幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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 おいおい、アクスマン復活アンド悪巧みなんて俺しか喜ばないよ。自分しか喜ばないもの書いてどうすんだ、俺


第51話 アクスマン蠢動

 それはまさにカウルスドルフ収容所の詳細な絵図面であった。ここへ来た用件などを聞かれたが、雑貨店ですでに話してあったので用意していたらしい。

 私はそれで知能テストのようなものをやらされた。すなわち、絵図面を5分見て隠され、その絵図面に関する質問をされるというものだ。一回目は多少まちがえたものの、2回目からはもう淀みなくスラスラ言えるようになっていた。

 さらに錠の外し方や、警備などの細々した情報も教えてくれた。

 

 「なかなかに優秀ね。さすがアイリスディーナが目をかけるだけのことはあるわ。あなたの用事はこれでいいわね? じゃ、彼女のことは頼んだわよ」

 

 すると、今まで黙っていたイェッケルン中尉が口を挟んだ。

 

 「ま、待て! あえて黙って聞いていたが、お前たち正気なのか? 同志上級兵曹のみに、あのカウルスドルフ収容所から同志大尉の救出を任せるなど!」

 

 「その上級兵曹が自分で言っているのよ。何とかするのでしょう」

 

 ズーズィ女史は、イェッケルン中尉の当然の疑問をまるで意に介さず言った。いや、私もズーズィ女史が正気なのかは疑問だが、あえて問題にしないでくれたなら幸運だった。

 イェッケルン中尉は私に猛然と詰め寄った。

 

 「おい、どういうことだ!? 貴様ひとりで一体どんな勝算があるというのだ、同志上級兵曹!?」

 

 『魔術で空を飛んで救いに行きます』と言うか? 

 いや、私の安全とは別の意味で言えない。

 戦争神経症(シェルショック)を発症したとして、廃兵にされてしまう!

 イェッケルン中尉の雌獅子のような顔と声に迫られながら、何といい訳しようかと私が苦悩していると、

 

 「私が言っていいかしら? ターニャ・デグレチャフ」

 

 と、ズーズィ女史が救いを出してきた。

 いや、救われるのか? 私。

 

 「実は第666が襲撃されたことは手紙を読む前から知っていたのよ。こちらの独自の情報網でね。でもそれは、『あなたとエーベルバッハ少尉をのぞく全員が捕縛されてしまい、残り二人も間もなく捕まる』というものだった」

 

 「な! 第666が襲撃され、捕まっただと!?」

 

 おっと、イェッケルン中尉はご存知なかったか。しかしやはり、こちらの整備兵あたりに情報員を送っているな。

 

 「でも、その次の報告では、『捕縛にきたゲイオヴォルグ部隊を全滅させ、ヘルツフェルデ基地を出た』というものだった。その過程までは分からなかったけど、どうやらあなた方には我が国最強の陸戦兵すら全滅させうる手段が有るということね?」

 

 「な、なんだそれは!? 私は知らないぞ!」

 

 またまたイェッケルン中尉は猛然と私に詰め寄る。

 やっぱり救われなかったか、私。

 

 「落ち着きなさい、イェッケルン中尉。その辺の話を聞いてみたかったけど、どうやら秘密のようね。手紙にも書いてなかったし。

 ともかくファム・ティ・ラン中尉もあなたに情報を渡して欲しいと書いてきているし、何らかの成算があるのは確かなよう。

 その理由を探るのはまたにして、同志大尉のことは同志上級兵曹にまかせて私たちは私たちのすべきことをやりましょう」

 

 「そうだな…………。おい、その内ゆっくり聞かせてもらうぞ、同志上級兵曹!」

 

 やれやれ、取りあえず今は助かった…………か? イェッケルン中尉に何と答えるのか、考えておかねばな。、 

  

 ズーズィ女史は立ち上がり、言った。

 

 「私達はこれからベルグ基地に向かい、ハイム少将とこれからのことを話し合うわ。最初の予定よりだいぶ状況が変わってしまって、作戦を練り直さなきゃならないし」

 

 と、今度はイェッケルン中尉の方へ向いて言った。

 

 「ところでイェッケルン中尉、あなたは敗走したアクスマン中佐の居場所に心当たりはない? あなたなら、あいつを匿いそうな高官なんかも知ってそうだけど。

 あいつだけは………逃がさない!」

 

 ズーズィ女史は唐突にアクスマン中佐のことを聞き、思いっきり憎しみを吐いた。『スパイハンター』の二つ名を持つあの男、相当に恨みを買っているらしい。

 

 「知らんこともないが、今の状況で奴を追うのは無理だ。まずはモスクワ派に勝利すること。その事に全力を傾けるべきだ」

 

 「…………そうね。カウルスドルフ収容所の話をしたことで、あいつに捕らえられた同志たちのことを思い出してしまったわ。

 ……ねぇ、ターニャ・デグレチャフ。もし、あなたが本当にカウルスドルフ収容所からアイリスディーナを救い出せるというなら…………私たちの仲間のことも頼んでいいかしら? あそこにいる仲間を助け出すことは、私たちの悲願なのよ」

 

 「いや、それは…………」

 

 流石にそれは無理だ。アイリスディーナを救出したら、すぐハイム少将の元にいる第666中隊と合流しなければならないのだ。

 ただでさえ時間は足りないくらいなのに、とてもそんなことまで手が回らない…………

 

 

 

 

 ―――――いや、待て。本当に合流しなければならないのか?

 

 考えてみれば、ここはベルリン。革命の最終ゴール地点。

 

 倒すべき国家保安省の本部も、ドイツ社会主義統一党のいる人民宮殿、人民議会もここにある。

 

 そしてこれから行くカウルスドルフ収容所は、それらに恨みを持つ人間がいくらでもいる。

 

 もし、彼らを助け出し、上手くのせて革命に向かわせたならば…………?

 

 

 

 「……………冗談よ。あなたは同志アイリスディーナ・ベルンハルト大尉救出に全力を尽くしてちょうだい」

 

 おっと、私が考えこんで黙りこんでしまったのを、何か勘違いさせてしまったらしい。

 しかしズーズィ女史、私にそんな気遣いは無用です。

 

 「いいえ、引き受けましょう」

 

 「え?」」

 

 「私が、悪しき監獄『カウルスドルフ収容所』より、捕まっているあなた方の同志を一人残らず解放してみせると言ったのですよ」

 

 

 私は天使の如き微笑みを女史に向け、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 アクスマンSide

 

 「諸君、朗報だ。ゲイオヴォルグが壊滅したことは、どうやら事実らしい」

 

 私は国家保安省のハインツ・アクスマン中佐。国家保安省(シュタージ)ベルリン派の領袖である。

 ここは、とあるベルリンの地下壕。人間同士の戦いの前大戦時、第三帝国の総統殿は本土決戦を見据えていくつも地下壕を掘らせたが、これもその一つ。密かに発見したこれをモスクワ派の連中に知られぬよう確保しておいたのだ。

 

 我らベルリン派は崩壊しつつある東ドイツにおいて、崩壊後の先のために国家の主導権を握るべくクーデターを起こした。最初にもっとも邪魔なベアトリクス・ブレーメ少佐率いるヴェアヴォルフ大隊を潰すべく、奇襲をしかけた。が、我々の動きは読まれていたようで、逆撃を喰らい我が戦術機部隊ベルリン大隊は壊滅してしまった。

 だがこれは半ば予想していたことだ。私の部下達も優秀ではあるのだが、ベアトリクス・ブレーメ少佐は戦闘においては天才だ。戦術機戦闘ではかなわないことを見越して、第二の矢を用意している。

 奇襲が失敗した時点で早々に敗北を見極め、戦術機を放棄してモスクワ派を油断させた。さらに我々がベルリンを脱出した痕跡をいくつも残して、我々がベルリンにいないことを演出した。

 そして現在。特殊陸戦部隊「ゲイオヴォルグ」が壊滅したことを受け、いよいよ第二作戦を発動させる時が来たことを予感した。

 

 

 

 「アクスマン中佐、ではベルリン派陸戦部隊『グリューネハルト』を動かすのですね?」

 

 この陸戦部隊『グリューネハルト』こそ戦術機大隊『ベルリン』に代わる第二の矢。陸上戦闘の精鋭を集め、モスクワ派と西方総軍の間隙を抜く為の切り札。

 もっとも流石にゲイオヴォルグにはおよばないため、その調整に苦心をしていたのだが、いきなりその問題は無くなった。

 

 「そうだ。あのゲイオヴォルグがいないのなら、我々の動きに気づかれる可能性は限りなく低い。ブレーメ少佐がハイムと戦っている間に決めるとしよう」

 

 「了解しました。必ずや議会も人民宮殿も手中に収めてみせます!」

 

 そんな勇ましい副官ゾーネ君の言葉に、私はかぶりを振って応える。

 

 「何をいっているのかね。そんなことをしても、ヴェアヴォルフが戻ってきてたちまち制圧されるだけだ。我々の目標は別だ」

 

 「………は? いえしかし、ベルリン中枢を押さえないと、国家の掌握は出来ませんが?」

 

 「それはモスクワ派がやる。例えゲイオヴォルグが壊滅しようと、シュミットも後へは引けないはずだ。何より東ドイツには時間が無い。リスクを犯そうと、国家掌握は必ず強行するはずだ」

 

 「は? し、しかし、であるなら尚更我々は先行しないと! 東ドイツはモスクワ派の手におちてしまいます!」

 

 彼の質問にはあえて答えず、私は話を続ける。

 

 「さて、強行するしかないモスクワ派。しかしベルリンの制圧を担当するはずのゲイオヴォルグは無くなってしまった。代わりの兵を各地から集め、再編するには時間が足りない。ならばどうする?」

 

 「ヴェアヴォルフしかないのでは? 他にベルリンの制圧が可能な部隊などは有るとは思えませんし、西方総軍を撃破した後やるのでは?」

 

 「いいや、それでは時間がかかりすぎる。不都合なことは全て我々に押しつけたいのだろうが、時間がかかると無理が出てしまう。それに反モスクワ派の議員にも防衛対策の時間を与えてしまう。そんな愚はシュミットはおかさんよ」

 

 私の答えに、皆は大いにとまどい考える。

 

 「中央の守備隊を抜いて、ベルリン中枢を制圧するような練度の高い兵となると………時間を考えれば、そんな部隊などいるはずが………」

 

 私のいじわるな質問に大いにに困惑するゾーネ君はじめ部下の諸君。

 では、そろそろ核心を話そうか。

 

 「はっはっは。まぁ、分からないのも無理はない。答えを言おう。シュミットは国家保安省本部の守備隊を使ってベルリン中枢を制圧するつもりだ」

 

 「ほ………本部の守備隊ですか?」

 

 「そうだ。秘匿されてはいるが、実は国家保安省本部の守備隊はゲイオヴォルグと同じ訓練をした者で構成されているのだ。本部を鉄壁の守りにすると同時に、いざという時の切り札とするためにな。

 そして今、ゲイオヴォルグの消失した現在。シュミットも急いで国家掌握をせねばならない以上、自身の守りを薄くしてもアレを動かすはずだ。

 つまり奴らがベルリン制圧に動く時、国家保安省本部はかつてない程、警備が薄くなっているということだ」

 

 「す、すると我々の目標は…………?」

 

 「かの共産主義国家の大先輩、ソ連のかつての指導者スターリン書記長。彼は共産党の黎明時代、当時の指導者レーニンの遺体を押さえ、彼の代理人として共産党を掌握したそうだ。我々もそれに倣おうではないか」

 

 ゾーネ君は得心したようにニヤリと笑った。

 

 「成る程、さすがです、アクスマン中佐。国家掌握したモスクワ派を、そのまま我々が乗っ取るというわけですね? いや、実に痛快です!」

 

 「私の拙い策が諸君らの勤労意欲を高めてくれたのなら何よりだ。存分に働いてくれたまえ。

 陸戦部隊『グリューネハルト』の目標は国家保安省中央庁舎! エーリッヒ・シュミット上級大将の身柄は必ず確保しろ。中央庁舎の監視は怠らず、動きがあったらすぐ知らせろ。守備隊が出ると同時に、我々も中央庁舎制圧を仕掛ける!」

 

 

 

 




 ターニャ対アクスマン対シュミット!
 ベルリンを舞台に三つ巴の覇権争奪戦が始まる!

 果たして、最後の勝者は誰に…………?

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