幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第31話 幼女の見た暴走機関車

 

  ――――その日、私は人の形をした機関車を見た

 

      テオドール・エーベルバッハ

      彼こそは、義妹のために傷つくことを恐れず 

      見事なまでに、私の心を暴走疾駆していった

      勇者という名の機関車であった――――――

 

                 ~ターニャ・デグレチャフ~

 

 

 

 我々が人を”犬”と呼ぶ場合、本来は蔑称ではない。何故なら軍人、兵士の訓練などというものは、人が犬のようになるためのものだからだ。戦場に人の心のままに出てしまえば壊れてしまう。故に命令に条件反射で服従し、条件反射で待機し、条件反射で戦う猟犬、もしくは番犬となるべく訓練するのだ。私自身、前世でも今世でも『優秀な番犬』たらんと自負している。

 ではそんな私たちが”犬”を蔑称で使うのはどんな場合か? それは本来の”飼い主”に服従をするフリをしながら、別に”飼い主”がいる場合だ。つまりスパイだ。まぁ、私自身表向きドイツ社会主義統一党や国家人民軍へ服従しているが、実際の飼い主はアイリスディーナやその背後の反政府勢力だ。立派な”犬”だ。

 だからといって、別の”犬”と仲良くできるかといえばとんでもない! 飼い主が違えば、それは立派な敵同士。ましてや”飼い主”が国家保安省であるなら、共に天を抱く事の出来ぬ宿敵、油断すれば破滅へ墜とされる天敵だ。

 さて、そんな国家保安省の犬、リィズ少尉。残念だが、少々私情が過ぎたな。任務に乗じてテオドール少尉に迫ろうとしているようだが、演技過多だったせいで国家保安省が動き出すことが私にばれてしまった。

 

 

 ―――――そして現在。

 リィズ少尉は皆に責め立てられ、自分の個室に鍵をかけ引きこもってしまった。テオドール少尉はカティアやアネット少尉の制止を振り切り、そこに駆けつけた。

 

 ドンドンドンドン!

 

 「リィズ、開けてくれ。聞こえているんだろ!」

 

 テオドール少尉は扉の前でリィズ少尉をノックをしながら呼び続けた。

 

 「リィズ、俺はお前が国家保安省の犬だなんて思っちゃいない。だが、中隊のほとんどがお前をそう思っている以上、それなりの措置がとられるだろう。それでも………それでも俺はお前のことを……!」

 

 そんな調子でテオドール少尉は扉の向こうのリィズ少尉に話し続けた。

 けなげな呼びかけがしばらく続いた後だ。

 やがて

 

 ――――カチャリ……

 

 と、扉の鍵が開いた音が聞こえた。

 

 「入るぞ………。リィズ、なぜ照明を点けていない?」

 

 部屋に入ったテオドール少尉は、中が真っ暗なことにとまどっていた。そこにリィズ少尉は、彼の背中に抱きついた。

 

 「お、おいリィズ、いったいなにを………なっ!」

 

 テオドール少尉は驚愕している。リィズ少尉は、一糸纏わぬ全裸だったのだ!

 とまどう彼に、リィズ少尉はかすれたような声で言った。

 

 「私、お兄ちゃんが好き。お兄ちゃんのためなら何でもできる……。でもみんなからあんな扱いうけて………こんなんじゃ私、もう戦えない!」

 

 「リィズ………」

 

 「それでも………私はお兄ちゃんを守りたい。側にいたい。一緒にいたい。裏切り者じゃないって証明したい」

 

 「……………」

 

 「だから、お兄ちゃんが私を最後まで信じてくれるなら………今、ここでその証をくれるなら……お願いします」

 

 リィズ少尉は泣きそうな声でその言葉をだした。

 

 「抱い、て……ください」

 

 

 

 

 

 ――――そろそろいいか。

 端から見ててても、リィズ少尉の本気の気持ちは痛い程に感じられた。

 そのため、ついテオドール少尉がフルヌードになる所までやらせてしまった。

 本当にすまない、リィズ少尉、そしてテオドール少尉。

 別に貴方たちの最高のクライマックスまで待っていた訳ではないのだ。

 ついタイミングを逃してしまい、触れなば落ちんふたりの想いの交わる瞬間にまで来てしまったわけでは決してないのだ!

 息を止めて、裸で見つめ合う貴方たちを見入ってしまっただなんて、断じてないのだ!!!

 くどい程に、全裸になっている二人に心の中で謝罪した。

 そして照明を点けた。

 

 ―――パチリ

 

 「きゃあ!!!」

 

 「タ、ターニャ!!? お前、何でここに……?」

 

 なんのことはない。光学迷彩術式で姿を隠し、テオドール少尉と一緒に部屋に入ったのだ。リィズ少尉の目的がわかってしまい、こういうことになるだろうと思って手を打たせてもらった。

 リィズ少尉はシーツで体を隠して唖然と私を見ている。テオドール少尉は………すまない、体を隠してくれ。せめて象さんだけでも。幼女的に見るのはにつらい。

 

 「ま、こうなるだろうと思いまして、忍び込ませてもらいました。リィズ少尉、あなたの本気には申し訳なく思います。ですが『裏切り者ではない』というのなら、ハニー・トラップと思われるような行為はお控えください。行為を行えばテオドール少尉まで孤立してしまい、中隊が分裂してしまいます」

 

 リィズ少尉は悔しそうにシーツにくるまりながら私を睨んでいる。

 うむ、恐い目だ。女に恥などかかせるものではないな。

 彼女の人生で最低最悪、生涯最大のお邪魔虫だな、私は。リィズ少尉の目がそう言っている。

 やがて彼女はのそり、と立ち上がった。そして

 

 「………後ろ、向いて。服、着るから」

 

 と、やけに低い声で言った。体より顔を見られたくないのだろう。

 

 「申し訳ありません、リィズ少尉」

 

 私はそう言い、背中を向けた。

 別に私自身はやらせても良かった。彼女の本気の想いに、水をさすのも気が引けた。

 しかしカティアのことを考えると、止めておくべきだと思ったのだ。知ったら間違いなく泣くだろうしな。

 テオドール少尉が服を着るのを待って、一緒に部屋を出よう。そう考えていると――――

 

 

 「リィズ、やるぞ!」

 

 ――――――!!?

 

 テオドール少尉がリィズ少尉を押し倒した!?

 バ、バカな!? 私がここにいるというのに!!!

 

 『幼女が見ている前で義妹とヤル』

 

 そんな………そんなことが可能なのか!!?

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん!」

 

 ほ………本当にやっている…………!

 血が滲む程に愛し合う二人。それを見ている間抜けな幼女。

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! お、お兄ちゃん!」

 

 激しく、腰を前後に動かすテオドール少尉。

 その様は暴走した機関車のよう。

 私はクラクラしながらも確信した。

 

 ――――そうか、それがあなたの選択か。テオドール少尉……

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! あ、ありがとう、私を選んでくれて!」

 

 

 ―――どれだけ地獄を見ようと

 どれだけ自身の立場を傷だらけにしようと

 例え裏切り者と蔑まれようとも――――

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! ダ、ダメ!そんな……」

 

 

 あくまで……最後までリィズ少尉を守る決心をしましたか、テオド-ル少尉!

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! お兄ちゃん、愛してる!愛してる!」

 

 

 ――――いつかアイリスディーナも、私も……

 あなたを切り捨てねばならないのかもしれない。

 悲しい選択をする日が来てしまうのかもしれない。

 それが明日、来るのかもしれない。

 

 ――――それでも

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あん、あん、あん、あん、あん! あっ、私もう………ううん、何でも無い」

 

 

 覚えておきます。

 あなたの今の覚悟を。

 義妹を守る決意を―――!

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

「あん、あん、あん、あん、あん! あっ、一緒に……!」

 

 

 ………………前言撤回。やっぱり一刻も早く忘れたいです。

 

 

 バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 「あ! ああう! あああああ! お兄ちゃぁ~~ん!」

 

 

 

 知っている人間の『行為』を見るのはキツイ! はやく終われ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『たとえ裏切り者の名を受けようと
たとえ全てを失おうとも
リィズ、お前だけは守り抜く!』
その決意を胸に、
熱く猛るテオドール!

幼女よ、この揺るがぬ覚悟と決意
その無垢な瞳に焼きつけろ!

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