私は地下へ向かった。だが、その途中の『ゲイオヴォルグ』の死体を見て思う。
―――ああ、畜生、なんてもったいない! 『ゲイオヴォルグ』の諸君、BETAとの戦場ではどれほど人手不足に泣いていると思っているのだ? こんなにも鍛え、戦士としての技能を身につけたのなら前線へ行きたまえ! 同胞である人類の、ましてや祖国を同じにする者同士で殺し合いなど、まったくもってバカバカしい!
ああ、いいとも。この愚かさこそが社会主義国! BETAとの戦闘にも、人間同士の醜い争いにも生き残って、『私たちはとてつもなく馬鹿でした』という生き証人になるとしよう。
そう心の中で叫び、格納庫内の戦闘で真っ先に殺害した見張りの死体をこえ、第666中隊の囚われているであろう扉を開けた。
そこには、ファム中尉、アネット少尉、そしてカティア他、整備兵が数名両手両足を縛られ、猿ぐつわまでされて転がされていた。他の中隊のメンバーは別の部屋か。私はまずファム中尉の拘束を解いた。
「無事ですか、ファム中尉。奴らにケガなど負わされていませんか?」
「ええ、私は大丈夫。残念だけど抵抗らしいことは全くできずに捕まっちゃったからね。でもいったい、どこの部隊が助けにきてくれたの? さっき戦っていたのは? ターニャちゃんが助けにきたってことは勝ったんでしょうけど、『ゲイオヴォルグ』を撃退できる部隊なんて、どこから来たの?」
「…………まぁ、そのことは後で話します。ところで聞いたところによると、ベルンハルト大尉はここにはいないそうですが、本当ですか?」
「ええ。残念だけど、先に後方へ送られちゃったわ。それと第666中隊の中で、クリューガー中尉だけはひどいケガをしているはずよ。ベルンハルト大尉が連れ去られるとき、ひどく抵抗したから」
「それは………先に見ないといけませんね。すみませんが、ここはお願いします」
「え? でも他に人は? 本当にターニャちゃん一人だけなの?」
「詳しいことは後で!」
ともかく第666戦術機中隊及びオットー整備主任他整備兵は解放したが、やはりアイリスディーナはいなかった。そしてヴァルター中尉も意識不明な程のひどい重傷だ。さらにシルヴィア少尉も彼の容態に、見たことがない程に取り乱している。テオドール少尉もリィズの死を受けて沈んでいるし、カティアもアネット少尉も心理ダメージは大きい。ファム中尉だけはしっかりしているのは救いだが、やはりこの先は前途多難だ。
特にアイリスディーナを奪われたことは痛い。アイリスディーナの名声はこちらの旗頭。急いで彼女を取り戻さなければならないが、強敵であるモスクワ派とまともに戦わねばならなくなってしまったハイム少将との合流も急がねばならない。
そんな不利な状況ではあるが、私が『ゲイオヴォルグ』を全滅させたことで有利になったこともある。多数の装備や銃器、それに戦術機チュボラシカが鹵獲できたことだ。
さらに指揮車両。実はあの戦闘時、指揮車両は爆発させたのではなく、爆発させたような音と煙を出しただけなのだ。そこを急いで退避しようとする『ゲイオヴォルグ』を、上空から鴨撃ちにしてやった。
私がこの指揮車両を破壊するなど、愚かなことをする訳がなかろう。これにはなんと、国家保安省の情報が満載なのだ。これをハイム少将の所へ持っていけば、状況を一気に有利にすることができる!
現在のベルリンの戦局がどうなっているかは知らないが、急ごう。急げばまだ間に合うはずだ。
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テオドールSide
―――ザック、ザック、ザック…………
解放された中隊及び整備兵は現在、撤収準備にかかっている。全員が忙しく動く中、俺は格納庫の片隅で穴を掘っている。これはリィズの墓を造っているのだ。ゲイオヴォルグの死体と、まとめて処分されたくはない。この忙しい中、裏切り者の墓を造ることを許すとは、ファムはやはり甘いな。
すると、ここにカティアとターニャが来た。カティアはズダボロになった”テロド~ル君”というクマぬいぐるみの残骸を持っている。『ゲイオヴォルグ』が腹立ちまぎれに引き裂いたらしい。
「なんだ。忙しい中、こんなことをやっている俺に文句でも言いに来たのか?」
「それはいいです。テオドール少尉にとっては必要なことでしょうから。でもテオドール少尉。この先の戦い、やれますか?」
そうターニャが聞いてきた。
俺はまた穴掘りを再開しながら言った。
「……………戦うさ。どう気分が沈んでいようと、戦闘になれば勝手に体は動く。そう訓練してきたからな。だがな、俺はリィズを守れなかった。中隊はアイリスディーナを奪われちまった。このまま戦い続けて、それで…………」
―――やるべきことは本当に簡単なこと。”ただ戦え”
―――例え何一つ守ることができなかろうと、やることは変わらない。
―――俺は本当に誓いを叶えられない。守ると誓ったリィズもアイリスディーナも、この様だ。
やっとリィズを入れられるだけの、そこそこ深い穴を掘ることが出来た。俺はリィズをそっと底に横たえた。
すると、ターニャが言った。
「実は用があって来たんです。その墓に彼も入れてもらえないかと思いましてね」
ターニャはカティアの持っているズダボロの”テロド~ル君”というクマぬいぐるみを指して言った。それを持ってきてくれたカティアも口添えをした。
「あの………私からもお願いします。これ、ベルンハルト大尉やテオドールさん、ターニャちゃんとの思い出の品ですから。このまま捨てるのは何か忍びなくて」
俺は一瞬断ろうかと考えた。だが、思い直した。
「…………いいぞ、入れてやれ」
するとターニャは、びっくりした顔をした。
「え、本当にいいんですか? 断られるかと思って、説得を33も考えてきたんですが」
「多すぎだろう! まったく忙しいのに何やってやがる。俺が言うのも何だが。
小さい頃、リィズがそんな人形を使って人形劇を見せてくれたことを思い出した。花も添えられないことだし、それもいいだろう」
カティアとターニャはボロボロのクマを丁寧にリィズの遺体の横に添えた。
ボロボロのクマぬいぐるみと一緒のリィズを見ると、小さい頃のあいつを思い出した。
やっぱりリィズには動物の人形なんかが良く似合う。
「………私、リィズさんが羨ましい」
慈しむ様にリィズを見ていたカティアがポツリと言った。
「何がだ? 国家保安省のスパイにさせられて、最期は殺されて、俺たちの間でも裏切り者で。何一つ羨むことなんてないと思うが?」
「リィズさん、テオドールさんを守って死ねたから。私も死ぬときはテオドールさんを守って死にたい、なんて思って」
―――なんだ、それは!そんな死に方をされても俺は困る。
「やめろ。俺を庇って、死なれて。それで俺はどうすりゃいい? お前の墓でも造って、泣けばいいのか?」
「そう………ですね。でもリィズさんの死に顔、すごく幸せそうに見えるんです。きっとリィズさん、テオドールさんが生きててくれて、嬉しかったんだと思います」
『嬉しい』か………思えば、リィズも最期は嬉しそうな顔をしていたかもしれない。
でも死んだ。親父の『リィズを頼む』って願いは、結局叶えられなかった。
―――リィズ、それに親父におふくろ。俺は生きてていいのか?
すると、他の第666中隊のアネットにシルヴィア。それに拘束されたファルカというリィズの副官をしていた少女を連れて、ファムもやってきた。
「良かった、間に合ったわね。撤収作業も一段落したし、この子にもリィズちゃんのお別れをさせてあげることにしたの。リィズちゃんを慕っていたみたいだしね」とファム。
「甘いわね。こんな裏切り者の墓なんて造るために、作業をサボることを許すなんて。ヴァルターをあんなにした奴の仲間だってのに!」
とシルヴィア。確かにそうだ。しかしそれを承知で、俺もこれは譲れない。
「テオドール。あんた、我が国最強の陸戦部隊の『ゲイオヴォルグ』を全滅させた反体制派の部隊って見た? そんな凄いやつらが反体制にいるなんて知らなかったよ」
と、アネット。ああ、そういうことにして、ターニャ一人でやったことは隠しておくことにしたのか。
何のかんの、皆も手伝ってくれて、リィズを埋めて墓を造ることが出来た。
「先輩…………」
石を置いただけの簡素な墓。そこにファルカというリィズの副官だった彼女は泣き崩れた。
俺はその姿を見て、少しだけ救われたような気持ちになった。
リィズは国家保安省でも、少なくとも一人は泣いてくれる人間をつくれたのだから。
そして次にカティアもそこに立った。
「リィズさん。私、やっぱりあなたが羨ましい。テオドールさんにこんなにも思われているんだもの。私、テオドールさんからあなたを奪った国家保安省と戦います。どうか見てて下さい」
次にファム。
「リィズちゃん、あなたとわかり合えたらいい、とずっと願っていました。あなたの後輩のファルカちゃんは、私がしっかり面倒を見ます」
そしてアネット。
「リィズ、あんたやってくれたね! あんたに裏切られた恨みは国家保安省にしっかり返すからね!」
シルヴィアまで立った。
「リィズ・ホーエンシュタイン。私、あなたを許さない。でも一つだけ感謝するわ。ようやくこの国のクソ共と戦う覚悟ができた。ヴァルターをあんな姿にしたあいつらを許さない!」
そしてターニャ。
「―――安らかにあれ。君は良き友人だった。君を越えて私は行く。………テロド~ル君」
………………お前だけ何か間違ってないか?
最後に俺が立った。
だが、俺に何か言う資格なんてあるのか。
結局お前の側にいてやるより、アイリスディーナの理想のために戦うことを選んだ俺に。
「親父もお袋も、そしてお前もこんなことは望んじゃいないって分かっている。それでも俺は、俺たち家族を歪ませたやつらを許せない」
―――この国を変えて、お前と生きるつもりだった。なのにお前はいなくなっちまった。
でも、まだ―――
「まだ誓いは生きている。終わりに何もなくても、最後まで足掻くさ」
―――アイリスディーナがくれた灯火はまだ俺の心にある。俺はまだ戦えるはずだ。
向こうの空。寒々とした遠い彼方の鈍色の景色を、目に写した。
―――本当にこの国には何もない。
冷たい灰色の空と荒れた国土、そして身勝手な正義を振り回す社会主義者だけの世界だ。
祈りは届かず、死者の祝福すらここには遠く。
苦痛と絶望、悲哀が響くだけのこの国。
それでも―――
「そろそろ行くか」
立ち止まろうとは思わなかった。
弱さを隠し、涙を見せず、リィズに救われた命一つを抱え
『こんな国でも残ってりゃマシになるかもしれない』
そんな夢のような、儚い希望を抱いて―――
遠い思い出に背を向け、俺たちは歩き出した。。
こころに幼き日の義妹の思い出を抱くも
ふたり寄り添うはずの未来は、いまは無く
戦う意味をひとつ失う
東ドイツの冷たい風は
あの日の彼女のぬくもりを消してゆく―――
されど、凍てつく風に煽られようとも
最後の灯火は消えず―――!