幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第62話 BETA総進撃

 起床時間と同時、物々しい連絡と共に第666戦術機中隊はブリーフィングルームへの集合がかけられた。まず間違いなく昨夜のバーのテオドオール中尉との不祥事の一件だろう。

 途中で出会ったテオドール中尉は憔悴して、正にこの世の終わりのような顔をしていた。

 

 「昨夜は惨々でしたね。私はバーの出入りを禁止されてしまいまいたよ」

 「それだけかよ! お前の悪魔のような所行で俺は………俺は!」

 

 と言ったが、ファム中尉とアネット少尉に何をされたのかは口ごもって何も言わなかった。

 昨夜、薬の争奪戦の口内バトルの最中、物凄い顔をしたファム中尉とアネット少尉に強制的に引きはがされ、この司令基地に帰還させられた。そしてお決まりの説教の後、私が自室で寝た後もテオドール中尉は何やらファム中尉らに責められていたようだ。彼女は母性が強く、普段は穏やかな分こういう事態では怖いのだな。初めて知った。

 私も彼には責任は感じている。何もできないが、ひとつ気合いでもいれてさしあげるか。

 

 「しっかりして下さい、テオドール中尉。まだこれからベルンハルト少佐とイェッケルン中尉の処刑が待っているんですから」

 「ああ…………」

 

 テオドール中尉は、本当に膝から崩れ落ちた。逆効果だったか。

 

 

 

 

 ブリーフィングルームにて難しい顔をしたハイム主席とアイリスディーナを前に中隊は整列。

 もっともヴァルター中尉は重傷による療養のために来ていない。それと、何故かイェッケルン中尉もいなかった。

 さて、どのような死刑判決を私らに下すのかと思ったら、違った。なんと東ドイツの死亡宣告にも等しい事態だった。

 

 「諸君、たった今ゼーロウ要塞は陥落した」

 

 ザワッ…………

 

 ………………何だと? これは何かの冗句か?

 

 「信じられないだろうが、ハイム主席の言葉は本当だ。これを聞いて欲しい」

 

 そう言って、アイリスディーナはレコーダーのスイッチを押した。するとゼーロウ要塞の司令の悲痛な声が流れた。

 

 『こちらはゼーロウ要塞陣地司令ヴァレリア・ネルリンガー少将である。国家人民軍全ての兵士に告げる。奮戦むなしく、間もなく要塞は陥落しオーデル・ナイセ絶対防衛戦は突破される。

 我々ゼーロウ要塞の将兵は最後の一兵までも戦うが、もはや猶予はない。確実にBETAはベルリンに突入する。誰でもいい。頼む、ベルリンを救ってくれ!』

 

 ゼーロウ要塞司令殿の、その叫びは我々を酷く戦慄させた。

 

 「いったいどういうことです? 確かに要塞陣地の戦力はひどく消耗しており、我々がいないことによって苦しいのはわかります。しかしBETAとは昨日、戦端を開いたばかりのはずです。それがいきなり要塞陥落など、脆すぎる!」

 

 テオドール中尉は発言の許可をとらずに叫んだが、私も同じ気持ちだ。

 

 「うむ、私も話を聞いた時は酷く戦慄したが、諸君に詳細を話そう。

 まず、BETAが要塞陣地に到着したのは今朝ではない。夜中、地中を掘り進み、ノィェンハーゲン要塞地下まで来ていたのだ。地下からノィェンハーゲン要塞を奇襲。瞬く間に要塞を占拠されてしまった」

 

 「な! 要塞が占拠される際には、要塞爆破が原則のはず………でなければ高所を取られ、周囲が危険だ!」

 

 「そう、その最悪の状況が起こってしまったのだ。ノィェンハーゲン要塞の頂上部に多数の重光線級が陣取り、BETAのレーザー照射場となってしまった。

 そしてそこからの重光線級のレーザー集中照射で、ゼーロウ要塞は瞬く間に破壊されてしまったようだ」

 

 なるほど、それならば確かにこの状況は納得できる。しかし………

 私は発言の許可を取って、疑問に思っていることを言った。

 

 「しかし今回のBETAの動き、今までとは明らかに違いますね。数とレーザーでの力押しとは違い、陽動を使っての地下からの奇襲。これではまるで…………」

 

 「そう。BETAは今回、戦術を使ってきた。前回、BETA最強ともいえる重光線級を要塞に近づけさせずの殲滅。見事だが、これにBETAが危機感を抱いてのことかもしれん」

 

 その奇襲をノィェンハーゲン要塞に使ったのは、私がそこで大規模要撃級群の進撃を足を潰して止めたことを受けてのことかもしれない。だとすると、BETAは戦闘情報を分析し、対策を練る知能があることになる。

 高所を重光線級に取られて絶望に黙り込んだ私たちに、ハイム少将はさらに衝撃的な

事実を突きつけた。

 

 「私は諸君らにさらなる絶望を伝えねばならない。先程、重光線級を最強のBETAと言ったが、それを上書きする事実が確認された。これを見たまえ」

 

 ハイム主席の言葉を受け、グラーフ中佐がスライドを写した。

 そこには巨大蛇の様なBETAが、多数のBETAを吐き出している姿が映し出された。その中には最大だった要塞級すらも混じっていた。

 

 ―――母艦級。

 後にそう呼ばれる、最大最強のBETAであった。

 

 「こ、これは何です!? 要撃級や…………要塞級までも吐き出されているなど、これはどれ程の巨大さなのです!?」

 

 「全長1500メートルは有に越えている。これが地中よりノィェンハーゲン要塞の目前に現れ、吐き出されたBETAが瞬く間に要塞を占拠したそうだ。この巨大BETAは要塞と戦車の一斉砲撃すらまるで通らない堅牢さだったそうだ」

 

 確かにこんな巨大な物体が外殻で体を支えているなら、岩が数十メートルも重ねた程の堅さかもしれない。貫通術式弾でも通らない可能性が高い。

 

 「以上だ。おそらく、このBETA本隊が来たならば東ドイツのみならず、西ドイツ。そしてその先まで蹂躙され、ヨーロッパは滅亡してしまうだろう。

 要塞を失った我々に、間もなく来るであろうBETAの大群を阻むことは不可能だ。

 それでも我々は出撃し、ベルリン手前でできる限り侵攻を遅らせ市民を逃がし、ヨーロッパ連合や国連が対策を練る時間を稼がねばならん」

 

 ハイム主席は、その言葉を言う前に酷く顔をしかめた。私の顔もそうだったろう。

 

 「すまんが、祖国のために死んでくれ」

 

 すると、アイリスディーナは一歩前に出て答えた。

 

 「了解しました。我ら第666戦術機中隊は最期まで祖国に献身いたします。東ドイツ市民の退避はお願いいたします」

 

 まるでいつもの命令に応じるよう、淀みなく答えた。

 こういう所が本当に本物の英雄なのだな、アイリスディーナは。

 私はその英雄に拍手喝采を送る市民や、彼女の活躍を描いた映画に感動する観客でいたかった。

 その『我ら』の中に含まれて英雄の一人になるなど、何の冗談だ。くそったれめ!

 ハイム主席は目を瞑り言った。

 

 「……………頼む」

 

 

 頼まれたくない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体整備のため、二時間後にここから直接機体で出撃となった。

 ああ、くそっ。何もない平原でベルリン防衛などできるわけがない。こんなことならノィェンハーゲン要塞帰還の後にすぐ反体制派の方へ行って、そこから革命を成すべきだった。せっかく革命などを起こして、将来は統一ドイツの国民になれるというのに、その目前にこんな帰還不可能の英雄的出撃などしなければならないとは!

 このBETA総進撃ともいうべき大攻勢は、現在20万。最終的には30万程になると思われ、さらには重光線級はノィェンハーゲン要塞に陣取っている群体以外にも5カ所もあり、戦場のどこにいても照射の範囲にさらされてしまう。もちろん普通の光線級も無数に点在だ。いかに歴戦の光線級吶喊の第666といえど、あれだけの光線級種からのレーザーを潜り抜けるのは不可能だ。

 そしてあの超巨大新型BETA。あれにはどのような攻撃も通用しないと思われるほど外殻が固い。どうにかなりそうな攻撃は大型ミサイルの一斉射撃くらいだが、もちろんそれはレーザーの餌食だ。

 正しい常識人なら『逃げる』の一択だが、それを軍人たる我が身は出来ない。『正しい軍人』は『戦う』を選ぶのが正しいと常識は変換されてしまうのだ。今現在、非常識なる『英雄的出撃』こそが軍人の証明。

 

 『いっそあらゆるリスクを負っても、東ドイツの避難民に紛れて西側へ亡命しようか』などと私が苦悩していると、面会の言伝がきた。

 行ってみると、それはウルスラの父のゲッフェン氏であった。

 ああ、ウルスラの行方を私に聞きに来たという訳か。気は進まないが、ウルスラの死を言わない訳にはいかない。

 基地内ではどうしても人目があるので、寒いが外の片隅にきてもらった。

 

 「忙しい中、押しかけてすまなかったね。私が君に会いに来た理由は想像つくと思うが……」

 「お子さんの『ウルスラ』のことでしょう」

 「そうだ。君は娘を知っているようだね。現在どこにいるのか、そしてなにをしているのか是非教えて欲しい」

 「彼女とは、ある孤児院で私の友達でした。そして………私が義勇兵に巻き込み、私が引導を渡しました」

 

 私はゲッフェン氏に孤児院でのウルスラのことを話した。

 

 孤立しがちな私と共にいてくれ、私の姉のようになってくれたこと。

 

 義勇兵の徴募がきたとき、私に付き合って志願してしまったこと。

 

 BETAとの戦場で震えてうずくまっていたこと。

 

 全滅するとき、私が引導を渡したこと。

 

 …………………そして、『死にたくない』と私に叫んだこと。

 

 

 ゲッフェン氏は最後まで黙って私の話を聞いていた。

 ウルスラが死ぬところですら黙っていた。

 やがて、私の話が終わると、

 

 「そうか。ありがとう、話してくれて」

 

 と、静かにそれだけを言った。

 

 「あ、あの!」

 

 背中を向け立ち去ろうとしたので、思わず呼び止めてしまった。

 ゲッフェン氏は立ち止まり、振り向かずに言った。

 

 「デグレチャフ君、そんなに自分を責めるな。娘が死んだのは君のせいじゃない」

 

 いや! そんなわけはないだろう。徹頭徹尾、私のせいでしかない。

 

 「私は娘に『誰かのため、人のためになれる人間になりなさい』と教えてきた。そしてその通りの人間になってくれた。私は娘を誇らしく思うよ。

 君がまだ娘を姉と思ってくれることは、親として嬉しく思う」

 

 ゲッフェン氏は一度だけ私に振り向いて、清々しく笑った。

 

 「元反体制派は現在、東ドイツ人の避難誘導を行っている。私も参加し、娘のいた孤児院の人間を避難させるつもりだ。

 君も……………頑張りたまえ」

 

 そう言って、今度こそゲッフェン氏は行ってしまった。

 毒気を抜かれた私は、しばらく呆然と佇んでいた。

 彼と話す前の私は、いろいろなリスクを負っても逃亡するか否かを考えていた。しかし、今はそんな気はまるで無くなってしまった。

 まったく子も子なら親も親。どこまでも人間として正しく、生きるのには不向きな親子だ。

 アクスマンだのベアトリクスだのシュミットだのがのさばったこの国に、どうやってあんな人が生きていられたのか本当に不思議だ。

 私は思わず空を見上げ、天国にいるであろうウルスラに言った。

 いや、天国などないし、空には雲しかないことは承知。ましてや神を名乗る存在Xはクソッタレだ。しかしクリスチャンである君の父に合わせてそういうことにする。

 

 ―――仕方ない。ウルスラ、もう私も逃げることは考えないことにする。

 なに、勝ち目のない戦いなど、前世でいくつも経験済みだ。

 前世と同じく、BETAをいくつか押しかえせれば生き残る確率も出るだろう―――

 

 再び灰色の空を見上げ、あの忌々しいBETA共を思った。

 

 ―――嗚呼、空よ。悲しくも恋しい空よ。汝を共に戦えない辛さよ。

 まったく、BETA相手じゃ航空魔導師の技術の大半は使えない。レーザーのせいで空は飛べないせいで…………

 

 と、ふいにとある考えが頭をよぎった。

 

 

 ――――何故、そう決めつける?

 

 

 私は灰色の空を睨み、いくつも脳内で考えを巡らした。そして結論を出した。

 

 

 「…………やってみるか。生き延びるだけじゃなく、勝利を目指して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 要塞指令の悲痛な叫びと共に運命の日来る!
 黙示録の瞬間迫る中、幼女は何を思う?

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