幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第75話 英雄ターニャ

 崩れた政治庁舎からカティアの遺体を回収してベルグ基地に帰還してみると、基地内はBETAの突然の撤退に歓声に沸いていた。

 第666の皆も帰っていたので、アイリスディーナのみ別室に来て貰い、ベルリンでの一部始終を話した。

 

 「……………そうか、カティアが亡くなったか。

 それにあの巨大BETAをお前が倒した? BETAが突然に撤退した理由はそれが原因か。あれが補給艦だとは予想していたが、まさか失った途端一斉に侵攻をやめるとはな」

 

 「アレの体内に入ってみましたが、確かにBETAのエネルギーを発生させているような場所はありました。私がアレと戦闘し、体内に潜った時の記録は映像に撮ってありますので、分析にお役立て下さい」

 

 「そうだな、後で見させてもらおう。だが、取りあえずはカティアの遺体を別室へ運ぼう。人手は第666を使う。言うまでも無いが、ベルリンのこと全ては黙秘せよ。説明が必要なときは私がする」

 

 「はっ!」

 

 アイリスディーナがカティアの死を皆に伝えた時、皆は悲痛に泣いた。ファム中尉とアネット少尉は抱き合い泣き、テオドール中尉は、背を向け壁を叩き、ヴァルター中尉は目を閉じ、深く瞑目した。シルヴィア少尉はカティアの遺体に何かを話しかけたが、聞き取れなかった。

 アイリスディーナは皆にそのことを伝えた後、胸元の十字架を目の前に掲げてカティアの遺体に深く祈った。それが終わると、後のことをファム中尉にまかせ、後方でやはり悲痛な顔で皆を見ていたイェッケルン中尉と共に行ってしまった。

 おそらく今後の善後策を話し合うのだろう。彼女らは悲しむ間もなく次を考えねばばらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇    ◆

 

 

 翌日、アイリスディーナに呼ばれてベルグ基地の会議室へと来た。そこにはアイリスディーナ、ファム中尉の他に、ハイム主席はじめイェッケルン中尉、ズーズィ女史等東ドイツ修正委員会の委員の方々がいた。

 東ドイツの現在の中枢を担う人達が何故こんな所に? と疑問は沸いたが、取りあえず敬礼して挨拶することにした。

 

 「ターニャ・デグレチャフ少尉、ただいま参上いたしました。ご用は何でしょうか?」

 

 するとハイム主席は敬礼を返して言った。

 

 「よく来たデグレチャフ少尉。現在我が東ドイツは危機的状況にある。この状況を覆すため、貴官に骨を折ってもらいたい」

 

 「はっ、何なりと」

 

 BETAは撤退したはずなのに随分剣呑だな、と思いつつ返事を返した。

 すると、アイリスディーナがハイム主席の言葉を引き継いだ。

 

 「デグレチャフ、後の説明は私がしよう。まずお前に現在の我々の状況を知ってもらいたい」

 

 アイリスディーナがした説明を簡単に要約するとこうだ。

 東ドイツ修正委員会は元々西ドイツとの統一を目指すための組織である。『政府』を名乗らなかったのはそのためである。

 統一は一年後を見据え、そのための協議が連日行われ、昨日もそのための会議が行われていた。だが、巨大BETA襲撃によって行政を担当する委員や官僚が大勢死亡した。

 さらに革命と統一の象徴的存在であるウルスラ・シュトラハヴィッツまでも失い、東ドイツ修正委員会はガタガタになってしまった。

 成る程。確かにここにいる残っている者は、軍事関係や治安維持を担当する警察関係の人間ばかりだ。

 

 

 「今現在、委員会の行政能力は皆無に近い。その上、東ドイツの闇は深い。産廃問題一つにしても、我々の能力を大きく越えている」

 

 「産廃問題?」

 

 「カウルスドルフ収容所で聞いただろう。党は重工業で発生した産業廃棄物をそのままあちこちに不法投棄し、その地域に深刻な土壌汚染を引き起こしていたのだ。問題にしようとした人間は全て国家保安省がさらって労働キャンプ送りにしたため、手の施しようもなくなった地域がいくつもある。

 興味があるなら、後でこのマルティン・カレルに聞くといい」

 

 アイリスディーナはイェッケルン中尉の隣にいる青年を指した。青年は嬉しそうに私に話しかけた。

 

 「同士イェッケルン委員の補佐をさせてもらっているマルティン・カレルです。革命と祖国防衛の英雄、ターニャ・デグレチャフ同士にお会いできて光栄です。

 産廃問題に関しては、学生時代それを調査したために国家保安省につかまったので、誰よりも詳しいと思っております」

 

 そう言えばカウルスドルフ収容所を開放したとき、その問題も国家保安省の上空でぶちまけた気がする。産廃問題の講義を受けるのは御免だが、学生が国家の痛い所を臭回っただけで逮捕か。

 いや、この場合逮捕ですらない。さらって労働キャンプへ送り、その者はいなかったこととして処理するのだ。本当に国家保安省は狂っていたな。

 

 「話を戻そう。このままでは追い落としたドイツ社会主義統一党の閣僚や国家保安省の残党が再び復活し、現在静かな政治総本部なども鎌首をもたげ、東ドイツは激しい権力闘争の末に社会主義体制に逆戻りしてしまうだろう」

 

 そうだな。そいつらがこの政治的空白に動かないはずがない。

 

 「それを避けるために統一を早めることにした。一ヶ月後戦勝式典を行うが、同時に統一を宣言して実行。我が国の旧体制復活の目を完全に潰す」

 

 「一ヶ月!? それで向こうの官僚体制などの調整なんて出きるんですか!?」

 

 「そこでお前の出番だデグレチャフ。お前にこの難局を乗り切るための働きをしてもらいたい」

 

 「成る程…………わかりました、引き受けましょう!」

 

 つまり足りなくなった内政官の補充として私は選ばれたわけだな。

 はっはっは、諦めていた内政官の道がここで復活するとは!

 まかせていただきましょう。21世紀の実務能力でこの難局、見事乗り切ってみせますとも!

 

 「そうか、我が東ドイツの英雄役。引き受けてくれるか!」

 

 ………………は? 英雄? 

 内政官に英雄などいるわけがない。もしかして私はとんでもない勘違いをしているのか?

 

「……………それでは私は失礼させて頂きます。幼い我が身には夢見る時間も必要なのですよ」

 

 そう背を向けた私は脳内で高速で考えを巡らせた。

 

 ――――すぐ国外逃亡しよう! 田中一郎の奴を捕まえて、奴の伝手で日本あたりに行くか? 

 

 などと考え、扉の取っ手を掴もうとした。

 が、寸前でそこにいる方々に両手を押さえられてしまった。くそ、見抜かれたか!

 

 「どこへ行く、デグレチャフ。話は途中だ。まぁ、聞け」

 

 逃げるに決まっているだろう! 『英雄になってくれ』など、猛烈にイヤな予感しかしない。『英雄として祭り上げてやるから死んでくれ』とか。

 

 「統一の形だが、東ドイツ側は政治、官僚体制などはこちらの人材が払拭したこともあり、完全に向こうへ主導権を渡さざるを得ない。修正委員会は相当国民に恨まれるだろうが、それは全てハイム主席が引き受けてくれる覚悟だそうだ」

 

 ハイム主席は無言で目を瞑り頷いた。

 

 「が、東ドイツが一方的に吸収されるだけの存在にならないためにも、軍事だけは影響力を残すことに決まった。

 デグレチャフ。今回のベルリン防衛戦のお前の活躍、英雄と呼ぶにふさわしいものだ。アリゲートルを駆っての光線種への空中陽動。巨大BETAを倒して東西の要人の仇を討ち、BETA全軍を撤退せしめたこと」

 

 ―――――!!

 

 「まさか、それ全てを発表するつもりですか? 私の名前を隠さず!?」

 

 「そうだ。『深紅のアリゲートル』はすでに有名だし、丁度良いだろう。お前を英雄に仕立て上げることで東ドイツ国民の精神的支柱にし、西ドイツも東ドイツの人間に一目置かざるを得なくする」

 

 冗談ではない! 英雄など、権力者に一番目の敵にされる存在ではないか! 暗殺の標的にもなるし、何某か不始末があったら、自分のせいでなくとも詰め腹を切らされる。

 そんなのはまっぴら御免だ!

 

 「い、いや、英雄というのならすでにベルンハルト少佐がいますし、今回の私の戦果も第666の戦果として隊長が代表で表に立つということで……………」

 

 「お前の話では、西ドイツはすでにお前に目をつけているのだろう? であるなら、お前の調査は徹底的にやるはずだ。ならばそれを逆手にとり、お前を宣伝に使う。

 元々、お前にはいつか私の代わりに英雄役を引き受けてもらうつもりだった。しかし今回の件でそれが早まることになったな。

 と、いうことでターニャ・デグレチャフ。祖国のため、英雄を演じて献身しろ。東西ドイツを救ったお前の戦果をもって、東西の架け橋とする」

 

 つまり失ったウルスラ・シュトラハヴィッツの代わりにもなれと。

 

 なんということだ! 私は何を引き受けてしまったのだ!?

 

 

 「まったく一緒の部隊で戦っていたというのに、お前の能力にまるで気がつかなかったとはな。隠していた借りは大きいぞ、同士少尉!」

 

 イェッケルン中尉、少し恐いです。

 

 「同士少尉の数々の武勇は聞かせていただきました! 新たな英雄の誕生に感動です!」

 

 マルティン・カレル青年。お前はイェッケルン中尉の彼氏か?

 いちゃつきながら話すんじゃない!

 

 「ターニャ・デグレチャフ。貴女には我々代表の英雄として反体制だった頃の私達の活動をたっぷり教えてあげるわ。それを聞いて東ドイツの精神を学びなさい」

 

 ズーズィ女史、そんな教条主義は御免です!

 赤い本を押しつけて学ばせた党と何も変わらないではないですか!

 

 「ターニャちゃん。カティアちゃんのできなかったこと、お願いね。自分が頑張ってきたことが全部ダメになるのが、あの子の一番つらいことだと思うから」

 

 と、ファム中尉。

 これには何も言えない。やるしかないのか?

 

 「同士ターニャ・デグレチャフ少尉。貴官に英雄を任じる。どうか我々東ドイツ修正委員会他東ドイツ国民の精神的支柱となり、皆の道標となってくれ」

 

 ハイム主席はそう言って私の小っちゃなお手々と固く握手をした。

 と同時、割れんばかりの拍手が起こった。

 

 ――――パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!

 

 

 何なのだ、この状況!!?

 

 

 

 

 




エタってばかりのマヴラブSSにもちゃんと最終回を迎える作品もあるのです。
次回、最終回! 最後まで頑張ります。

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