幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第30話 屋上からの茶番劇

 

 リィズ少尉が国家保安省の情報提供者(コラボレイター)だと疑われている。いや、私は彼女が入隊してきた時からそう思っていたが、今は中隊の隊員全員に疑われている。

 先日アクスマン中佐が来た時、彼女がコラボレイターであることを匂わせた発言をしていったのだ。国家保安省のアクスマン中佐がそんなことをバラすということは、

 『彼女は国家保安省のモスクワ派の者。それに対立するベルリン派であるアクスマン中佐は、その妨害をしていった』

 ――――と、普通に考えればそうなのだが…………

 どうもスッキリしない。

 『我々は欺瞞情報を受け、誘導されている』

 そんな予感がしてならないのだ。

 私たちがベルリンへ出発する前にもアネット少尉から

 

 「ターニャ、いい? リィズに気を許しちゃダメよ。あの子、シュタージの犬かもしれないんだからね。もし、本当にそうだとしたら、何されるかわかったもんじゃないわ!」

 

 などと、ご忠告いただいた。彼女だけでなく、カティアまでも彼女を疑っているフシがある。この二人は性格的に素直すぎる人間。この二人にまで疑われるようでは、とてもスパイなどやれるものではない。だが…………

 ―――――いや考え過ぎか?

 『それ程までにアクスマン中佐の言葉は、彼女を刺すに効果的だった』

 そう思えなくもないのだ。どちらとも言えず、どうにも答えが出ずにモヤモヤしていた。

 だが、ヴィスマール基地に帰還した時、とうとう決定的なことをカティアに相談された。テオドール少尉がベルリンで起こったこと、イェッケルン中尉の残留などをアイリスディーナに報告に行った後だ。カティアが私を基地の片隅に呼び出し、こう言った。

 

 「ベルリンでテオドールさんに買ってもらった人形、『更衣室に落ちてたよ』って言ってリィズさんが渡してくれたの。でも、その時まで人形を落としたことなんてなかったのに………。

 それに渡してくれたとき、いろいろ”探り”をいれられたの。『どこで買ったの?』とか、『どうしてそんな所に行ったの?』とか、テオドールさんとベルンハルト大尉との関係とか。

 こんなこと考えたくないけど、もしかしてリィズさん、本当に……?」

 

 ――――――!!!

 

 成る程、確かに『本当に』決まりだ。

 明らかに彼女は自分で自分を刺している。

 だが、目的は………? 

 『陽動』だ! 彼女は自ら正体をバラすことで”本命”を隠している。

 ならばやることは決まったな。本命探しといこう。

 

 

 

 

 午後二時。アイリスディーナは中隊隊員を格納庫へと召集し、訓示を行った。

 

 「我々は再び襲い来るBETAの大規模挺団を迎え撃つため、ゼーロウ要塞陣地へと向かう。ゼーロウ要塞の背後はベルリン。ここをBETAに抜かれることは、東ドイツ壊滅を意味する!

 私を信じ、各々の戦いに全力を尽くしてほしい」

 

 その後イェッケルン中尉の離脱とファム中尉の復帰の報告。ゼーロウ要塞陣地での作戦行動や、全般状況の説明など、ブリーフィングへと続いた。

 確認されたBETAの総数は20万。これに対抗するため、人民軍はほぼ全戦力を投入する。その間、武装警察軍は後ろでクーデター。戦力の無駄遣いを堂々とする奴らを、蹴飛ばしてやりたいものだ。

 そしてブリーフィング終了後に、私は基地の屋上へと足を運んだ。現在の基地は出撃準備にてんてこまい。屋上に来るような暇人などいるはずがない、と思ったのだがいた。カティアとリィズ少尉だ。

 

 「あれ、ターニャちゃん? ターニャちゃんもテオドールさんに呼ばれたの?」

 

 「え? いえ私は自主的にここに来ました。さすがに今回の大攻勢、粟立ちましてね。気分を落ち着かせるためにきました。ああ、お話し合いの邪魔はいたしません。少しここの空気を吸ったら出て行きますよ」

 

 私はそう言ってフェンスに寄った。

 

 やがて、テオドール少尉が来た。私の後ろで三人の話が始まった。テオドール少尉の話は、やはりリィズ少尉の『国家保安省のコラボレイター疑惑』の対策についてであった。

 別に聞く気などなかったのだが、いつの間にか耳を傾けてしまっていた。人が言い争い合う声というものは、どうにも興味を引いてしまうものらしい。

 

 

 ―――「お兄ちゃんはやっぱり私を疑っているの……?」

 

 ――――「違う! でもこのままじゃまずいんだ。そのためにも………」

 

 ――――「うん、わかった。私、疑いを晴らすためなら何でもする!」

 

 ――――「待って下さい! そんな大事なこと、勝手に決めないで下さい!」

 

 ―――「………カティア?」

 

 

 ――――やれやれ、とんだ茶番を聞かされるものだ。

 リィズ少尉の疑いを晴らすも何も、彼女はわざと疑われる行動を取っている。これは陽動任務のためであろうが、狡猾なのはテオドール少尉の前ではその行動をしないことだな。そのためテオドール少尉はリィズ少尉をかばい、彼女は彼を引きつけることに成功している。

 さて、私の目的も完了した。屋上から下を観察して、施設から外れた場所の、開けた場所に軍用車が止まっているのを見た。おそらくあれは誘導員。

 

 (やはり来るのは外部からか!)

 

 基地内の人間じゃ戦力不足に見えたので思った通り。 

 外部からまとまった戦力を送るには、近くにヘリや戦術機などを着陸させるための開けた場所が不可欠。あの軍用車はそれを調べ、部隊を誘導するのが目的。

 私達はここを離れるが、万一のためにいるのだろう。そして次の基地にも同じように開けた場所を探し、地形その他を調べ、襲撃部隊を誘導するためについてくるに違いない。

 

 ――――「リィズさんが言ったら何でも信じるんですか?……それじゃ! それじゃあ………リィズさんに利用されるだけです!」

 

 ――――「カティア、まさかお前も………」

 

 さて、敵の狙いもわかったし、私は静かに去ろう。

 彼と彼女と妹の茶番劇も、今まさにクライマックス。

 話を振られたら、私まで『幼女A』の役で出演者になってしまう。

 私は足音たてず、屋上の出入り口へと向かった―――

 

 「そのまま続けなさい、カティア・ヴァルトハイム」

 

 出入り口から去ろうとした私の目の前、そこに新たな出演者が! 

 『猛人注意』のシルヴィア少尉だ! 

 ウェーヴのかかった銀髪を風になびかせ、そこに立っていた。

 

 ………………………『どいて下さい』とか言えませんね。

 『間抜けな幼女Aは石になった!』

 

 「アネット、あなたも来なさい。あなたも聞くべきよ」

 

 アネット少尉も気まずそうに出てきた。ああ、あなたまで出入り口を塞ぐ………

 

 「どういうつもりだ、シルヴィア!」

 

 テオドール少尉は、突然出てきたシルヴィア少尉に喰ってかかる。

 

 「そんなのわかっているでしょう? 結局はそういう結論になる。もうリィズ・ホーエンシュタインを信用しているのは、あなただけってこと。あなたの腰巾着だったカティア・ヴァルトハイムもこの子も。そうでしょう? ターニャ・デグレチャフ」

 

 なぜ私に聞く!?

 言いたいことはシルヴィア少尉の方にこそ多分にあるのだが、上官に聞かれたのなら答えないわけにはいかない。『幼女Aは答えた』

 

 「確かに最近リィズ少尉は我々の探りを入れるような行動を取っていますね(しらじら)」

 

 まわりに味方の誰もいない状況でも、テオドール少尉は負けじと反論。

 

 「国家保安省のコラボレイターだっていう確たる証拠はまだないだろ! これがアクスマン中佐の狙いだとしたらどうするつもりだ!」

 

 それを受け、さらにシルヴィア少尉は反論。

 

 「もう、リィズ・ホーエンシュタインが国家保安省の犬かどうかなんて、どうでもいいことなのよ! 証拠探しに手間取るより、確実にリスクを潰す方が重要だわ!」

 

 「リィズは中隊にとって欠かせない戦力のはずだ! こんなことで…………」

 

 二人の言い争いはいつまでも終わりそうにない。

 ああもう、これから準備をしなければならないのに、キリがない!

 仕方ない、くだらん茶番劇を私が締めてやろう。

 私が一番の悪役でもやるとしよう。

 シルヴィア少尉の喜ぶことでも言ってやるか。

 カティア、アネット少尉。君たちの言えないことも言いましょう!

 あとリィズ少尉。お望み通りお兄様のヒロインにしてさしあげますとも!

 私は言い争う二人に口を挟んだ。

 

 「ではこうしましょう。中隊の戦力を維持しつつリスクを減らすため、リィズ少尉の外部との接触を一切断つのです。具体的には、戦闘時以外はどこかに監禁し我々の監視下におきます。また彼女の戦術機も、一次操縦権をベルンハルト大尉、ファム中尉、クリューガー中尉まで拡大して握らせます。これなら戦闘時に不審な行動は不可能になります」

 

 「なっ………! ターニャ、てめぇ!」

 

 「あら、私もそう考えてたのよ。あんた、なかなか優秀じゃない。それでいいわね、リィズ・ホーエンシュタイン」

 

 シルヴィア少尉は冷たい視線をリィズ少尉に向けながら迫る。それを受け、怯えたように小さくなっているリィズ少尉。と、突然に

 

 「い、嫌。……嫌 ァァァァァァァ!」

 

 リィズ少尉は逃げ出した。出入り口に走り、か細い悲鳴をあげながらそのまま降りていった。

 おかしいな。愛しのお兄様の胸にでも飛び込むかと思ったが。

 

 「シルヴィア! 言うに事欠いて……! くそ、カティア、離せ! アネットもそこをどけ!」

 

 カティアはテオドール少尉の腕にしがみつき、アネット少尉は彼の前に立ちふさがる。

 仲がよろしくてけっこうなことだ。

 しかし、リィズ少尉は逃げ出して、これからどうするつもりだ?

 …………………………………………………………ああ、そういうことか!

 リィズ少尉の目的がわかってしまったな。

 

 

 パチパチパチパチパチパチパチ!

 

 リィズ少尉が走り去った出入り口に、拍手を送り讃える。そんな私をシルヴィア少尉は呆れたように見た。

 

 「………あんた、何やってんの?」

 

 「喝采を。思わずしたくなりましてね」

 

 

 やれやれ、まったく私は本当につまらん企みを見抜いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 




運命の時迫る…………!

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