テオドールSide
俺はテオドール・エーベルバッハ。ここはBETA挺団の深奥。ここに全東ドイツ軍を恐怖に落とし入れた重光線級がいるのだ。
第666戦術機中隊が撤退する中、ターニャと共にあえてこの場に残った。そしてハインリツィ大尉率いる教導隊に加わり、重光線級の迎撃をしている。だが、そこには重光線級だけでなく、大量の要塞級までもいた。この戦力で相手にするには厳しい限りだ。
そして現在。作戦の補佐をしていたターニャのとんでもない一言が、指揮官のハインリツィ大尉を混乱させてしまった。
『な………何を言っている? 貴官は正気か!? どうやって、たった30秒で要塞級を50体も倒すというのだ!』
『説明しているヒマはありません。それよりハインリツィ大尉、敵から目を離さないよう。射程圏まであと少しです』
『バカな! そんな与太に部下の命を賭けられるか! 説明しろ、デグレチャフ上級兵曹!』
まずいな。さっきまで良い感じで作戦を進めていた二人が、言い争いを始めた。いや、声を荒げているのはハインリツィ大尉のみだ。が、BETAの最凶集団が迫ってきている中でのコレは、実に不味い。
しかしハインリツィ大尉のことも責められない。一見、この作戦を進めてみても無駄死にだ。この状況、例え部隊が全滅しようとも、わずかでも戦果のあがる戦いをするのが指揮官の務めだ。なのに理由も話さず、あえて作戦遂行を進めるターニャに反発するのは当然とも言える。
だが、ターニャが理由を話せない訳も予想がつく。おそらくターニャは”魔術”を使ってこの状況を打破するつもりなのだろう。魔術の予備知識などまるでないハインリツィ大尉にそれを説明するのは不可能。説明しようとしたら、たちまち戦争神経症(シェルショック)認定だ。
『…………クッ、話にならん! おい、エーベルバッハ少尉、この子はどうしたんだ!? 気でも触れたのか? 同じ部隊員としてどう思うのか述べよ!』
…………ターニャは気が触れてなどいない。BETAの恐怖で気が触れた奴はよく知っている。BETAを見ることを極端に避けようとするか、極端に突っかかろうとするかだ。第666で死んだ衛士には何人もいたし、最近じゃアネットもそうだった。
いわばターニャの真逆。あいつはハインリツィ大尉と話している時ですら片時も前方のBETA集団から目を離さず、静かに機をうかがっている。魔術なんてものがなかろうと、これだけでもアイツが化け物に見える。あれ程に絶望的なBETA最凶集団を、一瞬も目を離さずにいられるなど、幼女のくせに兵士として完成され過ぎている。
『ハインリツィ大尉、上申します! ここは殿を残し、要塞基地へ報告すべきでは? アレを殲滅不可能ならば、この危機を早急に知らせることこそ肝要と愚考します』
マズイ! ターニャの見事な待機姿勢に見とれているうちに、教導隊員からもっともな意見が出てしまった!
『そうだな。この危機、一刻も早く伝えるべきだろう。では………』
「ま、待ってください!」
俺は慌ててこれに『待った』をかけた。ターニャが何をしようとしているのかはわからない。だが一見して絶望的なこの状況もどうにかできる”何か”をコイツは秘めている。ならばハインリツィ大尉と教導隊をそれに乗せることこそ、俺がここに残った役目だろう。
「ハインリツィ大尉、デグレチャフ上級兵曹の言う通りにやっていただきたい。彼女はベルンハルト大尉より、こういった時の策などを授けられているのです」
『なに、ベルンハルト大尉から?』
すまん、アイリスディーナ。お前の作り上げてきた最強戦術機部隊隊長の名、勝手に使わせてもらう! お前の勇名を借りなきゃ、説得ひとつできない小物な俺を笑ってくれ。
ターニャのこの独断専行、第666戦術機中隊の策にして推し進めることにする!
「彼女の意見、一見して無謀無策の愚行に見えるでしょう。しかし全て勝利への理論に基づいた確かなものなのです。第666中隊は幾度もこのような状況に襲われ、そのたびにくぐり抜けてきた自負があります。ハインリツィ大尉、どうか我ら第666中隊の武名と戦歴を信じ、今一度彼女の言う通り作戦を進めていただきたい」
…………どっから声出しているんだ、オレ。そういやアイリスディーナから、上位の人間を丸め込む話し方なんてのを教えてもらっていたな。役に立つな、コレ。
「………ベルンハルト大尉の言うことなら信用せざるをえませんな。臨時大隊長より通達! 作戦は予定通り。吶喊役は予定より30秒遅らせ、3分30秒後に発進せよ!』
どうにかターニャの言う通り、作戦を進めることができそうだ。しかし教導隊の指揮官に、アイリスディーナの名を使ってとんでもない大嘘を吐いたことに今更ながら背中が冷えてきた。元凶の小娘に何か言ってやりたくなって通信を繋いだ。部隊員同士のみの回線だ。
「ターニャ、本当に大丈夫なんだろうな。信用して乗ってやったが」
『おやエーベルバッハ少尉、不安ですか? 幾度も危機を乗り越えてきた第666中隊の武名と戦歴。そしてベルンハルト大尉から直々に策を授けられている私をもっと信用なさってください。勝利の理論に基づいた確かなものなのですから。
いやしかし私がそんな大役をベルンハルト大尉から頂けていたなんて、私自身まるで知りませんでしたよ。実に光栄の極み。はっはっはっ』
コイツ………! それは俺がいま創作した大嘘だろう!!
いまいましく、脳天気な返事を返す小娘の機体をにらみつけて見ると、ターニャは突撃砲の銃口を下を向けて構えている………?
『全機、構え!』
重光線級群が射程圏内に入る頃、ハインリツィ大尉は合図。支援砲撃役は一斉射撃の準備。
『―――主よ、その大いなる神の御業を』
ターニャの通信から神を讃える聖句が。やはり魔術か。これを知らない教導隊には神頼みしているようにしか聞こえないだろう。しかしコイツの”神頼み”は本当に奇跡を起こす。
重光線級群、目標位置に侵入。
『作戦開始! 放て!』
ダァーン! ガガーン! ドォーン! ドドォーン! ズガガァーン!
一斉に飛び交う大型弾。
重光線級群はそれに向け、重撃レーザーを充填。照射準備をする。
ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!
その時だ。他の者より数瞬遅れ、ターニャが撃ったのは。ただし下に向けた銃口そのままに、重光線級群の足元を狙うように低く。
シュアァァァァァァァァァァァ……………
俺はターニャの放った弾道を目で追った。
大型弾は地を這い重光線級群に向かう。
だが直撃はせず、全て前面にいる重光線級群の足元に着弾した。
その時――――!
ドゴォォォォォォ! ドゴォォォォォォ! ドゴォォォォォォォン!!!!!
重光線級共のつま先下の地面が爆発した!
重光線級共は一斉に、仰向けに倒される!
そして………!
シュカァァァァァァァ! シュカァァァァァァァ! シュカァァァァァァァ!
その体勢そのままに、重撃レーザーを放った!
そして、それはそのまま背後の…………
ドッゴオオオ―――――――――――――ンン!!!!!!!
近距離からの猛烈な閃光爆発。要撃級群の後ろにいるにも関わらず、凄まじい衝撃と爆風、そして閃光が届いてくる!
そして――――
『異星起源種の諸君、私からのシュヴァルツェスマーケンだ。快く受け取ってくれ』
そんなターニャのつぶやきが通信から聞こえた時、我に返った。
『ハインリツィ大尉、3分30秒経ちました。吶喊役を突入させてください』
ターニャはそう言ってハインリツィ大尉を促す。しかし前面にいた支援砲撃役の機体はさっきの衝撃で機器に影響が出たのか、通信が繋がらない。なんでターニャのだけ………ああ、それも魔術か。
「こっちもターニャ以外は繋がりそうにないな。そうだ! BETAは……………?」
BETAがどうなったのかと正面のBETA群にカメラを向けると、そこは大きく様変わりしていた。禍々しく蠢き行進していたBETA最凶集団は、前面のひっくり返った重光線級以外は消滅していた。そしてそれがあった場所には、真っ黒に焼け焦げた肉の残骸が一面に広がり燻っている。
「まったく、どっちが化け物だか。これを教導隊や上にどう説明したものやら」
皆が混乱している中、俺は残敵掃討すべく飛び出した。何よりもまず、敵の無力化を考える辺りが経験だ。
そして教導隊もさすがに歴戦。俺につづき、次々残敵に向かい、飛び出した。
先程と違い、程なく全滅させることができた。倒れた重光線級など相手にもならなかった。
――――生き残った
これ程の大勝利にも関わらず、思ったのはいつものコレであった。
勝利の感慨など少しも沸かなかった。
――――どのような結果であれ、いま自分は生きて戦える。
ならば次の戦いに備えるだけ。
そう、いつも通りに――――
ふと、自分の心にいつもと違う”何か”があるのを感じた。
そして、あの時のアイリスディーナの言葉を思い出した。
――――『頼む、東ドイツを救ってくれ!』
あの言葉はターニャに言ったもの。
それでも俺はその言葉に突き動かされた。
あえてこの場に残り、戦うことを望んだ。
―――――アイリスディーナを守る。アイリスディーナに再びの出撃などさせない!
そんな密かな”誓い”が果たされたことが、俺は嬉しい。
「悪いな、リィズ。やっぱりお前の言う通り、思った以上に俺はあいつが大事みたいだ。約束通り最後はお前のもとへ帰る。だからもうしばらく、あの死にたがりを助けるために戦わせてくれ」
灰色の雲が厚く覆う空の下。
寒風吹き荒れ鳴り止まない音楽を奏でる荒野の只中。
前線果ての
BETAの残骸一面に散らばる世界に、
俺は新たな誓いを立てた―――
第4章完結! 重光線級との死闘がメインの話でした。
この先はまるで考えていないので第5章は遅れます。
またの再開をお待ちください