テオドールSide
第666戦術機中隊、及び俺たちの同志の整備班らはヘルツフェルデ基地を出発。
国家保安省だけでなく人民軍からも身を隠すため、大きく迂回したために一日をかけたが、どうにか翌々日には決起した西方総軍の陣地となったベルグ基地へと到着した。
鹵獲したチュボラシカを見て警戒されたが、どうにか迎え入れてくれることに成功した。そしてヴァルターのおっさんを治癒室に預け、ファルカを捕虜として引き渡し、第666はブリーフィングルームにてこの決起の責任者、ハイム少将に挨拶をした。
「ハイム閣下、お会いできて光栄です。第666戦術機中隊の次席指揮官、ファム・ティ・ラン中尉です。題666戦術機中隊はこれより閣下の指揮下に入ります」
「うむ、高名な第666戦術機中隊を莫下に加えられることは実に光栄だ。ここへ来る直前、武装警察軍に襲われたそうだが、見事撃退したことはさすがの一言だ。多くの鹵獲した武器弾薬、及び戦術機は、我が軍に大いに役立ってくれるだろう」
それはみんなターニャのお陰なんだが、ハイム少将にあいつのことを言うわけにはいかない。あいつはこちらの切り札のようなものだからな。アイリスディーナも、極力あいつの能力を周りに知られないようにしていた。
「特に指揮車両。あれにある情報は、これからの交渉に………いや、これは彼らを交えて話そう。後にもう一組合流する。彼らが来るのはおそらく夜半すぎになるだろう。部屋を用意させるので、それまで休んでいてくれ」
もうとっくに武装警察軍モスクワ派の連中と戦闘に入っているというのに随分悠長だ。
外から見た感じだと、敵はあまり積極的に攻めてきているようには見えない。
ウチを襲撃に来た連中が全滅させられたことの影響か?
それにしてもハイムは不穏なことを言いかけていたな。
『これからの交渉』とか。まさか、国家保安省と交渉などするつもりか?
となると、国家保安省をぶっ潰すつもりの俺たちと、方針が違ってしまうことになる。
だとすると、まずいな…………。
ハイムの使いが俺たちを呼びに来たのは、真夜中をまわっての時間だった。もう一組の勢力というのが、いま合流したらしい。第666でこの会議に出席するメンバーはファムと俺、それにカティアだ。カティアは西ドイツの状況に詳しいので出席させた。
ブリーフィングルームへ着いた俺たちは、そこで以外な人物と再会した。
ベルリンで別れた俺たちの政治将校グレーテル・イェッケルン中尉だ。
「イェッケルン中尉! ご無事だったのですね」
「ああ。政治総本部は国家保安省に襲撃され陥落したが、私は彼らのお陰で逃げることに成功した。そちらの状況は聞いている。武装警察軍の襲撃にあい、同志大尉はさらわれ、リィズ・ホーエンシュタインは裏切って死亡したそうだな」
リィズを裏切り者呼ばわりされて俺の心は痛んだ。確かにその通りなのだが、最期には俺を助けたりもしたのだから。
俺たちの政治将校グレーテルと一緒にいるのは、髪で顔を半分隠した女をリーダーとした数名のグループだった。彼らをハイムが紹介した。
彼らこそ、この国の反体制派。アイリスディーナの裏の同志の者たちだ。
リーダーの女の名前はズーズィ・ツワプ。彼女はアイリスディーナを奪われたことにお怒りだった。もっともゲイオヴォルグを全滅させたことで、強くは言わなかったが。
俺たち第666中隊と彼女ら反体制派の紹介が終わったところで会議は始まった。
だが、会議前から危惧していた通り、ハイムは国家保安省と取り引きし、和睦するつもりだった。その意見に最も強く反対したのが、反体制派リーダーのズーズィという女だ。
「なっ! 閣下は国家保安省と取り引きなどするおつもりですか!? やつらは第666中隊の襲撃が失敗したことで弱腰です! 今ならベルリンへ突入することは可能です!」
「そうだな、国家保安省に関してはその通りかもしれん。だが、ベルリンに入ったとてそれからどうする? 市民や他部隊が我々を支持し、支えてくれねば我々は立ち枯れだ。
この革命は『市民や他部隊への呼びかけをベルンハルト大尉が行う』という前提あってのものだ。長きにわたり、困難な任務をいくつも成功させ、我が国を守ってきたベルンハルト大尉が革命の象徴になってこそ、この革命は成功する。このまま我々がベルリンに入っても、東ドイツは果てしなき内戦になるだけだ。
そして今現在、BETAが新たな大挺団を形成し迫ってきているという情報も入った。このままでは内戦の最中、ベルリンがBETAに侵入されるという事態になってしまうだろう」
正論だ。だがこの国の病巣、国家保安省を倒せるのは今だけだというのも事実だ。親父やおふくろを殺し、リィズを歪ませた国家保安省。俺はどうしてもやつらを許せない!
「国家保安省と交渉など! シュミット長官はあらゆる謀略の達人です。多少有利な条件を引き出せたとしても、将来は潰されるだけです!」
「だが国家保安省を潰すことに、我が国の命運を引き替えにすることは出来ん。我が国は国家保安省による恐怖政治が浸透しすぎており、国民全てが強い猜疑心に縛られている。革命にはその猜疑心を打ち消す強い象徴が必要なのだ。そしてその象徴となるベルンハルト大尉がいない以上、私は国家防衛の任を負った軍人としてこれ以上の戦闘行為に同調することはできん」
「それなら! 我々がベルリンに入った後、カウルスドルフ収容所からベルンハルト大尉を救出すれば!」
「彼女がすでに殺害されていたらどうする? 混乱するまま、BETAをを迎えねばならん」
アイリスディーナ救出にはターニャが当たっているが、ハイムが味方になるか不明な以上、あいつのことは話せない。それに話したとしても、聞いただけでは成功の可能性はゼロだ。
ファムや反体制派の人間、それにハイムの幕僚までもハイムを翻意させようと懸命に説得するが、ハイムの意志は硬い。
ここまでなのか? この国を変えるというアイリスディーナの夢は………
「待って下さい、ハイム閣下。革命の象徴が必要というのなら………シュトラハヴィッツ中将はどうでしょう?」
突然にカティアがそんなことを言い出した。
アルフレート・シュトラハヴィッツ中将。かつて幾たびもBETAの東ドイツへの侵攻を防いできた名将であり、東ドイツのみならず欧州でも知らぬ者のいない英雄であった。しかしクーデター計画が発覚し、東ドイツでは、その存在が抹殺されている人物だ。
カティアが今、その名を出したということは…………
「なるほど、生きた英雄に縋れないなら死んだ英雄にか。しかし残念ながら死者を旗頭に戦うのは不可能だ。彼は東ドイツの大いなる英雄であり、私の友人であった。しかし弔い合戦をするにしても時がたちすぎている」
「―――いいえ、彼の名は………魂はまだ死んでいません。彼を象徴として甦らせる方法はあります。私の名前………カティア・ヴァルトハイムは偽名です」
「なに?」
「私の本当の名はウルスラ・シュトラハヴィッツ。あなたが友人と仰ってくれたアルフレート・シュトラハヴィッツ中将の娘です!」
元々、カティアが『西ドイツから東ドイツへ亡命する』などというトチ狂った行動をした理由は、東ドイツにいる父親を捜すためであった。
その父親こそ、粛清されたかつての東ドイツの英雄アルフレート・シュトラハヴィッツ中将。
西ドイツの衛士であったカティアを、アイリスディーナが強引に第666中隊に入れたことで一時期相当怪しまれた。しかし、同時期に入ったターニャが特殊な能力を持っていることで国家保安省の注目はターニャに移り、カティアは無視されるようになったのは大きな幸運だった。
カティアこそが西ドイツと東ドイツを結ぶ架け橋にしようと、アイリスディーナが隠し続けていた”切り札”だったのだから。
ハイムやイェッケルン中尉が幾つか質問をして、カティアがシュトラハヴィッツの娘だというのが確かなものだと確信すると、ハイムは大きく頷いた。
「ウルスラ、君は”革命の象徴”となる覚悟はあるのかね? 一度なったら降りられず、長く困難な生涯を歩むことになる。”象徴になる”とは、そういうことだ」
「はい。私の名がこの国を救うために役立つのなら、私自身はどうなっても構いません」
「『どうなっても』は困るな。君には革命の象徴として、生きて頑張ってもらわねばならないのだから」
カティアにハイムは優しく微笑みかけた後、俺たちに向き直り大きく号令した。
「これより我々は革命軍として動く。ベルリンへと進撃し、いまだ武装戒厳令を敷いている国家保安省から解放する。
作戦名は”聖ウルスラ作戦”!」
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グレーテルSide
その後、おおまかな将来の設計。反体制派との意志の調整などを経て、”聖ウルスラ作戦”ことベルリン進撃作戦は計画された。
深夜明け方近く、第666戦術機中隊は対峙しているヴェアヴォロフに奇襲。陣を大きく乱した後、西方総軍の本隊がたたみかけ、第666中隊は突破をはかる。
戦闘の隙を縫い、別働隊である反体制派は、カティアを連れてベルリンへ侵入。国営放送局を制圧し、市民や東ドイツ軍に呼びかけを行う、というのが大体の流れだ。
そして明け方。第666戦術機中隊は出撃しヴェアヴォロフの奇襲に入り、同志ヴァルトハイム少尉改め同志ウルスラ・シュトラハヴィッツとそれを守る反体制派グループも出発した。
だが、私はまだ基地にいる。ハイム少将閣下から別に任務を受けたからだ。
「すまんな、第666の戦力を削るようなマネをしてしまって。だがこの任務を任せられるほど内政に詳しい人間は君しかいないのだ」
「お気になさらずに。私などいなくとも、私の仲間は立派に任務を成し遂げてくれます。こちらの任務も重要ですから」
私の任務は密かに接触してきた西ドイツの使者と会って、我々の意思を伝えること。この会談で、革命後の協力体制を作り、共にBETAに当たることが目的だ。
現在、西ドイツの使者を東ドイツに密入国させている最中なので、予定時刻まではかなり間がある。この戦いの結果の一部を見てから出発しようと待機している。
だが、奇襲は予定よりはるかに少ない戦果しかあげられなかった。
敵の鉄壁ともいうべき防御は崩せず、戦況は午前の半ばを過ぎても好転しなかった。
「戦況はどうだ、グラーフ」
ハイム少将閣下がオペレーターをしている副官に戦況を聞いた。
「良くありませんね。被害はさほどでもないのですが、敵の陣形が固くなかなか破れません。第666中隊も攻めあぐねています」
ブレーメ少佐は同志大尉も認める名指揮官だが、やはり攻撃はいなされてしまったか。
「………連中、今まで積極的に攻めてこなかったことで気づいてはいたが、やはり時間稼ぎか。連中は、国家保安省がベルリンを武力制圧するまで、我々をここに釘づけにすることが目的のようだ。
やむを得ん。30分後、部隊を強引に進ませ第666中隊を突破させろ。被害は大きくなるだろうが、このままではウルスラが危険だ」
「はっ! 了解しました。30分後、積極攻勢をするよう、『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』に指示を出します」
積極策か…………。この結果を聞いたら出発しよう。西の天秤をこちらに傾けるためにも、できるだけ良い結果が出ればいいが。
「な、何!? どういうことだ、それは!!」
突然、戦況報告を聞いていたハイム少将閣下の副官が叫んだ。
積極攻勢が裏目に出たのか?
いや、まだ30分経っていない。積極攻勢には、まだ入っていないはずだ。
「どうした、グラーフ。戦況に何か異変があったのか!?」
ハイム少将閣下は副官の動揺にも泰然とし、尋ねた。
「は、はい、我々と対峙していたヴェアヴォロフ大隊が突然戦闘をやめ、急速反転したと入りました! ベルリンへ引き返していったとのことです!」
――――――!!?
「どういうことだ? 例えベルリンを制圧できたとしても、我々をここへ押し止めるために戦闘は継続せねばならないはずだ。…………とすると、逆か。ベルリンの状況を探れるか?」
「はい、ベルリンにいる同志に連絡をとってみます」
副官が指示をだし、数分後。やがて連絡は来た。
「……………………………な、なんだとぉ!? どういうことだ、言っている意味がまるで分からないぞ!!」
それを聞いたハイム少将の副官はまるで聞いたこともないような声をあげた。彼は泰然自若とした軍人然とした人間で、こんな取り乱した声を上げるようには見えなかった。
つまり、ベルリンではよほどのことが起こったらしい。
西ドイツの使者に話せる事態だといいが。
そして、その彼とのつき合いの長いハイム少将閣下も、彼の様子に驚いている。
「どうしたグラーフ! 意訳しなくていい、報告をそのまま言え!」
「は、はい。国家保安省は反社会主義の声明を出したそうです! それを受けた人民政府の攻撃により中央庁舎は崩壊。シュタージ本部は消滅したとのことです!」
…………………ダメだ。こんな事態、上手く説明する自信がない!
ベルリンに異変あり!
そこでは何が起こっている?
次回より、真相が語られる!