『海王星作戦に幼女アリ。東ドイツの幼き衛士ターニャ・デグレチャフ。明るい笑顔が戦場を行く。東西の架け橋となるか?』
あの光線級吶喊から三日後。私たちは基地内待機をしていたが、その東ドイツの格納庫の区画にまたまたシュタインホフ少尉がやって来た。前回と違い彼女は友好的で、西ドイツの新聞など持ってきた。そして彼女の持ってきた新聞に、そんな見出しで私のことが載っていたのだ。
そこには3日前のBETAの漸減戦の勝利が華々しく書かれており、第666戦術機中隊の光線級吶喊の活躍が大きく掲載されているのだ。そして指揮官であるアイリスディーナと同じくらい大きく好意的に、私のことも書かれている。
「凄いねぇ、ターニャちゃん!」とカティア。
「あんた、ベルンハルト大尉並にスターじゃない!」とアネット少尉。
「ターニャちゃん、可愛いから!」とリィズ少尉。
いや自分の顔などじっくり見ることなどないのだが、新聞にこう載せられるとなんとも面映ゆいものだな。こんなひねくれた小娘をこうも可愛らしく表現していただけるとは、まったくもって恥ずかしい。かの記文を書いた記者殿の腕前には感服するばかりだ。はっはっはっ………
などと言うか!! アホか!!!!!
これはアレか? シュタインホフ少尉の機体内で言った『社会主義陣営腹破り宣言』を応援するという意味か?
バカだ! これじゃ、我々第666戦術機中隊が西側に好意的に見られていると言っているようなものではないか! 内通を疑われて、国家保安省が拘束に来てもおかしくない。
まったく将来的には西側との繋がりも必要と思い、あえてシュタインホフ少尉に腹の内を語った。西ドイツのそれなりの立場の人間と密室で話せる機会など、この先もうないだろうからな。が、こんなにも早く目立った真似をしてくれるとは!
載せたヤツ、こちらの援護射撃つもりか!? 私たちの背中に銃弾が当たっているぞ! 前世でアホの友軍が、私の戦闘団を敵と誤認し、砲弾をぶち込んでくれたことを思い出したわ!
はっ! まさかカティアのお父上、アルフレート・シュトラヴィッツ中将がクーデターを察知されたのも、このアホ記事の為では? だとするとまずいな。アイリスディーナと私は確実に彼の運命をたどっている。
そんな私の苦悩など知らず、皆ニュースを喜んだり、あるいはとまどったりしている。
「しかし………どういうつもりだ? 西ドイツの新聞がこんなに大きく俺たち東ドイツの部隊の喧伝をするなんて。戦争こそしていないが、対立している間柄だろう」
テオドール少尉はシュタインホフ少尉に聞いた。
「そうね………先日の戦いで東側とも上手く協調していくことも出来ると思ったんじゃないかしら。そりゃあまだまだ不信感はあるけれど、BETAという脅威に対抗するには協力できた方がいいもの」
まったく意味ありげに私を見るのはやめて欲しい。だが、テオドール少尉にも意味ありげな視線を送るのは何故だ?
「うん! そうですよ、きっと協力できます!」
そしてそんなシュタインホフ少尉の言葉に、カティアは無邪気に嬉しそうだ。『東西ドイツの融和』という夢が一歩叶った気になっているのだろう。現実は東ドイツ内の潜在的な反体制である私たちが、東ドイツをひっかきまわしてくれそうだから応援しているだけだが。
そんな私たちの浮かれる中、イェッケルン中尉が難しい顔をしてやって来た。
「すまんな、シュタインホフ少尉。これから連絡事項の申し伝えをする。外してくれ」
「あ……はい、それでは失礼します」
敬礼をした後、シュタインホフ少尉は出て行った。イェッケルン中尉は難しい顔で私たちに向き、私たちは姿勢を正して彼女の言葉を待った。中尉は私をチラリと見ると、
「本当に無事生きていたようだな、同志上級兵曹。まったく命冥加なことだ」
「はっ、おかげさまで!」
私はそう言い、敬礼。中尉は再び皆に向き直り、話しはじめた。
「同志大尉は現在協議中につき、私が代わりに申し伝える。話は二つだ。ひとつはワルシャワ条約機構軍は当作戦を離れ、それぞれの国へ撤収することが決定した。無論、我々も東ドイツへ帰還する」
…………は? 確か三ヶ月ほどこの地でBETAの漸減をする予定じゃなかったか? まだ一週間しか経ってないぞ。
「理由は、ソ連から国連へもたらされた情報によるものだ。ベルラーシのミンスクハイヴ周辺のBETAがこれまでにない速度で増大。現在10万程だがまだまだ増大していっているそうだ。ワルシャワ条約機構軍はそれぞれの国の防御を固めるために撤収する」
この海王星作戦の目的はBETAの漸減による欧州全体の戦局安定。なのに逆に増えてしまったということか? 他の3軍は情報収集とできる限りの漸減によってこちらを援護するために残るそうだが、光線級の対処は難しいだろうな。
「そしてもう一つ。これは作戦本部付政治将校からの情報だ」
イェッケルン中尉の上司殿か。あの光線級吶喊は彼の命令を無視して行われたもの。あの独断専行は大丈夫だったのだろうか?
「東ドイツ軍の将校多数が、国家保安省にクーデター未遂によって逮捕された。国家人民軍は対応に追われ、恐慌状態らしい。帰還後の戦いは厳しいものになる」
…………は? ただでさえ戦力不足の我が軍をさらに減らしたということか?
何考えている、国家保安省!!!
たとえクーデターが事実だとしても、こんな危機に部隊を減らしてしまうなど!
…………いや、まさかこの危機だから?
この危機に、東ドイツはもう耐えきれないと見切っての行動か?
敵は増え、味方は減る。前世と同じ道を歩んでいるようだ。
そしてアイリスディーナは、第666へも手を伸ばしてくるであろう国家保安省への対策を検討している、といった所か。
「以上だ。我々の帰還は明日08:00の予定だ。各自速やかに行動できるよう、準備にかかれ」
こうして私たちの海王星作戦は終了した。
我々は我が国唯一の戦術機揚陸艦ペーネミュンデに乗って帰還した。しかしながらこのペーネミュンデ、西ドイツの艦船と比べると、現役なのが不思議なくらいだ。アメリカの艦船と比べると、ゴミの塊にしか見えない。
『我ら不屈の社会主義精神は廃艦すら甦らせる! これぞ社会主義思想の勝利なのだ!』
……………負けてるよ。
戦術機揚陸艦が東ドイツ海軍の根拠地のひとつ、ロストックへ入港した時だ。
「やあご苦労だったね、第666戦術機中隊の諸君。大活躍だったそうじゃないか。西ドイツの新聞にも素晴らしく活躍したと載っているよ。もしかして向こうの友達でもできたかな?」
そんな内通を疑う言葉と共に、アクスマン中佐が私たちを出迎えた。
まったく余計な真似を。寒くて早く基地に入りたいのに整列なんぞさせられた。
いや、暢気に構えている場合じゃないな。クーデターで捕まった連中の口からアイリスディーナの名前が出たか?
このアクスマンという男。俳優のような柔和な優男といった風だが、スパイハンターの二つ名を持つほどに反動分子をいぶり出すのに長けている。決して甘く見ていい男ではない。
秘密警察は犬。私ら反乱分子は巣穴に隠れた鼠。首を出せば囓られる。『革命精神溢れる社会主義者』という塹壕に籠もり、鼻を鳴らした『秘密警察』という猟犬をやりすごそう。
「やあ、同志上級兵曹。君は西側の人間に随分気に入られたようだね。西ドイツの新聞が東ドイツの君のことをこんなにも素晴らしく好意的に書いてくれるなど、いったい何事かな? 西側の連中に、いわゆる”サービス”とやらでも実践でもしてきたのかな?」
「ものめずらしさでしょう。資本主義社会の人間はめずらしいものが大好きですから。私のことを好意的に書いているのは、後で我が国を糾弾するためかもしれません。『幼子を戦場へ送る非道の国』などと」
「いやはや剣呑、剣呑。君の扱いは、やはり検討するべきだろうねぇ」
私はアイリスディーナに言われた通り、西側を悪し様に言いながら否定する。
アクスマン中佐はこんな調子で部隊員ひとりひとりに声をかけていく。さすがは秘密警察のエース。こちらを持ち上げるような言葉をかけながら、こちらの失言を誘う様は老獪の一言。
しかしこちらもアイリスディーナやヴァルター中尉から、こういった秘密警察の対応の仕方は叩き込まれている。心配だったカティアも、模範的社会主義者の言葉でやりすごして一安心。
そして最後にアクスマン中佐はリィズ少尉に話かけた。
「君が新たに第666戦術機中隊に編入されたリィズ・ホーエンシュタインか」
素晴らしい白々しさです、同志中佐殿。
「君は我々国家保安省のコラボレイターだとの噂があるね」
――――――――!?
バカな! アクスマン中佐自らバラすだとぉ!? それにリィズ少尉はあなたの犬ではないのか!?
「組織が大きくなると誰が誰の犬か把握しきれなくてね。君は私の犬ではなくても、誰かの鎖に繋がれている可能性はあるのだよ。さて、君の飼い主は誰かな?」
「そ………そんな! 私はコラボレイターなんかじゃありません!」
リィズ少尉…………本当に犬ではないのか? いや、これは何かの目的のある茶番か?
どっちなんだ!?
第3章完結!
リィズ少尉の謎を残し、物語は次章へと続く!
第666戦術機中隊の新たな戦いとは?