新しい家は、まさかの名家!?   作:”アイゼロ”

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はい、どうも、アイゼロです。

初めてチラシの裏に投稿した。元々pixiv限定にしてたんだけど、もったいないなーと思って、かといって表に出すのも何か変だと思ったから、裏に出すことにした。

一話で終わりだ。

それではご覧ください。


名家

どうも、比企谷八幡です。突然ですが、勘当されました。

 

なんか、学校で俺がしたことが家族に伝わって、色々言われたのだ。まぁ、俺もあまり褒められた手段を使っていないから、それは甘んじて受け入れたが、こっちの話も聞いてほしかったのが本音だ。いやー、人の噂って怖いっすね。ウイルスのように人から人へと感染するんだから。

 

「はぁ、マジでどうすんだよ………」

 

こうしてキャラ崩壊するほどどうしていいかわからない状況だ。私物が入ったシキャリーバッグを引きずりながら、途方に暮れる。通帳残高も心もとない。なんだよ5万3千って……。もうこれ持ってる意味ないだろ。なんだ?俺に野宿でもしろと言いたいのか。

 

俺の中にはもう絶望しか残っていない。希望の光とか光の一筋とかも見えない。文字通り、人生詰んだ。

 

死のうか……。

 

そんな考えが、公園でよぎった。なんかもう、今なら死すら怖くないと感じている。死ぬなら今じゃないか。

 

車の通りの多い道路を見る。いや、ダメだ。乗車してる人に迷惑がかかる。なら、誰もいないところで……。

 

そんなことを思っていたら、目を疑う光景が入った。車が交わる道路に、中学生くらいの少女が猫を追いかけている危険な光景。

 

「お嬢様!?」

 

その奥ではサングラスをしているものの、焦燥に駆られた表情で、全力で少女の下へ駆けつける黒服の男性が俺の目に映った。奇妙な服装なのは特に気にする暇もなく、男性にとって少女が如何に重大な人物なのかがすぐに分かった。お嬢様とも言っていたしな。けど、残酷なことに、あの距離では間に合わない。俺の方が距離が近い。なら、俺のやることはただ一つ。

 

死ぬなら、せめて人助けて死のうか……。

 

その考えが頭によぎった瞬間、いや、その前にはすでに体が行動していた。勢いよく飛び込んだ俺は少女を抱え、黒服の男性に投げた。少々荒々しいが、屈強な男性だから、少女は無傷で済むだろう。

 

そして、俺の身体には、今まで一度も受けたことのない重い衝撃が激突し、そこから俺の意識はなくなった……。微かに男性が救急車を呼ぶ声が聞こえたが、間に合わないだろうな……。

 

来世は千葉のイケメン男子にしてくださーい。なんつってな……。

 

 

ピ………ピ………。

 

機械の音が聴こえる……。

 

音が聴こえる方を向こうとするが、重くて動かすことができない。それどころか、四肢も何かに塞がれているみたいだ。瞼すら重くて、どこなのかもわからない。

 

ただ一つ分かること、生きてる、という事だ………。

 

死にたいと言っていたのに、思っていたのに、心の底ではホッと安堵してしまっている。俺もまだまだだったってことだな。所詮未熟者のチキンだ。

 

機械の音は段々と鮮明に聴こえるようになった。一度聞いたことがある。以前も車に轢かれて入院していたからな。ここは病院だ。……それにしても、よく間に合ったな。ほぼ死にかけだっただろ俺って…。

 

とにかく現状把握をしようと、目をゆっくり開けた。ぼやけているが、映ったのは黒服の男性、そして1人の女性だ。その2人は俺が目を開けたことに驚いたのか、大声で先生!とおそらく医者を呼んだ。

 

「あの、大丈夫ですか!?私の声が聞こえますか!?」

「き、聞こえてるから、耳元で、叫ばないでくれ。傷に響く……」

「あ、申し訳ありません!」

 

そう言って彼女は頭を下げた。礼儀正しい子だな。第一印象はそれだった。

 

「あなたには、言わなければいけないことがたくさんあります。ですが、今は安静にしていてください」

 

黒服の男性は俺にそう告げた後、隣の女性を連れて、病室を出た。それと入れ替わりで医者と看護師さんがきた。

 

「良かった。意識を取り戻したようだね」

「なんとか……」

「ああ、そのままでいてくれ。ただでさえ君は重症なんだ」

 

医者の話によると、全治一か月の重傷を負ったようだ。

 

「あの、さっきいた彼女らは」

「ああ、あの子たちの事なら本人から直接言ってくるよ。………それにしても、君は相当大きい事を成し遂げたよ」

「…はい?」

「じゃあ、また何かあったら呼びなさい」

 

医者のおじさんはそれだけ言い残し、病室を出た。大きなことを成し遂げた……?確かに客観的に見たら、人を助けて事故ったんだ。自分で言うのもなんだが、あまり他人できないことだとは思う。

 

…だけど、俺はそんなヒーローじみた純粋な思いで助けたんじゃない。もっと汚く、不純で自分勝手な理由だ。俺はあの少女と男性に死ぬ理由を作ってもらおうとしていた弱者だ。

 

きっと、これを聞いたらさすがにがっかりするだろうな。けど、言うつもりだ。迷惑かけたから、謝罪をしなければいけない。

 

 

 

しばらくして、再び彼女と男性が入ってきた。

 

「あの…」

「お嬢様、彼はまだ目覚めたばかりで色々と混乱してるでしょう。色々言うのは、また後日で」

「……ええ、そうですわね」

「では、また明日。失礼します」

 

それだけ言ってまた出て行ってしまった、それだけなら別に入らなくても良かったんじゃないか……。

 

再び眠気に襲われた俺は、そのまま目を閉じて眠った。

 

 

俺の今の状態は両足骨折に、右手と右腕の複雑骨折。見事に何もできない状態だ。利き手が使えないのは不便極まりない。だけど、身体は起き上がる。しばらくは左手を使う事になるかもなぁ……。

 

「あ、目を覚ましましたか。おはようございます」

 

病室に入ってきたのは、昨日と同じ女の人だ。見た目的にまだ高校生のように見える。多分高校生なんだろうけど、とてもそうは思えないほどの貫禄だ。整った服装だからそう見えるのかもしれないが、とても落ち着きのある人だ。……改めて近くで見るとめちゃくちゃ美人。

 

「どうかしましたか?」

「…いいえ、何でも」

 

俺も男だから思わず見惚れてしまった。そっと俺は目をそらし、窓の風景を眺めた。こんな腐った眼で怖がられたら、さすがの俺も堪える。

 

「お体の具合はどうですか?愚問だとは思うんですが……」

「一晩寝たら、大分よくなりました」

「そうですか。良かったです。何とか一命はとりとめましたね」

「まあ死んでも良かったんだけど」

「……え?」

 

やべ………。いつもの悪い癖がここにきて出てしまった。焦った俺は口を押え、再び窓に顔を向ける。縁起でもねえ事言っちまった。

 

彼女の顔を見ると、見ればわかるほど怒っていた。

 

「死んでもいいって、本気で言ってるんですか?」

「………ああ、そうだよ。俺は死にたくて道路に飛び出したんだ。あの子を助けたのはただの気まぐれだし、要は死ぬ理由を作っただけだ」

 

俺の言葉に彼女は目を見開いて驚いている。ああ、元々こんなやり方が原因で勘当されたっていうのに、変わらないんだな。いや、変えるつもりがないから、今もこんな発言ができるんだ。

 

「あなた本気で言ってるんですか!?あなたが何故そのような行動に移ろうとしたのかはわかりませんが、ふざけないでください!あなたが死んだら悲しむ人間だっているでしょう!」

「…はっ、そんなもんいねえよ。俺は勘当、捨てられたんだからよ」

「………え」

「学校中で嫌われ者になって、親には捨てられた。そんな俺を悲しむ人間がどこにいる?」

 

彼女は何も言い返せず、顔を下に向け無言になってしまった。

 

「すまん。つい熱くなった」

「いいえ、私もつい声を荒げてしまいました。……今日の所は、これで失礼します」

 

彼女は暗い表情のまま一礼し、その場を去ろうと後ろを向いて歩き出した。おそらくこれからも見舞いに来るかもしれない人物に、のっけから気まずい関係にさせてしまった。

 

彼女が病室から出ようとしたとき、もう一人の少女が現れた。この少女は見たことある。なんせ、俺が助けた、いや違うな。死ぬ理由を押し付けてしまった人物だからだ。

 

その少女は肩で息をしながら、俺のベッドにのしかかるように前のめりになった。

 

「あ、あの!?お体の具合はどうですか?」

「おい落ち着け。深呼吸をしろ、顔が近い」

「あ、すみません。つい」

 

少女は少し顔を赤くして、ゆっくりと離れた。

 

おそらく妹だろうな。姉妹だけあってこの子も端正な顔立ちをした美少女だ。見た感じまだ中学生だろうな。……俺も一応男だから、こういうところに目がいってしまう。

 

「あの、先日は助けていただき、ありがとうございます。そしてごめんなさい、私の不注意であなたに重傷を負わせてしまいました!」

 

少女は背中が見える程、深く深くお辞儀をした。

 

「おいおい、頭上げろって。俺が勝手にやっただけなんだ。寧ろお前は怪我してないのか?お前の事投げちまったし」

「おかげさまで私は無傷で済みました。私の事は大丈夫なので、今は自分の身体を最優先してください」

 

中学生なのにしっかりしてる子だ。それが俺の第一印象だった。中学生っていったら、まだまだ未熟で、こういう事態の時は何もできずに混乱するだけの人が多い。姉の方も今みたいに礼儀正しいし、もしかしたら家が厳しいのかもしれない。

 

「まぁ、そっちに怪我がなくてよかった。取り敢えず、俺は大丈夫だ」

 

未だにそわそわしてる少女を落ち着かせようと、俺の手は少女の頭を撫で始めた。………あ、やっちまった。ついいつもの癖が出てしまった…。

 

「す、すまん」

「…いえ、別に嫌ではありませんよ。ふふ、頭を撫でてもらえたのはいつぶりでしょうか……」

 

少女は自然で大人な振舞いをしているが、頬を朱に染めて、微笑んでいる。幸い不快には感じていなさそうで安心した。これで嫌な顔されたら、また死にたくなるからな。

 

「そういえばお姉ちゃん、何でさっきあんな怖い顔してたの?」

「………何でもないわ。さっき電話があって、両親がここに来るそうよ。私達はここで待機するわ」

「はーい」

 

 

「こんにちは、この度は私の娘の卯月(うづき)を助けていただき、誠にありがとうございます」

「私からもお礼を言わせてもらう。本当にありがとう。君には感謝してもしきれない」

 

病室に現れた彼女たちの両親は頭を下げて謝辞を述べた。か、堅い……。普段から崩しきってる俺はどういう対応をとればいいのか悩んでしまう。

 

「あ、あの、俺は大丈夫なんで、顔上げてください」

 

この2日間で色々な人に頭を下げられている俺には、ちょっと耐え難いものがある。相手からしたら助けてもらったように見えるが、俺は頭を下げてもらうような行為はしていない。

 

「申し遅れました。私、五月宮月子です。この子たちの母です」

「父の良孝です」

「長女の葉月です」

「次女の卯月です」

 

家族ともどもお辞儀をして自己紹介をしてきた。ここまで堅苦しいとは思っていなかったな。もしかして、そこそこ大きい家なのだろうか。……五月宮ね………。ん?あれ?どっかで聞いたことあるぞ。

 

「五月宮って、もしかしてあの名家…」

「あら?ご存じだったのですか」

 

逆に知らねえ人の方が少ない程有名な名家じゃねえか!え、なに?もしかして俺が助けたのは五月宮家の令嬢の1人……。医者が言ってた大きい事を成し遂げたってこの事かー!

 

一旦落ち着こう。自己紹介されたから、こっちも返さなければいけない。

 

「比企谷八幡です」

「比企谷君か…。比企谷君、実は勝手ながら、君の持っていたキャリーバッグの中身を見させてもらった。最低限の洋服に財布、通帳しか出てきていない。どう見ても普通とは思えないんだ。教えてくれないか?比企谷君の身に何があったのか…」

 

妙に勘の父親だ。さすがは名家を背負ってるだけの事はある。まぁ、隠し通せることでもないから、すぐに話そうとは思っていた事だ。

 

俺は今までの出来事を包み隠さず、一切の嘘なしで話した。最低のやり方で問題解消、それが原因で家から勘当、そして、名家を自殺するために利用した弱虫野郎。なんかラップの歌詞みたいになっている………。

 

「これが今回の全貌です。失望しましたよね」

 

五月宮姉妹は、何故か瞳をウルウルとさせていて、妹に至っては涙がこぼれている。父親の良孝さんも苦虫をかみつぶしたような顔をしている。母親の方は信じられない光景を目にしたような表情だ。

 

何でそんな顔すんだよ……。勘違いしちまうだろうが。

 

「すまない比企谷君。私達は失礼するよ。少々混乱してしまったようだ」

 

良孝さんが一礼すると、それに続いて母親と姉妹も一例をし、病室から出ていった。

 

勘当なんて胸糞悪い話聞かされて混乱しない方がおかしいか。どうやって声をかけたらいいのかも分からないもんな。

 

元々自分にも原因があったから、こうなってしまったわけだ。自覚もあるのだから、同情の余地もない。もう一度五月宮家の人たちと会う時も、憐れんだ目で見られることが目に見えている。

 

だからこそ、俺は何故あの姉妹が涙を流していたのか、分からなかった。

 

 

五月宮家との邂逅から一週間がたった。今では大分体も楽になり、多少動くことも可能になった。

 

五月宮の両親は立場上、仕事をしなければいけない。そのため、姉妹が毎日俺の所に来るようになった。来なくてもいいと言ったにも関わらず、見舞いに来るなんて物好きな奴らだと思った。

 

姉の方はなんと16歳で俺の一つ下だ。てっきり一つ上だと思っていた。妹は14の中学二年生。

 

食事に関しては、利き手が使えない今困難を極めている。料理を掴むとプルプルと手が震え、口に運ぶまでが難しい。危うくこの姉妹に食べさせられそうになったが、全力で阻止した。食べさせられるくらいなら両利きを極めてやる。

 

この姉妹は基本俺の横でお喋りをしている。どうやら、親がいないときは、口調を崩しているらしい。確かに常日頃からあの丁寧な口調だとストレスになりかねないからな。

 

そして時折、俺に質問を投げ、俺が答える。これが毎日繰り返されている。

 

「比企谷さんって、好きな飲み物は何ですか?」

「マッカンだな。あれは千葉のソウルドリンクだ」

「まっかん、ですか…。聞いたことない名前ですね」

「けど、ソウルドリンクってまで呼ばれてるんだから、有名なんじゃない?」

 

何?マッカンを知らないだと……。

 

「比企谷さん、何故そんな驚かれているのですか?」

「いや、知らないとは思ってなかったからな」

「それほど有名なのですね。飲んでみたいです」

「私も飲みたい!」

 

どうやら興味を持ってくれたらしい。退院したら、お礼としてマッカンを教えてやろうか。

 

「お嬢様、こちらがマッカンことMAXコーヒーでございます」

 

突如、病室のドアが開くと、そこにはマッカン日本を携えた紳士服姿のが現れた。

 

「ありがとう、ガイル」

「ガイルさん、ありがとう。マッカンってコーヒーの事だったんだね」

「左様でございます。ただし、飲みすぎにはご注意ください」

 

そう言ってガイルという名の執事は、俺と姉妹に一礼をして、颯爽と出て行った。もしかして、ずっと病室の外にいたのか。だとしても早すぎるだろ。

 

「あ、甘い!これがコーヒーなんですか!こんなの飲んだら糖尿病になっちゃうよ」

「これは予想外ね。ガイルさんの言ってた飲み過ぎに注意ってこの事だったんだ」

 

マッカンを一口飲んだ姉妹は、怪訝な顔で缶を見つめている。やっぱり名家だから、普段からブラックとかしか飲んでいないのか?

 

「私達には飲めそうにないね」

「そりゃ残念だ。まぁ好みはあるから仕方ないか。……そういや、あの執事には言葉遣いとか崩してるんだな」

「そうですね。私と卯月はガイルに赤ちゃんの頃からお世話をされていたので……。両親の前では気を付けていますが」

「ガイルさん優しいんだよ!」

 

姉妹は嬉しそうに目を輝かせていた。よっぽど執事が好きなんだな。名家の令嬢とはいえ彼女たちはまだ子供だ。この姉妹にとってガイルさんはかけがえのない存在なんだろうな。

 

「ふふ、やっと比企谷さんから話しかけてくれましたね」

 

五月宮葉月は嬉しそうに微笑んだ。それに見惚れそうになった俺はそっぽを向く。

 

「少しだけでもいいから、気軽に話しかけてください。私達も比企谷君をよく知りたいです!」

 

続いて妹の方も笑顔で優しい声音でそう言った。俺のような捻くれ野郎には眩しすぎるくらいの笑顔だ。

 

ダメだ、あの笑顔を見ては……。

 

あの笑顔を見ては、条件なしで信頼を寄せてしまいそうだ…。

 

仮面などない、猫も被っていない。あの笑顔は純粋で優しいものの類だ…。俺がどんな奴なのかも知った上で尚見舞いなどに来てくれる姉妹だ。こいつらの優しさは本物だろう…。

 

なのに、俺は未だに彼女らの事を信用できていなかった。

 

 

今日は五月宮家の人全員が俺の病室に訪れた。全員が険しい趣だったため、俺は精一杯姿勢を正して構えた。そして五月宮月子さんが口を開く。

 

「比企谷さん、貴方の事を少し調べさせてもらいました。……比企谷さんが通っている高校を割り出して、調査しましたが、先日比企谷さんが言っていた事と同じことを言われました」

 

それもそのはずだ。すでに俺の悪評は広まっていて、俺もこの前は偽りなく全てを話したんだ。いくら調査したところで、違う事なんてない。

 

「比企谷さんの家にも訪問しました。ですが、うちには娘しかいないと言われました」

「………そうっすか」

「勝手に調べたことは謝ります。ですが、娘の命の恩人である以上、無碍にはしたくなかったのです」

「大丈夫ですよ。寧ろ調べてもらって、ようやく確信しました。……俺には居場所なんてないって」

 

これで完全に希望は無くなった。勘当されて希望を見ていたなんて、まだまだ甘いと自分に腹も立てた。お先真っ暗とはまさにこの事だな。

 

天涯孤独。まさか、正真正銘のボッチになるとは思わなかった。

 

「いいや、君には居場所はある」

「………は?」

 

月子さんの横にいた父親の良孝さんは、厳しい声音で口を開いた。

 

なんだ?同情とか心にもない励ましか?もしそうだったら、全力でこの人たちを拒絶したけど、嘘をついているようには見えなかった。人の悪意に敏感だとこういう場面では役に立つ。

 

「比企谷君、うちの養子にならないか?」

「……ッ!」

 

養子……。俺があの名家の養子だと……。そうなれば何も困ることが無くなるかもしれない。寧ろ充実した日常を送れる……。

 

待て、冷静になれ、比企谷八幡。こんな美味い話があってたまるか。もしかしたら、今までの行いが俺を騙すための布石だった可能性だってある。

 

「疑心暗鬼な様子だね。無理もないよ、こんな美味しい話。私でも疑ってしまう」

「じゃあ、どうして……」

「純粋に、うちの養子になってほしいんだ」

 

それこそ意味が分からない。俺の事を調べたのなら、俺がしたことも全部知っているはずだ。俺が養子になったって五月宮家の期待に応えることもできないし、利益にもならない。俺しか得しない。

 

「どうして俺に養子になってほしいんですか?」

「比企谷君が今まで行ってきたことに、関心を抱いたんだ。確かに比企谷君のやり方は周囲に誤解を招きやすい方法だ。だけど、私にはそこに君なりの優しさがあると思ったんだ。自分で弱者だと認めているからこそ、弱い人の気持ちが分かって、味方になれる。失礼だが、今時珍しい高校生だよ」

「待ってください。俺はそこまで細かく言ってませんよ。一体誰がそんなことを…」

「君の担任からだよ。確か、平塚先生と言ったかい?」

 

先生が話したのか……。ていうか、俺はそんなつもりで依頼を解消したわけじゃない。先生はポジティブに喋り過ぎだ。

 

「彼女に君の事を話したら、泣きそうな顔になって凄く悔いていたよ。自分の力不足で生徒を守れなかったと」

「そんなこと………」

「無いとは言い切れないよ。君も少なからず思い当たるんじゃないか?」

 

確かに先生の強引さや大雑把なところは目を張るものがある。それでも俺に一時的に居場所をくれたのは先生だ。助言をしてくれたのも平塚先生。俺にとってあの人は恩師と言える存在だ。だから、俺は先生を責めるつもりはない。

 

「養子の件は、今すぐ返事をしなくてもいい。簡単に決められることではないからね。ただ、これだけは言わせてほしい。決して君が思っているような事態はないよ」

 

そう言って、五月宮一家は頭を下げて、病室を出た。

 

養子か………。

 

取り敢えず寝よう。一度頭の中を整理して、明日冷静に考えよう。

 

 

目を覚ますと、昼頃になっていた。嗚呼、明日が来てしまったのか。養子の件で悩まされるから、来てほしくなかった。

 

とはいえ、実は決めていたことはある。寝れなくて深夜テンションみたいな感じで決めたから、大雑把な考えだ。問題はこれを五月宮家が承諾してくれるかどうか……。

 

「おはようございます。比企谷様」

 

渋い声の挨拶が病室の出口から聞こえ、そっちを向くと、五月宮家の執事、ガイルさんが立っていた。

 

「これをどうぞ。お嬢様方からの差し入れでございます」

 

そう言って渡してきたのは、特徴的な黒色と黄色が混ざった缶。MAXコーヒーだ。

 

「ありがとうございます。ちょうど飲みたかったんですよ」

「左様ですか。どうぞ」

 

早速一口煽る。……やはり目覚めのマッカンは格別だ。頭も目も冴えてくる。

 

「ガイルさん、俺が養子になった場合、どうなるんですか?」

「生活面ではあまり変わらないと思います。大学へ進学して、就職することも可能でしょう。…五月宮の次期当主は葉月様となっておりますが、もしかしたら比企谷様が次期当主になる可能性だってあります」

 

俺が名家の当主ね……。専業主夫目指していた俺には想像もできないな。そもそも一般家庭で生きてきた奴が名家を背負うなんて無理に決まっている。それに、五月宮を名乗って進学、就職なんてどうかと思うし。俺には荷が重すぎる。

 

だから俺は、養子にはならない。

 

「ガイルさん。話があります」

「なんでしょう」

「俺に――――――」

「……本気ですか?」

「はい」

「分かりました。ですが、私の独断では決められません。良孝様がお戻りになられるまで、しばらくお待ちを」

 

まずはガイルさんには許諾してもらえた。問題なのは先程言った五月宮家から了承を得ることだ。後は俺の努力次第。

 

いやー、これもし断られたら、行先ないわー。はっはっはー……。

 

 

 

「比企谷君、養子の件は決めたのかい?」

「はい。……俺は養子になりません」

「………そうか。それが考え抜いた結論なら、私達は何も言わない」

 

養子になることを断った途端、皆浮かない表情で俯いてしまった。おそらく、なってくれると思っていたんだろう。

 

「一つだけお願いがあります」

「…私達にできる事なら何でもするつもりだ。聞こうじゃないか」

 

ん?今なんでもって……。やめようか、今このネタはまずいですよ!

 

一呼吸おき、口を開いた。

 

 

「俺を雇ってください」

 

 

俺の発言に、執事以外この場にいる全員、驚いて目を見開いた。

 

俺が養子になることを迷っていた理由は単純明快。与えられ続けることが耐えられなくて、怖かったからだ。無償なほど不安要素が強いとはまさにこの事だな。

 

だからといって養子を断れば、行先を失って、助かった命が無駄になる。だから俺はガイルさんにお願いをした。

 

『俺に執事の仕事を教えてください』

 

この家の見習い執事として雇ってもらえるなら、自分の金が手に入るし、努力次第で家事スキルもグングン上がる。それでも当分は五月宮の家にいさせてもらうつもりだ。さっき何でもするって言ってたし。

 

「具体的に言えば、俺を五月宮の執事として働かせてください」

 

まさか、俺の口から働かせてくださいなんて言葉が出るなんて……。自分の成長に感涙だ。

 

「養子ではなくていいのですか?」

「はい。俺に五月宮の名は重いと判断しました。実は少し前にガイルさんに指導のお願いをして、許可をいただきました」

「…そうでしたか」

 

俺の返事が予想していたものとは違う方へ行ったらしく、良孝さんと月子さんは悩ましい顔をしている。後一押しできたら、雇わせてくれるかもしれないけど、その術は持っていない。

 

俺も沈黙が続く中、頭を悩ませていると、そこに予想外の助け舟が入った。

 

「いいと思いますよ。私は賛成です」

「私も賛成です」

 

五月宮の姉妹が沈黙を破り、俺の意見に賛同してくれた。

 

「卯月、葉月も?」

「はい。いいと思いますよ。ガイルの負担も減るんじゃないかしら?」

「私もそう思います」

 

姉妹がそう言うと、皆一斉に執事のガイルさんの方へ目を向けた。するとガイルさんは頭を軽く下げ、口を開く。

 

「勝手に話を進めて申し訳ありません。しかし、私も年老いて、身体が衰えを感じさせています。一時は教師の道を進もうとした身。自分がこれまで身に着けてきた技術を、お教えしたいのです」

 

ガイルさんは無表情で淡々と語った。これは俺を気遣っての事ではなく、本心だという事はすぐに分かる。五月宮の皆も嘘じゃないことを最初から分かっていて、目を見開いている。ガイルさんって普段無口なのか?

 

「娘たちから言われたら、断れませんね。それに、ガイルにもそろそろ負担を減らそうと考えていたところです」

「そうだね。………比企谷君、受けよう。退院したら、正式にうちの執事として働いてもらう」

「はい。ありがとうございます」

 

俺は無事に執事として雇われることを約束された。良孝さんと月子さんはこの後仕事が入っているため、この場を去った。

 

「2週間後には私達の執事ですか……、何だか不思議です」

「……そうかもな。じゃ、退院したらよろしく頼むわ」

「はい。歓迎します。それでは私の事は葉月と呼んでください」

「あ、じゃあ私は卯月でお願い」

 

……ええ、なんでそうなるんだ?執事とは何も関係ないと思うんだけど。だから、その優しい笑顔と期待した目を俺に向けないでくれ。惚れてしまう。

 

姉妹は前のめりになって呼んでくださいと言わんばかりに俺を見てくる。もしかして、親以外に名前で呼ばれた経験がないのか?名家の令嬢だから、その可能性もある。

 

…仕方がない。俺は執事として働かせてもらう身だ。ここは恥を忍んで姉妹の願いを聞いてあげよう。

 

 

 

「断る。無理だ」

「何でですか!」

 

 

時間はあっという間に過ぎ、晴れて今日で俺は退院だ。体を動かせるって幸せだ。だが、身体が怠くて走れねえ。ここ一ヶ月寝て過ごしたから、体中バキバキだ。これは少し体を動かさなきゃいけないな。

 

多分執事の仕事でどえらい動き回ると思う。

 

 

医者や看護婦さんに一言挨拶し、病院から出ると、五月宮家全員が立っていた。後ろには黒塗りの高級車がある。…あれには少しばかりトラウマがあるな。

 

「比企谷君、退院おめでとう。さあ、乗ってくれ」

「こっちです」

 

俺は姉妹に誘導され、後方の座席に座らされた。隣に姉妹と両手に花状態で落ち着かない。離れようとしたが、妹に捕まれ抗えなくなった。

 

 

 

 

「でけぇ………」

「こちらです」

 

絵に描いたような豪邸のデカさに狼狽しながらも、月子さんを先頭に歩く家族に俺はついていく。スネ夫の家の2倍の大きさだ。俺、今日からここで働くのか……。

 

 

豪邸の中を一通り、案内された後、良孝さんと月子さん、そしてガイルさんの4人で話すことになった。

 

「こちらが契約書です。お願いします」

「はい」

 

月子さんに渡された契約書に、ペンを走らす。当分はここでお世話になるから住所は俺の住所はここになる。

 

「確かに受け取った。しかし、比企谷君はこれでよかったのかい?」

「はい。前にも言いましたが、俺に五月宮の名は荷が重いんです。それに、命を助けてもらって、居場所をくれた人達に、尽くしたいと考えたんです」

 

我ながら、らしくない恥ずかしい事を言っているな。誰だこいつは……。

 

「命を助けてもらったのはこちらです。今でも感謝しています」

「私もだ。だから私達は君をもてなそうと思っていたんだが、まさか家で働きたいとのことだ。凄い高校生だよ」

「俺はそんな大層な人間じゃ…」

「比企谷様。執事というのは、名家の側近。謂わば片腕のような存在です。あまり自分を下に見ない方がよろしいですよ」

 

ガイルさんに指摘をされた。……確かにそうかもしれない。あまりに謙虚で自虐的だと、そんな人を執事にしている名家だと知られたら、迷惑がかかる。

 

「それらは、私が鍛えていくので、よろしくお願いします」

「お、お手柔らかに……」

 

「では、比企谷君。早速で悪いが、明日からよろしく頼むよ」

「今日はゆっくり休んでください」

「はい。……お世話になります」

 

 

 

 

「確か、ここだよな」

 

ここに住み込むことになったため、数ある部屋の1つが俺に与えられた。実は案内されている時に、既に俺の部屋は決まっていて、教えられた。多分ここで合ってるはずだ。ここの豪邸の部屋って皆ドアの模様一緒だから、分かりづらい………。

 

ベッドで横になろうと考えながらドアを開けると、そんな考えが一瞬で吹き飛ぶ光景が目に入った。

 

現在進行形で着替えを行っている姉妹が、こちらを見て固まった。ほとんど下着姿で……。そして、段々と状況を理解した俺と姉妹は、互いに動揺した。

 

「八幡さんの部屋は隣です!」

「八幡エッチ!」

「失礼しましたぁ!!」

 

勢いよくドアを閉め、隣の本当の俺の部屋に飛び込んだ。

 

……俺、死ぬかも。

 

 

波乱の初日を終えた俺は、朝起きてガイルさんの言われた通り執事服に着替えた。

 

ちなみに着替え現場に入ってしまった件に関しては、俺が何でもしますからと言ったばかりに、名前を呼び合う事になった。

 

 

見習い執事として、ガイルさんの言われたことはすべて真っ当する。礼儀に料理、作法、言葉遣い等、名家の顔に泥を塗るような真似は死んでもしない。……執事って甘くない。

 

初日はあまり飛ばし過ぎずにという事で、今日は早めに終わった。それもガイルさんが他に用事があるためだ。俺の教師とはいえ現役執事だからな。

 

スーツを脱ぎ、マッカンで一息ついた。そういや…

 

「はちまーん!」

 

突然の来訪者にマッカンが気管に入りそうになり、思い切りむ咽かえってしまった。

 

「だ、大丈夫?」

「問題ない。それよりどうした?卯月」

「国語で分からないところがあるんだけど……。教えてほしい」

「まかせろ。こう見えて前は文系三位だ」

「心強い!じゃあこっちに来て!」

 

卯月に手を引っ張られ、隣の姉妹の部屋に連れて行かれた。こうして見ると、年相応の女の子なんだよな。可愛らしい。

 

「で、何で隣なんだ?」

「その方が教えやすいでしょ!言っておくけど、命令だからね」

「はいはい、卯月お嬢様」

 

命令とはいえ、さすがに肩がピッタリくっついた状態は気を張ってしまう。一度も女性とくっついたことがない俺には緊張する状況だ。しかも卯月は中学生とは思えないプロポーション……。いかんいかん、執事たるもの煩悩は捨て去れ。

 

「ここなんだけど…」

「ん?あー、そこはだな…」

 

こうして俺達の勉強会が始まった。勉強だというのに、卯月は何だか楽しそうにペンを走らせている。

 

そういや、俺って学校どうなるんだ?これでも一応進学校にいたもんだから、高卒の資格は欲しい。勉強会が終わったら聞いてみよう。

 

 

 

「できたー!」

「やればできるじゃねえか」

「八幡の教え方が分かりやすいから」

 

そう言ってくれるのは嬉しいが、卯月はすぐに理解して回答するから驚いている。要領は良いから、俺の教え方次第で成績は伸びるはずだ。

 

ふと俺は扉に目を向ける。実は先程からやたらと視線を感じていたのだ。真性のボッチになるとこういう気配察知スキルは嫌でも会得できる。

 

案の定そこには葉月が俺らの勉強風景を覗いていた。

 

「何やってんだ?」

「あ、いや、そのお二人が仲が良さげに勉強しているので、入りづらかったのです」

「別に気にすることじゃないだろ」

「それに、お二人とも、近くないですか?」

 

俺と卯月は依然として肩がくっついている状態だ。卯月が真剣に勉強して、俺も指導に熱を入れていたせいですっかり忘れていた。

 

「八幡教え方上手だから、気に入っちゃった♪」

 

卯月は突然自分の腕を俺の腕に絡ませ、肩に顔を置いてきた。はちまんこんらんちゅう。

 

「な、なにやってるの卯月!しゅ、淑女たるものそういった行為は控えなさい!」

「卯月中学生だからよくわからなーい」

「何をぉ!」

 

顔を赤くして叱責する姉に対して、気にする素振りもなく煽る妹。何故卯月の方が慣れているんだ?逆に葉月はウブすぎる。

 

「だけど、八幡の説明本当に分かりやすいよ。お姉ちゃんも教えてもらったら?この間のテストだって……」

「っ……。それは…」

 

痛いところを突かれたのか顔を引きつかせ、そっぽを向いた。

 

「はぁ、そんなに悪いなら見てやるよ…」

「い、いいんですか?」

「別に構わねえよ。1人増えたって大丈夫だ」

「そ、それでは遠慮なく」

 

葉月は自分のスペースから勉強道具を取り出し、俺の隣に座った。Why?

 

「何故お前も隣なんだ……」

「いいじゃないですか。私だけ仲間はずれは嫌です。これは命令ですから」

 

この姉妹俺が執事になった途端急に命令酷使するようになりやがって……。まだ見習い執事だけどな。しかも葉月さっき淑女がどうとか言ってなかったか?この状況は淑女としてどうなんですの?

 

俺が悩んでいる一方、卯月は頬を膨らましてフグの真似をしていた。

 

 

「はぁ…はぁ…」

「まだまだですな。しかし、呑み込みが速いので、しっかり鍛錬をすれば私なんてすぐに追いつきますよ」

「ど、どもっす」

 

現在、とある道場を借りてガイルさんに合気道を教わっている。やはり昔からインドアで武術なんて興味が無かった俺は先程から手も足も出ずにいた。これが2時間も続いているため、息も絶え絶えしくなっている。一方ガイルさんは結構年がいっているのにも関わらず、息一つ切らしていない。恐ろしい。

 

「休憩に入りますか?」

「…いえ、もう少しお願いします」

 

コツは掴めてきた。勘を忘れないようにもうひと頑張りだ。

 

 

 

 

「八幡、頑張ってますね」

「うん。カッコいい…」

 

葉月と卯月は八幡の合気道修行に同行していた。道場の隅っこで八幡の修行する様を見ている。

 

葉月からは、卯月が八幡に対して見惚れているように見えた。

 

「卯月、聞きたかったんだけど、八幡の事好き?」

「うん。好きだよ」

 

余りにも抵抗なく、はっきり答えた卯月に驚いた。

 

「どうして好きになったの?」

「だってさ、命を張って私を助けて、罪悪感で一杯だった私に優しくしてくれたんだよ。惚れちゃうでしょ」

「…そう」

 

卯月の心を聞いて、葉月は嬉しく思った。卯月は昔から男子との関わりが無く、家が家なためそういった経験をさせてあげられていないことに葉月は悩んでいた時期もあった。

 

それに卯月はまだ知らない。名家の集まりでどれだけ汚い人がいるのかを。葉月は何度かそういう集まりに出席したことがある。その度に嫌な思いをすることもある。

 

だからこそ嬉しかった。八幡のような優しい人がそばにいる方が卯月のためになる。

 

「どうしたの?お姉ちゃん」

「何でもないよ。言わないの?好きって」

「魅力的だけど、叶わぬ恋かな~。私には五月宮があるし」

「跡取りなら私がいるから問題ないじゃない」

「んーん。私だけ幸せになるのはなんか違う気がする。それに、五月宮は姉妹で支えるって決めてるから」

 

いつの間にそのようなことを決めていたことに葉月は驚きを隠せないでいた……。それと同時に自分の事も考えていてくれたことが嬉しかった。

 

「それにさ、八幡はこれから執事としているんでしょ。だったらずっと一緒にいられるじゃん」

「……そうね」

 

妹の成長、気遣いに思わず頭を撫でた葉月。その行動を卯月は不思議に思うが、満更でもない笑顔で再び八幡の修行に目を向けた。

 

 

 

「……」

 

休憩がてら葉月たちの所に行こうとしたら、なんか葉月が卯月に頭を撫でているというとても微笑ましい空間ができていた。なんか行きづらい…。

 

楽しそうに話している姉妹を見て、邪魔しちゃ悪いと思い、遠くからその光景を眺めることにした。

 

 

俺が執事になってから、数ヶ月。学校にも通わせてもらいながら、日々執事を学んでいます。今では車の運転以外はそれなりにできるようになっていた。ガイルさん曰く、元々才能はあったらしい。これがかつて専業主婦を目指していた男の才覚か。

 

「それでは行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。くれぐれも気を付けるように」

「はい」

 

ガイルさんに運転を頼んで姉妹と訪れたのは、県外の大型ショッピングモール。葉月と卯月があまりにも暇そうにしていたため、仕方なく出掛けることにしたのだ。俺はその護衛。

 

「八幡早く!」

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ!」

「走ったら危ないですよー」

 

急かすように手を引っ張る卯月を宥める。

 

さて、皆は気付いたか?俺が敬語を発していることに…。そう、俺は執事として主には敬語をしなくてはいけない。この姉妹ならいいかと前まで思っていたが、ガイルさんに程々にした方がよいと言われてしまった。

 

あくまで人前では気を付けろという事だ。こういうのは癖になって、本番の時にぼろが出ないようにとガイルさんは保険をかけている。

 

「俺からあまり離れないでくださいね」

「はーい」

「卯月はくっつきすぎですよ」

「あの、腕に抱き着くのはやめてほしいです」

「ちぇ」

 

卯月のスキンシップの激しさは俺が執事になって以来増している。こんなダメ執事にくっついて嫌ではないのだろうか……。やっぱり異性と関わる機会が少ないから、分からないのかもしれない。今度、男子との接し方とか教えておこうか。

 

 

 

 

まず最初に訪れたのは、いきなりランジェリーショップ。まさかの護衛が上手く務まらない場所だ。この場合、遠目で見ても怪しまれるから視界のぎりぎりに姉妹を収めている。

 

「お待たせしました」

「次はどこ行きます?」

「お腹すいた」

 

 

卯月の要望により、イタリアンレストランで食事を済ました。

 

 

 

 

「八幡さん、喉が渇いたので飲み物を買ってきていただけますか?」

「卯月はオレンジジュースがいい」

「あの、護衛だから離れるわけにはいかないので、ついてきてください」

「嫌です。卯月と2人で話したいので」

「いや、でも」

「命令です。私と卯月の飲み物を買ってきてください」

「…分かりました。何かあったらこれを鳴らしてください」

 

そう言って俺は防犯ブザーを渡した。

 

「子供じゃないんだからいらない!八幡過保護過ぎる!」

 

俺からしたらまだ子供だお前は。

 

 

 

 

 

飲み物を携え、戻るとチンピラ2人に絡まれていた。俺の予想は見事に的中していた。だが、あの姉妹は怯えることも、尻込みすることなく、睨み返している。勇敢過ぎるぜお嬢様。

 

1人のチンピラが葉月に触れようとしたが、俺はそいつの手首を思い切り掴んだ。

 

「俺の主に触れないでください」

「あ?なんだおめぇ?関係ねえ奴は引っ込んでろ!」

「いや、この姉妹が主だって言っただろ?耳悪いなぁ…」

「てめッ……いでえ!があああ!」

 

人は手首が弱点で、力が弱い女の人でも手首をこうして掴めば大抵痛さで抗えないらしい。手首を掴まれた男は両膝を床につけ、苦悶の声をあげる。

 

もう1人の男は後ろから俺の顔面目掛けて蹴りを入れた。だが、しっかりともう片方の手で足首を掴み阻止する。

 

「ガイルさんのスパルタがようやく役に立ったか」

 

あの人俺にいらん対人技術まで教え込んでるんだもん。酷いときには一対三とかやらされたからな。あれは死ぬかと思った。

 

足首を掴んだ男を力任せに振り、床に膝をつけていた男に叩き込んだ。ぐえとかあうとか情けない声をあげている。

 

こちらの顔を見ると、まるで妖怪でも見たかのような恐怖に染まった表情で一目散に逃げていった。

 

「お見事です」

「つよーい」

「もうちょっと緊張感を持ってくださいよ…」

 

拍手をする姉妹に呆れてため息が出た。周りにいるギャラリー、野次馬も便乗して俺に拍手を送っている。恥ずかしさに額に手を添える。

 

「目立ってしまいましたね」

「拡散されたらどうしよう……」

 

今の時代どんなことが起きても人はスマホを取り出し、ツイッターに投稿するから俺の武勇伝が世間に広がる可能性が高い。情報ネットワークマジで怖い。

 

「まぁ、止められることじゃないですし、今は別の所に行きましょう」

「分かりました」

「八幡かっこよかったよ」

「ありがとうございます」

 

ガイルさんのスパルタも捨てたもんじゃない。捨てたらスパルタどころじゃなく、地獄になるけど。

 

 

 

 

五月宮邸に戻り、姉妹を部屋まで送った。俺は自室で一枚脱いでベッドに座り、マッカンを煽る。

 

そういえば、執事になって数ヶ月だけど、ちゃんと出かけたのは今回が初めてだったな。今まで室内に缶詰め状態で仕事をしていたから、羽を伸ばせた気がする。

 

「八幡、入ってよろしいですか?」

「どうぞ」

 

入ってきたのは、当然葉月と卯月。俺の部屋に入る人なんてガイルさんとこの姉妹ぐらいだからな。2人は何かそわそわしている。

 

「どうした?」

「八幡に渡したいものがあるの」

 

卯月はそう言って後ろに隠していた物を俺に差し出した。箱に入っている物だが、包装とリボンが施されていて、如何にもプレゼントの様だった。

 

「開けていいか?」

「いいよ」

 

箱を開けると、ネクタイが入っていた。

 

「私達からのプレゼントです」

「これでお仕事頑張って!」

 

似合わないのは百も承知だがあまりの嬉しさに笑みがこぼれる。しかし、卯月が顔を赤くしているのは分からない。

 

「しかも刺繍入りだよ」

「…本当だ」

 

裏側にはH.Hと金色の刺繍が綺麗に施されていた。某学園系エロラノベを彷彿とさせてしまい、今すぐにでもこの荒んだ心を砕きに行きたいという衝動にかられた。

 

「ありがとな、一生大事にする」

「喜んでもらえて何よりです」

「えへへ」

 

 

 

事故から始まった俺の新生活。仕事の休みは全然ないし、ガイルさんは厳しいし、姉妹は我儘で手を焼かされる。

 

だけど、悪くない。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

なんかあらすじが淫夢厨を連想させてしまうね(笑)
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