幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第69話 懐かしのグレース・ワイス

 鎧衣Side

 

 ―――――砲声が近いな。大分BETAに接近されたか。

 

 近くから絶え間なく響く砲声、そしてBETAの群れであろう地響きを耳にしながら、私は回りで震えて蹲っている避難民の群れを見てため息をついた。

 ああ。本当にこの徐々に大きくなる戦闘音は、絶望的な気分にさせる。

 

 私の名は鎧衣左近。日本帝国情報省に所属するエージェントだ。

 本来、とっくに出国して日本に帰還している私が未だにこの国に滞在しているのには訳がある。

 革命などを成し遂げたこの国の状況はヨーロッパ激動の中心地として非常に重要と上層部は判断し、私にしばらく滞在するよう要請したのだ。

 私としてもあの謎の幼女の正体が気になったので、この命令は渡りに船だった。

 一時危ういとされていた戦局も安定し、しばらくは大丈夫だろうとベルリンに留まってボランティア活動などをして情報収集をしていた。

 しかしいきなりBETA襲撃の報が出され、他の一般人と共にこの緊急避難所に集められてしまった。

 避難してきた人々を見ると、粗末な身なりをした貧民街出身と思われる人達や、ベトナムやカンボジアなどのアジア系の人間だった。これらの人々は西ドイツでの受け入れ先が難航しており、今だ危険地帯であるベルリンを出ることのできない人達である。

 悲しいことだが、この人達は『ベルリンがBETAから守られる』などという奇跡でもない限り、ベルリンと運命を共にしなければならない。

 なにしろ東ドイツ中から大量の避難民がこのベルリンになだれ込んできて、彼らが避難ができるのは数年先。いや、アジア系の人間などはどこも嫌がるだろうから、永遠に不可能かもしれない。

 

 彼らに同情などしてても仕方がないので、BETA襲撃の情報を集めてみた。

 防衛戦は当初の予想と違い、現在まで大いにBETAを防いでいる。故にこの襲撃は防衛線が破られてのことではなく、BETAが地下を掘り進み抜けて来たためらしい。

 そしてよくよく考えてみれば、ここは最も危険な場所かもしれない。

 このベルリンには優先して守らねばならない人たちはいくらでもいる。一線級の警備兵はそのような人達のいる場所に優先して送られ、ここにいる貧民などには申し訳程度の護衛しかいないだろう。

 

 

 

 ―――――そう気がついた時には遅かった。

 

 

 「BETAが侵入したぞぉ! 機械化歩兵がやられた!」

 

 そんな叫び声が起こり、声のした方から、避難民がこちら側に一斉に流れてきた。

 そして叫び声を上げて来る人間の向こうに、巨大な異形の怪物が次々と現れた。

 象の鼻のような腕を振り回す闘士級と筋肉隆々とした豪腕の兵士級だ。

 

 グシャ! ゴシャ! ベキキッ! 

 

 やつらはまわりの人間を次々惨殺しながら、こちらへと迫ってくる。

 避難民が次々赤い肉塊に変えられる光景は恐怖そのものだ。

 周囲の人達は泣き叫び、絶叫をあげながら反対側の出口へと逃げようとする。しかし何を手間取っているのか脱出は少しも進まない。

 

 まずいな………このままでは私までBETAに喰われてしまう。だが出口は人で溢れかえってしまっていて、BETAが来る前に出るのは不可能だろう。となると、探検で鍛えた身体能力で壁でも登った方がいいか。

 と壁際を確認したが、その時にはすでに、その壁際にまで人が集まる状態になってしまった。

 なにしろ反対側の出口からもBETAが侵入してしまったのだから。

 阿鼻叫喚の叫びが避難所に響き渡り、避難所はBETAの狩り場と化した。

 

 やれやれ、ここで私も終わりか、などと思った時だ。

 BETAのいる方向からパーン!パーン!と銃声が響いてきた。

 銃などを持っている者がいるのか。しかし無駄なことだ。機械化歩兵すら倒したBETA相手に銃などを向けても………

 

 ―――ドサァッ

 

 そんな重い物が崩れ落ちる音がした!? 

 そしてパーンパーン!と銃声が鳴り響くたびに、次々重い物が落ちる音がする。

 まさかこれはBETAが倒されている音か?

 馬鹿な! この音は只のライフル弾のはず。断じて機銃やバズーカのような高火力武装の音ではない!

 私は人混みをかき分け、その場所に行ってみた。

 

 

 ――――そこに、幼女がいた。

 

 

 国家保安省本部倒壊の現場にいたあの幼女だ。

 BETAが侵入してきたはずのその侵入口に突撃銃を構えて立ち、銃弾をBETAに喰らわせて次々に屠っていく。

 小型であってもBETAの肉体は頑強で生命力は凄まじい。機銃ですら相当に弾を喰らわせなければ、中々死なないはずだ。

 ところが、なんとその幼女は一体を一発で仕留めていたのだ。

 

 パーン! パーン! パーン!

 

 その幼女は無駄というものを完全に排したなめらかな射撃でBETAを撃ち抜き、軽やかに歩みながら次々とBETAを肉塊へと変えていく。

 空を飛ぶだけではなく、射撃も実にお上手だ。

 まったく、どこの者がこんな幼女を作り上げたのやら。

 やがて数分後、その場の小型BETAは一体残らず倒された。

 重火器を装備した機械化歩兵の部隊すら全滅させた小型BETAの一団が、たった一人の幼女に突撃銃で逆に全滅させられてしまった。

 

 一瞬その場だけは静かになったが、後ろからBETAに殺される人間の悲鳴が響くと、避難民は一斉にBETAの死体を避けて、幼女の後ろの出口に向かって逃げ出した。

 

 私は、BETAの死骸の側に立って無造作に弾倉を交換している幼女に、声をかけるべく近寄ろうとした。

 

 が、一瞬早く、孤児の集まりらしい一団が声をあげて彼女に駆け寄っていった。

 

 

 「「「「グレース!!」」」」

 

 

 

 

 

 

♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡

 

 ターニャSide

 

 アリゲートルでベルリンに急行して到着。しかしベルリン市街を観測してみると、襲撃しているBETAは小型種しかいなかった。

 あれに、全てを真性の術式弾に変えたアリゲートルの弾はあまりに勿体なさすぎたので、機体から降りて突撃銃で戦うことを選択した。

 カティアのいる政治庁舎の方は、守りも厳重で順調にBETAを倒して防げている。

 しかし一般人の避難場所は、警備している機械化歩兵部隊が破られつつあった。なのでそこにいるBETAを相手にすることにした。まったく、出撃前のあの決心は何だったのだ?

 

 BETAは小型種といえど全身が筋肉の分厚い鎧で覆われており、生命力も強い。普通なら突撃銃では相当弾を集中させねば効果はない。

 しかし私は魔導師。突撃銃に貫通術式をかけ、BETAの筋肉を破り、急所を一発で貫くことが出来る。第666に入る以前にも、コレでBETAと戦ったことがあった。

 それにしても、あの頃より遙かに簡単に倒せるようになっている。

 思えば私は第666での訓練や実戦で、BETAの動きに合わせた戦い方もBETAの急所も随分学んできた。

 そのお陰でBETAの動きの瞬間の一動作を見ただけで次の動きを予想し、避けるべきか攻撃を入れるべきかを瞬時に判断し、無意識レベルで最善の行動を起こせるまでに成長していた。

 しかし実に簡単だった。ここを守っていた機械化歩兵部隊は立派な高威力火器を持っていたにも関わらず全滅していたが、いったいどうすればやられるのか本当に不思議だ。

 

 ここの入り口に押し寄せていたBETAは程なく全滅。避難民の皆さんが解放した出入り口に殺到して逃げるのを冷めた目で見ながら、『さて、反対側から来ているBETAに取りかかるか』と弾倉を交換している時だった。

 突然、BETAより厄介そうな事態に直面してしまった。

 私を『グレース!』と呼びながら嬉しそうに駆け寄る子供達の一団に遭遇してしまったのだ。

 

 

 『グレース・ワイス』

 

 

 自分でも忘れていたが、私の元々の名前である。この世界へ転生した時にはこの名をつけられていたのだが、義勇兵になる際『ターニャ・デグレチャフ』へと名前を変えたのだ。

 そしてもはや私をこの名で呼ぶ人間など、多分そこにしか存在しないだろう。

 

 「すげえよ、グレース! あれから本当の兵士になったんだな!」

 

 「BETAを倒すなんて凄い! 俺たちもなれるか!?」

 

 嗚呼、ヘフナー、カルツ、ホーフェン、グスタフ、その他諸々……………

 私の元いた孤児院のみんなだ。

 田舎孤児院のみんなが何故首都ベルリンに?

 避難してきたんですね、そうなんですか。

 

 「な、なぁ………グレースの着ているこれって、もしかして戦術機パイロットが着るアレか?」

 

 はい、衛士強化装備です。

 

 「それにこの部隊章ってやつ? 東ドイツ軍最強のシュヴァルツェスマーケン? テレビで見たのと同じだぞ!」

 

 コスプレってことにできませんかね?

 

 「ええ、まさか!? 世界初に重光線級を倒した世界最強の戦術機部隊でしょ? それにグレースはまだ子供なのよ。どうなの、グレース!」

 

 聞かないでヴィオラ。『多分世界一光線級も重光線級も倒している』なんて言えない!

 

 「ねぇ、グレースと一緒に義勇兵に行ったみんなはどうしているの? ウルスラとか久しぶりに会って話したいんだけど」

 

 孤児院の子に言われると、罪悪感も五割増しだな。流石に今は勘弁してくれ。

 

 私が孤児院の子たちに囲まれておろおろしていると、その子達をかき分け、今度は身なりの良い東洋系の大人が近づいてきた。

 あれは確か以前このベルリンで出会った田中一郎(多分偽名)とかいう奴だったか。

 奴は丁寧に私に挨拶をし、こう言った。

 

 「いや、お久しぶりですな。このベルリンでの一別以来です。

 古き仲間との再会を邪魔する野暮などしたくはなかったのですが……………反対側の入り口からもBETAが来てしまって、現在虐殺中なのですよ。あちらもお願いできませんかな?」

 

 ―――――!

 

 「みんな、すまないがBETAが先だ。行ってくる!」

 

 心の中で田中一郎に感謝しながら、BETAに向かって駆け出した。

 

 

 何故かBETAのことを教えてくれたことより、孤児院のみんなから離れる口実をくれたことに対する感謝が重かったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 




運命の地ベルリンにて旧き友と田中一郎(鎧衣)と再会!
ちっとも嬉しくない再会に戸惑うターニャ

果たして彼らはターニャに何をもたらす?

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