」

 

 

それでも、なんとか戦術的敗北までには漕ぎ着けた彼のことを、誰が責められようか。

 

人の悪意に包まれて生きていた彼に、純粋な想いはあまりにも眩しすぎる。

 

ムードもへったくれもない殿方の告白ではあるが、果たして受取手からすれば、それは。

 

 

「ほ、本当に...わ、たしで...いいの、かい?」

 

 

きっと夢にも無いほどに幸せで、心の底から望んでいた『最上』の結果だった。

 

年端もいかない少女の、はち切れんばかりの幸福に震える泣笑いは、やはり男が苦手とする限り無く純粋な温もりを持つ想い。

 

 

「...ああ」

 

 

「響、お前しかいないんだ」

 

 

謎の羞恥に、解せない歓喜、新しく内側から出ずる愛しさ。

 

結局、所詮は逃げでしかなかったのだ、と彼は内側で自分を酷く嘲笑する。

 

そして、同時に、自分をこれ程までになく、『この感情を持ち、この考えをしている人間は、私である』と、認可した。

 

 

『響』という少女の、かつて彼女が味わったであろう孤独に自分の過去の姿を重ね、依存し、かつてエゴとも言える手を差し伸べて。

 

ああ、きっと、初めから彼は、艦娘という人種にある、自らの陽に惹かれていたのだろう。

 

陰陽の二つのうち一つが欠ければ、ソレの存在は成り立たない。

 

だからこそ、少女と彼は求めた。

 

互いを。

 

 

「ずるい、本当にずるいよ、司令官は」

 

 

少しでも力を加えてしまえば壊れてしまいそうなほど小さく、柔らかい両手を、彼の顔に。

 

また、もう一度ゆっくり、ゆっくりと互いの顔を寄せるように、近付けていく。

 

 

「——」

 

 

夜のさざなみ。

 

救いも祝福もなく、戦争という死の根源の元で、ただ足搔くが如くの絆が一つ、生まれた。

 

 

 

 

ああ、鬱蒼としている。

 

生い繁った森、そこにある住み難い生温さの空気のように。

 

 

それは、まるで終わりなき道に立たされた、本来祝われるべきであろう番い達への苦難のように。

 

 

 

此処から先、例え片方が斃れようと。

 

永劫に切れることのない、愚直な愛は、時に呪縛となってそこに在る。

 

幸せは、裏を返せば泡沫の夢。

 

 

だが、それを求めるのが、人の性。

 

ならばそれでもいいではないか。

 

 

 

 

「ねぇ、司令官」

 

 

 

 

「私、言いたいことがあるんだけど、いいかい?」

 

 

 

 

「...ふふ、ありがとう、じゃあ、言うね?」

 

 

 

 

 

 

「——Ты мой самый любимый(貴方は、私の最愛の人です)、司令官」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——ああ、鬱『想』としている。

 

それは、暗雲のような束縛の空気の中、密かに見えた一条の光。

 

 

無限に誓われた金剛石の反射が、この地獄を進む二人の指し示す道とならんことを。

 

願わくば、逃避をやめて向き合った強き者達への、救いとならんことを。

 

 




長文ご覧いただきお疲れ様でした。
少しは手慰み程度にお楽しみになれましたか?
それのらば、此方としても恐悦至極、感謝のいたりというところでございます、っという前置きはともかく。

人の文というのは、どこかしらに伝えたいモノが籠っているものです。
私の文から、その『ナニカ』を見つけることができた凄い人は、それを活かしたり、何かしらの考えに使ってもらったり。
そういうのが、私が持つ物書きとしての、最上の喜びなのです。

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