幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

70 / 78
第70話 母艦級 降臨

 「こんなものなのか?」

 

 事が終わった後、私は思わずそうつぶやいた。

 もう一方より押し寄せていた小型BETAは、再びあっけない程に簡単に殲滅させた。

 そしてその後、ここのCPに連絡をとって襲撃されたベルリンの状況を聞いてみた。

 最も被害が大きかったのはここの一般人避難区だけであり、その他に襲われた場所は西ドイツ軍の増援もあって防衛に成功。

 もちろんカティアのいる中央政治庁舎は、現在西ドイツの戦術機部隊が重要警戒を敷いているそうなので行く必要はなさそうだ。

 これなら来る必要は無かった…………いや、私のいた孤児院の子たちを助けることが出来たし、無駄ではなかったとしておくか。

 

 さて、問題は私をヒーロー扱いして囲んでくるここのみなさんである。

 

 「ああ、ありがとう! あの恐ろしいBETAを簡単に!」

 「おかげで助かりました! 一同感謝をこめてお礼申し上げます!」

 

 いや、任務ですから。被害を出してしまったのにお礼を言われても。

 さらに再び私の元いた孤児院の子達も集って来て、

 

 「すげぇグレース、またあっと言う間じゃねぇかよ! なぁ、兵隊になった時のこと聞かせてくれよ!」

 「なぁ、その部隊章のことも教えてくれよ。まさか本当に最強の戦術機部隊シュヴァルツェスマーケンに入ったのか?」

 「他のみんな! 義勇兵に行った他のみんなのこと教えて! 全然手紙とか来ないから心配してたの!」

 

 さらに謎の東洋人、田中一郎まで来やがった。

 

 「いやぁ、実にお見事でした。BETA一体を倒すのに銃弾一発しかご使用なさらなかったようですが、何か特殊な銃弾でも?」

 

 避難民の皆さんや孤児院の子たち、田中一郎の対応にオロオロしていると、やがて5機の西ドイツ軍の小隊らしき戦術機F-5Gトーネードの一団が来た。

 まずいな。ここを守っていた機械化歩兵が全滅させられたBETAを、私があっさり倒したとなると、いろいろ勘ぐられるかもしれない。

 『光学迷彩術式で姿を隠して逃げるか』などと考えたのだが、

 

 『お久しぶりね、東ドイツ軍第666戦術機中隊ターニャ・デグレチャフ少尉』

 

 と、聞いたことのある声で名指しで連絡が入ってしまった。

 そしてそこから勢いよく機体から降りてきた女性衛士は、これまた見たことのある人物。

 西ドイツ軍フッケバイン大隊のキルケ・シュタインホフ少尉であった。

 彼女は私に飛びつかんばかりに駆け寄ってきた。

 

 「まさかこんな所で会えるなんてね。ああ、今夜は念入りにお祈りしなくちゃ!」

 

 くそっ、神の祈りを増やしてしまったか。しかし何をそんなに感激しているのだ?

 

 「私たちフッケバインも遅ればせながら防衛戦に参加することになったの。

 でもこうなった以上、しばらくはベルリン防衛が任務になりそうね。ウチの高官が会議で来ていることもだけど、今東ドイツの委員や高官が亡くなったら色々滞ることになるし」

 

 中央政治庁舎の防衛に来た西ドイツの部隊とはフッケバインか。

 しかし小規模とはいえ、BETAが襲撃するようになってもベルリンを離れられない東ドイツ修正委員会の委員や高官の方々も因果なものだ。

 本来ならばベルリンはBETAの襲撃が予想される危険地帯になったため、とっくに首都は移転しなければならない。

 しかし、現在の東ドイツにベルリン以外に首都としての機能を果たせる場所などあるわけも無いので、危険であっても警備を厳重にすることで、この地で政務を執るしかないのだ。

 

 「本隊の方は中枢部の守りに入っているんだけど、こちらの被害が大きいとのことで私たちの小隊が救援に来たわ。でもまさかあなたがいるなんて! 幸運だわ!!!」

 

 彼女は何故、こんなにも私に会って感激しているのだ? 

 以前彼女の機体の中で語り合った通りに、東ドイツの社会主義政権を覆したことと、国家保安省を崩壊させたことへの感謝か?

 

 「シュタインホフ少尉、自軍の部隊の任務を無闇に外国の人間に言うのは感心しませんね。確かに東ドイツは以前とは変わりましたが、少しは警戒を持つべきでしょう」

 

 「あら、いいじゃない。もうすぐ外国の人間じゃなくなるんだし。だから貴女のことも聞きたいわ。ここを襲ったBETAを倒したのは貴女なの? 見たところ戦術機は見当たらないけど」

 

 まずいな。『突撃銃で倒しました』とか言ったら、私の能力の説明をしなければならない。

 

 「まだ外国の方なので話せません。シュタインホフ少尉、統一が現実になるまでは他国人同士なのですから、けじめとして………」

 

 しかし厄介な人間はシュタインホフ少尉だけではなかった。迂闊にも私は、厄介な者達に囲まれていることを忘れていた。

 私が私の行動を知られたくなくとも、私の元いた孤児院の子達はじめここらの人間全ては、先程の一部始終を見ていたのだ。

 

 「グレースは凄いんだぜ! ライフルでBETAをみんな倒しちまったんだ!」

 

 ぐはっ! ホルツ、東ドイツでは外国人に口の軽い奴は先が短いと教わったろう! この間まで社会主義国だったのだぞ、ここは!

 

 「グレースって? もしかしてこのターニャ・デグレチャフ少尉のこと?」

 

 「え? ああ、そういえば義勇兵になる時、名前を変えたんだった。じゃあ、今はターニャって名前で兵隊やっているんですか?」

 

 「…………ふぅん、貴方達、だいぶこの子のことを知っているようね。彼女のこと、詳しく教えてくれないかしら?」

 

 シュタインホフ少尉!? 何なのです、いきなり私のことを探って!

 

 「私もご一緒いたしましょう。突撃銃でBETAを全滅させた様は、私の方がより詳しく説明できると思います」

 

 田中一郎! 何故、お前まで出てくる? 

 いや、こいつは十中八、九どこかのスパイだ。会話に加わり、私の情報を引き出すつもりか? 

 薄汚いネズミめ!

 

 

 

 

 

 

 

 「突撃銃で全滅? いくら何でもそれは……………へぇ、子供の能力じゃないとは思っていたけど、人間離れまでしてるなんて………。

 ふぅん、貴方達と孤児院の出身? え!? この子、そんな年齢だったの!? やっぱり色々おかし過ぎるわ! ねぇ、デグレチャフ少尉。ちょっと聞きたいんだけど!」

 

 耳を覆いたくなるような私の話で盛り上がっている中、私は隅の方で突撃銃の分解掃除中。

 部品一つでも無くしたら、この銃はオシャカ。

 すみませんが集中しなければなりませんので、何一つ答えられません。

 ゴシゴシフキフキ…………

 

 まったく忌々しいBETAめ。元はといえば、奴らのベルリン襲撃が原因だったな。

 その事実に焦って『この襲撃がBETA大戦の分水嶺になる』だの、『今度こそ君を守る』だの何だのと、いろいろ的外れで恥ずかしいことを考えて来た気がする。

 口に出していたら生きていられなかったぞ、私は!

 今でさえ、こいつを口にしゃぶってトリガー引きたくなる衝動でにいっぱいだ!!

 まったく、BETAはいったいどういうつもりだ?

 せっかく首都への襲撃。奇襲を行ったというのに、小型種のみの襲撃?

 小型種のみしか送れなかったのかもしれないが、それならもっと効果的な運用をすべきだろう。

 私なら首都機能の急所や兵器が保管してある場所を選び、持ちうる最大の衝撃力で………

 

 

 そこまで考えたとき、私はハタと気がついた。

 ああ、糞っ! ヒヨッ子か、私は!! ピヨピヨピヨ。

 『首都襲撃』と聞いて、無意識に人間の思考でBETAの行動を考えてしまった!

 そう、相手は人間ではなく、BETAなのだ。

 BETAにとっては重要な場所などなく、人間も等しく獲物にすぎない。

 ただ兵器のみは撃破優先度が高く、特に高性能な演算機能を持つ戦術機などはさらに優先して叩くと座学では教わった。

 ならば、優先するのは戦術機の駐機場?

 いや、BETAは兵器が稼働していないと、それが兵器と認識出来ないとも習った。

 

 ――――――と、すると?

 

 

 ドォォォォォォォン!!!

 

 私がそれに気がついた時、中央政治庁舎の方で巨大な轟音が聞こえた!

 ああ、糞っ! やっとBETAの狙いがわかった。

 あの小型BETAは”撒き餌”だ!

 戦術機を稼働させ、優先目標の戦術機の居場所を分からせるためのものだったのだ!

 そして今、最も戦術機が集中する場所に、BETA本隊が最大衝撃力で襲っている。

 そう、最大に防衛戦力を集中させてしまった中央政治庁舎に!!!

 

 

 

 

 「…………………………なに、あれ?」

 

 シュタインホフ少尉はそれを見て、呆然とした声をあげた。

 その場にいる他の者達も、ただ、ただ、唖然としてそれを見上げた。

 それはこの場からでも目視できる、小山の如き巨大な蛇の姿の新型BETA。

 後に”母艦級”の名称にて最大最悪のBETAとして知られる巨魁。

 それが突如、向こうの政治庁舎のある場所の地中より現れ、非現実な光景となってビルの間に蠢いている。

 その巨体が動くたび次々ビルを倒壊させている様を見ると、奴を探し求めて数日間費やしたが、見つからず幸運だったとさえ思えてしまう。

 そう言えば”撒き餌”とは、それによって魚を集中させ、投網漁で一網打尽にすくい上げるためのものだったな。

 中央政治庁舎の防衛にあたっている戦術機部隊は、正しくその通りの様になっている。

 それが出てきた瞬間吹き飛ばされたであろう戦術機たち。それがオモチャのように空から降ってきて、ペチャンコになったのだ。

 その場にいる戦術機部隊の命運は、あれを見れば軽く想像できてしまう。

 

 「バ、バルク少佐………!」

 

 シュタインホフ少尉が上官の名を震える声で呟いたとき、私もあそこに彼女がいることを思い出してしまった。

 そして、思わずそこに向かって駆け出した!

 

 

 「カティアぁぁ―――――!!!」

 

 

 

 

 

 




遂に姿を現した母艦級!

大地を割りベルリンに降臨する!!

ターニャはこれに挑むか?

そして、その巨体の襲撃をまともに受けることになったカティアの運命は?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。