ベルリン中央区。人民宮殿、人民議会場などがあり、東ドイツの中心部。
一時間前までは東ドイツでも最大の建築物が建ち並び、壮麗な首都を象徴していたその場所も、今は全ての建築物が倒壊して瓦礫の山と化している。
その無常なる光景の一つ、最大の建築物の一つであった政治庁舎。倒壊し崩れ落ちたそこの、最上階の会議場があった場所に私は立っている。
「間に合わなくてすまなかった。君を守るのに何かが足りなかった」
そんな言葉を息絶えたカティアにかけた。
一般人の避難区域より政治庁舎が倒壊するのを見た時、、私はそこへ急行した。
そこで彼女の名を呼びながら、崩れた建物付近を飛び回って探した。
今日は会議の予定だったことを思い出し、会議場付近を探索すると、程なく彼女は見つかった。
だが、カティアは瓦礫の下敷きになり、息絶えていた。
手間取らず発見できたのは幸いか。
「『君を今度こそ守る』
そんな決意で、ここに来たのにな―――」
そんな私の言葉にも、もうカティアは答えない。
ただ、無念そうに虚空を見つめているだけだ。
私は彼女の側に座った。
「ウルスラっていう君の本当の名と同じ名前の友達がいたんだ。とても優しくて、女の子らしくて、でも時々私のために無茶をして――――」
――――愚かしい。死んだ彼女に話しかけて、答えてくれるだなんて期待でもしているのか?
「そういえばここはベルリン。
アイリスディーナ、テオドールと一緒に来て、大きなクマのぬいぐるみを蚤の市で買ったことがあったな。
あそこは君のお父さんとの思い出の場所だと言っていた」
――――やはり答えない。
「今日の空は、あの日より少しだけ明るいな。でも、相変わらず灰色だ。
あの時、ウルスラを思い出してしまって、悲しくなったんだ。
胸を貸してくれてありがとう。君の胸は温かくて、やさしくて――――」
そこまで言ったとき、私は自分が泣いているのに気がついた。
そして、下の方で巨大BETAの破壊音、それに反撃する銃撃音が絶え間なく響いていることにも気がついた。
「あの日、君と見た雪は暖かかった。今よりずっと―――」
私はカティアの目蓋をそっと閉じると立ち上がり、彼女を背にした。
「行ってくる。君を守れなかった駄犬にも、やることがあるんだ」
―――――がんばって、ターニャちゃん―――――
ふいに、そんな幻の応援が聞こえた。
でも振り向かない。
そのまま真っ直ぐ空を見上げる。
――――ああ、あの空はいつも泣き出しそうだ。
灰色が目に染みるじゃないか――――
寒々とした灰色の空は変わらずだ。寒さに凍える日々は、いつまでも終わりそうにない。
「灰色の空なんて、大っ嫌いだ!!」
そう叫び、全力で空を駆けた。
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キルケSide
私たちの小隊は3機を避難民の避難誘導に残し、私と私のエレメントのクリステル・ココット少尉は、巨大BETAの出現した地点へと急行した。
幸い私たちフッケバイン大隊の隊長バルク少佐は、戦術機共に健在だった。
だがフッケバイン大隊他護衛に集っていた戦術機の大半は無残にもスクラップにされ、その場にうち捨てられていた。
政治庁舎のビルも大きく倒壊し、そこにいた要人たちの命運も知れたものである。
『シュタインホフ、来たか! 俺たちは出来る限りコイツを庁舎から引き離す! お前らは生きている要人を何とか救出し、離脱しろ!』
そう通信してきたバルク少佐と生き残りの戦術機部隊は、ほんの数キロ先で巨大BETAを相手に突撃砲を喰らわせながら逃げ回っていた。
お伽話のファーブニルと呼ばれる巨竜を思わせる巨大BETAは、ただ体をひねらせるだけでバルク少佐たちを危機に陥れていた。
バルク少佐らも果敢に一斉射撃を喰らわせるも、その巨体にまるで銃弾は通らない。
悪夢だった。
この日、東西ドイツ統一の調整のために集まった政治家や高官。それを守るために集った精鋭戦術機部隊。それらがまとめて、たった一体の巨大BETAに蹂躙され、消えてしまったのだ。
私達は命令通り、瓦礫の中から数名の生き残った政治家や高官を救い出した。その中にはレルゲン外務官もいた。
彼らを生きている車両に乗せ、クリステルを運転手にして離脱の準備をした。
全員を車両には乗せることは出来なかったので、レルゲン外務官のみは私の機体のサブシートに座ってもらった。
「レルゲン外務官、その体で戦術機のサブシートはこたえるでしょうが、我慢をお願いします。ここはあまりに危険で、応急処置さえできませんから」
レルゲン外務官は重傷ではあるが、それでも車両に乗っている人間よりはマシなので私の機体に乗ってもらった。もっとも強化装備なしの文官がいつまでも戦術機に乗れるわけもないので、急いで安全地帯に行き、下ろさねばならない。
「ああ、私は大丈夫だ。しかし防衛線を破らずベルリンに攻め込むとは、BETAを甘く見ていたということか。その代償で未来への貴重な人材を失ってしまった」
その中には東西の架け橋、東ドイツの革命の象徴のウルスラ・シュトラハヴィッツもいる。
彼女を失ったことで統一は大きく遅れる…………いや、この巨大BETAの存在が両国の不安を煽れば、十数年も先になってしまうかもしれない。
私はかぶりを振り、考えを打ち切った。
「今はそれを考えても仕方ありません。バルク少佐は未だ健在で、あの巨大BETAを引きつけていただいております。今のうち、皆さんを安全地帯へ……………」
――――『シュタインホフ、全速力で離脱しろ!!!』
突如、バルク少佐から叫ぶような通信が来た。
彼の聞いたこともないような恐怖の声色に導かれ向こうを見ると、私も一瞬固まってしまった。
巨大BETAの前部の口より、無数のBETAが吐き出されてきたのだ!
要撃級、戦車級、要塞級。
それらが列を成し、幾十も幾百も次々に吐き出されている!
「り、離脱します!」
ここら一帯は瓦礫のせいでひどく足場が悪くなり、あのBETA共を引き離せるか分からない。
それにバルク少佐の命運も尽きるかもしれない。
それでも要人を守るべく、出発しようとすると―――――
『エンジントラブルです! 車両が動きません!』
そんな叫びが車両を運転しているクリステルから来た。
車両は先程見たときは問題無さそうではあったのだが、やはり倒壊の衝撃をモロに喰らっていたのだろう。ここにきてエンジンが止まってしまった!
状況によっては衛士の仲間を見捨てなければならないことは教わっていても、警護対象を見捨てることまでは教わっていない。
だが、ここにはレルゲン外務官がいる。
衛士の名誉を捨てても、彼だけでも助けるべきか迷った瞬間だ。
いきなり空から―――
無数の銃弾がBETAに降り注いだ!
すると、湧き出るが如きBETAの進行はいきなり止まった。
死んだわけではない。だがBETA群はその場から動かず、何やら蠢いている。
「足が………潰されている? まさか、さっきの空中からの銃弾で?」
そのBETA群は、そのほとんどがいつの間にか足を破壊されていた。その結果、それが後続のBETAの進行を妨げているため、BETA群の動きが止まったのだ。
だが空中からの銃撃では、角度的にこんなことは不可能。それに降り注いだ銃弾より遙かに多くのBETAが足を潰されている。
私はこんな奇跡を行った主を探すために空中にカメラを向けると、一機の赤い戦術機が空に浮いているのを確認した。
「あれは……………アリゲートル!? まさか報告にあったアレ? なんでここに?」
――――Mig-27アリゲートル。
ソ連の開発局がMig-23チュボラシカを再設計し、あらゆる性能を向上させて完成させた新世代機。東ドイツの国家保安省が運用試験に協力した関係から国家保安省がわずかに配備することを許され、革命政府はそれを接収したのだという。
だが東ドイツ革命政府に属する、全身が赤のコレにはとんでもない逸話があった。
逸話はこの欧州BETA大戦に生まれ、『深紅のアリゲートル伝説』とも呼ばれる。
ゼーロウ要塞は陥落し、数十万にも及ぶBETA挺団と無数の光線種を防衛陣地もない平原で迎え撃たねばならない、絶望のベルリン防衛戦のはじまり。
その機体は突如、流星の如く天空に現れたという。
それは無数の光線種のレーザーが飛び交うデスゾーンの空で、自在に飛び廻ったというのだ。
全ての光線種の最大目標となりながらレーザーを躱し続けたそれは、戦域全ての光線種を無力化し、奇跡の防衛線維持を導いたという。
――――――紅の流星
絶望の戦場に勝利をもたらす紅の星。
天空駆け巡る消えない流れ星。
機体の深紅は燃える怒りのよう。
地中より現れた邪神の如き巨大なBETAと
地に這い回る邪悪の化身の如きBETAの群れ。
倒壊して、一面の瓦礫の山と化したベルリンのビル群。
そして逃げ惑うだけのちっぽけな私たち。
それら全てを睨むが如く静かに天空より見下ろし、神々しくさえあるその姿。
それはまるで黙示録に出てくる
断罪の天使にも思えた――――