幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第3話 白き大空に飛ぶ

 アイリスディーナSide

 

 私はアイリスディーナ・ベルンハルト大尉。ドイツ民主共和国特務部隊第666戦術機中隊、通称『黒の宣告(シュバルツェスマーケン)』の部隊長を務めている。

 ここはコットブス県ナイセ川近郊。目前に迫るBETA大軍の、光線級吶喊の任務を受けた。雪の降る中、現在我が部隊は任務を前に、とある集積所の村で補給を受けている最中だ。

 

 ――――私がその幼女を見たのはそれが最初だった。

 

 補給を受けている我が部隊の戦術機、バラライカを見に、ここに集められた義勇兵たちが群がっている。

 本来なら我が部隊の機体をあまり一般兵に見せるのは好ましくないが、誰も特に厳しく取り締まろうとはしない。何故なら、彼らはもう間もなく全員死ぬからだ。戦術機部隊の手の回らない部分へ、ほんの少しの時間を稼ぐためだけに肉壁となってもらうだけの部隊。それが義勇兵だ。

 待機中、私は機体の網膜投影で何とはなしに彼らを見ていると、一際幼い義勇兵の制服を着た幼女を見かけた。青い目に短く切った金髪。やせっぽちな小さな体をいっぱいに伸ばし、我が部隊のバラライカを見ている。

 

 (あんな幼子までもBETAの生け贄にするのか。因果なことだな)

 

 私の中にかすかに残っている人間性が彼女に憐憫を感じていると、全機補給完了の報が来た。

 私は気持ちを切り替え、幼女のことをも頭から振り払い、全機発進の号令をかけた。

 

 「全機発進! 任務は来襲中のBETAの光線級吶喊!」

 

 最初に私が発進し、次々に決められた順番通りに機体は飛び立つ。目標の光線級目指して!

 

 

 

 

 ――――ほんの一瞬、あの幼女の、幼子らしからぬ深い知性を湛えた青い目が心に残った。

 

 

 

 

 

 ♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 ターニャSide

 

 ガガガガガ! ガガガガガ!

 

 爽快な突撃銃の掃射音を白く雪降る空に響かせ、我ら義勇兵は人民と祖国のため、襲い来る人類の敵BETAをバッタバッタとなぎ倒す!

 おお、督戦官殿よご照覧あれ! かくの如く祖国愛に燃ゆる勇ましき義勇兵の雄々しき戦果を!

 

 

 ……………ウソだ。あの怪物共に、ロクな訓練さえしていない義勇兵の弾なぞ意味があるわけなかろう。いや、訓練をしたとしても、BETAに突撃銃なぞ通じるわけもない。

 

 ここはコップス県ナイセ川東岸より数キロ先にある村外れのとある陣地。雪が降る中、我々義勇兵はそこの正規兵と共に守備任務を与えられた。そしてかの有名なBETAとの戦闘をしたわけだが………結果はご想像通り。いや、多分だが多少は良い。

 陣地の人間の三分の二ほど喰われながらも、BETAの第一陣はどうにか全滅させた。義勇兵とそこそこ火砲の正規兵の混成部隊にしては大いな戦果であろう。

 実は、虎の子のエレニウム九五式宝珠を使用した。国外逃亡する時まで使用するつもりはなかったが、宇宙外来種BETAとは想定の10倍ぐらいクソッタレに強い! 味方の掃射に紛れて魔術で弾速、威力を大きく上げた弾で倒したのだ。

 もっともこれが限界であろう。正規兵はほとんど死亡し、指揮する人間がいなくなり、最後の方は私が代わりにやったぐらいだ。一番後ろにいた督戦官殿は襲われてもワザとBETAを見逃し、戦死してもらった。ヤツらの党への忠誠は本物で死んでも任務を全うしようとするので、生きていられるといろいろと面倒なのだ。

 実は私が最前線を希望したため、なぜか一緒に出征した他のみんなもここに送られた。さすが、と思えるほどの悪辣さだ。そして生き残った兵は、孤児院仲間の義勇兵がかなりいる。やはり彼らに対しては多少の情があったのだろう。無駄と知りつつも、つい助けてしまったのだ。だがまぁ、仮にも友達だ。慈悲を与える相手としては悪くない。

 さて、フィナーレを飾ろうか。

 

 「諸君、どうにか我々は生き残り、任務を遂行したがここが限界であろう。もはや次のBETAの襲撃は凌ぎようも無い。よって、全員の自決を提案する。(私以外のな)

 私からの慈悲を受けたい希望者は名乗り出てくれ。苦しみひとつ無く、御許へ送ることを約束しよう」

 

 おっと、つい神への言葉が出てしまった。九五式を使いすぎたせいだな。

 

 「そんな! 党への反抗だぞ!」

 「死にたくないよ!」

 「あきらめるのか! ここを守るのが任務なのに!」

 

 など次々否定の言葉。まあ、最期までつたない希望を持って死ぬのもいい。そんな必要もないのに、慈悲を与えるのは希望者だけだ。やがて、ずっと黙っていた壮年の理知的そうな兵士が私の前に立った。

 

 「お嬢ちゃん、お願いする。楽にしてくれ」

 

 その男の言葉がきっかけだった。孤児院仲間の皆は顔を見合わせ、大きくうなずくと私に言った。

 

 「お願いだ、グレース。みんないっしょに逝かせて欲しい」

 

 「……それはいいが、何か間違っていないか?」

 

 「……ああ、”ターニャ”って名前変えたんだっけな。ごめん、でもやっぱり最期はグレースって呼ばせてくれ」

 

 ………まあいいか。別に意地を張ることでもない。そうして次々希望者が名乗りを上げる中でのことだ。

 

 ガ―――ン!

 

 いきなり銃声が響いた。

 

 「やめろ小娘! これは抗命罪、そして煽動罪だぞ!」

 

 ジャガイモ面のとある兵士が私に短銃を突きつけ、そう言った。階級章は………伍長? なのにさっきまで私が指揮を取っても何もしなかったのか? まぁ、社会主義国なんてものは、どんなに無能でも党の忠誠心だけで上にいけるものだからな。そのあたりが未来の無い理由か。

 

 「いいか? 貴様の発言は帰還後に上層部へ報告させてもらう。処分は覚悟しておけよ!」

 

 驚いた。このジャガイモ、帰還できるつもりか? 命令通り雲霞の如く来るBETAから陣地を守り通して?

 

 

 ドドドドドドドド………………

 

 ふいに地鳴りが響いた。BETAの第二陣が来たのだ。それは遠目からでもわかる、先程の襲撃をはるかに凌ぐほどの大量の群れであった。

 

 「ヒッ! きっ、貴様ら配置につけ! 小娘、今は貴様も………」

 

 ガーン! ガーン! ガーン! ガーン!……………

 

 ジャガイモ面が怯んで何か言っている隙に希望者を一瞬で全員葬った。約束通り苦痛一切与えぬ即死だ。

 

 「なっ……何をしている………!」

 

 ジャガイモ面が震えながら私に短銃を突きつけ聞いてくる。

 本当に何をやっているのだろうな、私は。

 皆に苦痛を与えぬ慈悲を与えたいなら、全員問答無用で撃ち殺せばいい。

 同胞を殺す罪悪感がイヤなら、さっさとこの場から飛んで逃げればいい。

 わざわざ希望させてから殺すなど偽善極まりない!

 

 …………いや、これで正しいのだろう。この個人の自由の何一つない国で、最期の死に方の自由を与える。意味のないことのようにも見えるが、意味があると思いたい。

 希望者のように楽な死に方を選ぶのもいい。ジャガイモ面のように、党と祖国に最後まで忠誠を尽くし、BETAに食い殺されることを選ぶのもいい。

 

 

 

 「これで最後だ。希望者は他にいないか?」

 

 私はこの場での最後の言葉を吐いた。

 

 「わ、私も頼む!」

 「オレもだ!」

 「グレース………お願い!」

 

 ガーン! ガーン! ガーン! ガーン!

 

 私は希望を出した者に間を置かず、次々と葬ってやった。ジャガイモ面はブルブル震えて短銃を私に向けていたが、最後の一人を私が撃ち殺すと、銃を投げ捨て逃げ出した。

 

 (逃げ切れるといいな………無理か)

 

 予定通り、死体から乾パンを頂戴する。死体剥ぎでは無く、さっきの汚れ仕事の代金だ。我ながら慈善事業にも等しい良心的値段だと思う。

 ほどよく、十分なほどに乾パンを手に入れた所でBETAが迫ってきたので、エレニウム九五式宝珠を起動させる。

 

 

 前世以来、久しぶりの大空は―――――白く寒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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