結婚は人生の墓場というのは、知り合いの魔法使いの言葉だ。そんなことを結婚式当日に言ってくるのだから、アイツも大概性格が悪い。先にゴールインする私を羨んでいそうな響きが含まれていたので、ただのやっかみだと思えば、まあ可愛いものだけど。
黒白の魔法使い(未だ独身)は言った。
「女は、結婚と同時に女を捨てるんだぜ」
独身の時は異性の目を気にするけど、結婚すれば身嗜みとかが疎かになる。それをアイツは「女を捨てる」と表現していた。
まあ、否定はしないけどね。
最も私の場合、元より異性の目を気になどしていない。なので結婚しようが変わりないのだ。
それでも私は、女を捨てたわけじゃない。異性の目は気にしないけど、他者の目を気にしないわけじゃない。
たった一人。私が私を着飾るのは、心に決めた相手の前だけ。それは結婚する前も後も変わらない。
「ねえ、あなたの事よ。分かってんの?」
少し硬い髪に手を通す。
窓から差し込む朝日が、彼の真っ白な髪を照らしていた。その寝顔は柔らかく、普段からは想像出来ないほどに穏やかだ。この表情を知っているのが自分だけという事実に、私は何時も幸せを感じる。
つんつん、つんつんと、数回頬をつついてみる。「んっ……」って息を漏らしているのを見るに、そろそろ目覚めそうだ。もうしばらくその寝顔を堪能していたいけど、彼にも仕事があるのでそうも言っていられない。
「あなた、朝よ。起きて」
声はそんなに大きくない。そっと肩を揺らせば、彼は数回短い吐息を溢す。
まだ少し眠そうだなぁ、寝かせてあげたいなぁと思うけど、それでも肩をフリフリ。
しばらく揺すっていると、彼は重たそうにその両目を開けた。
「あ、やっと寝坊助が起きた」
「……博麗さん?」
「あはは、呼び方が昔に戻ってる。まだ寝惚けてんの?」
「いえ、そんなことは……」
口では否定しているけど、その口調は少したどたどしい。両目もまだうつらうつらしているし、うん、まだ寝惚けてるわね、これは。
頭は小さく左右に揺れ、釣られるように頭のアホ毛もゆーらゆら。そんな旦那の様子を、私はニヤニヤしながら眺めていた。こんなに無防備なこの人も珍しい。普段は厳ついと仲間内で評判の顔も、今はふやけて無防備だ。無防備ついでに、その頬に右手を伸ばす。
「!?」
びくっと跳ね上がる彼の両肩。目も覚めたのか、何時もの強面に戻っている。無防備な表情もいいけど、普段のこの人がやっぱり見ていて一番落ち着く。惚れた弱味かな、これも。幸せだなぁって、自然と思えた。
驚きながらも私の手を拒まない彼を見ながら、クスリと笑う。
「夫婦なんだから、そんなに驚くことないじゃない」
「そ、そうですか?」
「そうよ」
「……善処します」
それを聞くのは何度目だろう。改善される事もあるのだが、この件に関してはご覧の通り。これはまだ数年は慣れないんだろうなって当たりをつける。こういう新鮮な反応も面白いし、慣れるのはまだ先でいいかな。なんて、自分で言っておきながら考える。
私の右手をぼーっと見ながら、彼は何やら感慨深そうに息を吐いた。
「どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
「嘘。今、どこか遠く見てた。隠し事はしないって決めたでしょ?」
何処か思い詰めるきらいのある彼と交わした約束。放っておくと宙を漂い帰ってきそうにない彼を、繋ぎ止めるために交わした約束。少し不安に思いながら問いかけた私だったけど、返ってきたのはずっと温かもので。
彼は恥ずかしそうな、儚い微笑を浮かべた。
「ただ……幸せだなと、思いまして」
それは、何ていうかズルい。
嘘偽りない心からの言葉を、彼は大切そうに零した。
「ほんと、夫婦って似るのかしらね……」
「どうかしましたか?」
「んん、何でもない」
気持ちが溢れそうになる。嬉しくて幸せで、それを何とか抑え込んで、くしゃくしゃに歪みそうになった顔で目一杯笑みを作った。うん、私いま、幸せだ。
「ほら、あなた今日仕事でしょ。早く起きて準備しないと」
「すいません、すぐに」
ゆっくりと動き出す朝の時間。そこにいるのは私と彼。それだけで、私は幸せを実感できる。願わくば、この時間が永遠に。
一応続く予定。