国家保安隊。国家保安省の警察組織であり、治安維持を名目に、軍の各部隊に配備されている。そんな彼らの事務所の一室に私とカティアはご招待された。で、まあ私は強化装備を脱がされ裸にされている。カティアを尋問し、彼らの気に入る答えを吐かないと私に制裁、というわけだ。
ふむ、やはりカティアには何か秘密があるらしい。こいつらは上から何かを指示されている。
さて、私への制裁だが、確かにカティアには効果的なゲス手法だ。が、生け贄役を間違えたな。何故なら私は魔導師。ライフルの弾ですら、楽々弾じき返せる防殻を作ることができる。ましてや人間の殴る蹴るなぞ、そよ風が如し。
ガス!!
「おや、何か当たったかな?」
ドガァ!!
「いや、軽いな。ちゃんと食事を取ることをおすすめしますよ」
ビシッ!バシッ!ビシシッ!
「ムチなんて用意しておられたのですか。中々の腕前で」
ボギィッ!
「不良品ですな、そのペンチ。他の道具も見直しを」
バッッッキャァァァ!!!!
「おお、素晴らしい! 素晴らしく痒かった! 今のを一万発ほどいただければ、痛みになりそうです。まぁ、体力的に難しそうですが」
「ハァ、ハァ……。クッ、貴様、何者だ! 本物の化け物か?」
女史も部下二人も力尽きて座り込み、女史は恨めしそうに私を見ながら言った。
「万能科学的社会主義の我が国に有り得ざる言葉ですな。これぞ社会主義精神の勝利! 優れた社会主義理念は肉体も不屈の鋼と化すのですよ。これこそ社会主義優位の証明なのです!」
「ほほう……」 女史はニヤリと笑った。
は? まさか本気にした? そんなバカな………いや、理知的に見えても、彼女もコミーだったな。社会主義で超常現象起こせると信じるほど、アンポンタンでもおかしくない。
ドン!ドン!ドン!
その時、扉を激しく叩く音がした。
『ここを開けなさい! 二人を解放するのです!』
それはファム中尉の声だった。
「我々は二人を保護するよう命じられている! 立ち去れ!」
拷問を保護というのか? ………ああ、シュタージ語ではそうか。共産主義、社会主義圏では似たような言い回しが多いのに、うっかりしてたな。
『保安隊のみなさん、そんなことをしている場合ではないのです。たった今、新たな大規模BETA挺団が確認されたと要塞司令部から通達がありました。そしてこれの構成比が要撃級に大きく偏っていることから、”メイルシュトローム現象”である、と断定しました』
「な、なんだと!?」
メイルシュトローム現象。海の災厄に例えられるその現象は、BETA要撃級の爆発的大量発生を指す。堅物を破砕するのに特化した要撃級の大量発生は、どのような強固な建造物も瓦礫に変えてしまうのだ。、
『観測では少なくとも五万以上。この大規模BETA挺団ほとんどがこのノイェンハーゲン要塞を目指していると思われるとのことです。ですが軍司令部麾下の部隊は、ほぼ全て光線級吶喊へ使うため、ここの防衛にまわせないそうです。光線級吶喊が完了するまで要塞守備隊のみで防衛せよとの命令です』
「バッ、バカな……保つはずがない!」
『先程襲来していたBETAは撃退し、小康状態になりました。ですがこの新たな集団の先頭が要塞に達するまで五時間程度。今のうちに防御を固め、備えなくてはなりません。二人を解放した後、あなた方も作業に参加していただくことを望みます』
保安隊はあっさり私達を解放した。無線を大急ぎで準備していたことから、撤退の許可を取っているのだろう。出て行ってくれれば有難い。こんな穴蔵で政治指導など聞きたくはないのだよ。
「ターニャちゃん、本当に大丈夫なの?」カティアが聞いた。
「ああ、殿方に肌をさらしたことですか。確かにいい気はしませんが、部屋に閉じこもる程でもありません。まあ、終わったら少し泣きますよ」
「いや、そっちじゃなくて……」
「可愛そう、ターニャちゃん! 泣くなら私の胸を貸してあげるわ!」
しまった、この人の前でとんでもない冗句を。
母性ありすぎ衛士のファム中尉に抱きかかえられ、おもいっきり顔を彼女の胸にうずめられた。
「………なにやってんだ、あんたら」
そう言って前から来たのはクルト曹長。ファム中尉と抱き合う私をあきれて見てる。
「中尉さんだけじゃ、保安隊は手に余ると思って来たんだが……無事ならいい。迎撃準備に戻らせてもらう」
そう言ってクルト曹長は踵を返す。私はファム中尉をふりほどき、曹長に追いついた。
「ああ、すみません曹長。せっかくなので私達にも状況をお教え下さい。迎撃準備はどのように? 遅滞防御はどれ程保ちそうですか?」
私がそう聞くと、曹長はピタリと止まった。
「…………悪いことは言わねえ。三人ともここから逃げろ。もう、要塞は保たねぇ」
ああ、やっぱり。ざっと兵器を見た感じ、どれも限界超えて酷使されていた。おそらくいくつかはお亡くなりになったのだろう。
「戦車は動くのは五台。これじゃ外で積極攻勢はできねぇ。後は中に引き入れて、要塞施設を利用してのゲリラ戦。だが、それもいつまで保つもんじゃねぇ。後は………」
クルト曹長は悲しそうに言う。
「後は出来るだけBETAを中に入れての自爆。みんなもう覚悟している」
「クルトさん……」カティアは悲しく曹長を見た。
「だが、さっきの戦いで小型種を引き入れられなかったのが悔やまれる。中にBETAがいないんじゃ、そのまま外から押し潰そうとするだろうしな」
「うん? どういうことです。なぜ中にBETAがいると押し潰さないんです?」
私はクルト曹長に聞いた。
「ああ、知らなかったのか。BETAはBETAを殺せないんだ。例えば足が潰れて動けなくなったBETAを他のBETAはみんな避けていく。要塞内に小型BETAがいるなら、そいつが死ぬのを避けて大型も要塞を押し潰そうとしない」
「なんと! それ程あのBETAは同胞愛に満ちた存在だったのですか。なんと麗しい!」
「ターニャちゃん、座学が不十分だったわね。いくら実戦が重視とはいえ、もう少しやらないと」
やがて、準備に追われるメインゲート前に着いた。BETAの死骸でバリケードを作ったり、武器や兵器を運び込んだりで、皆忙しく働いている。
私は要塞の防御法や戦力の状況を調べていたため、ファム中尉の後ろから迫る脅威に気づくことが出来なかった。
「な……! なにをするのです、あなたたち!」
「ファムお姉さん!」
いきなりファム中尉を羽交い締めにしてナイフをつきつけたのは、保安隊の女史中尉。後ろ二人の兵はアサルトライフルを構えている。
「黙れ、おとなしくしていろ! 全員動くな!」
正気か? たった三人で完全武装のここの兵達を脅すなど。
「我々は諸君らの邪魔をする気はない。カティア・ヴァルトハイム少尉、並びにターニャ・デグレチャフ上級兵曹。我々と一緒に来てもらおう」
なぜカティアを? さっきの尋問といい、やけにカティアにこだわるな。さっきの通信で私とカティアを手土産に撤退許可をもらったんだろうが、そこまでこだわる理由がわからん。
が、連中の思惑が何であれ、ファム中尉に危害を加えさせるわけにはいかないな。
私は近くの弾薬箱からライフル弾を一つ拝借。
それを女史のナイフを持つ手元を狙い、魔導術式で発射!
ビシッ! 「ぐうぅ!?」
女史が体勢を崩した瞬間、ファム中尉はナイフを弾き飛ばす!
兵士二人がファム中尉にライフルを向けるも、クルト曹長ら守備兵が保安隊に向け、一斉に銃を構える! 勝敗は決まった。
ファム中尉が弾いたナイフが私のもとに滑ってきたので拾ってみると、それは只のナイフではなかった。スペツナズナイフと呼ばれ、手元のボタンを押すと刃が発射される特殊なナイフだった。やはり国家保安省はBETA殺しより人殺しの方がお上手なようで。
強大なるBETA挺団迫る!
海の災厄の名を冠したメイルシュトローム現象!
海の藻屑となるか? 要塞守備兵、そしてターニャら衛士達!