テオドール少尉とリィズ少尉の行為を最後まで見なければならない必要などないことに気がついたのは、かなり経ってからだ。部屋からそっと抜け出して、予定の、武装警察軍の襲撃が来た場合の迎撃準備をすることにした。
ああくそっ、テオドール少尉のよく動く尻だのリィズ少尉のあんあん言う声が頭から消えない。
そして気がついた。出撃目前のこの時期、中隊の皆に知られたら偉いことになる! カティアは精神的ショックで戦うどころではなくなるだろうし、中隊からはテオドール少尉は裏切り者扱いされ、統一的行動など不可能になってしまうだろう。アイリスディーナにだけは言わないわけにはいかないが、他のメンバーには二人の行為は知られないようにしなければならない。
というわけで迎撃準備を終え、アイリスディーナに報告をした後、テオドール少尉に口止めをすることにした。まったくこんな問題、前世の部隊ではなかったぞ。ヴィーシャに暴走機関車するようなアホなどいなかったし、恋愛沙汰で問題を起こすヤツもいなかった。部下は優秀な紳士ぞろいで、私は実に恵まれていたのだなぁ。
さて、行為を終えたテオドール少尉と彼の部屋で二人きり。今後の善後策を話し合うことにした。
「では、ともかくこの決戦が終わるまではリィズ少尉とのことは内密に、ということでよろしいですね?」
「ああ。決戦が終わった後に、俺からみんなに言う」
…………そうしたらとんでもない修羅場に。カティアもどうなるか。
「いえ、それ以後も騙せる限界まで。いっそ永遠に秘密にしては?」
「出来るか! いくら何でもリィズに不実すぎる! 大体、リィズをそこまで黙らせておくのは不可能だ。いや、無理に口を塞いでも多分ばれると思う」
…………だな。多分リィズ少尉の態度や仕草でわかるだろうし、この決戦までが限界か。
「わかりました。カティア少尉には、まず私がやさしくナイフで胸を抉りましょう」
「なんだ、その剣呑な表現は。いくら何でも大げさだろう」
本当に腹が立つな! この鈍感のために私がカティアを宥める苦労などしなきゃならんのは!
「…………大げさなら良かったんですけどね。その代わり決戦の間は決してバレないよう、態度もいつも通りにしておいて下さい。リィズ少尉にも口止めを」
「ああ、わかった。苦労をかける」
私は最後に、どうしても気になったことを尋ねた。
「本当に………後悔しないのですか? もし、本当に彼女が国家保安省の犬だったとしても」
「……………リィズは多分本当に国家保安省の犬だろう。国から逃亡しようとした俺が、労働キャンプ送りにならずにこうしていられるのも、リィズが取り引きしたと考えれば自然だ。
俺はリィズにも、その両親にも助けられた。なら今度は俺の番だ。俺がリィズから連中の首輪を外してやる!」
彼の言葉に、少しだけウルスラのことを思い出した。
私の恩人であった姉貴分の彼女。
助けられないと判断し、合理的に死なせるしか私にはできなかった。
―――もし、私にテオドール少尉のような強さがあったのなら、
最後まで彼女を助けることを諦めずにいられただろうか――――
――――それが一昨日のことだ。そして現在。
私たちは車両の遅れや私の新しい機体の調整などに手間取り、一日遅れで移動車両にてゼーロウ要塞陣地に向かっている。ゼーロウ要塞は、ベルリンからたった20キロ先の断崖絶壁『ゼーロウ高地』の丘陵に造られた防衛拠点。『ベルリンの門』とも呼ばれ、ここをBETAに抜かれることはベルリンを失うに等しい絶対防衛の拠点だ。すでにBETAとの戦端は開かれており、到着したら直ちに出撃だ。
いくつもの検閲所を過ぎ、目的地に近づくにつれ、軍用車が多くなってきた。予備駐機場の一角には、弾薬コンテナや整備車両が集っている。そして戦車や対空戦車の集結、発進している光景がいくつも見えている。さらに彼方からは重低音。砲兵の射撃による攻撃が行われているのだ。
さて、車両での私たちの座席だが、カティア、テオドール少尉、そして私が並んで座っている。本来は二人しか並んで座れない座席だが、カティアは小柄で私はさらに小柄なので、三人で座れるのだ。そして真ん中はテオドール少尉。私もこの尻振り男と並んでなど座りたくないのだが、彼とカティアを会話させると何某かやらかす気がするので、フォローのために彼の隣にいる。
車両に乗り込んでからは、リィズ少尉の件が後を引き、私たちは一言もしゃべっていない。
「あ、あの!」
カティアが重苦しい沈黙を破ろうと話かけてきた。
「その………リィズさんは監禁を受け入れたってことですが、大丈夫なんですか? その……精神的に何かあるとか」
「平気だ。お前の心配することじゃない」
と、テオドール少尉は素っ気なく言った。ほぅら早速やらかしている。
――――ゴスッ!
私はこの最悪アンサーを返した男に肘打ち。ちょっと魔導強化してあるのでかなり痛い。
「―――っ痛ぇな! 何しやがる!」
「カティアを殺したいんですか!? 気取られないよう、ちゃんと返事を返して下さい!」
私は小声で叱りつける。
「くっ! ああ、あいつは大丈夫だ。むしろ、お前が最後に見た時より元気いっぱいだぞ」
「元気? どうしてです?」
がはぁ!! 何真相に近づく一言をいっているのだ!? もし、ここに名探偵でもいたら、終わりなほどの致命的失言だぞ!! この高速尻振り男!
「俺があいつを元気づけてやった。俺は―――あいつの兄貴だからな」
「そう………ですか」
テオドール少尉の意味深な言葉にカティアはシュンとなってしまった。くそっ、しかしこれくらいの仄めかしは仕方ないか。私もまったくの不意討ちで真実を話すのはキツイ。
「その…………元気づけたって何をしたんです? ターニャちゃん、何か知っている?」
―――!!? なぜに私に聞く!?
「なんかターニャちゃん、昨日からテオドールさんと仲いいみたいだし、なんか知ってんじゃないかなって。どうかな?」
「――――ああ、こいつはよく知っている。こいつによく聞くといい」
テオドール少尉、面倒くさくなって私に丸投げしやがった! 幼女に見せつけての変態プレイを話せとでもいうのか! くそっ、なにか適当にでっちあげてやる!
「そ、そう!私とテオドール少尉とリィズ少尉で私的にシミュレーションをしたんですよ! それで仲が良くなりましてねぇ」
「シミュレーション? いつの間にかそんなことしてたの?」
「いやぁ、テオドール少尉のあの動きは素晴らしかった! 強く激しく、抉り込むが如く信じられない速さで動いていました! まさに『疾風の羅刹』とでもいうような。私は呆然と見ているだけだったし、リィズ少尉は『あんあん』と喘ぐだけ…………」
私、架空のシミュレーションの話をしているんだよな? まさかあの時の行為をカティアに話しているなんて、変態なことしている訳じゃないよな、ターニャ・デグレチャフ?
「よせ、ターニャ」
テオドール少尉はイヤそうに私をたしなめた。私ももう話すのはイヤだ。
「ふぅん『疾風の羅刹』かぁ。さすがテオドールさんだね。でも、だったら私も誘ってくれれば良かったのに。私も参加してテオドールさんと仲良くなりたかったなぁ」
「がはぁ!!!」
なんてことを言う、カティア!! 思わずとんでもない絵面が浮かんでしまったではないか!!!………………架空のシミュレーションの話だよな?
そうこうしているうちに、車両は目的地のゼーロウ要塞陣地の後背にあるヘルツフェルデ基地へと着いた。戦闘最中の基地らしく多くの戦術機の発進、帰還が行われている。慌ただしく稼働する整備機械の騒音の中、強化装備に着替えて集合した私たちにアイリスディーナは恐るべきことを言った。
「先程、いきなり本庁からの通信が途絶えたそうだ。そしてベルリンで戦闘が行われているらしい。だがBETA襲来のコード991は確認されていない。どうやらこれは内乱。国家保安省によるクーデターが始まったようだ」
やはり動いたか、シュタージ!!!
大規模BETAの襲来の最中、始まった国家保安省のクーデター!
そしてこれこそが東ドイツ終わりの始まりなのだ
東ドイツ終焉に第666戦術機中隊、そしてターニャはどう動く?