幼女 シュヴァルツェスマーケン来たりて   作:空也真朋

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第2章 ノイェンハーゲン要塞に幼女 立つ
第9話 お姉さん衛士ファム中尉


 ――――雪は詩人の友ではあるが、労働者の敵である――――

 義勇軍だった時の陣地構築作業をしてた時にもそう思ったが、今もそう思う。前世でも作戦中に雪が降り、大いに困った記憶がある。

 白く美しくも、冷たく厄介なそれが一面にあると、それだけで作業効率が落ちてしまう。いや、作戦行動中だと死の危険性すらある。特にBETA戦では、相手はそれによって能力が落ちたりしないので最悪であろう。

 

 そんな雪降る中、またまた生きて帰れるかわからない対BETA戦闘の任務が下った。前回、帰還の様子をまるで野良犬退治の帰りの様に言ってしまったが、実はあれも二回とも命がけだった。ただ、第666に死人が出なかった、というだけであんな軽い雰囲気になってしまったのだ。

 今回、我々の任務は地上支援。光線級吶喊で厳しく振り回された前回より楽かと思ったら、いつまでたっても戦闘が終わらない。予定時刻を四時間過ぎても現状維持のままだ。

 もちろん、前世で大隊指揮官、戦闘団指揮官などを経験した私には理由がわかる。作戦の失敗だ。そして今、司令部が次の戦略をたてている最中なのだ。

 

 

 

 『クシャンシスカ少尉、デグレチャフ上級兵曹の連携は優秀だな。これほど弾薬の消費が少ないとは。部隊として本格的に取り入れるべきなのかもしれん』

 

 「い、いえ小官のみの、特殊な技術でありまして……!」

 

 待機中、部隊の弾薬、推進剤の残りの報告をアイリスディーナが求めた。だが、そこで少々まずい事態になってしまった。私とシルヴィア少尉の弾薬の消費量が異常に少ないのだ。私が少ない弾数で確実にBETAの動きを止めるので、前の少尉がほぼ近接戦闘だけでBETAにとどめを刺すからだ。

 実は軽く魔導で弾の貫通力を上げた。また同様に軌道も小さく曲げて、死角になっているBETAの急所や足を狙い撃った。前世、こんなことは魔導師にとっては通常戦闘でも行う普通のことなので、つい自重を忘れた。もっとも、BETA相手にこれ以上手を抜く余裕がない、というのもあるが……

 

 『あ、ああ、それは帰還してからの検討としよう。現在、それどころではないしな。おっと、司令部から新たな命令が来た。全員その場で待機』

 

 アイリスディーナは私が魔導を使っていることを察してくれたようだ。そして丁度良いタイミングでオーデル軍集団司令部から新たな命令が来たようだ。司令部からの指示は隊長と政治将校しか聞くことはできない。私達はそのままアイリスディーナを待ったのだが……

 

 『な! なんですと!? いやそれは……いやしかし! そんなことをすれば―――』

 

 なんだこの不安になる言葉の数々は。戦場で聞きたくない直属の上官の言葉のオンパレードだな。精神耐久訓練がいきなり始まった。まさに存在Xに近づく感じだ。

 やがて、アイリスディーナは通信を終えると、『傾注!』と言い、説明を始めた。

 

 『光線級吶喊は失敗した』

 

 いや、それはわかっている。まさかそれを予想出来なかった、なんて言うほどアンポンタンな訳じゃないでしょう? 無いと信じたい。あなたの判断に命を預けねばならない身としては。

 

 「この事態に対処すべく、司令部は新たな命令を我々に下した。中隊を二つに分け、ノイェンハーゲン要塞陣地の支援、オーデル川付近の戦術機部隊の撤退支援を同時に行う」

 

 アンポンタンは司令部だったか。いくら上司が賢くても、その上が『畜生め』と言いたくなるようなモノでは結果は同じか。ただでさえ定員割れの中隊を二つに割るなど!

 だがまあ、その辺の反論はさっきアイリスディーナが散々やっていたし、文句は無駄か。ま、私は新任。アイリスディーナ、ヴァルター中尉ら経験豊富な者といっしょににつけられるだろう。頼りになる先任らの煌めく経験をご教授いただきながら、生き残るとしますか。

 

 『―――状況説明は以上だ。ファム中尉、ヴァルトハイム少尉、デグレチャフ上級兵曹。貴様たち三人が臨時の小隊を組み、要塞陣地支援としてこの戦区に残れ。司令部からのご指名だ』

 

 ……………『畜生め』本当にこう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 私達と別れ、遠く去って行く部隊。

 

 その中で私が見送り、背中を追うのはただひとつの機体。

 

 (―――命令とはいえ、わずかでも離れるのは本当に身を切り裂かれるようですね。

 ヴァルター中尉、あなたと離れるのが一番つらい……!)

 

 私は佇み、ヴァルター中尉の機体をせつなく見送った―――――

 

 

 いや、まさかこれで勘違いする者はいないと思うが、別に私が彼に懸想しているわけではない。念のため。

 私の小さい体はフットペダルに足が届かない。故に戦術機に乗る時は高ブーツを履いているのだが、そのために瞬間的な重心移動がどうしても遅れる。つまり近接戦闘ができない。すなわちBETAに近づかれたら………以下略。だが、そんな私を守ってくれていたのがヴァルター中尉だ。私と一緒に支援砲撃をする傍ら、私に近づくBETAを排除してくれていたのだ。

 どうだ。今の私のつらく、身を切り裂かれるような思いをわかってくれただろうか?

 さて、残された私たち臨時小隊だが………

 

 『せっかく私達三人で小隊を組むんだからコールサインじゃなくて名前で呼び合いましょうか。カティアちゃん、ターニャちゃん』

 

 正気か? このとんでもない衝撃セリフを言い腐ったのは、私、カティアと共にこの場に残ったファム・ティ・ラン中尉。この人は第666中隊の次席指揮官。戦術機の技術も状況把握、分析能力も高いレベルで備えている素晴らしい衛士ではある。が、性格が問題だ。良いお姉さんすぎるのだ。

 

 『は、はい! ファム中尉!』

 「………了解しました。ファム中尉」

 

 前世知識で考えると、こういう優しい性格の人の部下には必ず命令違反するやつが出てくる。おまけにその部下の一人が博愛精神溢れるカティアだ。彼女は今までも散々、命令違反をしている。目の前でBETAに殺されそうになった人を見ると見捨てられないのだ。

 さて、この二人が合わさると、どのような化学変化がおこるのか? 答えは二酸化炭素の生成より簡単だ。部隊崩壊だ。もう一度言おう。『畜生め』

 

 『それじゃ、私が前に出るからターニャちゃんは私の支援砲撃。カティアちゃんはターニャちゃんの直援に廻って。無理にBETAを倒さなくていいけど、ターニャちゃんに近づくのだけは確実に排除してね』

 

 「はっ、了解しました」

 『は、はい! ぜったいターニャちゃんを守ります!』

 

 さすがは次席指揮官、いい命令を出す。私の護衛ならカティアもしっかりやるだろうしな。

 

 『う~ん、ターニャちゃんはちょっと硬いわねぇ。ね、一回だけでいいから”ファムお姉さん”て呼んでみない?』

 

 軍事行動が柔らかくてどうする!? まったくこの人は、ことあるごとに私に『お姉さん』と言わせようとするのだ。仕方ない。あまり言いたくはなかったが………

 

 

 「申し訳ありません、ファム中尉。私が”姉”と呼ぶのはただ一人だけです。その人に操を立てているので、浮気はできないのです」

 

 

 

 

 

 

 




 ノイェンハーゲン要塞編開始!
 要塞にて恐るべき悪意が幼女を待つ
 そしてBETAとの激闘も!

 お楽しみに!

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