私はいつの間にか機体から降りて奴に直接対面していた。
忌々しい存在Xは、神の如く厳かに私の前に立っている。
くそっ、全弾全力魔力で奴に喰らわせてやるつもりだったのに、見抜かれたか?
「我をそのような呼び方をするとは、未だ信心は少しも芽生えておらんようだな。
しかも我を撃とうなどとは、どこまでも救えぬ愚昧よ」
「やかましい! 貴様が私にやったことを考えれば当然の感情だ。この悪魔的存在Xめ!」
「おまけに今回、遠慮もせずに神力をバカスカ使いおったな。お主の使う”奇跡の力”がいかに世界の安定に必要なもの、尊きものかを理解せい。
まぁ、これがあればお釣りがくるがな。そら、オモチャを少し貸せ」
「うっ!? エレニウム九五式が?」
私の胸元のエレニウム九五式宝珠は存在Xに引き寄せられ、ヤツの手元に収まった。
ヤツがそれを柱にかざすと、柱からの発光がみるみるエレニウム九五式宝珠に吸い取られていった。
するとこの広間の天井や地面の発光はだんだん薄まっていき、最後は完全な闇となった。(何故か光が一切なくても周りが見える)
「これはな、お主達の言う反応炉。これもまたBETAの一種だが、無数のBETAを生み出し、何万ものBETAを機能させる膨大なエネルギーを発生させておる。これを設置することにより、ハイヴは建設されるのだ。
このBETA大戦、エネルギーはいくらあっても足りん。そのための力を補充するため、我はこれを頂きに来たというわけだ。
うむ、やはり奴らの一部に過ぎんというのに、とんでもないエネルギーであるな」
火事場泥棒に来たのか!? 貴様のどこに崇める要素があるというのだ、存在X!
存在Xは宝珠を満足そうに眺めると、それを私に投げ返した。
「そら、返すぞ。お主は手に負えない不信心者だが、働きは素晴らしい。故にその不遜は許そう。これからも励めよ」
存在Xの投げた宝珠は私の手元に収まった。
「ではな。お主に信心が少しも生まれなんだのは実に残念だ。次に会う時までに何とかしておけ」
「ま、待て存在X! 反応炉がこのエレニウム九五式宝珠に吸い取られたということ。そして戦いぶりを見ていたということは、やはりコレは貴様のいるあの空間に繋がっているということなのか!?」
「いかにも。流石にBETA相手では、人間の持つ力だけでは力不足だからな。そのオモチャと神界を繋ぎ、そこからお主の言う魔力を補っている。今回のような無茶な使い方はして欲しくないがな」
それを聞いた途端、私はエレニウム九五式宝珠を思いっきり存在Xへ向けて投げ捨てた。
存在Xは驚いたようにそれを受け止めた。
「……………何をする? 先程言った通り、それは神界へと繋がっておる。畏れ多き神器ともいうべき物だぞ。不敬者め!」
「黙れ! それが貴様と繋がっていると知った以上、使えるか。さっさと持って帰れ!」
「バカを言うな。確かに人間の兵器もそこそこやるが、BETAを相手にするにはそれだけでは力不足だ。
一刻も早くBETAを世界より駆逐するため、この神器を振るい戦え」
「うるさい! 貴様のヒモ付きとわかった以上、こんなものを使えるか! そんな物を使って戦うくらいなら、BETAと生身で戦い死ぬ方がマシだ!」
私はこれまでの全ての憎しみを込めて存在Xを睨みつけた。
存在Xはしばらく私の眼差しを受け止めていたが、やがて肩を落として言った。
「仕方の無いやつじゃな。わしもお前には感謝しておる。ほれ」
すると、存在Xの側に薄い人の影のようなものが現れた。あれは…………
「か、カティア!? カティアなのか!?」
その人影は確かにカティアの姿をとってはいた。しかし私の呼びかけには答えず、ただぼんやり、そこに佇んでいるだけであった。
「存在X! 何のつもりだ、カティアの幻などを作って!」
「落ち着け。これは確かにお主の執着している娘。その死後、魂のみとなった状態じゃ。この状態では周囲の状況をほとんど認識できないし、話すこともできんがな。
さて、お主の報酬代わりにこの娘の魂、わしが責任を持って転生させてやろう。裕福な両親のいる家庭のもとにな」
な、なに? くそっ存在Xめ、死んだカティアを人質に取るとは、何と言う悪魔的な! やはりこいつは神なんかではない、悪魔の化身だ!
「…………………そう受け取るか。神の善意すら伝わらんとは、どこまでも救えんな。
では、こういうのはどうだ? この娘と別れるのが辛いなら、この娘にも使命を与え、お主のように転生しようとも記憶が残るよう魂を改造してやろうか? それなら肉体は変わるが、この娘と再び巡り会うことが出来る」
この悪魔ジジィ! 私の魂にそんなことをしていたのか? 確かに私だけが前世の記憶やこの邪悪の存在Xのことを鮮明に覚えているのはおかしいとは思っていた!
「ふむ、お主の報酬代わりというのなら、お主に選ばせてやるのが筋だな。
汝に問う。この娘の魂。そのままの転生か、前世の記憶を持っての転生か。さぁ、いかに?」
私はしばらく葛藤した。(くそっ、存在Xなどに選択を迫られるとは!)
そしてその間、何度も幾度も彼女との思い出を思い返した。
やがて、もっとも理性的で正しいと思える決断をした。
悲しみにも寂しさにも負けず、正しい選択が出来た自分を褒めてやりたい。
「彼女の魂はそのまま次の転生先へ送ってやれ。できれば彼女の父親が転生したすぐ近くにだ」
父を求め、地獄のような東ドイツへ亡命までした彼女。
今度こそ彼の側で幸せになることを切に願う。
「承知した。その者の家族となるよう、とりはからうとしよう」
その瞬間カティアの魂は煙のように消えた。
消える一瞬前、私に微笑んだように見えたのは幻か。
「存在X、もう一つだけ聞かせろ。前に私が撃ち殺した孤児院の子供達。あの子らの魂は?」
「全員、無事に転生した。そうだな、もう一つの報酬としてあの娘とその子らの転生先を教えるか?」
ほんの一瞬答えが遅れたのは、もう一度ウルスラやカティアに会いたいと思う未練か。
だがそれを振り払い、正しき兵士の流儀を貫く。
「いや、いい。『良き兵士は死人の影をいつまでも踏まない』だ。
そしてもう一つ、『使えるものは何でも使う』だ」
「ふん、お主は救いようのない不信心者ではあるが、人間の作った戒めには忠実であるな。
我がお主を選んだのはそのせいかもしれん。
そら、これを使ってこれからも励めよ」
私は存在Xが再び投げ返したエレニウム九五式宝珠を手にとった。
「ああ。存分にこれは使わせてもらう。
これを使って、この世界のBETAを全滅させて、転生した皆がまたあんな死に方をしないような世界を創る」
そのためなら、この邪悪極まりない存在Xのヒモ付きにだってなってやるさ。
「では善き哉。汝の行く道に幸いあれ」
存在Xはそう言い残すと、厳かに消え去った。
その瞬間、私はいつの間にかアリゲートルの座席に戻っていた。
「私に不幸を押しつけているのは貴様だ、存在X。
BETAを滅ぼしたならば、その時こそ借りを返す」
もうこの場に用は無い。
アリゲートルを発進させ、元の道を引き返した。
♠♢♣♡♠♢♣♡♠♢♣♡
バルク少佐Side
俺とラーケンはトーネードで、高熱で蒸発して何もかも無くなり半円状に抉られているクレーターの縁にまで近づいた。そこにはでっかい芋虫の死骸の様な巨大BETAがただ一つだけ中央に鎮座している。
周囲の状況や巨大BETAの映像を撮っていた時だ。
巨大BETAの上部に開いている穴からいきなり赤いアリゲートルが飛び出した。
俺達がそれに驚いていると、そこにいる彼女から通信が来た。
『バルク少佐、何故ここに? 先程撤退されたのかと思いましたが』
俺は務めて冷静になりながら返事を返した。
「なに、見物さ。ベルリンに派手なイルミネーションがあるんで思わず戻ってきちまった。
そう言うお前さんは神様にでも会ってきたのかい?」
『何故、それを?』
「………………………………………………………………………これは冗談だったんだが。
デグレチャフ少尉、そのことについて詳しく」
『あ、ああ。挨拶代わりの冗句ですか! 偶然にも真実をついていた…………………いや、つい真正直に返してしまっ…………ゲフンゲフン!
いや、私も冗句ですよ。お寒い返しにバルク少佐を呆れさせてしまいましたな。失敬失敬』
…………………………どう考えても、さっきのは冗談などには聞こえなかったぞ。その下手なフォローの方が余程つまらん冗談に聞こえる。
『バルク少佐、何か返して下さい。まるで私が余りに寒い冗句を言っているようではないですか』
”本当に冗談か?”と出かかった言葉を飲み込み、冷静に現実世界の軍人としての言葉を出した。
「…………………あ、ああ、冗句。そうだな。そうだよな、悪かった。
デグレチャフ少尉、状況を聞きたい。付近にBETAは一切いなくなっているし、唯一のBETAのそれも活動は停止していて、お前さんが中から出てきた。
いったい何があったのか………いや、お前さんが何をしたのかを説明して欲しい」
『残念ですが、これは東ドイツ軍の作戦行動です。自分はこれを現在他国の軍人である貴官ではなく、東ドイツ軍の上官に報告する義務があります。
一連の状況は外交を通じ、東ドイツ政府よりご確認下さい』
くそっ、この小娘。正論を言わせりゃ一級品だな。だが確かに他国の軍の人間には要請しかできない。先に自国の上層部へ報告すると言うなら咎める筋合いは無い。
「先程、前線の方でBETAが一斉に退却し始めたという報告が来た。あちらでも随分奇跡染みたことが起こった訳だが、これについては何か? 神様が関係でもしているのか?」
だが、これにも満足のいく答えは貰えなかった。
『それも東ドイツ政府よりご確認下さい。多分、納得のいく答えが得られることでしょう』
時間を稼いで、俺達が納得いくような上手い辻褄合わせを考えようってか?
要するに何も話す気は無いということか。俺はせめてもの負け惜しみにこう言った。
「こちらは上にお前さんのことを報告しとくよ。その説明も、お前さんの口から聞きたいね」
『何やら小官を買いかぶっておられますな。小官は祖国に忠誠を誓う平凡な一軍人に過ぎませんよ。では』
そう言って彼女は俺に構わずアリゲートルを発進させた。
本当に白々しい小娘だ。お前のどこが平凡な一軍人だ。
年齢にしろ、戦闘力にしろ、能力にしろ、何もかもが常識外れだ。
俺は忌々しく帰還するアリゲートルの背中を見た。
寒々としたヨーロッパの空に、赤いアリゲートルはやはり綺麗に映える。
そんなことを思いながら赤い天使を見送った。