幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第54話 ベルリンの空で真実を叫んだ幼女

 重要政治犯の集まるこの棟を制圧すると、名のある反動分子の方々が大勢いた。アイリスディーナから彼らの詳細を聞き、最も指揮能力が高いと思われる人物に他の棟の制圧は任せた。

 私は最大の戦力のある外周部警備隊の制圧だ。さすがに彼ら相手に”不殺”などぬるいことは言ってられないので、”完全殺る気モード”だ。

 

 まずは歩哨に立っている二名をナイフで一閃! 音も無く殺害した後、臨時に編成した部隊を引き入れる。警備隊の待機室へ踏み込み、混乱した警備隊員らをレッドカーペットにした。

 その後サーチアンドデストロイを徹底し、外周部警備隊を殲滅してそこの武器や装備を無傷で手に入れた。流石に襲撃者や脱走囚を容赦なく討ち取るための装備、そこらの武装警察軍と戦える程に潤沢だった。

 

 その後、制圧に手間取っている地点へと赴いた。この頃になると私たちの反乱にも気がつかれ、派手に銃撃音などをたてて抵抗してくる。

 こうなると無線を封鎖しているとはいえ、外部に知られるのも時間の問題。外部から反乱鎮圧部隊など送られる前にケリをつけるため、容赦なく抵抗勢力を消してまわった。結果、夜が明ける頃には収容所の完全制圧は成った。鎮圧部隊なども覚悟したが、静かすぎる程に何も来ない。

 最後の抵抗を処理した私に声をかけた人物がいた。

 

 「よいかね、同志デグレチャフ」

 

 「なんでしょう、同志ゲッフェン」

 

 この人は学者で、国の改革の論文を出したことからここに入れられたそうだ。私は全く知らんが、アイリスディーナはじめ多くの反体制派の者が尊敬しているので、偉い人…………らしい。

 

 「何故、君は看守や警備の者を容赦なく殺すのかね。彼らも同じ国の人間。現体制の打倒が成った暁には共に国を守る者となるべき人間だ。そこまで徹底して殺さずとも、少し時間をかければ何人かは殺さずにすむのではないかね」

 

 「その通りです。私もそう思い、最初はそうしていました。しかし今はその時間がおしい。未来の人材より、国家保安省が鎮圧に来るまでにここを完全制圧し、外に打って出なければなりません。 

 悲しいことに、現在敵である彼らの命より、時間は貴重なのです」

 

 彼はしばらく私をじっと見ていたが、やがてやさしく言った。

 

 「………すまなかった。私には君と同じくらいの娘がいてね。君が銃を取り戦うことに少し感傷的になってしまったようだ。もっとも、あの子には戦闘など無理だろうが」

 

 「違いますよ。ウルスラは私より二つも年上です。この年の二歳はかなり大きいものです」

 

 「な、なに!? おい、同志デグレチャフ!」

 

 私は彼に背を向け、看守や警備兵その他の死体からも目を背け、ここに常備してあるバラライカに向かい走った。 

 まったく痛い正論を言ってくれる。ゲイオヴォルグを全滅させたことを思い出してしまったではないか。

 それに彼のことは知らなくても、『ゲッフェン』という姓には聞き覚えがあった。ウルスラがこっそり教えてくれた彼女の本当の姓だ。ああ、畜生。名を消されるなど、かなり有名な反動分子というのは予想できたが、まさか彼女の父親がここにいたとは!

 色々な感情を振り切るように私は走った。

 思いがけずウルスラの父親に出会ってしまったこともだが、職務に正しき同国人を殺して廻っていることにも、かなりの胸の痛みを覚えている。あのゲイオヴォルグでさえ。

 

 全滅などやっておきながら、実は私はゲイオヴォルグの彼らに敬意を抱いている。彼らの掲げる『社会主義による統制』という正義は激しく否定するが、彼らの『組織の犬』という生き方だけは、私に否定することはできない。

 私自身、前世、前前性と『組織の優秀なる犬』となるべく生きてきた。『任務』という壁を乗り越えるには、人の心のままでは足りない。『人の心』などと甘えて為せるものではないのだ。『犬』に徹する者だけが到達できる領域が、確かにある。

 私が共産主義、社会主義を否定し彼らと敵対するのは、前前性で歴史を俯瞰し、その行く末が多くの悲劇を撒き散らした上での破滅しかないと知っているからだ。BETAとの戦いのあるこの世界において、人類を破滅させてしまう思想であると知っているからだ。その知識が無ければ、彼らと共に非道な行為をしていたかもしれない――――――そんな予感がある。

 心は痛めども彼らを、そしてここの看守や警備兵たちを説得する言葉を持たない私は、死をもたらすしかない。故に彼らに与えた弾丸は、憎悪でも裁きでもない、苦痛をできる限り与えない慈悲の弾丸だ。

 

 

 私が鹵獲したバラライカの前に着くと、そこにはアイリスディーナとクルト曹長がそれぞれに編成した部隊と共にいた。

 

 「ベルンハルト大尉、もう起きて大丈夫なのですか?」

 

 「ああ、国を変えることのできるこの瞬間、これ以上寝てなどおられん。

 で、私は放送局に行き、市民への呼びかけをするのだな?」

 

 「ええ、一度は潰れた計画を墓場から甦らせて再び、という訳ですね。そしてグリューベル曹長は………」

 

 「”ベルリンの壁”だな? 俺は」

 

 「貴官がもっとも適任と思い、推薦した。あれこそは、暴力と監視システムの統制国家であるこの国の象徴。あれを破壊してこそ、この国の支配体制を揺らがせることが可能だろう。東ドイツ国民を解放するための奮戦を期待する」

 

 この東ドイツには他の共産国と違い、わかりやすい弱点がある。それが”ベルリンの壁”だ。

 何故こんなものができたのか。前大戦終了後、ドイツはアメリカとソ連に分断統治されることになった。アメリカ主導の西は資本主義国。ソ連主導の東は共産国家。しかし首都ベルリンだけは、どちらの統治も受けずに東側と西側の往来は自由であった。

 ところが、東側の住人は西へ出て行ってしまう人間が後を絶たず、10数万人もの人間が行ってしまい、東ドイツは国家運営さえ困難になってしまった。その結果、国民を囲い込むためにこの壁を造ったのだ。

 この一事は共産主義など絵空事の理想であり、実際の国家運営は資本主義より劣等であるとの証明ではあるのだが、それを覆い隠すための役割が”ベルリンの壁”だ。

 これは東ドイツだけでなく、ソ連をも含めた東側の全共産国家の恐怖の象徴と弱点でもある。私の知る前前世でも、”ベルリンの壁”が崩された途端、東欧諸国の共産党は全て倒れ、ソ連さえも終焉を迎えたのだから。

 

 「まかせておけ! 俺らを踏みつけてきた鬱憤を全て、あの壁にぶつけてやる!

 あの時、あんたのことを隠蔽した罪で俺も仲間も随分な目にあった。だが、やはりあんたに賭けてよかったよ」

 

 「………そうか。では、私はこのバラライカで都市警備の戦術機の全てを引きつける囮を引き受けよう。警戒している戦術機が、私に引きつけられた頃合いで出発したまえ」

 

 「…………いいのか? このバラライカはお前に合わせての機体調整をしていない。乗っても、たちまち撃墜されるだけだぞ」

 

 と、アイリスディーナは心配そうに言った。

 

 「ご心配なく。勝算はあります。第一次操縦権は奪われないよう整備してくれましたね? では、行ってまいります!」 

 

 収容所を後にし、私は奪ったバラライカで国家保安省の中央庁舎を目指した。

 それにしても、中で銃撃戦などやったというのに外部の動きがやけに遅い。制圧部隊どころか偵察すら送ってこない。

 ………いや、今現在、国家保安省はクーデターであちこち制圧に動いているのだったな。ということは、その間隙を上手く突くことができたのか。

 途中、ベルリン警備のバラライカ、チュボラシカ等の戦術機部隊が来た。

 しかし、全て撃墜。簡単すぎるとお思いだろうが、実際簡単なのだからしょうがない。弾を魔導の爆裂術式を込めたので、当たれば一発で撃墜。さらに熱源誘導術式も込めたので、よく狙わなくても戦術機の噴射口めがけて勝手に飛んでいって当たってくれる。

 さて、そうして大した苦も無く中央庁舎付近の上空へと来た。ここに来た時にも三機ほど向かって来たが、全て撃墜。

 

 では始めよう。国家保安省など腐ったドア。思いっ切り蹴飛ばして時代を開けてやろう。

 と言っても中央庁舎を術式弾で破壊するわけではない。さすがにこれだけの建物を破壊するには火力が足りない。さらに国家保安省の建物ともなれば襲撃に備え、特別に頑丈に造られていることだろうし。それに国家保安省の職員とはいえ、非戦闘員を大量に殺したならば後の大義が大きく傷つくことになる。大義は大事だ。それを失えばせっかく悪しき現政権を倒しても、第三者に権力を奪われる。そして大罪人である私たちが銃殺されるまでがワンセット。

 

 故に私の選択した武器は銃ではなく演説。

 

 民主主義の正当たる武器の言語によって、大衆に訴えかけよう。

 

 ――――音量増幅術式展開。

 

 私の声を戦術機の外でベルリン中に響かせるほどに増幅。

 

 演説などガラではないが、コミーの面目を大きく潰せるなら政治屋の真似事もしよう。

 

 そうだ! せっかく国家保安省の本部の空なのだから、奴らの名を騙ってやるか。

 

 『国家保安省が、反社会主義宣言及び政府批判!』

 

 うむ、実にシュールで素晴らしい光景となることだろう。

 

 もはや二度と反革命罪だの国家反逆罪などで国民を逮捕など出来なくなる。素晴らしいことだ。

 

 さあ聞け。今までコミーに頭を下げ続けてきた、私のたまりにたまった鬱憤を!

 

 

 

 「全てのドイツ国民に国家保安省より告げる! 社会主義は糞である! 糞の塊である!!

 資本主義に遙かに及ばない、失敗の約束された愚か者の思想である! そのような思想で出来たこの東ドイツも、大いなる失敗国家である!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 と、言うわけで国家保安省の反社会主義宣言はターニャの仕業でした。
ターニャのこの暴挙に対し、国家保安省は………?

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