幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第64話 幼女衛士 空へ

 私はこの革命ではからずもアリゲートルという、『高性能だが操作性が悪い。乗りこなすには相当な慣熟訓練が必要』とのいわくつきの機体に乗った。

 そしてその評価は正しいと知った。。いや、乗り手のことをまるで考えない、社会主義国が開発したに相応しい機体だと知ったのだ。なにしろ出力が大きく上がっているのに、かかるGを軽減する措置をまるでとっておらず、火器管制も長距離射撃、連続射撃は優秀ではあるのだが、またまたそれによる大きく増した反動から、操縦者を守る措置がまるでとられていないのだ。

 ということでブレーメ少佐が私に託してくれた、このアリゲートル。『バラライカすら第666の皆に劣る機動しかできない私にこんなものが乗りこなせる訳がない』と、西ドイツへの手土産の一つにでもするつもりでいたのだが………

 この規格外の出力と火器管制が、今の絶望的な状況でBETA共に対抗するために必要なのだ。

 高機動による発生するGに関しては、私が乗るなら問題ない。魔術による防殻と防御膜で、その程度のGなど耐えることが可能だ。生身で空を飛ぶ航空魔導師はヤワではつとまらない。

 さらに操縦技術に関しても、空中ならば問題ない。主な推進以外の細かい機動は、私が空を飛ぶときの光学術式で行うつもりだ。

 と、いうわけで私はこのアリゲートルで出撃する。

 それも単独で、無数の光線種のいる戦場の真上の空に、だ。

 

 

 

 「デグレチャフ、今いいか?」

 

 アイリスディーナが、防護服を着て劣化ウラン弾を術式弾に変えている私に話しかけてきた。

 

 「ああ、いいですよ。何です?」

 

 「我々第666戦術機中隊は、一足先にベルリン防衛のために出撃する。後のことはオットー主任技師に聞け。もうすぐアリゲートルの改修は終わるそうだ」

 

 「そうですか。いえ、私も改修が終わり次第、出撃します。ベルンハルト少佐、私の話に全面的に協力してくれて感謝します」

 

 「お前の策………いや、策とも呼べないな。『アリゲートルであえて空へ行き、レーザーを回避し続けて囮になる』などな。

 無論、こんなことは上層部に話は通せない。私の現場の裁量権で許可を出している」

 

 「それは………後で問題になるのでは?」

 

 アイリスディーナは皮肉そうに笑った。 

 

 「『私が生きていれば』こそだろう。お前の魔術には私のみならず、第666の皆も何度も助けられたからな。お前がいなければ、第666の仲間が全員ここにいたかもあやしい。

 ならばこの帰還の望めない出撃。お前の話に乗って賭けるのも悪くはないさ」

 

 やはりアイリスディーナもわかっているか。

 この出撃で帰ってこれないことを。

 それでも彼女ら第666中隊は…………いや、中隊だけじゃない。他の東ドイツの全部隊が全滅必至のこの出撃に望んで参加している。

 何故、皆私のように逃げることを考えないのか?

 理由は逃げられないからだ。仮に逃げたとしても、死ぬよりつらい難民になるだけ。

 故に、この後の東西ドイツ統一に望みをかけているのだ。

 残していく家族や同胞のため、西ドイツにできるだけ好意的に東ドイツ市民を受け入れてもらうために、勇敢に戦ってみせねばならない。

 本当にこの世界の軍人や兵士にはこんなことが多すぎる。

 『軍人は勇敢に戦い死ぬまでがお仕事』というわけか。クソッタレめ!

 

 「お前の作戦が当たり、ここに全員帰ってこれたらいいな」

 

 ああ、少なくとも私は必ず帰ってくる。

 アイリスディーナは『私もお前も最期だから好きにやらせよう』ぐらいの気持ちなのかもしれない。

 だが私は本気でBETA共に勝利し、生き残るつもりでいる。

 私にとっては『軍人は勇敢に戦って勝つ』ことがお仕事だ。

 それさえ達成できたら『生きる』贅沢も許してくれるだろう?

 

 「では、行ってくる。武運を」

 

 アイリスディーナは敬礼して去っていった。

 おっと、私は敬礼を返し忘れた。

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 オットー整備主任Side

 

 

 俺は出来上がったアリゲートルを見上げて、ため息をついた。

 ベルンハルト少佐の命令だから言われた通り仕上げたが、どうにも戦術機をまるで知らねえ小娘が注文したシロモノとしか思えねぇ。

 やがて、その元凶が走ってやってきた。

 小娘衛士のターニャ。

 もっともナリはこんなちびっ子だが、過酷な光線級吶喊を幾度もこなし、革命までもやり遂げた歴戦の衛士だ。

 俺も国家保安省の部隊に捕まった時には絶体絶命かとおもったが、なんとそれを救ったのがこの嬢ちゃんだからあなどれねえ。

 それもあって、専門家として色々言いたいことがあっても飲み込んで、忙しい中こんな規格外の改修を引き受けたわけだが。

 

 「言われた通り高出力仕様に、推進剤の増装タンクを付けて長時間推進可能にしたぜ。それに銃火器は長距離射撃専用に換装しといた。

 しかしこれで何をするつもりだ? 高出力すぎてまともな戦術機機動どころか、旋回すら出来やしねぇぞ。こんなもので戦場に出るなんざ、自殺するようなモンだぜ?」

 

 「この作戦に必要なことですからよろしいのですよ。では、出撃しますので準備をお願いします」

 

 そう言って、ターニャの小娘は元気よくアリゲートルに乗った。

 しかたねぇ。

 小娘だろうと、衛士は衛士。

 出撃するというなら送り出さにゃならねぇ。

 どうか、いきなり『BETAに喰われた』なんて報告は聞きませんように。

 

 ハンガーの扉を開けさせ、誘導員にカタパルトデッキに誘導させる。

 

 アリゲートルは戦術機用カタパルトデッキに立ち、発射態勢。

 

 バラライカとは勝手が違うために、デッキを微調整。

 

 ―――発進!

 

 デッキを滑り、アリゲートルは勢いよく射出される!

 

 射出されたアリゲートルは戦場へ……………いや、上へ!?

 

 アリゲートルは高度を下げることなく、ぐんぐん上へ上へとあがっていく!?

 

 俺は思わず通信に飛びついた。

 

 「おい、高度を下げろバカヤローめ!レーザーに…………」

 

 その瞬間、はるか向こうの戦場から眩い光。

 そして下の俺たちの所へ熱風が来た!

 

 ――――ブォン!

 

 それが何を意味しているのかは見なくてもわかった。

 レーザー種がバカみたいに高度を上げたバカヤローを狙い撃ったのだ。

 

 「バカが…………っ。こんな馬鹿な死に方しやがって………」

 

 『いえ、生きてますよ』

 

 なんと、通信からターニャの嬢ちゃんが答えた!

 

 「どういうことだ? 今、確かにレーザーに………」

 

 するとまた、レーザーが複数アリゲートルを襲った!

 

 今度はレーザーの照射後、もう一度空を見上げると、やはりアリゲートルは健在だった。

 

 「ターニャの嬢ちゃん。まさか、レーザーを避けているのか? いや、まさかと思うが……」

 

 『はっはっは、どうやらいけそうです。整備班の皆さんの努力を無駄にせず何よりです。

 では、ターニャ・デグレチャフ少尉。これより光線種の陽動任務へ入ります』

 

 そう言って、通信は切れた。その後も幾度もレーザーは上空を舞ったが、どういうカラクリか、全て綺麗に避け続けている。

 

 機体をいじった限り、あんな機能などなかったハズだが………………

 

 いや、あの小娘はそういうモンだと思っとくべきか。

 

 あの調子なら多分大丈夫だろう。

 

 そしてあの調子で光線種を引きつけてくれるなら、このクソッタレに絶望的な戦場でも、少しは帰ってくるやつらが多くなるかもしれねぇ。

 

 

 そんな願いを込め、華麗にレーザーを避けながら上昇していくアリゲートルを敬礼で見送った。

 

 

 

 

 

 


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