幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第56話 シュタージ崩壊

 

 「以上、今日までにこの国家保安省、及び人民政府は多くの国民をさらい、収容所に閉じ込め、虐殺してきた!この国家の名に価しない犯罪をここに告発するものとする!」

 

 随分しゃべったので咽が痛くなってしまって演説を中断したが、気分は晴れやかだ。

 いや、我ながら素晴らしい名演説だった。カウルスドルフ収容所に捕らえられた人達から、人民政府の無能や国家保安省の非道を随分聞いたが、それをかなりぶちまけてやった。咽が痛くなるまで暴露したのに、まだ半分も話していない。まったくどれだけ悪の巣窟なのだ、この国は。

 そこらにいる武装警察軍の兵士も皆、私に注目し、あっけにとられたような顔をしている。

 お陰でベルリンの壁を守る兵士も、クルト曹長の部隊への対応が鈍い。あれなら程なく壁を破壊することができるだろう。

 さて、さらなる国家保安省や人民政府を追い詰める演説を再び………む?

 

 とある方向から殺気を感じた。そこにカメラを向けてみると、十発近いミサイルがこちらに飛んで来るのが見えた。

 それはおそらく音速に近いであろう速度であり、グングンこちらに迫ってくる!

 

 ――――正気か!? ベルリン市内で戦術誘導弾を使うなど!

 

 私は反射的に機体をスピード強化、真上の空へと猛スピードで上昇する!

 

 高度12000M程まで上昇した辺りで止まり、突撃砲を構えて待機。

 

 ――――銃を構えぬ相手だし、命だけは取らずにおこうと思ったが………銃どころか、ミサイルを放ってくる相手なら容赦する必要はないな。しかし、私の不殺の誓いはいつでも簡単に破られてしまう。

 

 戦術誘導弾はもちろん私を追い、下から迫ってくる!

 

 私はあらかじめ爆裂と熱誘導の術式をかけた突撃砲を放つ!

 

 パン! パン! パン! パン!

 

 ミサイルに向けて適当に放った術式弾は、熱誘導の術式によって寸分違わず噴射口に命中!

 

 ミサイルは次々噴射口を破壊されて高度を落とし、国家保安省の中央庁舎の屋上や庭に落ちていった。

 

 私は最後の一発が落ちるのを確認すると、その弾頭に銃口を向けた。

 そしてありったけの爆裂術式を銃身にかけ、

 東ドイツの暗黒の歴史に別れを告げた。

 

 「シュヴァルツェスマーケンだ、国家保安省。眠りたまえ、東ドイツの社会主義と共に!」

 

 

 全てのコミーに愛を込め―――

 

 

 ―――無慈悲にその引き金を引いた。

 

 

 数瞬の静けさの後――――

 

 

 国家保安省本部は大爆発を引き起こした!!!

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 

 

 

 

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 アクスマンSide

 

 

 不埒なバラライカを追ったカメラで、私は一部始終を見た。

 

 バラライカが本部の上空へと逃げる様。

 

 それをミサイルが追跡していく様。

 

 ミサイルが失速し、こちらに落ちてきたこと。

 

 爆発せずにほっとしたのもつかの間、バラライカが銃口をこちらに向けている姿――――!

 

 「やめろォ!!!」

 

 私は反射的に叫んだが、もちろんバラライカはやめるはずもない。

 

 無慈悲な破滅の銃弾は放たれた。

 

 その時、今まで無言だったシュミットがポツリとしゃべった。

 

 「海王星作戦の時、あの小娘はミサイルをいくつも撃ち落としたという観察報告があった。やはりサイズが大きくなろうと、同じことが出来たか」

 

 「知っていたのか、貴方は! 何故言わなかった!? 貴方もあれに巻き込まれるのだぞ!」

 

 この状況であまりに冷静なシュミットに不気味さを覚え、私は思わず叫んだ。尚も彼は感情など無い人間のように話した。

 

 「スターリンは前指導者のレーニンの遺体を確保し、彼の代理人として黎明期のソ連共産党を乗っ取った。だが私はレーニンはスターリンに殺されたのだと考えている。ここに君に踏み込まれた時点で、どのような取り決めがなされようと私の命運は決まった」

 

 「……………ああ、確かにそれはソ連建国にまつわる有名な話。成る程、当然貴方もそのエピソードは知っていたわけだ。私がスターリンを目指したと読みましたか」

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオン!

 

 その時天井、そして周囲から爆発音が一斉に鳴り響き、天井がひび割れ、部屋は大きく傾き崩れ始めた。部下達は次々逃げ、私にも逃げるよう促された。が、私は断った。とても逃げ切れるものではないし、最期にシュミットに聞きたいことができたのだ。

 私は近くの家具に掴まりながら、どうしても聞きたい質問をシュミットにぶつけた。

 

 「これで国家保安省は終わりだ! 後悔はないのですか? 自ら国家保安省を終わらせたことに対して!」

 

 シュミットは、いつもと変わらず王の如く長官室の椅子に座りながら答えた。

 

 「私はね、化け物に国家保安省を潰されるより、君に国家保安省の全てを奪われることに我慢ならんのだ。私が死なねばならないのなら、全てを終わらせることにためらいは無い」

 

 その瞬間、シュミットは崩れた瓦礫に押し潰された。だが、最期に答えを言ってくれて本当に良かった。おかげで私も妙にスッキリした気持ちで逝ける。

 

 「成る程、貴方も権力の化け物だったわけだ。そして私もおそらくはそうなのだろう。化け物と化け物と化け物が食い合い、そして最も強い化け物が残った。実に正しい。

 願わくば、あれがBETAをも喰らう化け物であることを………」

 

 その瞬間、私も倒壊する部屋に飲み込まれ、意識は消え去った――――

 

 

 

 

 

 

 

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 ベアトリクスSide

 

 私は国家保安省本部が反社会主義声明を出し、人民政府に崩壊させられたという信じられない報告を聞き、戦闘を中断して本部に急いだ。戦線には二つほど部隊は残している。が、主力のヴェアヴォルフを引き抜いては突破されるのは時間の問題だろうが、それもやむを得ない。

 おそらくはこれは何者かの策略。謀略の達人であるシュミットがそんなものに嵌まるとは信じられないが、それでも、前線をも抜けねばならない緊急事態だというのは、本能で感じている。

 

 やがてベルリンに到着し、国家保安省中央庁舎のあった場所に来てみると…………そこには一面に広がる瓦礫の山が広がっていた。

 その残骸の所々は、国家保安省の中央庁舎を造っていた物の面影がある。

 信じられないことだが、本当にこれが本部のなれの果て…………?

 

 「なっ………なによ、コレ! まさか本当に………あの巨大な中央庁舎が潰されたというの!? いったい何が………」

 

 『ブレーメ少佐、ベルリンの壁方向を見てください! 破壊している者がおります!』

 

 私がその方向を見ると、本当に壁を破壊している一団がいる!

 

 「すぐに止めなさい! この状況であれを破壊されたら…………」

 

 その瞬間、下方からものすごい殺気を感じ、反射的にその場を急加速で離脱した。

 

 すると、その場に残ったヴェアヴォルフ部隊は、噴射口を爆破させ次々落ちていく。

 

 ―――これは………! あの小娘の放った追尾する銃弾!?

 

 私は反射的に、自機の噴射口の辺りに多目的追加装甲をかざした。

 

 狙い通り追加装甲に衝撃が走り、爆発が起こった!

 

 一瞬にすべての方向にカメラを巡らせ、瓦礫に身を隠したバラライカを発見した。

 

 ―――そこか!

 

 あれはおそらく熱を追尾し、自動で飛んでいく誘導弾。撃たれるだけでまずい!

 

 再びバラライカは撃ってきたが、今度は余裕をもって予想し、追加装甲にて受け止めた。

 

 そしてバラライカに向かい、急加速!

 

 突進しながら突撃砲を斉射し、バラライカを怯ませた。

 

 逃げるバラライカに追撃はせず、それに通信を送った。

 

 「本部を破壊したのは貴様か、ターニャ・デグレチャフ!」

 

 「私が? バラライカ一機で? できるわけないでしょう。人民政府がミサイルを放って破壊したのですよ。とうとう国家保安省も粛清されたというわけですね。あなた方が、人民軍その他の組織にしてきたように」

 

 「とぼけるな! こんな………ここまでのことを人民政府がやるはずがない! あそこには我々の息のかかった人間も数多くいる!」

 

 「だとしても、もう遅い。すでに趨勢は決した、ブレーメ少佐」

 

 デグレチャフはいきなり口調を変えて言った。

 

「ベアトリクス・ブレーメ少佐。無駄かもしれないが、一応説得しよう。貴官は素晴らしい腕の衛士だ。だが狂っている。故に政治にも国民の統治にも関わらず、ただBETAとのみ戦う一衛士でありたまえ。狂っているが故に人を統治しようとすれば人を不幸にする。不幸にするのはBETAのみにすべきだ」

 

 「世迷い言を! 我々国家保安省がこの国を統治していなければ、とっくにこの国は国民全てが逃亡して崩壊している!」

 

 「国家保安省、あれはダメだ。腐敗している、という程度ならば蹴り飛ばして建て直すことも出来ただろう。だがあの組織は狂っていた。

 自覚しているか? 君は人間狩りを楽しむ異常者だ。そしてリィズ・ホーエンシュタイン。本来優しい人間であるはずの彼女は、国家保安省の命ずるままに人を嵌める人間になっていた。

 そんな人間を量産し、恐怖で人間性を歪め、支配する組織など消え去るべきだったのだ。

 故に私は行動した。ああ、これが革命精神とやらかな? 古き悪しきモノを壊す気持ちは昂ぶるものだな、少佐」

 

 ――――その言葉に、私はターニャ・デグレチャフの本質を見た気がした。

 

 

 それは我らの体制を否定し、滅ぼす――――

 

 

 もしかすると、我らにとってはBETA以上の天敵――――?

 

 

 「フ………フフフ。ハハハハハハ! ただの兵曹が政治批判の果てに国家保安省を潰したとはな! ここまでの反動分子に出会ったのは初めてだ。

 よかろう、このベアトリクス・ブレーメ。私は宣言しよう。ターニャ・デグレチャフ! 私は貴様を粛清する! 存在一つ残さず、この国の記録からさえも消してやろう!」

 

 「…………………そうか、ならば最後の国家保安省であるベアトリクス・ブレーメ少佐。貴官に『シュヴァルツェスマーケン』を下そう!」

 

 その言葉と共に、小娘のバラライカは私に向かい、突進してきた。

 『シュヴァルツェスマーケン』の言葉を聞き、宿敵を思い出した私の血は滾った。

 アイリスディーナが手に入れたあまりに強力すぎる手札のこの娘。

 私の全てが終わろうと、アレだけは倒して逝く!

 私に向かうバラライカを迎えうつ体勢をとりながら叫んだ。

 

 

 「ターニャ・デグレチャフ、汝に人狼の裁きを下す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 東ドイツの暗黒、シュタージ崩壊!

 そして己が知らぬ間に全てを終わらせた幼女に戦慄を抱くベアトリクス!

 シュタージ最後の狼がターニャに牙を向く!

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