題材、シリアス度はまちまち。
麻美ルート、時系列曖昧(高校卒業前)。
洋菓子と言われて真っ先に想像するものといえば何だろうか。
ケーキ、シュークリーム、スコーン、チョコレート、まあ色々あるだろう。
しかし、今回話すのはそのどれでもない。じゃあなんなのかというと、『お菓子って何だったっけなあ……』と頭を抱える要素を1つほど持ち合わせたもの。
洋酒入りの――つまり、アルコールが入ったお菓子。
即ち、ウイスキーボンボンである。
「……………………んぅ」
「いや、おい。ちょっとちょっと」
たかがお菓子といえども、やっぱりアルコールはアルコール。
そこまで強いものではないけれど、それでも世の中には少量のアルコールで酔っぱらう人も存在する。
そしてそれは、俺の目の前の女性も例外ではなかったようで。
「…………んくぅ」
「ボンボンでノックアウトとか、アルコールに弱すぎるだろ、あさみ……」
「……ん? えへへぇ~」
「誉めてない」
俺は、だらしのない表情を浮かべて紅潮している、緑髪にサイドテールの女性――七島 麻美(ななしま あさみ)に溜め息をもらした。
そもそも。どうしてあさみがウイスキーボンボンを食すことになったのかというと。
今ここにはいない、俺とあさみの共通の友人、川田ゆらりから贈られたものだった。
……『二次元的伝統芸能ですよ。誰にも邪魔されないところで、二人だけで食べてください』というメッセージカードと共に。
二次元的伝統芸能とは何なのかとか、そもそも邪魔とは何なのかとか。
色々聞きたいことはあったけれど、しかし川田さんはあれで頭がいいし要領もいい。恐らく俺やあさみより余程多くのことを考えているだろう。
その彼女がそうしろと言っているのだから、そうした方がいいだろう。
と思って、メッセージカードの通り俺の部屋で、二人だけで食するに至ったのだが。
「えへへへ……えへへへ……」
その結果がこれである。
伸びきったうどんみたいにぐでんくでんになった様相のあさみを見ながら、俺は頭を掻いた。
これ、どうしよう、と。
……と。
「……小波君。もう食べないの?」
あさみがむくりと顔を上げ、俺の方を見やってくる。
普段は宝石のように綺羅めいている瞳は、今は蕩けたように曖昧で、どこに焦点を合わせているか分かったもんじゃない。
「ああ。あさみほどじゃないけど、俺も結構食べたからな」
苦笑する。「何だか変な味だね~」とか言いつつ、アルコール入りの高級洋菓子が物珍しいのか、ぱくぱくと口に放り込んでいくあさみを思い出したからだ。
後先考えなく食べるからこうなる。あさみのドジはこんなところにも健在らしい。
「えぇ~。食べようよ~。おいしいよ~」
「今のあさみに味が理解出来るとは思えないな」
「えへへ」
「だから誉めてない」
もう、会話しようぜ会話。レッツトーク。
心底嬉しそうに頬を緩めるあさみは、一個のウイスキーボンボンを手に取ると、銀紙を丁寧に剥がし始めた。
……まだ食うのかよ。
「おい、あさみ? もうその辺にして……」
「えいっ!」
言い終える前に、あさみが俺の口にボンボンを押し当ててきた。
もとい、押し当てようとした。
俺が反射的に唇を引き締めたことによって、銀紙が半分だけ剥がされたボンボンは、俺の唇をチョコまみれにするにとどまった。
「突くなよ。前歯折れちゃうだろ」
「だいじょーぶ。くっつけてあげるよ」
「永久歯なんだけど……」
そもそも、俺の部屋には瞬間接着剤しかない。
呂律ぐだぐだのあさみは、誰がどう見ても意識が朦朧としているのだけれど、それでも俺にウイスキーボンボンのおかわりをさせたいらしい。
あさみはもう一つボンボンを取り出して。
「んーーっ!」
「二刀流もやめような……」
かつてこれほどまでに乱暴なあーんが合っただろうか。
押し込んでやるとばかりにねじ込まれるボンボン×2を、城塞のように引き締めた唇で阻んでいると。
「えー。こんなにおいし~のに……」
「俺に食わせようとしたやつをそのまま口に入れるのもやめような……」
「間接キス~! えへへ~」
「意識しないようにしていたことを口に出すのもやめような……」
なんというか。唾液が若干付着したチョコレートを幸せそうに食べられるというのは、なんというか。
変な気分になるのも致し方無いというか。
「それなら、えいっ!」
「もがっ」
とうとうあさみが実力行使に出てきた。
というのは、俺の口を強引にこじ開けようと、唇の隙間に指を突っ込んできたのだ。
白磁みたいに白い指が口内に侵入する。触れられないようにと舌を引っ込めたが、そのせいで抗議の声が上げられない。
結果、されるがままになってしまい。開かされた口に、ボンボンが押し込まれた。舌先にチョコレートが触れ、つまりは返品不可能になってしまう。
仕方がないのでちろりと舐める。やはりというか、甘い。チョコレートなのだから当たり前といえば当たり前だが。
やることを果たしたあさみは俺の口から指を引っ込める。
……満足げな表情なのは構わないけど、俺の唾液が若干どころではなく付着した指を舐めるというのは……それも嬉しそうに。
まあ、もう、なんでもいいけれど。
あさみの指という抑止力がなくなり、俺は舌先で味わうにとどめていたウイスキーボンボンを噛み砕こうとする。
が。
「こ~な~み~くんっ!」
やけに嬉しそうに笑顔を浮かべたあさみが近付いてのを見て、口元に入れた力を弱める。
どうしてなのだろうか、というと、その笑顔が――陳腐な例えだが――地上に舞い降りた天使のように可愛かったからでもあるし、赤子のようにハイハイで進むあさみに戸惑ったからでもあるし。
……パーソナルスペースのパの字も無いほどに接近されたからでもあるし。
「あ、あふぁみ、ふぃかいふぃかい」
「えへへ~~!!!」
比喩でも何でもない、目と鼻の先にあるあさみの顔が、俺に『あさみ、さっきから何回「えへへ~!」って言った?』というような思考を奪い取る。
しかしあさみは進軍をやめる気配はない。おもむろに口を開けると、そのまま。
俺が加えていたウイスキーボンボンに、かぷりついた。
当然、唇が押し当てられて。
ついでに、柑橘系のいい香りとか、柔らかな感触とか、熱とか、そういうのも伝わってきて。
つまるところ、俺はポッキーゲームをされていた。
ポッキーゲームと違うのは、ポッキーではなくウイスキーボンボンなところと、先端から始めるのではなく、唇がくっつく距離から始めるところ。
……そして、比較にならないくらい甘く、熱く、酔うところ。
それがチョコレートによる甘さなのか、アルコールによる熱さと酩酊なのかは黙秘させてもらうが。
そんな感じで、俺が変な甘さと熱さと酩酊感を味わっていたとき。
ふと、あさみが、先程までと違うことに気付いた。
というのは、あさみの目が、きちんとこちらを向いているということで……。
「………………ぁ」
「……………………」
「ああああああああああああああああああ!!!!!」
「今更我に帰るのもやめような……」
突然近くで叫ばれて、キーンとなった耳を揺らしながら、俺は力なく呟いた。
翌日。
「………………」
「………………」
「……あの。小波君」
「……何? 川田さん」
「……ゆうべはおたのしみでしたね?」
「「ッ!?」」
「してない! してないよゆらり!」
「そ、そうだよ川田さん。何にも起こらなかったよ」
「私はおたのしみとしか言ってないのですが」
「「ッッ!!?」」
川田さんの疑惑の視線に、俺とあさみは目を逸らした。
パワポケとか覚えてる人いるんでしょうか……?