第18話 素晴らしきアクスマン
その後の話をしよう。
要塞では『謎のBETA行軍停止現象が起こった』、ということにした。こういうことは下手にこじつけようとしたりせずに謎現象としとけばよろしいのだ。
武装警察軍『ヴェアヴォロフ』の件は、『向こうもこっちを捕縛しようと動いていた』など言えないのだから無視。第666の光線級吶喊も普通にやった、ということになった。無論、こんな無理のある報告に騙されてくれるほどに国家保安省は甘くない。近日中に何らかの動きがあるだろう。
私は正式にアイリスディーナの仲間になった。彼女に無理やり衛士にされた時からそうだった様なものだが、今までは様子見。これからは正式な同志として、裏の指示にも従うこととなった。
やはりアイリスディーナは、力による現政権の打倒を考えていた。いや、正確には、この国をあらゆる手段で支配している国家保安省の打倒だ。その為にどんな準備をしているのか、他の仲間は誰なのかは教えてもらえなかった。ま、当然だな。
もっとも仲間に関しては、教えてもらわなくてもある程度予想はついている。まず彼女の補佐役のヴァルター中尉。私とアイリスディーナがこの話をした時、見張りをしていたから当然だ。
あとテオドール少尉。あっさり私のやったことの秘密に同意したんだから、まあそうだろう。最近の性格の変化も、彼女の同志になったせいかもしれない。
そしてファム中尉。多分だが、要塞守備兵の意志があれ程強固にまとまったのは、彼女の手腕によるものだと見ている。自発的にあそこまでの覚悟を持った集団意志統一は出来ない。隠蔽工作も彼女がやったのだろう。
そしてカティア。彼女はかつてのドイツの英雄の娘だそうだ。アイリスディーナは彼女を東西ドイツの架け橋の象徴として、いがみあう東西を繋ごうとしているらしい。ただ、あまり彼女の計画を聞かされてはいないようだ。
まあ現状、大体そんな所だ。とりあえずは事件によって動くであろう国家保安省の対策だな。
そして今、国家保安省参謀のアクスマン中佐が、基地演習場にて整列する第666戦術機中隊の前に来ている。彼が編成したという最新鋭の機体による部隊を後ろに率いて。
さあ、早速来たぞ。さて、標的は私のみか第666全員か。
「ご機嫌よう、第666戦術機中隊の諸君。先日の任務では大活躍だったそうだね」
「はっ、恐縮です。祖国のため、皆精一杯の奮闘をして任務に励んでくれました」
そんなアクスマン中佐とアイリスディーナの挨拶から始まった。
「うんうん、定数割れしている中隊を割っての任務遂行。少ない人数でよくあれだけの成果を出せたものだ。さすがは我が国最強と言われた第666だ。特にこの………」
アクスマン中佐はチラリと私を見た。さあ、本題に入ってきたぞ。
「このターニャ・デグレチャフ上級兵曹の活躍は目覚ましかったそうだね。国家保安省でも話題になっているよ」
………やはり何かつかんでいるか。国家保安省が一兵曹の私のことを話題にするなど、そうとしか考えられない。
「はっ、ありがとうございます。謎のBETA停滞現象があったとはいえ、新任ながら要塞陣地防衛任務をよく勤め上げたと思います」
実に不思議な謎現象なのだ。これに比べれば保安隊員とヴェアヴォロフ隊員の消失など、なんでもないのだ!
「ところで上級兵曹。今日は君に素晴らしい話を持ってきた」
素晴らしく最悪な話ですね! ありがとうございます、中佐殿。早速ゴミ箱へ捨てさせていただきます!
「はっ、身に余る光栄であります。ですが自分には過分すぎる栄誉、謹んで辞退させていただく所存です」
……………あ、いかん。話を聞く前から辞退してしまった。確かに胡散臭すぎるこの男の、鶏を前にしたキツネみたいな顔で持ってきた『素晴らしい話』、とやらはどう考えても糞の塊だとしか思えない。が、堂々と上官の顔を潰すマネをするのはマズイ。姿勢を正し拝聴した後、戦没者慰霊墓場へ敬礼と共に埋葬するのが軍人礼というものであろう。国家保安省のお偉いさんなど、最低最悪なことをして成り上がった奴だと知っているので、つい礼を欠いてしまう。
「はっはっは、幼いながら無欲だな、上級兵曹は。しかしこれは是非受けてもらわねばならんのだ。やはり徴兵年齢にも達していない幼子を前線に立たせるのは、対外的にもどうかという話が持ち上がってねぇ」
その幼子を義勇兵にするのはよろしいのでしょうか?、中佐殿。
「そこでとある教育機関に君を入れることとなった。然るべき年齢になった後、士官としてその才能を存分に発揮してもらいたい」
実はアイリスディーナと、国家保安省対策として三通りのケースを予想して対策を立てていた。
A・私を拘束尋問する。
B・アイリスディーナや部隊の中核の隊員を拘束尋問する。
C・第666戦術機中隊全員を拘束尋問する。
まさか国家保安省が拘束尋問以外の行動を取るとは思わなかった。が、これはAケースの変則と見ていいだろう。こんなウソを吐くようにしか見えない男の教育機関など、変態拷問女になる未来しか見えない。
「上申、よろしいでしょうか。アクスマン中佐」
アイリスディーナが口を挟んだ。
「ああ、何だねアイリス」
………アイリス? 何だか自分の女を呼ぶようなニュアンスがあったが………ああ、アイリスディーナはそうやって党の信頼を得たのか。この国では実力はあっても、党が『信頼するに価する』と認めなければ上にはいけない。いや、実力より党の忠誠心の方が上だ。忠誠心なしと判断された実力ある者は? 粛清だよ!!!
「我が中隊は損耗が続き、中隊定数の十二名を大きく割っております。また、我が隊次席指揮官のファム・ティ・ラン中尉が負傷待機のため、戦力が減衰しております。この上デグレチャフ上級兵曹まで取られますと、任務達成が非常に困難となってしまいます。どうか御一考ください」
「ああ、国家人民軍の上層部もそれは憂慮していたよ。向こうの事なので詳しくは知らないが、近々補充要員が来るそうだ。彼女の到着をもってデグレチャフを引き取ろう」
…………よく知らないと言いながら、女性というのは知っているんですね。あなたの息がかかっているのがバレバレです。
まあいい。Aケースの場合、私はアイリスディーナの責任の及ばない所で行方不明となる。その後、彼女の裏の人脈に身を寄せることとなる。猶予期間があるなら計画をじっくり練ることが出来そうだ。
「お待ち下さい、中佐」
ふいに横合いから女性の声がした。そこに目を向けると、スーツを来た人狼少佐。
「ベアトリクス・ブレーメ少佐……?」
アイリスディーナは驚いている。私もだ。アクスマン中佐とは別行動でここに来たようだが。
「どうしたのかね、ブレーメ少佐。今日は私にまかせてもらう予定だったはずだが」
「国家保安省シュミット長官から通達がありました。『ターニャ・デグレチャフ上級兵曹は今しばらく経過観察せよ』とのことです」
そう言ってブレーメ少佐は書類をアクスマン中佐に差し出した。
「なにぃ!? そんなハズは………クッ、どういうことだ!?」
どういうことだ、は私も問いたい。この二人、対立している様な雰囲気がある。同じ国家保安省の手の者なのに?
後にわかったことだがこの二人、国家保安省内の対立している別の派閥にそれぞれ属しているらしい。即ち、アクスマン中佐はベルリン派。西側諸国との協調を支持する一派の代表。ブレーメ少佐はモスクワ派。ソ連との関係を強めていこうとする一派の者だそうだ。
「ブレーメ少佐、長官に働きかけたのか? 何のつもりだ!」
「長官のご意志です。デグレチャフ上級兵曹は実戦においての観察がさらに必要、と判断されました。命令に従いなさい、アクスマン中佐」
「………いいだろう、この場は退こう。が、今日のことは高くつくぞ。ブレーメ少佐!」
ゴオオオォォォォォ……………………
アクスマン中佐は率いてきた部隊と共に轟音響かせ、空の向こうへと去って行った。私はそれを見送り、『現状維持か?』と考えていた。
そしてアイリスディーナをも無視し、ブレーメ少佐が私の前に立った。
「ひさしぶりね、上級兵曹ちゃん」
ブレーメ少佐はにこやかに私に話かけた。
「はっ、ブレーメ少佐もお変わりなく。衛士就任以来、最大の難局でしたが、どうにか生き残ることが出来ました」
「さっきも言ったけど、あなたはもうしばらく第666での戦闘を観察させてもらうことになったわ。だから見せてちょうだい。その………」
ブレーメ少佐は狼の眼差しで私を射貫き、言った。
「ウチの隊員六人も葬った実力をね!」
成る程。私がまだここに留まれるのは『国家保安省の意向』、というだけではなくブレーメ少佐の意趣返しも含んでいるのか。この先、いろいろ厄介になりそうだ。
取りあえずはこれから来るであろう補充要員だな。私の能力の観察なら、同じ部隊員にでもないと、確度の高い情報は取れない。つまり間違いなく国家保安省の息がかかっている。
………というわけで、あれだけのことをやらかしながら、私は今しばらく部隊に留まれることとなった。
その後日、ちょっとした風変わりな任務が来た。
我が国の首都、ベルリンへの出張だ。
第3章開幕!
テオドールの義妹が来たり、海王星作戦とかです。