幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第20話 リィズの来た日

 「リィズ・ホーエンシュタイン少尉です。本日只今をもって第666戦術機中隊に着任いたします。よろしくお願いします!」

 

 訓練前のブリーフィングで新隊員の紹介があり、彼女はそう挨拶をした。

 金色の髪を白と水色のストライプのリボンで結んだした幼い顔立ちをした少女。彼女がが新たな補充要員であった。

 私は『国家保安省も随分可愛い娘を送り込んだものだな』、などと考えて彼女を観察した。

 だが驚いたことにブリーフィングが終わると彼女は、

 

 「お兄ちゃん!」

 

 と言ってテオドール少尉に抱きついた!

 いきなりハニー・トラップ!? しかも妹攻めだと!? 国家保安省め、何と恐るべきハイレベルなハニー・トラップを編み出したのだ! そんなものは平和な異世界の、どこかの変態国家にしかないようなシロモノだぞ! 私は驚愕した。

 電撃作戦か、面白い。だがテオドール少尉もアイリスディーナから注意ぐらい受けているはず。さて、どう切り返す―――――と見ていると、

 

 「リィズ、本当にお前なのか?」

 

 そうきたか! 流石です、テオドール少尉! こちらも生き別れの兄の如く振る舞う逆ハニートラップ! 演技も完璧! 国家保安省の手先め、さぞかしとまどっていることだろう(^o^)

 ……………などとこの時私は暢気に考えていた。だがその後の二人の会話でまたまた驚愕した。まさか本当にテオドール少尉と義理の兄妹だったとは! まずいな。テオドール少尉、半分取り込まれたようなものではないか!

 

 

 

 

 

 ブリーフィングが終わると午前はシミュレーター訓練。ヴァルター中尉より個人指導を受けた。 

 そしてシミュレーター訓練が終わり、ヴァルター中尉に評価を貰っている時だ。ふと、背中から視線を感じた。そこに目を向けると、シルヴィア少尉が物陰から私達を見ていた。表情はいつもと同じ無表情だが、何故か『羨ましそうに見ている』――――そんな気がした。

 

 「何をよそ見している! 集中せんか、小娘!」

 

 「も、申し訳ありません、ヴァルター中尉。ですがシルヴィア少尉が何か言いたそうに見ているもので」

 

 中尉はチラリ、とシルヴィア少尉を見たが、

 

 「構うな。何か言いたいことがあったら言ってくる。それより続けるぞ」

 

 ヴァルター中尉は一頻り私の技術評価を言った。そしてそれが終わると、

 

 「もう少し話すことがある。ついて来い、小娘」

 

 と言って歩き出した。『ははあ、リィズ少尉のことだな』と思い、ついて行こうとすると、さらに強烈な視線が! 

 

 「ヴァルター中尉、その前にシルヴィア少尉と話してきてよろしいでしょうか? シルヴィア少尉、何故かハンカチを噛んでて破れそうです」

 

 ヴァルター中尉、またチラリとシルヴィア少尉を見たが、

 

 「放っておけ。腹でも減っているんだろう。ハンカチくらい好きに食わせてやれ」 

 

 そう言って、またさっさと歩き出した。

 ふむ、確かに女性としてハンカチを食している姿などは見られたくないだろうな。そっとしておくのも優しさか。こんな気遣いができる辺り、ヴァルター中尉も意外と女性に優しいのだな。前世から女性であるにも関わらず、そんな気遣いの欠片すらできない自分が恥ずかしい限りだ。。

 そんなことを思いながら、ヴァルター中尉の後を追った。

 

 

 

 

 

 「坊主には大尉が訓練前に話した。その場に政治将校殿もいたので、お前は呼べなかった。お前のことは政治将校殿に知られたくない、というのが大尉の判断だ」

 

 私達は基地の片隅に来た。ヴァルター中尉はそこで私の方は見ず、周囲の警戒をしながら話し始めた。しかし人の名前を呼べないのですかね、この人。

 

 「イェッケルン中尉も? ……ああ、国家保安省対策のため手を組みましたか。彼女も大尉を狙っているようですが」

 

 イェッケルン中尉はアイリスディーナが反政府勢力の者と睨んで、彼女を捕らえる為に第666戦術機中隊の政治将校へと希望したらしい。テオドール少尉にも協力を持ちかけたが、結局彼はアイリスディーナに付いた。

 

 「かと言って排除するわけにもいかん。次に来る政治将校は彼女以下の人間である可能性が高い。操縦技術や判断はアレでも、装備、備品の陳情などは有能だしな」

 

 「わかりました。それで私への指示は?」

 

 ヴァルター中尉はぐるりと大きく周囲を見回してから言った。

 

 「『能力のことは悟られるな。任務でも要塞の時の様なハデなものは使うな。新入りとの会話では能力に繋がる話題は避けろ』、だ」

 

 「了解しました。しかしリィズ少尉は別部隊への移動などの措置は取らないので?」

 

 「単純に戦力の問題だ。お前はいつ外れるか分からん。どう転ぼうと、任務のために部隊の戦力は一定以上にしとかねばならんのだ」

 

 「成る程、分かりました。お話は以上で?」

 

 「ああ、先に行け。私はお前とずらして行く」

 

 ふむ、私と一緒の所をなるべく見られず、危険を分散させるという訳か。さすが慎重だな。

 私は急いでその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡

 テオドールSide

 

 俺はシミュレーター訓練を終えるとすぐ外に出て、基地の片隅に来た。今はアイリスディーナにもカティアにも、そしてリィズにも会いたくない。一人で考えたくて出てきた。

 訓練前にアイリスディーナに、イェッケルン中尉と共にリィズのスパイ容疑について話された。確かに俺も偶然にしてはタイミングが良すぎるとは思う。それでもリィズが国家保安省の犬になったとは考えられない。アイツは両親を国家保安省に殺された。俺にとっても大切な義理の両親だった。

 ――――それでも、疑惑が晴れないのは、国家保安省の恐怖を知っているからだ。拷問に屈し、転向しないとは言い切れないからだ。俺はギリギリ奴らへの反発が勝って情報提供者(コラボレイター)にはならなかった。たが、リィズはその道を選んでしまったのかもしれない。

 それでもリィズが生きていてくれたのは嬉しい。

 俺がシュタージから解放された後、リィズは行方不明となり、どれだけ探しても見つからなかった。もう殺されてしまったんだと思っていた。でも生きて会えた。

 だが見極めなければいけない。アイリスディーナに命じられた通りに。

 リィズが国家保安省の手先になったのか否か――――

 

 

 

 

 「おや、テオドール少尉。妙な所で会いましたね」

 

 そんな小さな女の子の声が前方から聞こえた。

 そこには軍事基地に不似合いな。それでも、まぎれもなく部隊の一員の幼女――――

 

 ターニャ・デグレチャフが立っていた。

 

 

 「ひとりにでもなりたくてここへ来たのでしょうが、残念でしたね。この先にはヴァルター中尉もいますよ」

 

 そんな俺の心を見透かしたようなことを、このちびっ子は言う。

 

 「……そうか、なら別の場所にするか」

 

 今はおっさんにも会いたくない。踵を返し行こうとすると

 

 「ああ、待って下さいテオドール少尉。私如きが確認することでもないでしょうが」

 

 俺に近寄りターニャは小声で聞いてきた。

 

 「万一の場合の覚悟はお有りですか? 厳しいことでしょうが、大尉からも言われたはずです」

 

 「………ああ。リィズが国家保安省の犬かもしれないことは承知だ。万一そうだったとしても、揺らがない」

 

 俺は努めて冷静に、あって欲しくない可能性を口にした。だがターニャはそんな俺の苦悩など、あっさり踏みつけるが如く言った。

 

 「………は? なんの覚悟をしているんです。犬に決まっているでしょう。そんな当然のこと、前提で動くべきです。私が言っているのは、リィズ少尉が我々に不都合なことを掴んだ場合の覚悟です」

 

 「てめぇ……! まだ決まっていない!」

 

 怒ってさっさと離れようとした。だが、ちびっ子はしつこくついてきた。そしてどこまでもリィズを貶めることを言う。

 

 「お怒りですか。ですが僭越ながら一つだけ忠告させてください。リィズ少尉はその内、あなたに肉体関係を迫るでしょう。いわゆる『ハニー・トラップ』ですね。ですが決して受けないでください」

 

 「てめぇ! よりによってリィズが俺にハニー・トラップ仕掛けてくるだと!? ふざけるのもいいかげんにしろ!!」

 

 「またまた当然なことを。女なら手っ取り早いこの手段、使わないわけがないでしょう。おそらく、社会主義の規範たる我が国にはないサービスで色々奉仕してくれますよ。本当に男には危険なくらい仕込まれていて、経験も豊富でしょうから注意をさせていただいているんです」

 

 本当にどこまでコイツはリィズを貶める! 首根っこを捕まえて説教しようとしたが、俺の手をヒョイッと簡単にかわした。 

 

 「落ち着いてください。私も受けたことはありますが、あれはマズイ。ヤルと皆の信用を無くします」

 

 「………は? お前がハニー・トラップ?」

 

 ターニャの意外すぎる言葉に、間抜けな格好のまま固まってしまった。

 

 「ええ、まぁ昔(前前世での会社員時代)、恥ずかしながら見事に引っかかりましてね。信用を取り戻すのに大変でしたよ。(実に高い授業料だった)」

 

 「昔? お前の?」

 

 こいつの昔など、赤ん坊の姿しか想像できないぞ。まさかママ以外のおっぱいを吸ったとかか?

 

 「まぁお怒りでしょうが、心構えだけはしといて下さい。彼女が本物のスパイなら、用心していないと必ず引っかかりますから。経験者からのアドバイスです」 

 

 「…………怒りがふっとんだ。お前がどんな状況で、どんなハニー・トラップを受けて、どんな経験したのか非常に興味があるんだが」

 

 「え?……………ああ! 私は幼女でした!!」

 

 ターニャは『てて~~~っ』といった感じで逃げ出した。

 その後ろ姿はさっきの話など想像もつかないほどに、見事なまでに、幼女だった。

 

 

 

 

 「何なんだ、あいつはいったい………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




テオドールに迫るハニー・トラップの魔の手!

お兄ちゃん攻めに抗うことはできるか!?

そして次回より海王星作戦開始!

かつてない大規模作戦に、ターニャは………?

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