幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第26話 鎮魂歌を幼女に

 

 

 ――――たとえいくたび戦場に向かおうとも

 

     たとえいくつ悲しみを迎えようとも 

 

     ターニャ・デグレチャフ

 

     お前を忘れない

 

     真摯なるお前の祈りとともに――――

  

                 ~アイリスディーナ・ベルンハルト~

 

 

 

 

 

 アイリスディーナSide

 

 

 (デグレチャフ………逝ったか)

 

 光り輝く空を背に、私は沸き上がる感情を必死に押し殺した。そして103戦術機歩行戦闘隊のために、光線級へフェニックス・ミサイルを発射できる場を作った。

 

 

 

 

 さっきまでの私達は最悪であった。光線級が固まっている二つの集団の内の一つ、A集団へ光線級吶喊を仕掛けた。もう一つのB集団はA集団殲滅まで他の部隊が陽動を仕掛けるはずだったが、これが失敗したらしい。結果、A集団、B集団二つの光線級群から狙われ、立ち往生。絶体絶命であった。

 だが突然、両方からの予備照射が上に向いた! 

 なんと置いてきたデグレチャフの機体バラライカが、赤グモのような戦車級一体をぶら下げながら空中に飛んでいるのだ。

 そして、光線級BETAの性質としての『飛翔する機体を優先的に狙う』という性質通り、全ての光線級はそのバラライカに照準を合わせている!

 その瞬間、私はA集団光線級群に向かい、進軍を命じた!

 

 「シュヴァルツ全機、我に続けぇ!」

 

 いろいろ浮かぶ思いを全て捨てた。このチャンスをモノに出来なければ最強部隊など名乗れない! デグレチャフへの感謝すら押し殺し、BETAに立ち向かう!

 

 「総員傾注! 前方に突撃級10。掃討し、道を作る!」

 

 ヴァルターと共に突撃級集団に突進し、接触直前上空へ回避。強引に回転して盾を突き立てる! その間2秒!

 瞬殺した遺骸に後続の突撃級は玉突き状態になり、後続の部隊が銃撃で掃討。

 途中道を塞ぐ要撃級も、ほとんどが後続に吹き飛ばされて全滅していく。

 光線級集団が見え始め、第103戦術機歩行戦闘隊に道を空けようとした時だ。

 光線級全てが一斉に空へ向けて照射した!

 

 カァァァァァァァァァ!!!

 カァァァァァァァァァ!!!

 カァァァァァァァァァ!!!

 ドォォォォォン………………

 

 それはA集団だけでなく、向こうのB集団からも照射されており、空が一瞬にして眩いほどの光に満たされた。そして微かな爆発音が空中で起こった。

 それが何を照射したかは、見なくてもわかる。私は前方から目を離さず、密かに心の中で弔い祈った。

 

 (デグレチャフ………逝ったか。だが振り返ることも、涙を流すこともしてやれない。ただ任務を遂行すること。それだけが、お前への鎮魂歌だ)

 

 

 

 ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!

 

 ――――――――――!?

 

 突如、地を轟かすような巨大な轟音が響き渡った。

 

 「なんだ、今の音は!? だれか状況を説明できる者はいるか!?」

 

 私の問いにアネットが答えた。

 

 『こ、光線級B集団付近にいた要塞級がなぜか倒れました! 光線級B集団はそれに巻き込まれ、相当数潰されたと思われます! 奇跡です!』

 

 作戦のためにオープン回線になっている第103戦術歩行戦闘隊から、自重しない喜びの声が次々に上がる。

 

 『――――うおぉぉぉ! 凄ぇ、奇跡ってな本当にあるんだな!』

 

 『――――ああ、まったく今の光は光線級のレーザーじゃなく、神様でも降臨しちまったんじゃねぇか!?』

 

 

 (奇跡か……………デグレチャフ。神を愛し、愛されたお前にふさわしいな)

 

 一瞬だけそう思った。だが作戦のために第103に自重を促す。

 

 「浮かれるな、ヤンキー。次はお前達の番だ。神様にお祈りしすぎて任務を忘れるな!」

 

 『まかせておけ、赤いドイツ人。今夜一杯奢らせてくれ!』

 

 「……………ああ、感謝する。フェニックス・ミサイルに幸いあれ」

 

 アメリカ軍の人間と酒を飲むことなど許される訳がない。

 それでも、私はそんな言葉を返した。

 

 (―――いつかアメリカの人間と……西ドイツの者とも酒が飲めますように)

 

 そんな願いをこめて。 

 

 

 

 

 バシュ! バシュ! バシュ! バシュ! バシュ!

 

 第103戦術機歩行戦闘隊の24機のF-14から一斉にフェニックス・ミサイルが発射された!

 

  バァァァァァン!! ズガァッァァァン! ガアァァァァァァン!!

 

 大量の土砂を巻き上げ、黒煙が辺り一帯を覆う。視界だけでなくセンサーまでもきかなくなり、状況がまるで分からなくなった。

 

 (どうなった? 光線級は全滅できたのか?)

 

 やがて黒煙が晴れてきた。そして残酷な事実がさらけ出された。

 

 『そんな!』

 

 『くそっ、要塞級がいたのかよ!』

 

 『畜生!』

 

 フェニックス・ミサイルは多数の光線級を殲滅したが、いまだ数多くの光線級が生存していた。

 原因は光線級の周りに要塞級が数体潜んでいており、それが盾になってしまったようだ。

 そのあまりの事実に、私ですら心が空白になってしまった。

 だが、そんな私の空白を潰すように、男のうなり声が響いた。

 

 『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 その雄叫びと共に、一機のバラライカが光線級に向け吶喊した!

 その無謀なそれはテオドール機!?

 

 『ここで…………ここで終わってたまるかよぉ! この道は……これはターニャが開いてくれた道なんだ! あいつの死を無駄になんてできるかよぉ!』

 

 その言葉に私はハッ!とした。

 そして一瞬にして闘志を取り戻した。

 

 (―――――そうだ、任務達成をもってお前の鎮魂歌にすると決めたのだったな。

 ターニャ・デグレチャフ。私はまだお前を送る、何をも為していない!)

 

 「全機、大型弾を残している者は発射し、光線級を引きつけろ! 右翼に生き残った要塞級を盾に、潜り抜けて光線級に吶喊する! ヴァルター、アネット、シルヴィア、いけるな? テオドールに続け! イェッケルン中尉、リィズ。援護を!」

 

 任務中にもかかわらず、コールナンバーでなく名前で呼んでしまった。

 

 第103が予備のフェニックス・ミサイルを発射し、光線級を引きつけてくれる。

 

 そして私は要塞級の衝角をかわしながら、それがテオドールに向かわないよう、引きつける。

 

 ヴァルターは後衛の2機と共に援護射撃。

 

 シルヴィア、アネットも潜り抜け、先に攻撃をはじめたテオドールに続く――――――

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 キルケSide

 

 「さすがね。ミサイルで殲滅しきれなかった時はどうなるかと思ったけど、まさか強引に吶喊して、それを成功させるなんてね」

 

 私はA集団付近の様子を確認して、思わずそうつぶやいた。

 まったく、あきれる程の戦闘技術だ。A集団の光線級は壊滅させたと見ていい。

 B集団の方も要塞級の倒壊により、ほとんどの光線級が潰れた。そしてその混乱に乗じ、別の部隊が撃破に赴き、接近に成功。欧州連合軍の危機は脱した。

 私たちは退路の確保の任務に戻った。間もなく一斉飽和攻撃による反攻作戦が始まる。その前に第666と第103を退路に誘導し、退避を完了させなければならない。

 

 

 「東のあの連中。凄いけど、それでも人間よね。でも貴女はどうなのかしら? ターニャ・デグレチャフ―――」

 

 私は隣のサブシートに座る幼女に尋ねた。

 

 「私も人間ですよ。ただ、少しだけ神に呪われている。それだけです」

 

 あれで生きていたこのちびっ子はそんなことを嘯く。『神に呪われている』って何!?

 

 「じゃあ、何であれで生きていられたの!? あなたが私の機体の肩に張り付いていた時は、化け物かと思って少し漏らし…………いやゴニョゴニョ」

 

 「ヴァルトハイム少尉の機体と間違えましたね。金属雲のせいで視界が極端に悪いとはいえ」

 

 照れたように頭を掻きながら言う。

 

 「まあ、簡単に言えばこうです。管制ユニットの壁を戦車級が喰い破った時、(魔術拘束による)拘束を解きました。そして射撃の後、機体から飛び降りてその戦車級の背に飛び乗ります。さすが同士討ちのないBETA、戦車級が安全圏に降りるまでレーザーの照射はありませんでした。そして地面についた後、ここまで這って来たというわけです。少々命がけでしたが、簡単なことです」

 

 「いや、全然簡単じゃない! 今の言葉にいくつ人間離れしたことがあると思っているの!?」

 

 本当に何なのだ、こいつは! 

 東ドイツの教育って、こんな化け物を生むの!?

 

 「うん? どの辺がです?」

 

 「狭い管制ユニットの中でどうやって戦車級BETAから逃れたの!? 金属雲とBETAの溢れかえった道をどうやって窒息もせず喰われもせず、戻ってこれたの!? 地面から20mもある戦術機の肩までどうやって飛び乗ったの!?」

 

 「…………………我が国の技術に関するお話はできません。シュタインホフ少尉」

 

 「し………信じられない! あの旧式装備の東ドイツにそれほどの技術が!?」

 

 「ええ、そうなんです。我が国の技術なんです!」

 

 ちびっ子は妙な言い方で肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦局は完全に安定した。私たちフッケバインは補給のために橋頭堡へ向かう。そこでこのちびっ子ともお別れだ。私は無駄だと思いつつも、こんな言葉をかける。

 

 「ねぇ、あなた西ドイツに来ない? そりゃあ下心アリだけど、待遇は保証させるわ」

 

 ついでにあのテオドールとかいう人も連れてきてくれたら。こっちは完全に私の下心。初めて会った時から妙に惹かれるのよね。

 

 「…………いえ、お断りします。私は東へ帰らねば」

 

 「そっか………やっぱり東ドイツや社会主義の忠誠で?」

 

 だとしたら、やはり東は厄介だ。こんな幼子まで油断できないとなれば、共産テロの脅威は格段に跳ね上がる。

 

 「シュタインホフ少尉、ユニット内の会話は外に漏れませんか?」

 

 彼女は私の質問には答えず、いきなりそんなことを聞いてきた。

 

 「え? ええ、大丈夫よ。通信もどことも繋いでないし、録音の類も無いわ」

 

 「信用しましょう。シュタインホフ少尉、昨夜ヴァルトハイム少尉に言いましたね。そちらでは避難民に混じった共産テロの流入に怯えていると」

 

 「……そうね、悪かったわ。貴女たちを見て、東にも信用できる人間がいるってわかったもの」

 

 「いえ、残念ながら本当に信用できる人間など多少いるだけです。そして多くの人間が党や国家保安省の命令でいくらでも非道なことができるよう教育されています。あなたが私たちを脅威に思うのは正しいのです」

 

 「なっ………!」

 

 その後に続く言葉は、さらに恐るべきものだった。

 

 「共産主義、そして社会主義。これは人類に果てしなき同士討ちを促す、この世界のもう一つの怪物。BETAという恐るべき天敵と戦わねばならない今、これを放置しておけば人類は本当に滅びてしまいます。東ドイツの崩壊時にまとまった勢力を西側に呼び込めば、また他勢力を潰そうと活動するでしょう。ですが西側の人間では巧みな政治攻勢により、正面から滅ぼすことはできません。故に………」

 

 

 ――――ああ、この子は本物の化け物だ。『東側の人間だから』では無く、真性の。

 

 こんなことを顔色ひとつ変えずに言えるんだもの―――

 

 

 

 「社会主義陣営の腹を内側から食い破るのです。社会主義国家の人民である私が」

 

 

 

 

 

 

 




 
  冒頭の言葉は忘れてくれ……
         
           ~アイリスディーナ・ベルンハルト~
          

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