幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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 本日、幼女戦記9巻が出ました! 相変わらずターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は苦労しています。
 こっちの”フォン”のつかないターニャもよろしく!


第44話 かの兵士 幼女と戦い

 

 「窓から失礼、こんにちは。窓を破って、ごめんなさい。銃弾いかがです? ボディアーマーをも貫く高級術式入りの。いえ、遠慮無くどうぞ。では、お別れです。さようなら」

 

 指揮車両へ攻め込んできた20名近くの陸戦部隊兵を殲滅することに成功した私。これだけ削れば小細工は無用と、格納庫内へ攻め込んだ。

 侵入時の奇襲で3名を倒し、その後の銃撃戦にて、敵の銃弾を防殻で防ぎ、誘導術式で軌道を曲げた銃弾で物陰に隠れた敵を倒したりで、2名を葬り去った。

 こことは別の場所でも銃撃戦の音が聞こえる。あれは間違いなくリィズ中尉とテオドール少尉だな。テオドール少尉を使っての離間策が呆れるくらい見事に嵌まった。私が言うことではないが、本当にこの任務にリィズ中尉は使うべきではなかったな。

 

 さて、私が相手をしているのは、あと5名の陸戦部隊兵。だが、私の魔術にもう対応してしまって中々倒せない。弾幕で私の動きを止めた所に爆発物を投げ込んだり、巧みなヒットアンドアウェイで逃げ回ったりで、私に的を絞らせないようにしている。

 何より『足こそ歩兵の命。走れない歩兵は死んだ歩兵』などという言葉そのものに足が速く、照準が全くつけられない。

 それに私は、この地下通路に続く廊下を大きく動けない。この先には間違いなく第666のみんなが捕らえられており、私が離れれば殺しにかかるだろう。

 

 と言うわけで、現在互いに攻め手を欠いた状態。向こうは逃げようと思えば逃げられるだろう。が、この社会主義国においては中央からの任務失敗は処刑、もしくは強制労働なので、いつまでも粘っている。

 私としてもこれ程の戦闘力を持った敵はできる限り逃したくないので、それ自体はありがたい。しかし、このままでは体力的に不利だ。5名もの屈強な陸戦兵と体力勝負をするようなものだ。

 仕方ない。少々派手に連中の潜んでいる場所を吹き飛ばすか、と魔力を練っていると、

 

 カッカッカッカッカ…………

 

 ふいに無防備に敵約一名がこちらに来る足音が聞こえた。

 

 当然、私はそれを撃とうとし……………やめた。

 

 何故ならその壮年の兵士は短機関銃を持ってはいるものの、構えてはいなかった。

 

 一見無防備に見えるが、それは撃たれた瞬間、全力回避して命一つを守るため。

 

 その後、短機関銃の全弾を私に喰らわせる相打ち狙い。

 

 さらに、その隙に他の陸戦隊員からの波状攻撃へと繋げる、恐るべき捨て石であると気づいたのだ。

 

 少し考え、私も出て行くことにした。

 

 

 

 「……………以外だな、ターニャ・デグレチャフ。何故、私を撃たない?」

 

 「『精兵一人を死兵に使えば、要塞をも落とせる』なんて言葉がありましてね。丁度、あなたのことだと思いました。貴官を撃てば、おそらく私は殺られる」

 

 その男は少し目を見開き、感心したように言った。

 

 「……………正に幼女の皮を被った戦争の悪魔だな。その見切り、打って出るその判断。超能力のみにしか目を向けなかった上層部は、大きなミスをした。

 ターニャ・デグレチャフ上級兵曹、最高の戦士である貴官に名乗ろう。私はアーノルド・カーフベル大尉。私のゲイオヴォルグを壊滅させた貴官に敬意を表す。だが………」

 

 この人がカーフベル大尉? 指揮官が捨て石に?………ああ、この人はこの作戦の損害で処刑は確実なのか。それで最後の役割に打って出たというわけか。

 

「貴様はいったい何をしたかわかっているのか!? 我が国を守る………祖国の政治的優位を支える精鋭部隊を消してしまったのだぞ!!」

 

 さっきの高潔な戦士っぽい、顔と声とセリフは何だったのだ?

 一瞬で顔が”怒り”そのもの、吐き出される声も”怒声”そのものに変わってしまった。

 ハッ! もしやこれが『二面相』という芸か?

 

 「もうすぐ我が国は………東ドイツは国土が失われる! だというのに、その寸前に『ゲイオヴォルグ』が崩壊した……! この先、我々が担うはずの『役割』の大半が達成できずに、『運命の日』を迎えることになってしまった!」

 

 カーフベル大尉の嘆きを聞き、私はうんざりした気持ちになってしまった。

 だがまぁ、私は『すごく良いことをした』ことは理解した。国家保安省の『役割』など、碌なことではないのだから。

 そもそも、相手に嘆きたいのはこちらだ。こいつらが、西ドイツに数々のテロ行為を仕掛けたせいで、西ドイツの対東ドイツ感情は悪化。過剰に警戒心を抱かせ、東ドイツからの亡命者を隔離などするようになったために、私の亡命計画は断念。そして今、私がこんな苦労をするハメになったのだから。私はムカつく心のまま反論した。

 

 「他国へのテロ行為や対抗勢力の粛清。それをよくそこまで美しく言えたものです。全体主義者のたわ言は聞きたくありませんね。貴方たちはいつだって地獄を理想の天国のように言う。祖国の愛も忠誠も、テロを飾るものなら犬にでも喰わせましょう」 

 

 …………………しまった、ブーメランだ。私は戦争の犬。途轍もなくマズイ餌を喰わねばならないではないか!

 そして迂闊をやらかしたのはこの失言だけではなかった。ついカーフベル大尉と話しこんでしまい、複数の方位から狙われている。防殻については、さっきまでの攻防で知られている。しかし、複数の方向から攻撃すれば破れると踏んだのだろう。

 正解だ。さすがにアサルトライフルの連射は、一方向に魔力を厚く集中させねば防げない。故にこの状況にならないよう動き廻っていたのだが、カーフベル大尉に乗せられてしまった。

 カーフベル大尉と私は、互いに突撃銃と短機関銃を向け合ったまま睨み合う。

 

 「上層部から貴様は必ず捕獲せよと命令された。だが、我々は貴様の命を取りにいっている。何故だかわかるか?」

 

 「――――さあ?」

 

 この先、会話などしてはならない。話の間に一斉射撃。常套手段だ。

 『卑劣な不意打ちの達人』こそ戦場の強者。言葉戦につられるな。

 

 「我々は『祖国を守る最強』たらんと常に鍛え上げてきた。それが、たった一人の化け物に壊滅させられたなど、認められぬ! もはや次の任務は達成不可能。処分は免れん。

 だがその前に『最強ゲイオヴォルグ』を葬った貴様だけは連れて行く!」

 

 何を言うかと思えば泣き言か。『最強』を求めるなぞ、実に人間臭い。

 戦場では『最強の人間』など『戦場の犬』にかなわない。

 付き合ってられないし、そろそろ決めるとしよう。

 

 やはり大尉は死兵。私の攻撃を一手に受け、他の者へ攻撃をいかせないのが役割。

 

 しかたない。この状況で私にできることは、こちらのタイミングで撃たせることだけ。

 

 私はいつものクソッタレな聖句を唱えた。

 

 「『主の奇跡は偉大なり。その雄々しき御姿は…………』」

 

 

 「させるか! 総員、集中射撃!」

 

 瞬間、私は地面に伏せた。そして、背中に全力防殻展開!

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!!

 

 くはっ! 痛い! 背中に容赦なく、銃弾が降り注ぐ!

 しかしそれでも私は心に沸き上がる信仰心のまま、聖句を唱え続けた。

 

 「『雄大なる山の如し。さあ讃えよう。全ての者に等しく慈悲はあり!』」

 

 匍匐姿勢のまま、カーフベル大尉に向け、発砲!

 

 そして………… 

 

 

 

 

 

 

 カチ!カチ!カチ!カチ!カチ!

 

 カーフベル大尉は部下全員が一瞬で倒された後も、予備弾倉まで含め、私を撃ち続けている。

 先程、迂闊をやらかして囲まれたように言ったが、実はワザとだ。

 さっきカーフベル大尉に向けて撃ったような一発。あれは引き金ひとつで全弾射出するよう、突撃銃に術式をかけておいた。そして軌道を曲げ、カーフベル大尉以外の全てのゲイオヴォルグに当たるよう、誘導術式で誘導弾にもしておいた。会話をしている間、ここまであらかじめ術式を組んでいたのだ。

 何しろ連中の動きは速すぎて中々照準できないし、時間が長引けば対応策をとられるだろう。危険だったが、あえて我が身を集中砲火にさらし、一網打尽の罠を仕掛けたのだ。

 

 私は立ち上がり、無言で弾倉を交換。

 

 そして今度こそ、カーフベル大尉を撃つ!

 

 パーン! 

 

 一発で終わらせる慈悲の弾丸のつもりだったが、急所をずらされてしまった。

 

 ドウゥゥ…………

 

 それでもカーフベル大尉は重傷を負い、その場に仰向けに倒れた。

 

 瀕死の中、彼はうわ言のように私に問いかけた。

 

 「…………貴様は……いったい何者だ、ターニャ・デグレチャフ…………。本物の悪魔なのか、それとも………?」

 

 「貴官はターニャ・デグレチャフと呼んだ。悪魔とも。それで十分。残念ですが、貴官に送る手向けは慈悲の弾丸だけです。貴官も、貴官の部下と共にあの世での待機任務へと入ってください」

 

 そう言い、突撃銃の銃口を瀕死のカーフベル大尉へ向けた。

 

 「地獄に………墜ちろ………!」

 

 「いけませんね。宗教否定の社会主義体制守護のために戦った者が地獄など。私はその体制を激しく否定する者ですが、貴官がそのために戦ったというのなら最期まで貫いてください」

 

 カーフベル大尉は私の言葉に、フッと皮肉そうに笑った。

 

 「…………どこまでも………憎いやつだ。ターニャ………デグ………祖国万歳!」

 

 タ――――ン…………!

 

 最期の力を振りしぼったであろうそれを聞いた瞬間、引き金を引いた。

 

 「この国の政府に祖国愛など受ける資格はありません。ですが貴官に敬意を」

 

 

 わずかに抱いた彼への敬意を込め、敬礼で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 かの兵士は生涯戦い、幼女の足元にて果てる。

 最後の報酬は、この世の別れを告げる銃弾と強敵の敬礼のみ。

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