アイリスディーナSide
私は現在、戦術機バラライカに乗り、部隊員の一人のテオドール・エーベルバッハ少尉の機体と共に、旧ポーランド領クロスノ・オドジャンスキエ近郊に来ている。
テオドールは戦術機の操縦技術は高いにも関わらず、極度に人と関わることを嫌う性質がある。その為に部隊の連携に難を出してしまう。昔、密告によって家族を失い、自身も拷問された過去のためだ。お陰でさっきの任務で部下を一人戦死させた。いや、彼のせいとはいえないが、彼がもっと積極的に支援していれば避けられた事態だったと思う。
さて、彼と二機部隊を離れここに来たのは、国連軍の救援信号を受けたからだ。
私も戦死した部下、イングヒルトのことで心がささくれていたのだろう。ついテオドールと口論になってしまい、私と彼は東と西それぞれに別れ、国連軍部隊を探すことになった。
―――そしてそこで再びあの幼女を見た。
―――二度と見ることのないはずの彼女を。
―――信じられない光景と共に。
その幼女は、なんと空を飛んでいた。そして追いかけてくる戦車級BETAに、果敢に突撃銃で応戦していた。本来なら突撃銃で戦えるのは小型種まで。中型の戦車級には火力が足りず通用するはずがないのだが、なんと彼女はそれで戦車級を撃ち抜き、倒しているのだ。
「…………成る程、面白いものを見つけたかもしれん」
私はニヤリと笑い、幼女を助けるべく、BETAの排除に向かった。
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ターニャSide
『”ターニャ・デグレチャフ”という名は、戦場を呼ぶ』
そんな迷信じみた予感を感じながら、何故また名乗ってしまったのか?
いくらこの名を葬りたいと願っても私は死んでおらず、生きている限りこの名が戦場を呼ぶ。
そして新たな戦場の化身が私の前に立っている。
その名を”アイリスディーナ・ベルンハルト”という。
BETAからの絶望的な(私以外の)陣地防衛戦の後、魔術飛行で旧ポーランド人民共和国領のクロスノ・オドジャンスキエ近郊へとたどり着いた。脱出する際に拝借した通信機からの情報で、ここに西ドイツからの国連派遣軍がいる情報を手に入れたのだ。避難民のフリして西に亡命しよう!………との計画だったのだが、残念なことにそれはBETAに壊滅されてしまったらしい。
それだけなら残念ではあるが、まあいい。最悪なのは、その救援要請で来た我が祖国の”黒の宣告”(シュバルツェスマーケン)と呼ばれる部隊の女隊長殿に見つかってしまったことだ。しかも、BETAから逃げる最中の空を飛んでいる姿を見られて!
BETAから助けてはくれたのだが、私は彼女に捕まった。そして戦術機から降りた彼女に尋問めいたことをされている。
「お前は………まさかラエスヴィナ村にいたあの幼女義勇兵? 何故ここに………」
なっ! この隊長殿、私を知っている!? 貴女とお目にかかったことなど一度もないぞ!
「逃亡兵か? しかしあそこからここに来るまでには、BETAの支配地域を越えねばならないはずだ。それに距離を稼ぎすぎる!」
そう! それは貴女の見間違えで、私はどこにでもいる現地住民の子供です! と、言おうとしたが、ポーランド語でそれ、何と言うのだ!?
「だがその義勇兵の制服、これだけ切り詰めて小さくしたものなど他にあるはずもない。やはりあの時の子か………」
どの時!? いや、決定的証拠を着ていますね。おお!神よ………(いかん、また九五式に精神を侵食されている!?)
「それに見間違えでなければ、さっき空を飛び、突撃銃で戦車級を倒していたな。あれは?」
私は観念して、ある程度魔術のことを説明した。無論、エレニウム九五式宝珠のことは秘密だ。実はこれ、小さい頃から常時首からぶら下げているのだが、誰にも見られたことはない。隱行魔術で他の人間には見えない様にしてあるのだ。前の世界ならさほど通用しないこの術も、魔術のないこの世界なら極めて有効なのだ。
「――――なるほど、いいだろう」
彼女はそう言うと、ニヤリと笑った。何がいいのでしょうか? 大尉殿。
「お前は私が雪中見つけ、拾って保護したとしよう。話を合わせろよ」
「……大尉殿? それは無理がありませんか」
貴女、ずっと部隊の指揮を執っていたのでしょう? 前世で部隊指揮の経験がある身からいわせてもらえば、指揮のまっ最中に救助活動を部下に知られずにするなどありえませんよ!
「なに、これから来る部下も巻き込めば、その”無理”も”ものすごい偶然”ぐらいにすることはできるだろう。貴君の演技に期待する。デグレチャフ同志義勇兵殿」
マズイ! この女、私を何かに巻き込もうとしている! そんな直感がよぎった私に、アイリスディーナはズイっと顔を近づけてきた。美人だ。前の前の人生で残っている男の魂のカケラが少しだけ疼いてしまい、体が固まってしまった。
「お前はこれから私の共犯だ。私を手伝え、ターニャ・デグレチャフ」
―――――今思い返せば、何故アイリスディーナの隙を見て飛んで逃げなかったのかと思う。
あの後、彼の麗しき隊長殿は、合流したテオドール・エーベルバッハ少尉という部下を口八丁、悪辣な狐をも思わせる巧みな弁舌で丸め込み、見事、私の立場を補完させてしまった。
そして今現在。
(またしても私は”ターニャ・デグレチャフ”の名が呼ぶ戦場に引きつけられてしまった)
衛士強化装備を身につけた自分を見ると、そんな思いに駆られた。
ターニャちゃんが衛士に!? この、大いなる謎の真相は次回に!