幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第29話 ハイム少将とコーヒー娘

 西方総軍――――国家人民軍の主力のひとつであり、東西ドイツ国境の防衛をまかされている兵力である。もっとも有力な戦力は、度重なるBETAの襲来により東方総軍に引き抜かれ、弱体化している。

 

 「それで同志少将、西方教育軍総監が我々に何の用があるのでしょうか?」

 

 そんなイェッケルン中尉の質問から話は始まった。私はいただいたコーヒーを飲みながら黙って会話を聞く。うむ、時々アイリスディーナの部屋で貰うものより上等だな。さすがはベトナム産の純正品だ。

 ハイム少将の話はこのようなものだった。彼は第666戦術機中隊が国家保安省と戦おうとしていることを見抜いていた。そして国家保安省の内乱を予期した上で(内乱に関しては私は初耳だ)国家人民軍の中枢も西方総軍を用いて戦おうとしているらしい。国家保安省の内乱が起こった場合、ハイム少将は西方総軍を自らの責任でベルリンに向かわせる計画だそうだ。

 成る程、事実上のクーデター計画を我々に話すということは、アイリスディーナが反体制派だと気づいているな。そしてその勢力と連携しようとしている、と。

 ハイム少将とイェッケルン中尉の話は白熱しているが、私は国家保安省の内乱について考えていた。アイリスディーナの話などから東ドイツ軍の戦力を見た所、もう東ドイツは保たない。BETA襲撃に耐えられるのは、あと二、三度。頑張って四度か。思えば、孤児とはいえ私のような子供までBETAの肉壁にしようなどとは、社会主義国とはいえまともじゃない。もうとっくに限界に達しているのだろう。では、東ドイツがBETAに蹂躙され滅亡するとして、国家保安省が考えることは…………

 

 

 

 「………君たちにこの場での決断は求めないよ。中隊に話を持ち帰り、指揮官とよく相談した上で回答をよこすといい」

 

 私の考えがまとまった頃、ハイム少将は話をそう締めくくった。

 だがここで話を終わらせる訳にはいかない。いろいろ考えを巡らせてみると、もう時間がないのだ。

 

 「失礼、少将閣下。コーヒーをもう一杯おかわりさせて下さい。せっかくの機会なので、私にも話をさせて下さい」

 

 「ターニャ?」

 

 「どういうつもりだ、同志上級兵曹?」

 

 話が終わろうとした所で私は口を挟んだ。上官同士の話に入るのは遠慮していたが、終わったのなら私の番だ。決してもう一杯ベトナム産の純正品を飲みたいわけではないのだ!

 

 「君は………噂の第666の子供衛士だな。第666が育てている訓練兵というが、実際の任務もこなしているという」

 

 ハイム少将は私にコーヒーをもう一杯くれて話しはじめた。

 

 「光栄です、少将閣下。『おお、撤退戦の戦場の泥の如き苦い漆黒。熱く深く人生を語れ』」

 

 「なんだ、フランス人のワイン批評のマネか? よさんか、腐敗文化などに感化されるのは」

 

 私の言葉をイェッケルン中尉はそう窘めた。おっとコミーに文化など存在しなかったな。純正ベトナム産の味わいに、つい言葉が出てしまった

 

 「はっはっはっ、そこまで喜んで頂けるなら、このコーヒーも本望だろう。それで? 私に話とは?」

 

 「はい閣下。私なりに国家保安省の内乱の可能性について考えてみました。奴らは次のBETA進攻に合わせて動きます」

 

 「な!」 

 

 「おい、ターニャ!?」

 

 「同志上級兵曹!? うかつなことは言うな!」

 

 ハイム閣下は、私をまじまじと、じっくり見た後、口を開いた。

 

 「それは………どういう考えに基づいての発言かね? BETA進攻の最中、内乱など起こせば東ドイツは大きく混乱し、その寿命を縮めるが」

 

 「縮んでもいい、と考えているのでしょう。先日の国家人民軍の反乱者の一斉検挙。BETA進攻のことを考えるなら、あそこまでの大量の逮捕者は出さないはずです。主要な人物のみに限定し、兵はそのままBETAに備えさせるでしょうから」

 

 「ふむ、確かに」

 

 「あえて行ったということは、国家保安省は次の準備が出来ている、ということです。BETA進攻は次の一回を凌げればいい。人民軍を弱体化させ、BETAに手一杯な状況を作り、内乱時に動けないようにする。そして自分たちは素早く実権を奪い、国家保安省の名のもとに武力、人民をまとめあげ、モスクワにでも西にでも撤退するつもりでしょう」

 

 自分で解説しながら腹が立ってきた。戦場で必死にBETAと戦っている兵を、本当に何一つ思い入れのない駒としか思っていない。自分たちの都合で使い潰すことに、何一つ罪悪感を持たないようだ。

 確かに兵は駒の一つになるべく訓練する。が、こんな奴らの権力闘争の駒になるなど冗談じゃない。私は戦場の犬だが、断固としてこんな奴らの首輪は拒否するぞ!

 

 「国家保安省はモスクワ派、ベルリン派の二つに分かれており、内乱時は対立するだろう。その結果はどう見るね?」

 

 「モスクワ派の圧勝でしょう。ベルリン派の後ろ盾の西側は、社会主義国家の亡命政権を抱え込むことに消極的であろうし、援助も限定的でしょう。それに引き替え、モスクワ派の後ろ盾のソ連はワルシャワ条約機構の盟主である東ドイツの亡命政権をなんとしても受け入れたい。故にいくらでも援助は惜しまないでしょうから」

 

 私はコーヒーを飲み、少しばかり戦術を描いてみる。

 

 「閣下がこの内乱に介入するおつもりなら、高性能戦術機を擁したどちらともまともに戦うことは避けるべきです。両者が争っている中に優勢な方に一撃与えて離脱。その後ベルリン郊外に布陣すれば三者睨み合いの状態になります。そこで別の一手がベルリンに侵入し、人民議会、放送局などを押さえて宣言すれば、一応の勝利にはなるでしょう」

 

 別の一手とは、アイリスディーナの反体制勢力だがな。

 

 「……………第666戦術機中隊の教育とは大したものだな。その年でそこまでの戦局を読み、戦略、戦術をたてられるとは。教育に携わる者として、私もベルンハルト大尉に会ってみたくなったよ。コーヒーをもう一杯どうかね? デグレチャフ君」

 

 「いただきましょう」

 

 

 

 

 ハイム少将と別れ、私たちは再びベルリンのフリードリヒ・シュトラッセの街中に戻った。

 先程ハイム少将に進言した策だが、そう簡単に上手くいかないであろうことも言っておいた。理由はモスクワ派の指揮官ベアトリクス・ブレーメ少佐の存在。戦いぶりを見たことは無く、本当にただ見ただけだが、途轍もない強者の雰囲気を纏っていた。彼女なら間違いなく三者睨み合いの膠着状態を打ち破るはずだ。彼女には私たち第666が相手をするしかないな。

 BETA戦の後で戦わねばならないので厳しいが、彼女の部隊の相手をベトナム産純正品コーヒー………いや、ハイム少将がしては危うい。

 

 「あの女……西方総軍の動きを予想していたな。そこで我々をベルリンによこした。自からではなく、私をよこしたのは私の退路を断つためか………くそっ、相変わらずいけすかない女だ」

 

 ホテルのロビーでイェッケルン中尉は悔しそうに言った。

 まぁ、そうだろうな。アイリスディーナの奴、自分の潜在的な敵であるイェッケルン中尉をも巻き込んで目的に向かわせるとは、さすがの将才だ。

 

 「同志中尉。そしてどうやら運命の時間は迫りつつあるようです。俺たちも急いで帰還し、BETAと……その他に備えなければなりません」

 

 テオドール少尉は言った。それは先程からロビーに備え付けてあるTVから流れているニュースを受けてのものだ。

 

 「ああ。やはり来たか」

 

 それは、ミンスクハイヴ周辺より新たに生まれたBETA群が東ドイツ東部へ向かっていること。軍のさらなる動員や、交通規制があるであろうことを報道していた。

 

 「BETAの攻勢を予測するに、第一波が東ドイツに到達するのは2,3日後。明日には中隊に出撃が命じられるだろう」

 

 そして国家保安省も動く。国家人民軍がBETAと戦っている間に国家掌握に乗り出すはずだ。

 

 「貴様達は先にヴィスマール基地に帰れ。私はベルリンに残る」

 

 「な!」「ええ?」

 

 「もし同志上級兵曹の言う通り連中が動き出すなら、我々にも政治的に動けない状況を仕掛けてくることは十分考えられる。私は引き続きベルリンにて交渉を続ける。私は中隊付政治将校だ。ならば政治的に中隊が生き残ることができるよう、ここで全力を尽くす」

 

 迂闊にも言われて初めて気がついたが、確かに国家保安省が動き出すこのタイミングなら、第666戦術機中隊にも政治的に仕掛けてきておかしくない。ノィェンハーゲン要塞戦の時のように中隊を二つに割るとか。イェッケルン中尉はそれを防ごうというのだろう。しかし………

 

 「同志中尉、一人では危険です。ベルリンはヤツらの庭。そこでの同志中尉の活動が目障りでないわけがありません」

 

 「政治総本部のツテを頼り、護衛を頼む。この状況ならば、ヤツらは必ず政治的圧力をかけてくる! 私がここでやることは中隊存続にどうしても必要なことなのだ」

 

 そこまで言い切るということは、おそらくイェッケルン中尉には、後方の政治的な動きが見えているのだろう。現場じゃダメ指揮官でも、後方じゃ有能なお方だ。

 

 「ファム・ティ・ラン中尉も次の戦いで復帰するそうだ。戦術機、武装、装備の予備もそちらに優先的に送るよう手配しておく。しっかり戦ってこい」

 

 本当に後方支援じゃ有能だな、この人。

 

 

 

 こうして私とテオドール少尉はイェッケルン中尉を残し、ヴィスマール基地へと帰ってきた。

 しかし、基地では私たちがいない間にとある問題が持ち上がっていた。

 それは先日の海王星作戦帰還時のアクスマン中佐の言葉を巡っての噂。

 

 すなわち、『リィズ少尉が国家保安省のコラボレイターである』との噂だ。

 

 

 

 

 

 




東ドイツ崩壊は目前に迫る!
それに合わせ、国家保安省も動き出した
対決は目前!

そして、その間にいるリィズも………?

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