幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第55話 アクスマンとシュミット

 共産主義――――

 

 それは労働者の立場が弱く、ひたすら経営者に虐げられた時代に生まれた思想の徒花。

 

 『経営者が労働者を搾取するなら、経営者がいなければいいじゃない。世界全ての人間が等しく労働者となり、平等になろう!』という思想はたちまち世界中の低所得層の共感を得て、世界中に広がった。

 

 だがその思想に基づく社会主義経済は破綻し、共産圏の国家は全て強権による独裁国家となってしまった。

 

 理由は簡単だ。組織も経済も巨大になればなるほど調整役というものが必要になる。

 

 『全てが労働者』などという頭の無いたわけた組織は、船長のいない大船と同じ。行き当たりばったりに進んだ末に沈むだけ。

 

 故に共産主義国家とは理想と真逆に、強権によって自国民を縛ることでしか存在できない、儚い夢のような国家なのだ。

 

 そして今、この国家保安省中央庁舎の上空にて、私はその夢を醒ますべく声をあげる!

 

 「全てのドイツ国民に国家保安省より告げる! 社会主義思想は糞である! 糞の塊である! 資本主義に遙かに及ばない、失敗の約束された愚か者の思想である! そのような思想で出来たこの東ドイツも大いなる失敗国家である!」

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠ 

 

 アクスマンSide

 

 私は国家保安省ベルリン派の領袖ハインツ・アクスマン。

 夜明け前、国家保安省本部よりベルリン中枢を襲撃する部隊が出発した後、我々は作戦を決行した。

 まず、本部の通信を統括する施設へと忍び込んだ。そこで現在の状況を調べていると、その調査に当たっていた部下が報告をしてきた。

 

 「アクスマン様、カウルスドルフ収容所より暴動が起こったそうです。その対応を求める連絡が物凄い量で来ています」

 

 「なに? 間が悪いことだ。だとしても我々の行動を中止するわけにもいかん。外部との繋がりは全てカットしろ」

 

 国家保安省の人間としては反乱など見過ごしたくはないのだが、今は最大に手が離せない。被害は多少大きくなろうとも放っておくしかない。

 その後、本部の主要な場所を押さえるべく部隊を各所へ送った。

 

 

 

 襲撃作戦は大いに成功した。本部の本来の守備はやはりベルリン中枢の制圧に出ており、二線級の者しかいなかった。そんなものが我がベルリン派陸戦部隊グリューネハルトに通用するはずもなく、易々制圧され、いくつかあった本部の警備装置も解除し、シュミットのいる長官室へとたどり着くことができた。

 シュミットは何やら電話応対の最中であった。この本部の通信は全てカットしたはずだが、どうやら長官室の電話は、ここの通信施設とは別に繋がっているらしい。

 相手の方にはご遠慮してもらい、通話を切らせた。

 さて、シュミットにはレーニンよろしく生きた道具になってもらおうと、銃を突きつけた瞬間のことだ。

 

 『国家保安省は宣言をする! 社会主義は糞である! 糞の塊である!』

 

 などと、外から大音量でとんでもない声が聞こえた!?

 そして延々と政府批判、社会主義批判の演説が始まった。

 あの幼女の声は聞き覚えがある。なるほど、とんでもないことを考えたものだ。

 国家保安省は国家の社会主義体制を守るための存在。

 それが国家の社会主義体制批判などを宣言などしては、存在することは出来ない。

 そしてたとえ幼女の声であろうと、この国家保安省本部より発せられては誰もが国家保安省の声明と信じざるを得ないだろう。

 

 「いやぁ、ヘタを打ったものですなぁ、あなたも。優秀すぎる犬は早めに躾けをするべきなのですよ。成長し、こちらに牙を向くようになってからでは遅すぎる」

 

 私は長官室にいる十数人の部下とともにシュミットに銃を向け、そう言った。

 にもかかわらず、シュミットはいつもの通りの冷酷そのものの声で答えた。

 

 「先ほどの電話はバラライカが一機、警備の機体を撃墜しながらここへ向かってくるというものだった。今、ベルリン守備についている衛士はみな二線級。相手にならないようだ。

 ブレーメ少佐を呼び戻そう。彼女でなければ対応できまい」

 

 シュミットはそう言い、電話に手を伸ばした。

 

 「おおっと、電話から手を離してもらいましょうか。彼女を呼ぶのはやめていただきたい。私とあなたの契約がまとまるまでね」

 

 シュミットは電話に伸ばしかけた手をおさめ、憮然と言った。

 

 「まったく、敗者である君まで蘇るとはな。おとなしく逃げ回ってればよいものを。

 それで? ブレーメ少佐を呼ばせないというのなら、君の方でアレを何とかできるのかね?」

 

 「ご冗談を。ベルリン派の戦術機は全て放棄しましたよ。私には、あなたを虜囚にするくらいがせいぜいです」

 

 「では、このまま国家保安省が貶められ、潰されるのを指をくわえて見ているかね?

 それと、もう一つ。カウルスドルフ収容所より反動分子共が武装をして脱走し、ベルリンの壁に向かっているそうだ。当然、目的は壁の破壊だろうな」

 

 嗚呼、それはいけない。カウルスドルフ収容所は中隊並の武装があったはずだが、押さえ込むことに失敗してそこまで火種を大きくしてしまったか。

 あれこそは我が東ドイツの恐怖の象徴。人民を囲い込む柵。

 もちろんBETAの進撃により、やがて東ドイツ人民は西へ撤退しなければならないだろう。だが人民政府の統制のもとでの撤退でなく、自発的に出て行ってしまえばそれは西ドイツの国民。

 東ドイツは消滅し、ただの武装集団に成り下がってしまう。

 どうやら、反体制派は本気で東ドイツ消滅を狙っているらしい。

 

 「まったく三つ巴というやつは! 上手く二つの勢力の間隙を抜くことに成功したかと思えば、さらに抜かれるとは! シュミット長官、恩讐を越え、手を組みましょう。このままでは国家保安省のみならず、東ドイツまでも終わりです」

 

 やれやれ、シュミットを楽しく嬲る時間をとる間も無く、国家保安省そのものの危機とは! 

 この状況では、満足に迎撃対応すらままならない。

 故に今はシュミットのご機嫌とりをしても、この男の力がいる。

 

 「フン、せっかく制圧に成功した国家保安省が潰されてはたまらない、といったところか。それで? 私に何のメリットがある。事が終わった後、君が私を殺さないという保証は有るのかね?」

 

 「あなたがソ連と手を切り、ベルリン派へとなっていただければよろしいのです。どうせ、もはやあの娘を生かしておくわけにはいかないでしょう? これを機に、ベルリン派へと鞍替えなさって下さい。

 そうすれば私とあなたは共に同じ東ドイツの未来を目指す同志。私はあなたの手腕は買っている。どうか我が国のため、我々にその力をお貸しください」

 

 もちろん嘘だ。たとえ同じベルリン派になろうと、権力の首座につくのはたった一人。そしてシュミットは、おとなしく傀儡に収まっているような人間で無い以上、最終的には殺すしかない。

 しかし、今は我々の権力基盤を守るため、この男が必要なのだ。

 シュミットは私の顔を穴が開くほど凝視した。やがて、

 

 「私は何をしたらいい?」

 

 と、聞いてきた。墜ちたか。取りあえず第一段階はクリア。

 

 「議会や人民宮殿の制圧はどうなりました?」

 

 「滞りなく制圧したそうだ。議会はいま、私の息のかかっている議員が主導を握っている」

 

 「では、都市防衛用の戦術誘導弾を数発、表で騒いでいるバラライカに向けて放っていただきましょう。誘導弾の発射スイッチを握っているのは人民政府ですが、そのあなたの息のかかっている議員の方に、あなたが圧力をかけてお願いしていただきます」

 

 「こんな庁舎に近い場所にいる対象に誘導弾? 正気かね」

 

 「他にベルリンの壁が壊される前にあの化け物をどうにかする方法はありません。ここの庁舎は対襲撃用に、特別強固に造られています。襲撃した我々が苦労したのだからわかりますよ。衝撃波で多少揺れても、十分耐えられるでしょう」

 

 シュミットはじっと私を見つめ、動かない。私は引き金をジリジリ引き絞りながら続けた。

 

 「私はね、新しい東ドイツのためにハイムやアイリスディーナとも対話をするつもりですよ。現在争っている全ての者に対して調整役を買って出るつもりです。ですが、あまりに強いカードが向こうにあるのは好ましくない。故に、どうしてもアレをここで倒しておかねばならない」

 

 もしシュミットが動かないのなら、国家保安省は諦めるしかない。シュミットを殺し、ここから撤退した後、次の策を練らねば。

 私はさらに引き金を引き絞っていく。

 やがてシュミットは観念したように電話に手を伸ばし、とある議員へと電話を繋いだ。

 

 「ザンデルリンク君、我が庭で反革命罪を堂々とやってのける愚か者に戦術誘導弾を食らわせたまえ。

 ………ああ、かまわん。このままでは我が国は終わりだ。そのためにこの庁舎は頑丈に造られている。遠慮無くやり給え。数は十二発といったところか。……………ああ、それくらいでなければ通用せんだろう」

 

 彼は人民議会の議員に指示をし終わると、憮然と電話を切った。

 

 「結構! しかし十二発とはかなり思い切った数ですねぇ。この中央庁舎は大丈夫なんですか?」

 

 「何発かは墜とされるだろう。それを見越しての十二発だ」

 

 「はっはっは。さすがは長官、隙がない。では、長官を特別室へとご案内いたしましょう。そこで我が国の未来と我々の将来について話し合おうではありませんか。それと同時に私の部隊をベルリンの壁に送りましょう」

 

 私は銃を懐にしまうと、満面の笑顔でシュミットに微笑んだ。もっとも、部下には銃を下ろすようには指示しなかったが。

 シュミットの優秀すぎる部下たちは、当然彼を取り返しに動くだろう。それに対抗するため、彼を隠さなくては。

 

 「化け物が撃ち落とされるまで待ちたまえ。行くのはそれを見届けてからだ」

 

 シュミットは憮然と答え、反逆罪を堂々と行っているバラライカの映っているモニターを見た。 

 

 

 『何度でも言おう! 諸君、社会主義は糞である! 糞の塊である! 社会主義経済は負債を只ひたすら積み重ね、国家を極貧へと誘うだけのモノである! それを平等などと戯言でごまかし、権力者は失敗をひたすら下の者に押しつけることに都合がいいだけの政治理念、それが社会主義である!』

 

 国家保安省中央庁舎の上空では、相変わらず音量も内容も耳を覆いたくなるような演説が響いている。

 

 

 

 

 

 

 




ターニャを目がけミサイルが襲う! その時、ターニャは?

次回、三つ巴のベルリン覇権争奪戦決着!
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