初めてのキスは喝采の中
それはあまりに苦く――――
――――ただ、ひたすら苦かった
皆の祝福に包まれ、騒がしいほどに拍手が鳴る―――
それでも私たちは夢中で、互いに相手だけしか見えなかった
後に大きな悲しみが来ることもしらずに――――
~ターニャ・デグレチャフ~
アイリスディーナSide
その後、第一回の東ドイツ修正委員会の会議が行われた。明日には前線に戻らねばならない私のための顔見せのようなものかと思ったのだが、ハイム主席はいきなり爆弾を落とした。
「我々は西ドイツとの統一を目指す」
というハイム主席の言葉によって会議は始まった。
「現在のBETA大攻勢を受け止めつつ国家を維持していくことは困難であり、このまま国土が失われれば国民の大半を難民に変えてしまうだろう。国家保安省が倒れ、人民政府の抵抗勢力も大きく弱まったこの時期こそ統一に向けた動きに最適であろう」
もちろん反対意見も多く出た。
「体制は!? 統一するとして、いったいどのような体制にするつもりです!?」
「社会主義体制を維持したまま統一は出来るのですか!? 向こうにそれを認めさせることは!?」
それに対し、ハイム主席はこう言った。
「社会主義体制は捨てねばならない。もはや人類は自由主義、社会主義の対立をしたままBETAに対することは不可能だ。現在、社会主義体制の暗部をさらしたことで、大きく体制への不信が高まっている。故にこの動きに乗る形で自由主義に移行し、西との政治的な差をなくして統一を目指すものとする」
会議はハイム主席の言葉に大きく揺れた。しかし、私もウルスラ(カティア)もハイム主席の決断を支持したことで、一応の決着はついた。
この後のことは気になるが、明日には第666中隊は前線復帰する予定だ。『東ドイツ修正委員会』の委員になったといっても、前線から離れられない私は、イェッケルン中尉に委任をしてこの後の会議には出席しない。
そしてその夜、彼女とその打ち合わせのような雑談をしている所だ。
思えば彼女とは長く『隠れ反体制派とそれを追う政治将校』という敵同士の間柄ではあったのだが、不思議と気が合った。今は同じ陣営に属する者同士となったので、本当の友人になることができた。この一事は奇妙に嬉しい。
「それで? 西側との協議はすべて保留になったと?」
「その通りだ。何しろ話している間に、いつの間にかこちらは内乱の勝者になってしまった。互いの状況や上の意向を聞いた上で、後日、正式な政府の使者同士として話し合うこととなった。
しかしよく私たちが来る前に各地の武装警察軍を投降させることに成功したな? 彼らも我々に従うことには抵抗するものと思ったが」
「国家保安省本部が消滅したこととゲイオヴォルグが壊滅したことが殊の外効いたらしい。我々の実力を相当過大評価していたぞ」
「ああ、人民政府がやけにあっさり我々に全権を委任したのもそれか。ハイム主席もそれで強気に出ることができたわけだ」
私はそんな話をしながらも、うっすら赤くなっている彼女の顔が気になった。
「……………やはりまだ顔が赤いな。エーベルバッハ中尉の件、あまりのことに私も注意が遅れてしまった。謝罪しよう」
多分、私も相当赤いだろう。いきなり男性のパンツ姿を見せられた件と、部下のあまりにマヌケな醜態を同志中尉とハイム主席にさらした件。本当に汗顔の至りだ。
「ああ。まったくエーベルバッハ同志中尉にはとんでもないものを見せられてしまった。革命の勝者側になったからといって気が緩み過ぎではないか?
現在、政治将校としての権限は協議中のため停止しているので政治指導はしなかった。しかし、この一事だけはしておくべきなのではないか?」
「面目ない。私の方からよく言って聞かせたので許してやってくれ。奴は私の次の指揮官として鍛えていくつもりなので、今後このような気の緩みは糺していくつもりだ」
「それにしても、奴以上にやらかした奴がいるな。まったく私は今まで何を指導してきたのか」
「デグレチャフか………。やはり社会主義体制の暗部をぶちまけた件、政治総本部では問題になっているのか?」
「当たり前だ! まったく、おかげで私は裏切り者扱いだぞ。今、あそこは同志少尉を憎む声で満ちあふれているというのに、『内政官を希望』とは何を寝言を言っている!
だが結果として市民もあれで社会主義には大分幻滅したらしいし、経済的にも戦力的にもこれ以上この国を維持するのは難しい。ハイム主席の言う通り、西ドイツとの統一がもっとも市民を救う手段だろう」
「ドイツ統一………か。その場合、東の市民も西と同等の権利を有するようにしなければな」
「だが今回は引いたが、やはり政治将校共は反対するだろう。ワルシャワ条約機構の盟主を降りねばならなくなるし、何より政治将校の権限は社会主義体制でこそ保障される。自らの権限を失うことに賛成などするはずがない」
「まぁ、その辺りは上手く調整してくれ。連中と、ズーズィはじめ元反体制派の間を取り持つのが同志中尉の役目になるはずだ」
「聞いただけで難解な役目を気軽に言ってくれる。で、話は変わるが前線に来ているBETAはどうなのだ? ブレーメ少佐は相当に戦慄していたと聞くが」
ベアトリクスの名が出たことに、私はすこし動揺した。彼女とは色々と因縁はあったが、結局何一つ交わることなく死に別れることとなってしまった。せめて魂は彼女が愛した我が兄の元へ届きますように。
「要塞司令部から届いた情報によると、相当に広範囲に光線級が分布している。さらに重光線級の居場所は七カ所もある。作戦としては要塞に小型種を引き込んで、レーザーを撃たせないようにした後、BETAを引きつけてもらう。その間に我々や精鋭が一つずつ光線級吶喊で潰していくという具合だ。
問題は、東ドイツだけでは戦力が足りないことだが………」
「ああ、それなら西ドイツからBETA防衛の戦力を出してくれることになった。明日、要塞にくるはずだ。欧州連合や国連、米軍も戦力抽出の申し出があったので、随時送るよう手配しよう」
「同志中尉はここでそれらの調整を頼む。私ももう寝よう。明日は朝イチで要塞に着いたら、そのまま光線級吶喊だ。これだけは我々がやらねばならないからな」
その後部屋に戻ると、電話でファムとアネットに繁華街のバーにいるテオドールとデグレチャフを回収して寝るよう指示を出した。
そして翌日に備えて眠りについた。
その翌日に、とんでもない衝撃があることなど予想もせずに―――
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ターニャSide
「あ~クソッ! まったくなんでいきなりズボンが落ちたんだ! よりにもよってアイリスディーナやハイム主席や中隊のみんなの前でパンツ姿なんかさらして!」
と、新たに中尉に昇格したテオドール中尉は、私の横で物凄い勢いで大ジョッキのビールを飲み干し叫んだ。
ここは東ベルリンの繁華街ウンター・デン・リンデンのビアホール。革命の戒厳令が一部解除されたこの店に、私はテオドール中尉と連れだって来た。
店の中は革命の熱狂の余熱で溢れ、これからの東ドイツの将来を熱く語る者でいっぱいだった。国家保安省が存在したら、こいつら全員監獄行きだろう。
そんな彼らに背を向け、私とテオドール中尉はひたすら飲み続けた。私はコーヒーを。テオドール中尉はビールを。本来なら互いに昇格した目出度い日。中隊の皆と共に祝杯をあげるためのものになるはずなのだが、互いの心の傷を舐め合うためのものになってしまった。
テオドール中尉の一件は私のせいではあるのだが、それを言う気はない。無駄な諍いを起こす気力もない。私も内政官の道を閉ざされたことで、ただひたすらコーヒーを飲みたいのだ。
この合成コーヒーというやつは苦いだけで美味いとはとてもいえない。それでもこの苦さで今日の憂さを晴らしたいのだ。
私とテオドール中尉は競うように大量のコーヒーとビールを飲み合った―――
「まずいな…………さすがに飲み過ぎた。明日は前線基地に向かうってのに、中尉昇格の初日が二日酔いになっちまう」
「私も…………飲み過ぎました。このまま戦術機に乗ったら、機体にゲロをぶちまけそうです」
テオドール中尉はかなりの深酒そした後、明日の出発を思い出して青くなった。酔いは一気に覚めたようだが、完璧な酔っ払いだ。この体の軸線が定まらないふらついた状態で整列などしては、アイリスディーナとイェッケルン中尉から大目玉。中尉になった翌日に清掃員に降格だ。
かく言う私もコーヒーの飲み過ぎで、明日の出撃はヤバイ。術式である程度は体調を整えられるとしても、それだけでは不安だ。
「医局で貰った薬を飲んでおくか。帰ったら医局に直行して処置してもらおう」
「私も飲んでおきます。一応同じのを頂いてましたから」
実はこのビアホールに来る前、医局に立ち寄って万一飲み過ぎた場合のことを相談しておいたのだ。こういった用心深さが軍人向きと思われる由縁なのだろうな。
私とテオドール中尉は同じタイミングで薬を出し、同じタイミングで飲もうとして…………同じタイミングでそれを落とした。なんだこの信じられない同調は。
「くそっ、まずいな。思った以上に目の前がぶれている」
と、テオドール中尉は床に落とした薬を拾うべく床にかがんだ。
私も思った以上に体が動かない。早急に体を回復させるべく薬を探しに床にかがんだ。しばらく探してみると、床に一粒それは落ちていた。それを拾おうと手を伸ばすと、先にテオドール中尉が取ってしまった。
「テオドール中尉、その薬は私のです。返してください」
「いや、俺のだ。これは飲ませてもらう」
「あ~~~~~!!」
この時私はどうかしていた。私の不調はコーヒーによるものに対して、テオドール中尉は深酒。あちらの方が症状が深刻なうえに立場も重い。しかも私は術式で症状を軽くすることが可能なのだ。どう考えても薬はあちらに譲るべきだったろう。
だが私の醜態を見せまいとする本能は、そんな理性的な判断を消失させてしまっていた。
――――その薬は私のだ!!!
私はテオドール中尉の口に放り込まれる薬に向かって突進!
彼の口の中の薬を吸い出すべく、口をくっつけた!
――――ブチュウ! グチュッ レロレロ………
舌で薬を奪おうとするも、テオドール中尉も薬を守ろうと舌で防衛。
レロレロッ グニッ クチュクチュッ………
(くそっ、以外に舌の使い方が上手い。巧みに薬を転がしている。だが負けるか!)
それを破るべく私もさらに舌を奥まで入れ、突破をはかる!
私と彼は、口内で舌と舌をからめて激しく薬の争奪戦を演じた。が、端から見ると別のものに見えていたらしい。
―――「うわっ、凄ぇディープキス」
―――「相手、幼女だろ。まずくねぇか? 憲兵に引っ張られるぞ、あの兄ちゃん」
―――「いや、革命のせいでそいつらは仕事ができねぇ。それで秘密だった行為を堂々とってことだ」
―――「ガキでも女ってわけか。いいじゃねぇか、許されない恋でも、国家保安省も消えて目出たいついでに二人を祝福してやろうじゃないか。俺はあの年の差ラヴに喝采を送るぜ!」
パチパチパチ、と一人の酔客私たちにが拍手を送ると、一人二人とそれに続く。
熱く革命の話をしていた者もそれをやめて私たちに注目し、下品なヤジまじりに次々笑いながら拍手をし始めた。
私たちは重苦しい体制の終わった象徴に見えていたのかもしれない。
やがてビアホール中の客が私たちに喝采をおくった。
惜しみない拍手と歓喜の中心で私たちは抱き合い、激しく口内バトルを続けた――――
ランスにはまって更新が遅れました。面白いゲームは時間を食いまくりますね。