幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第63話 天使たちは戦場へ行く

 テオドールSide

 

 集合の時間までは大分早いが、何とはなしにハンガーへ来てしまった。するとそこには、強化装備を着たアイリスディーナとカティアが言い合っていた。

 

 「お願いです、ベルンハルト少佐! 私も行かせて下さい。私もみんなと戦います!」

 

 「ダメだ。お前には東ドイツ市民を導くという使命がある。お前は自ら革命の、そして東西二つのドイツの象徴となることを選んだはずだ。

 ウルスラ・シュトラハヴィッツ、お前の戦いから逃げるな」

 

 カティアは結局アイリスディーナに言い負かされて、トボトボと出口のこちらに歩いてきた。

 俺を一瞬悲しそうに見た後、そのまま何も言わずに行ってしまった。

 アイリスディーナは俺に気がつくと、何事もなかったように、いつも通りに話しかけてきた。

 

 「お前か、テオド-ル。時間にはまだ早いぞ」

 

 「そりゃこっちのセリフだ。俺よりさらに早いし、もうすでに強化装備だに着替えているし、カティアと何かやっていたし!」

 

 「ははっ、我ながら落ち着いて時間を待つということが出来ん性分に笑ってしまうよ。そこに、カティアが私たちと出撃したいと言ってきた。もちろん断った。あいつはもう、革命の象徴としての役割があるからな」

 

 クスクス可愛く笑うアイリスディーナに、やはり見惚れてしまう。リィズのことはあっても、やはり俺は彼女に惹かれてしまう。

 アイリスディーナは笑った後、ふと物憂げな表情になった。

 

 「リィズ・ホーエンシュタインのこと、悪かったな」

 

 「…………? 何故あんたが謝る。あんたに頼まれていたにも関わらず、裏切りを許してしまったのは俺だ。ターニャがいなけりゃ、今ごろ………」

 

 「ああ。リィズ・ホーエンシュタインに対しては、中隊長として裏切りを前提とした想定で動くべきだったのかもしれん。

 だが…………私の感傷が甘い状況把握に繋がり、あのような結果になってしまったと、どうしても後悔してしまう」

 

 「感傷? あんたがリィズになにか感傷することがあったのか?」

 

 「私にはな………兄がいたのだよ。とても大好きで、とても尊敬していた。だが反動分子と睨まれ、反体制派組織を守るためにと、兄に頼まれて私自ら殺した。そうして私は生き延び………兄の夢を叶える亡霊になってしまった。

 ベアトリクスもだ。あれは私と同じく兄の『祖国を守り通す』という願いを叶えるために歪み、その答えが『東ドイツを強固な全体主義国家にする』という間違った答えにたどりついた果てなのだ。

 私とベアトリクスは似た者同士の歪んだ者同士だ。『お前達兄妹だけは良い兄妹でいて欲しい』そんな感傷で、万一の対応を想定することができなかった」

 

 だとしても、やはりアイリスディーナには謝って欲しくない。

 

 「謝るなアイリスディーナ。あいつの罪は俺の罪。死なせちまったのも俺の罪。あんたに背負ってもらいたくはない。あんただって、兄を殺した罪を誰かに引き受けてもらいたくはないだろう?」

 

 プッとアイリスディーナは吹き出した。

 

 「なるほど、こいつは私が悪かった。確かにそれは私が取るわけにはいかんな。ならばこの話は終わりだ。私たちは背負いたいものを背負い、思いたいことを思ってこの戦いに臨む。それでいいな?」

 

 「ああ、それでいい」

 

 俺らしくもないが、笑顔で答えた。

 

 

 今度の出撃に生還は無い。

 

 

 それでも俺たちは自由だ。

 

 

 だからこうして笑っていられる。

 

 

 少なくとも国家保安省は潰れて無くなった。夢の一つは果たした。

 

 

 何も思い残すことはない。後はカティアや、それに続く誰かがやってくれる。

 

 

 ―――だから行くさ、革命の先の未来じゃない。

 

 

 それを守るための、戦場の果てへ―――

 

 

 やがてファムにアネットにシルヴィア、そしてまだケガの治りきっていないヴァルターのおっさんまで来てしまった。

 イェッケルンは完全に後方勤務となり、現在西ドイツとの協議に出ている。そのためにいないが、あと一人が来ない。

 

 ターニャだ。

 

 『まさか来ないつもりか?』などと考えたが、こいつにしては珍しく遅れてヒョッコリ現れた。

 

 

 さて、第666戦術機中隊のブリーフィングだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 カティアSide

 

 やっぱりみんなと出撃することは許してくれず、帰されてしまった。部屋へ戻る途中、クルトさんと出会った。彼は囚人服から戦車兵の戦闘服へと着替えていた。

 戦車帽を被ったクルトさんは、やはり歴戦を思わせる雰囲気を持っている。久しぶりに会ったような感覚さえ覚えてしまう。

 

 「クルトさん………。クルトさんも出撃するんですか?」

 

 「ああ、志願した。そしたら戦車を4両任せてもらえることになった。それで仲間たちと部隊を編成し、東ドイツ防衛部隊の一つとして参加する」

 

 「志願したんですか。勇敢ですね」

 

 「やめろ、そんなんじゃねぇ。ただ、せっかくシュタージの糞から解放したこの国を、BETA共なんかに踏み荒らされたくないだけだ」

 

 「やっぱり…………死にたくないんですね。生きて………何かをしたい」

 

 こんなことをクルトさんに言うのは失礼なのかもしれない。それでもノィェンハーゲン要塞からのクルトさんとの話で、そんな本心を感じている。

 

 「ああ! 死にたくなんかねぇ! 俺は『死んでくれ』と言われて、まるで揺らがず了解できる英雄のあんたの隊長とは違う! 自分の中のありったけをかき集めて、やっと志願できた、ただの凡人だ!

 でも………でも、しょうがないだろ! ここで誰かがベルリンを守らなきゃ………誰かが肉の壁になんなきゃ、本当に俺たちのやってきたことが無駄になっちまう!

 死んでいった仲間も! あのノィェンハーゲン要塞には仲間の墓だってあったのに!」

 

 私は黙ってクルトさんの慟哭を聞いた。

 

 『死んでくれ』だなんて間違っていると思う。

 

 でも、それを『間違っている』なんて言う資格は私には無い。

 

 いつか、お父さんが語ってくれた理想。

 

 『東ドイツと西ドイツが手を取りあえば、BETAを倒せる』

 

 その言葉を信じて戦ってきた。そしてその理想通り、東と西が手を取り合う一歩を踏み出すことができた。

 

 それでも、戦いに出て死ななければならない人はいる。BETAへの勝利は遙かに遠い。

 

 そして東と西のドイツの象徴となった私には、BETAと戦って死ぬことすら許されない。

 

 故に、クルトさんには一番間違った言葉を贈るしかない。

 

 「クルトさん………ドイツのため……多くの市民の命ため………死んでください」

 

 

 ――――ポロッ

 

 

 言った瞬間、涙がこぼれた。

 

 やっぱり、この言葉は重い。

 

 拭っても拭っても、後から後から涙がこぼれる。

 

 クルトさんは黙って泣いている私を見ていたが、やがて言った。

 

 

 「―――ありがとう、ウルスラ・シュトラハヴィッツ。行ってくる。ちっぽけな俺を精一杯、奮い立たせてな。及ばなくても『あいつはよくやった』なんて、語り継がれるくらいの戦果は残していくつもりだ」

 

 クルトさんは戦車帽を外し、戦士の顔で敬礼をして去っていった。

 

 

 ちっぽけな英雄の背中を、ちっぽけな象徴が見送った。

 

 

 

 

 

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 ターニャSide 

 

 この状況の打開策を考えていたら、初めての遅刻などを経験してしまった。

 格納庫に着くと、イェッケルン中尉とカティアを除く第666戦術機中隊の全員がいた。アイリスディーナはじめ全員が強化装備に着替えており、出撃する気満々だ。 

 

 「デグレチャフ、来たか。遅刻だぞ」

 

 と、アイリスディーナに緩く怒られた。

 

 「申し訳ありません。しかし大分不利ですが、それでも行きますか。光線級吶喊に」

 

 「ゼーロウ要塞司令官殿は『ドイツ民主共和国軍人として最後まで撤退することは出来ない』と言って、司令官の席にて最期を迎えられたそうだ。

 そして私も一人のドイツ民主共和国軍人。後ろ身は無い。

 第666の衛士諸君。付き合わせて悪いが、一人でも多くの市民を逃がすために共に行ってもらうぞ」

 

 「もちろんです。ベルンハルト少佐、最後までお供いたします!」

 

 と、ファム中尉。迷いなく最初に声を上げた。

 

 「自分もです。少佐のバディを誰にも譲る気はありません」

 

 と、ヴァルター中尉。…………って、あなた重傷のはずだったろう!? あまりに自然にそこにいたので気づかなかったよ!

 

 「ヴァルター中尉、負傷の方は?」

 

 「もはや私に休息は必要ない。ターニャ・デグレチャフ、お前には感謝している。ここで今、皆がこうしているのはお前のお陰だ」

 

 そんな『最後だから言っておこう』みたいな礼はいらん。死亡フラグそのものだ。

 

 「俺もだ。最後までつきあう」

 

 「わ、私も! 最後まで祖国を守ります!」

 

 「一匹でも多くのBETAを倒す。私はただ、それだけよ」

 

 テオドール中尉、アネット少尉、シルヴィア少尉もそれに続く。

 本当にアイリスディーナは厄介な女だ。人を妙に引きつけるくせに、死に場所を求めるような所がある。お陰で気がついてみると、いつも地獄の一歩手前だ。

 アイリスディーナは、今度は私に向かい聞いてきた。

 

 「お前はどうだ、デグレチャフ。お前はどうする?」

 

 「私は…………」

 

 これを口にするのは、それなりに覚悟を要した。幾度も死線をくぐり抜けてきたが、これ程までに死に近づく真似は初めてだ。

 だが、やらねば私も中隊も確実に死ぬ。衛士としてではなく、航空魔導師として閃いた直感を信じて前に進もう。

 

 「祖国に勝利をもたらす道を選ぶことを望みます。ベルンハルト少佐、どうせ玉砕覚悟の出撃しかないのなら私に賭けてみませんか?」

 

 「なに?」

 

 「策を進言いたします。あの厄介な場所に陣取っている連中はじめ数カ所の重光線級群。そして無数の光線級。それらを倒す方法を」

 

 「な、何だと!?」

 

 私は格納庫の片隅のブレーメ少佐が残した赤い機体に目をやった。

 

 ―――やれやれ。使うつもりなどまるでなかったのだが、乗らざるを得ないか。

 ブレーメ少佐。死ぬほど手は借りたくないのですが、祖国を守るため尽力をお願いします。

 

 

 禍々しい赤いアリゲートルは、嘲笑うように輝いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 


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