幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第58話 とあるスパイのベルリン探訪

 鎧衣Side

 

 私の名前は鎧衣左近。日本帝国情報省に所属するエージェントだ。現在、東ドイツの東ベルリンに来ている。

 日本より遠く離れたヨーロッパは、あまり日本とは利害が絡むことは無いので重要度は低い。ましてや共産圏であるこの国は尚更だ。

 だが、もう間もなく東欧諸国はBETAに滅ぼされる。その際どの程度の戦力が西ヨーロッパへ合流できるのか、協力体制はどのようなものになるのかでヨーロッパの防衛体制は変わってくる。それにより国連やアメリカの政策も変化するので、東欧の行く末を調査しに来たという訳だ。

 現在、東欧の共産圏の中心であるこの国は内乱の真っ最中。軍と警察が崩壊後の主導権を握るべく覇権争いをしている。警察といっても、この国の警察は武装警察軍などと呼ばれており、軍に匹敵する武力を持っている。さらにその元締めの国家保安省は覇権争いの最有力だ。

 

 そしてその日、私は貧民街のこの街で、先輩のツテで得られたとある識者にこの覇権争いの行く末を聞きに行く最中だった。

 

 ――――その幼女を見たのは、それが最初だった。

 

 幼いながらもたった一人待ち合わせでもしているかのように佇んでいるその子は、派手な帽子などを被って精一杯なおしゃれをしており、街頭テレビをぼんやり見ていた。

 何故かどことなく気になったその子の顔を見た時だ。ふと、その子に”強者”の匂いを嗅いだ気がした。

 常に危険な人間と接触することの多いスパイ稼業。人物を見ただけである程度の危険度を測れなければ生き残ることは覚束ない。

 そして培ってきた私の勘が告げたのだ。『この子は強者』だと。

 

 彼女に興味を持った私は少し離れた場所で彼女を観察することにした。識者との約束まで時間は有る。30分ぐらいなら寄り道もいいだろう。

 やがて一人の女性が接触。私は会話を聞くべく指向性集音マイクを向ける。この雑踏の中、彼女たちは小声で話しているが、それでも会話を拾えるくらいには訓練している。

 会話の内容から、接触した女性は政治将校。制圧された政治総本部から逃げてきたのだろう。そしてやはりあの幼女は軍人。おそらく同業の諜報関係の者だろう――――

 そう思った。だがさらにもう一人接触した男の言葉を聞いて戦慄した。

 

 「第666戦術機中隊のターニャ・デグレチャフ上級兵曹。間違いないか?」

 

 ――――なに!? 第666戦術機中隊だと!

 

 第666戦術機中隊といえば、東ドイツ最強の戦術機部隊として有名だ。いくつもの困難な光線級吶喊を成功させ、現在まで東ドイツを存続させてきた要因の一つ。そして彼の部隊には、子供すら一人前の衛士に変える超技術の教育法の噂がある。怪談の類だと思っていたが……………まさか、あの子が?

 私がもう一度彼女に近づく間もなく、彼女らはその場を離れてしまった。そして私は任務のために彼女らを追うことは出来ない。結局、その幼女の特徴をメモに書き残すことしか、私にはできなかった。

 

 「あんな幼子が最強の戦術機部隊の一員? まさかな―――」

 

 私は沸き上がる疑問を振り捨て、識者の会合場所へと向かった。

 識者からの話は、この国の覇権は国家保安省のモスクワ派が握るだろうとのことだった。

 さて、情報というものには”ガセ”というものがある。こちらから情報料等をまきあげるために適当な情報を渡したり、あるいは敵対陣営がこちらを混乱させるために流したり、単純に情報が間違っていたり。

 そのようなものを握らされるのは諜報員として恥であり、実に屈辱なのだが、まさかこの情報をいただいた翌日に”ガセ”になるとは思いもしなかった。

 この識者に会うのも話を聞くのも相当金を使ったのだが、『返せ!』と言いたい。

 なにしろ会談の翌日、その国家保安省が倒れる様を、この私自身が見ることになってしまったのだから。

 

 

 

 

 予定の任務は済ませても、国境を越えるにはとあるタイミングを待たなければならない。今回はそのタイミングが長引いてしまったのだが、それは返って幸運であった。お陰でこの国の運命の日に立ち会うことが出来たのだ。

 その日の朝方、その謎の巨大な声は、突然にベルリン中に鳴り響いた。

 

 『全てのドイツ国民に国家保安省より告げる! 社会主義は糞である。糞の塊である! 資本主義より遙かに劣った失敗思想であり、それを掲げる我が国も壮大な失敗国家である!』 

 

 セ-フハウスでそれを聞いた私は、思いっきりズッコケてしまった。

 

 秘密警察の元締め国家保安省が体制批判に政府批判!?

 

 それに何故、幼い女の子のような声なのだ?

 

 ――――いや、この声。断定はできないが、昨日の街角で見た幼女の声に似ている?

 

 戒厳令のため、外へ出るのは危険であるにも関わらず、私は外に飛び出した。

 街で警戒している武装警察軍も、まばらにいる市民も、皆呆けたように街中に響く声に混乱している。私はこの声の主を捜す為、声の発信源に向かい走った。

 

 (やれやれ。やっと単独行動を許されたばかりの初仕事に、とんでもないネタが転がりこんだものだ)

 

 任務に誠実な諜報員として喜びながらも、この変事に立ち会ってしまい、予定外のリスクを負わねばならない我が身を嘆きつつも声の発信元へとたどり着いた。

 そこは国家保安省中央庁舎。シュタージの本部そのものだ。幾人もの武装警察が集まってきており、見上げると一機のバラライカが巨大な音声でそれを発している。

 

 (まさか、国家保安省が本気で体制批判?………………いや、違う)

 

 おそらくこれは、何らかの反体制派が国家保安省を潰しにかかっている。付近に幾つもの戦術機が撃墜されて落ちていることから、相当の手練れだろう。

 少々危険をおかしながらもこの映像を撮っていると、彼方から複数のミサイルが飛んできた!

 

 ―――無茶をする。国家保安省としても、それだけこれは脅威ということか。

 

 そのバラライカはこれに対して上空へと逃亡。だが、逃げるのは無理だ。事前の調査によると、あの都市防衛用のミサイルは誘導弾。音速にてどこまでも追いかける。

 

 『やがて、あのバラライカは撃墜されて落ちて来るだろう』との予想に反し、空から次々落ちてきたのはミサイルの方だった。

 

 ――――バカな! まさかあのバラライカ、ミサイルを撃ち落としたのか!?

 

 ミサイルが降るその光景に、猛烈な危機感を抱いた私はその場から急いで退避!

 

 やがて巨大な爆発と共に、国家保安省は消滅した―――――

 

 あまりの事態に、唖然としながらもその映像を撮りながらつぶやいた。

 

 「やれやれ、まさかこんなでかいネタが拾えるとはね。今日一日で十年分にも価するネタを拾えたのではないか? 少しでもこの状況を解説していただける人物はいないものか」

 

 その後、この異変にやって来た武装警察軍戦術機部隊との戦闘。

 隊長機のアリゲートルとの戦い等を見た。

 その戦いの最中、彼女の姿を見た。

 やはり彼女はあまりにも年若い幼女。その事実すら霞むほど衝撃的なことに、なんと空を飛んで戦っていた。あれは、滑空飛行能力を強化装備につけたのか?

 その戦闘は革命軍の放送によって中断。

 一人と一機は地上に降りた後、武装警察軍の隊長の自決で幕を閉じた。

 

 

 私は押さえきれない好奇心に駆られてしまい、彼女の前に出て行ってしまった。

 本来なら観察対象に接触するなどとは、諜報員としては愚の骨頂。

 だが、私は彼女に諜報員としてではない、元冒険家としての興味を抱いてしまったのだ。

 実は私、この仕事につくまでは冒険家であり、ジャングルの生態や遺跡などを調査する仕事についていた。だがBETAの脅威が強まるにつれてスポンサーは激減。さらに私が愛着を持った中国インド中央アジアの遺跡がBETAに潰されたことで冒険家を引退した。そして体力と調査能力を見込まれて現在の仕事についたと言うわけだ。

 彼女に未知の遺跡や生物と同じ興味と興奮をおぼえてしまった私は、自分を止めることができずに彼女に話しかけてしまった。

 いきなり話しかけた私に、彼女は不審そうな視線を向けた。彼女はやはり貧民街で見かけたあの幼女であった。

 

 「ああ、どうもこんにちは。あなたは?」

 

 「私は田中一郎。日本の政治研究会に所属し、東欧最先端の社会主義を勉強に来ている者です」

 

 これはこの国に入国、滞在するための仮面。共産国家へ入る時は、自身も共産主義者の仮面を被ることは常識だ。

 

 「…………名前があまりに適当すぎませんか? 偽名でも少しは工夫すべきだと思いますが」

 

 「おや、日本の名前などをご存知で? 東ドイツは日本とあまり馴染みはなかったと思いますが」

 

 今回の本来の任務はただのお使いのようなものだったので、凝ったプロフィールなどは用意していない。偽名も自分で考えたものだが、自分のセンスのなさに泣けてくる。

 

 「小官のことなど、どうでもよろしいでしょう。あの瓦礫の山でも見て、社会主義のなれの果てをご存分に勉強なさって下さい。実によく社会主義の未来を表していると思いますよ。それとも、ベルリンの壁が破壊される瞬間なんてどうです? 現在解体の真っ最中。流れ弾に当たるのが恐くないなら、我が国最大の歴史的瞬間に立ち会えますよ」

 

 「…………なるほど、実に勉強になりますなぁ。あなたの政治理念を伺いたいものです。

 ところでこの本部を破壊したミサイル、あなたの乗っていた戦術機を追っていたように見えましたが? それに先程、空を飛んでいませんでいませんでしたか?」

 

 「革命の熱狂が見せた幻でしょう。我が国の革命観光ツアーを存分に楽しんだら、急いで出国なさってください。何に巻き込まれるかわかりませんから」

 

 そう言って彼女は自殺した女性衛士をかつぎあげ、赤い戦術機に乗った。

 幼いのに随分な力が有ることだ。

 やがて赤い戦術機は機動を開始すると、どこへともなく出発した。

 私はそれを見送りながら、ため息をついた。

 

 「やれやれ、まさか生涯で革命の現場に立ち会うことが出来る日が来るとはね。

 たった一日でこの国最大の権力機構が潰れたことといい、あの幼女のことといい。報告することが山のようでクラクラしますなぁ。

 とりあえず、これから樹立される新政権へツテを作りますか」

 

 今回の任務の識者との話は全くの無駄ではあったが、この国に今現在来たことには大いに意義があった。その意味ではあの識者に感謝してもいいかもしれない。

 帝国情報省にとってはヨーロッパの大きな動きの一端を知ることができたし、私にとってもあの幼女は大きく興味を抱くに足る存在だ。

 

 

 私はベルリンの壁に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第6章完結!
締めくくりは特別ゲストの鎧衣さんでした。
国家保安省との戦いは本当に最難関でした。頭のいい人が敵に多すぎなんですよ。

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