防衛戦二十日目。
いまだにBETAの急所と思われる巨大BETAの行方は掴めず、連合軍は向かってくるBETAを毎日大量に潰すだけである。
元々無駄を嫌う性格に加え、前世にて物資と人員の欠乏に泣いて戦線を維持してきた記憶を持つ私は、毎日戦場で消費される物資や人材の消費に胃の痛くなるような思いをしている。
もっとも私は現在戦線に出ていない。五日アリゲートルで光線種を潰してまわると、重光線級は出なくなり、光線級も少規模なものになった。
するとアイリスディーナは通常の光線級吶喊に切り替え、私に待機を命じた。その日より私は出撃せず、温存されたままだ。
そのことについて疑問があったので、アイリスディーナに訪ねた。
「何故私を出さないのです? 東ドイツ軍でも光線級吶喊を行える部隊はもうわずかになってしまいました。損害を減らすためにも、また私が囮になるべきでは?」
するとアイリスディーナはニヤリと不敵に笑って答えた。
「わからないか? 奴らが開戦当初のように大量に光線級を送ってこない理由が」
…………………ああ、なるほど。そういうことか。
これは私が迂闊であった。本当にアイリスディーナはBETAによく長けている。
「あの小出しにしている光線級は『アリゲートル爆撃』の攻略法を探るためのものですか。
では、いつまでもアリゲートルが飛ばなければ……………」
「そうだ。いつまでもあの調子で小出しにしか光線級は出てこない。無限の物量を持つBETAといえど、やはり光線種を大量に潰されるのは痛いと見える」
光線種は『G元素』と呼ばれる謎物質を使って作られており、それが強力なレーザーを放つ元になっているそうだ。その『G元素』というのが、相当貴重なものらしい。
「しかし、ならばバラライカで私も第666に加わるべきでは? 勝手の違う元武装警察軍の衛士を引き連れての光線級吶喊は相当厳しいと思われますが」
現在第666中隊は激減した隊員を補うため、元武装警察軍の衛士を加えている。
ちなみにそこにはヘルツフェルデ基地で捕虜にしたリィズの後輩のファルカ・ミューレンカンプ少尉も加わっている。
共に訓練したことのない部隊員を引き連れての作戦は、相当に難易度を上げているだろう。
「それをどうにかするのが私の役目だ。お前は政治的な意味合いでも重要となったのでしばらくは出さない。それに対BETA戦としても切り札だ。
これはBETAにも諸外国にも手の内を隠しておくための処置だ。だが、必ずお前の力が必要となる時が来る。そのときまでシミュレーションで腕を鈍らせないようしておけ」
そのような理由で私は現在待機中。日課のシミュレーションをやりながら、整備の手伝いなどをして過ごしている。
「オットー主任、戦況はどうなると思います?」
私は私の臨時の上官となったオットー整備主任に尋ねた。戦場を幾つも経験した彼ほどのベテランともなれば、機体の損傷具合や損傷した機体の数で、戦況やその行く末がわかるのだ。
「悪かねぇ。だが戦線は安定してるっちゃしてるが、BETAも減る気配はまるでねぇ。つまりこの状況はまだまだ続くだろうな」
やはりチキンレースか。だが、ここで戦っている間に後ろではベルリンを強固な要塞にする計画が進行中だという。それが完成すればさらにこちらの損害を減らすことができ、チキンレースに勝つことができるだろう。
……………………一年くらい先だが。
「しっかしどうしても不思議なんだがな。
アリゲートル搭乗時の記録じゃ、とんでもねぇ高Gにさらされたってのにブラックアウトもしねぇで戦闘なんざどういうことだ?
このちっこい体でどうやって耐えたってんだ?」
防殻を展開すれば加速による高重力に耐えられる。さらに酸素生成魔術で体内に直接酸素を生成し、息をせずとも呼吸が可能だ。
オットー整備主任は経験によってユニット内の衛士の限界を想定しながら整備をしているそうだが、私がアリゲートルに乗った時の記録は彼の経験を完全に大きく裏切っているらしい。
「それにいくら最新鋭戦術機アリゲートルとはいえ、ここまで加速はできねぇはずだ。しばしば機体のスペックを越えた記録が出ているのは何故だ?」
魔術での機体強化だ。元が高スペックだと、とんでもない数値になる。
しかしさすがに魔術のことは話せない。故にこう言うしかない。
「機密事項です。申し訳ありませんが、話せません」
オットー整備主任は大きくため息をついた。
「まぁ、そうだろうよ。お前さんも大分厄介な立場になっちまったみたいだが、しっかりやんな。カティアの嬢ちゃんもお偉いさんになっちまったし、いろいろ変わっていくもんだ」
カティアの名を聞くと少しだけ切なくなった。
彼女が部隊にいないことに、私は微かな寂しさを感じているようだ。
確か彼女は今日、ベルリンで西ドイツの高官と会議の日。
統一に向けての協議や、行き先が決まらずベルリンに留まったままの低所得者層やアジア系市民の受け入れ先を探しているのだったな。
「さて、休憩にしようか。今日はBETAが広範囲に来ちまったせいで予備兵力まで出払っちまった。帰ってきたら大忙しになるから頼むぜ」
……………………?
何だ? 今、オットー整備主任の言葉に妙な胸騒ぎがした。
BETAが広範囲に出て、兵力が全部出た?
それはもしかして…………………
―――その時だ。緊急警報が鳴り響いた!
ああ、糞。繋がった!
コレは奇襲の前振りじゃないか!
襲撃地点を知るために作戦司令室に行ってみた。(本来作戦司令室は佐官以上しか入れないが、特例で私は入れるのだ)
私は慌ただしい喧騒の最中にある作戦司令室に入り大型モニターを見上げると、呆然とした。
あまりにあり得ない地点にBETAを示す赤いマーカーが点滅していたのだ!
「これは…………」
――――――ベルリン
なんと、最重要であるベルリン内にBETAを示す赤いマーカーが点滅されている!
どういう事だ?
どこかの戦線が破られたのか!?
いや、 BETAにベルリンへの侵入を許す程やられたという連絡はない。
そして『奇襲』と併せて考えると…………
「地下からの奇襲。ノィェンハーゲン要塞制圧と同じ手でやられましたか」
私はハイム主席にそう言った。
指揮を執っている忙しい上官に恐縮だが、状況を確認せずにはいられない。
「面目ない。その通りだ。防衛線を地下から潜り抜け、直接ベルリン市街へと侵入されたようだ。だが今現在、前線の圧力が強まり予備兵力すら払拭している状況だ。ベルリンの防衛部隊に任せるしかない」
それを担当しているのは元反体勢派と二線級の元武装警察軍。
BETA戦の経験なんかまるで無いのに、アテになど出来るのか?
仕方ない。ここでベルリンをやられれば、オーデル・ナイセ絶対防衛線復活など遠い夢だ。
「私が単独でベルリンへ行きます。どうか許可をください」
「君が? しかし君は………」
「遅滞戦闘のやり方は一通り身についています。時間稼ぎに徹し、決して無理はいたしませんのでお願いいたします。
ここで BETAにベルリンを荒らされれば、オーデル・ナイセ絶対防衛線の復活など不可能。
さらにウルスラに万一があっては、統一も危ういでしょう」
私はどうにも過去のトラウマか、カティアの身を案じすぎてしまう。
カティアの本当の名が”ウルスラ”だと知ってからは尚更だ。
「……………現在、出撃可能な機体はアリゲートルしかない。それでもやるかね?」
やはりか。整備の手伝いなどをしているので、それはわかっている。
現在アリゲートルはまた空中でレーザーに対する囮をやることを想定し、高出力のスピード特化にしてしまっている。そんなものでベルリン内で市街戦とか…………。
だとしてもやるしかない。
「それは幸運です。ベルリンにいち早くたどり着けます。被害を極小に抑えられますよ」
「…………………現在、我が国にとって君の存在も重要だ。ベルリンを守り切れずとも、決して無理はしないようにな」
BETAとの戦いで無理をしなかったことなど一度も無い。しかし、うなずいておいた。
――――予感がする。
この『ベルリン奇襲』こそが、『欧州BETA大戦』の分水嶺になると。
思えばBETAにとっても、このいつ終わるかわからない『物量チキンゲーム』など歓迎しているわけがないのだ。
ゼーロウ要塞を抜き、一気に制圧領域を拡大する予定が、この状況。
人類側にとっては大逆転で、次々各国が合流してくるが、BETA側にとっては失望の連続。
落胆した分、精神的圧迫は向こうの方が大きいだろう。
故にもう一度。
オーデル・ナイセ絶対防衛線を破った、地下からの奇襲。
状況を覆すため、それを再びベルリンへと仕掛けたのだ。
そして最大限に戦果を拡大するため、再びアレを使ってくるだろう。
ゼーロウ要塞陥落以来姿を消していた、あの巨大BETAが出てくるはずだ。
――――――おそらく、それだ。
アイリスディーナの説によれば、あの巨大BETAこそBETAの戦力を支えている補給艦。
その時、その巨大BETAを討てるかがこの『欧州BETA大戦』の…………
いや、『BETA大戦』そのものの行く末を決める。
そんな予感がする。
「準備完了。機体全て正常。発進よろしくお願いします」
アリゲートルに搭乗し、起動前チェックを終えると、カタパルトを準備しているオットー主任に通信を送った。
整備兵の誘導でカタパルトに機体を乗せて発進準備完了。
ゲートが開かれ灰色の空が見えた時だ。
ふいにベルリンにいる、カティアを思った。
――――――『今度こそ、助けてみせる』
偶然名前が同じだけ。カティアが私の姉貴分のウルスラでないことは承知。
それでも今、私はそんな想いに駆られている。
理屈に合わない決意が胸に渦巻いている。
今日の空はあの日より少しだけ晴れて、雲も灰色が薄れて明るい。
あの日、私は君の亡骸から逃げるように空を飛んだ。
―――だが、今は君の元へ。
少しでも、あの日を埋めるために―――
「ターニャ・デグレチャフ少尉、出ます!」
アリゲートルをベルリンに向け、発進させた。
東ドイツ揺るがすベルリン襲撃
そしてカティアの身に危機が迫る
ターニャは単独にて運命の地ベルリンへ
曇天の大空とベルリンの暗黒を切り裂き
飛べ! アリゲートル!!