アリゲートルをベルグ基地へと着陸させ、多くの兵士から喝采を受ける中、アイリスディーナはじめ第666中隊の皆と再会した。
再会の挨拶もそこそこに、アイリスディーナは私を別室へ連れて行って二人きりになった。
「たいしたものだな。あの飛行機動、端から見ても相当に高度なものと分かる。戦術機の飛行訓練など実際にやることはもちろん、お手本となる資料すらないというのに、どこで学んだのだ?」
「あ~いやその、脳内でイメージなどをして…………」
前世の航空魔導師の戦闘飛行を戦術機にやらせたものです。
私にとっては60点程度の無様なものですが、見事に見えましたか。
「…………まぁ、深く聞くのはよそう。だがデグレチャフ、ひとつ言っておかなければならないことがある。お前のアリゲートルによる陽動と空中爆撃だが……………」
「『あの戦術は寿命が短い』と言うのでしょう」
「さすがだな、理解していたか。
その通りだ。戦闘記録を見た限りBETAは正確な照射だが、お前の機体を一点に狙う集中照射だった。
だが奴らの対応能力から考えて、『お前のいる空域全てにレーザーを照射する』という面制圧の方法にたどり着くのは間違い無い。
BETAの対応能力から考えて、一週間が限界だろう」
まぁ、そうだろうな。奴らの対応能力は甘く見ることはできない。
それにしても、説明する前に理解してくれるとは良き上官だ。
奴らが対応してくるであろうヤバイ状況になってまで空へ行かされる心配はなくなった。
――――しかし、私が航空魔導師として戦えるのは一週間ほどか。
私は切なく空を思い、そう考えた。
それでも…………
「では、この戦術はこの防衛戦のみの使い捨てにしましょう。それまでに最大限の戦果を上げます。その戦果を西ドイツや諸外国に高く売りつけて、役立たせてください」
「さすが如才がないな。そうだな、そうしよう。
それと派手な空中爆撃などをして、その説明を考えねばならなくなった。とりあえずお前のことをハイム主席に説明し、国内や諸外国への発表の対応策を考えることにする。
三日後にハイム主席が再びオーデル・ナイセ絶対防衛線を復活させるべく、自ら指揮を執るためにこのベルグ基地へ来ていただける。そのとき私と一緒に会って、その説明をして欲しい」
流石にもう私の魔術のことを隠すことは出来なくなったか。
だがそれもこの戦場で生き延び、さらに勝利する代償と考えるならば仕方ないか。
これに絡んだこの先の政治的なアレコレにも上手く立ち回って、生き延びるとしよう。
幸い人民政府や国家保安省に支配されていた以前とは違い、アイリスディーナも東ドイツ中枢の近い位置にいることだし、何とかなるだろう。
「了解いたしました。どうか自分を東ドイツのために上手く使ってください。自分の身はどうなっても、祖国に献身するつもりです」
「ああ、上手く使ってやる。
だが、悪いようにはしないつもりだ。お前のことは私の責任において守ってやる」
頼みます。本当に自分の身を捨てて献身するつもりなど、毛頭ないのですから。
◇ ◆
そして三日後。
アイリスディーナと私はハイム主席と基地の奥にある会議室で会談し、私の魔術能力を説明した。そして私に関しての発表はハイム主席の預かりとなった。
その話が終わった後、現在の対BETA戦の話になった。
現在のBETA戦線だが、戦況は取りあえず安定している。
重光線級を殲滅し、光線級も順次消していることによって、こちらが有利である。
航空爆撃機やミサイルも使えるために、大規模な面制圧も仕掛けられる。
そして有利な戦況を受けて、西ドイツ軍はじめ欧州連合軍や国連軍も加わることによりベルリン防衛線はかなり強固になった。数日後にはアメリカ軍も合流する予定だ。
にも関わらず互角なのだ。
これだけ好条件がそろったにも関わらず、だ。
多国籍軍はどうにかBETAを再びオーデル・ナイセ絶対防衛線の外に押し返そうといろいろやってはいるのだが、そこまで押し切れないのだ。
いくら倒そうと、大規模殲滅を何度やろうともBETAはまるで減らない。減ったそばから次々増援が来てしまい、結果として戦線は開戦当初から変わらぬ圧力で攻められ続けている。
「これは、絶対制圧命令が出ているのかもしれません」
アイリスディーナは言った。
絶対制圧命令とは、戦闘において『目標となる地点を、どれほどの物質を消費しようともどれだけ味方で屍山血河を築こうとも、必ず制圧せよ』という命令のことだ。
現場の兵士としては実にいただきたくない命令である。
「BETAが、かね?」
ハイム主席は不思議そうに聞いた。
「現在BETAへの戦果は10万を越えました。重光線級までも相当数倒し、通常ならとっくに攻勢は止んでいるはずです。であるのに、いつまでも終わらないこの圧力の理由。
これは私が戦って感じた勘のようなものですが」
アイリスディーナの言葉に身震いした。
ただでさえ無限にも近いBETAが絶対制圧に動いているとなると、物量のチキンゲーム。
どう考えても先に力尽きるのは人類の方だ。
「……………ベルンハルト少佐の勘はおそらく当たっているだろう。実はここへ来る前、欧州連合の代表と話をした。
東ドイツは以前から、BETAが次のハイブの建設候補地として狙っているとの分析があった。そして今回、本格的にそれに動き出した可能性が高いとのことだ。
もし、それを許せば欧州は瞬く間にBETAに制圧されるだろう。
何としても死守せよとの要請だ」
なるほど、それならばこの無限ともいえるBETAの攻勢も納得できる。
しかしこちらも絶対死守命令か。
思えば前世での戦争では、物質も人材も乏しくなる一方での戦いだったので『絶対命令』などは出されたことはなかった。しかし現在のBETAとの戦いでは、奪われた土地はほぼ奪還不可能なので絶対死守命令の連続だ。
私は思わず発言をした。
「しかし、このままではBETAとの物量のチキンゲームです。そして負けるのは兵士の育成にも兵器の生産にも時間のかかる我々人類です。
戦況が互角の今のうちに何か決定的にBETAを引かせる方法を考えねば、その最悪の未来が来てしまうでしょう」
「うむ……………だが、その方法がな………」
そうなのだ。こうは言ったが、私もその方法が皆目見当がつかない。
重苦しい沈黙が会議室を支配したが、ふいにアイリスディーナが言った。
「これも私の勘のようなものですが、一つだけBETAの急所に心当たりが」
「何かね?」
アイリスディーナは居住まいを正して説明をはじめた。
「かつてないBETAの猛進撃。現在40万にも届くかという物量に加え、多数の光線級。さらにハイヴ周辺にしか存在しなかった重光線級までも投入され、我々は攻められています。
ですがこれらを運用するには、エネルギーも莫大なものになるはずです」
「ふむ、確かに光線級など大量にエネルギーを消費するだろう。重光線級がこれまでハイヴ周辺にしかいなかったのは、あまりにエネルギー消費が激しいためハイヴからの長距離移動が不可能だからだと言われていたな」
しかし、革命前の襲撃から重光線級は確認されるようになっている。
エネルギー効率を改善したのか?
いや、BETAの襲撃をエネルギー消費で考えると、あまりに増えすぎている。
「BETAが絶対制圧命令で動いているとなると、エネルギーも無理をしているということですか?」
「無理は当然しているだろう。だが、それだけでは説明がつかない。私はBETAは補給艦のようなものを持ってきており、それでエネルギーをまかなっていると考えている」
BETAが補給艦か…………。あまりに意外だったが、確かに考えられることだ。ミンスクハイヴからここまではあまりに遠い。そして、重光線級がこちらで運用できるようになったのも、そのためかもしれない。
「なるほど。その補給艦を潰せば、BETAはこのような大規模進行は不可能になる、というわけか。だが、それはどこにある? 地中深く隠されているのなら、見つけるのは不可能だ」
「ハイム主席、我々はもう見ていますよ。その候補となるBETAを」
アイリスディーナはニッと笑って言った。
「なに?」
…………………BETA? となるとそれは…………
「――――――新型か! あの巨大BETAが、その補給艦の役目を果たしているのか!」
ノイェンハーゲン要塞に地中から奇襲を仕掛け、運んできたBETAによって制圧した超巨大新型BETA。
なるほど、あの奇襲はイレギュラーな使い方であって、アレの本来の役割はその補給艦だったのかもしれない。
確かにあれならその活動エネルギーを満載してミンスクハイヴからここへこれる。
要するにアレを潰せば、とりあえずこの戦闘を収束することが出来るということか。
途轍もない質量に加え相当強固な外殻を持つあのBETAをどうやって倒せばいいか皆目見当がつかないが、とりあえず現在位置の調査が行われた。
しかし新型は奇襲の後に地中深く潜んでしまったようで、必死の捜索にも関わらず発見不可能との結果に終わってしまった。
ハイム主席の言葉通り本当に地中深く隠されてしまった。
アレが補給艦だとしたら、いくら強固でも出来るだけ隠しておくというのは理にかなっている。
やはりアレを潰されたらBETAにとって”詰み”だというのは正しいようだ。
確証が得られても、どうしょうもないが。
終わりの見えない欧州BETA大戦。
その急所と思われる母艦級BETAも消えた!
果たして大戦の行方は?