俺の涼風 ぼくと涼風   作:おかぴ1129

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本編
1. 『俺だけの涼風』


『ソーリーネ……涼風……』

 

 彼女は、私の目の前で血を吐き、申し訳無さそうに微笑みながら、沈んだ。

 

『涼風ちゃんは大丈夫? なら……よかった……』

 

 彼女は、胸に風穴が開いたまま、私をまっすぐ見据え、笑顔で沈んだ。

 

『すまん涼風……私は、ここまでだ……』

 

 彼女は、体中に数え切れない徹甲弾が突き刺さり、力尽き倒れ伏した後、穏やかな笑顔を私に向けながら、沈んでいった。

 

『あぶな……』

 

 彼女は、私の前に身を投げ出した途端、直撃した三式弾で全身が砕かれ、沈んでいった。

 

『みんな……みんなぁ……!!』

 

 私と共にいた艦隊の仲間たちは、私ともう一人を残して、皆、沈んだ。取り残された私は、たった一人、海面に浮かんでいる、沈んでいった仲間たちの残骸をかき集め、それらを両手で強く抱きしめた。そして、真っ赤な大空を涙が止まらない瞳で睨み、喉が裂けることもいとわず、心に渦巻く疑問を叫んだ。

 

『提督! なんでだ!? なんでみんなにあたいを守らせるんだ!?』

 

 周囲に浮かぶ肉片が、さきほどの戦いの凄惨さを物語っていた。その中のどれかは深海棲艦のもので、そのどれかは、先程まで私と談笑し、私と共に敵と戦い、そして私に微笑みを向けていた仲間のものだ。でもそれらは海面で交じり合い、もはやどれが誰のものであるのかは、すでに判別出来ない状況だった。

 

『なんでって……』

 

 沈んだ仲間の艤装の残骸を抱え、海面に膝をついて泣き叫ぶ私の視線のその先に、ここにいるはずのない、彼の後ろ姿が見えた。私は空を睨むのをやめ、海面に立つその男……私たちの提督、ノムラの背中をキッと睨んだ。

 

『提督! なんでだよ!! なんでみんな、あたいをかばって沈むんだよ!!』

『……決まってるじゃないか』

 

 私の怒号を一身に受けたノムラは、ゆっくりと振り返る。

 

『涼風を守るためだよ』

 

 振り返り、目を逸らさず、まっすぐに私を見つめるノムラの笑顔は、左に傾き、そして醜く歪んでいた。裂けるほどに口角を持ち上げ、瞳孔が開いた目を限界まで見開き、ニチャリと音を立てて開かれたノムラの口は、私に対し、呪いを吐いた。

 

『俺の……俺だけの涼風を……守るためだよぉおオオオ……』

『てい……と……』

『涼風ぇ……俺の涼風……俺だけの……涼風ぇぇぇえええ』

『……ッ!』

『また行こうなぁ涼風ぇ』

『……イヤだ……イヤだ……ッ』

『俺とお前で、戦果を上げようなぁ。お前が危なくないように……みんなをいっぱい、連れて行こうなぁ』

『やめてくれ提督!! もうやめてくれよぉおオオ!!!』

 

 呪いの言葉を吐くノムラに対し、私は必死に拒絶の意を表した。抱えていた艤装を海面に落とし、震える両足でなんとか立ち上がり、恐怖ですくむ身体を奮い立たせ、拳を握りしめ、私は必死に『イヤだ』と叫んだ。これ以上、誰かが自分をかばって沈むのは嫌だ。これ以上、誰にも死んで欲しくない。私はノムラに対し、必死に懇願した。

 

『そうかイヤかぁ……』

 

 私の懇願を聞いたノムラは、しかしまったくそれを意に介さず、むしろさらにその顔をひどく歪ませ、気味の悪い満面の笑みを浮かべながら、私を見つめた。

 

『なら……また行こうなぁ涼風ぇえ……』

『イヤだ……』

『安心しろォ涼風……お前は沈まないからなぁ……俺の……俺だけの、涼風ぇええエエエ……』

『ヒッ……!?』

『いっぱい連れて行こうなぁ……みんなに、いっぱい、守ってもらおうなぁ……』

 

 一番聞きたくない言葉『守る』という言葉を、私に何度も吐き出すノムラの笑顔は、とても醜く歪んでいた。そして、そのノムラが吐き出す『守る』という言葉が、私の耳にべたりとへばりつく。頭の中で、仲間の断末魔と共に、何度も何度も残響した。

 

『涼風ぇ……愛してるぞ……涼風ぇぇぇえええ』

『いやだぁぁああああああああ!!?』

 

……

 

…………

 

………………

 

 誰かに力ずくで無理矢理に瞼をこじ開けられたような感覚を覚え、私は目を覚まし、飛び起きた。

 

「ハァ……ハァッ……」

 

 右手がガクガクと震えている。それを必死に左手で押さえ、震えが収まったところで、額に触れた。今はもう10月。過ごしやすく、心地よい気温の夜のはずなのに、私はびっしょりと汗をかいていた。

 

 なんとなく夢がまだ続いてるような恐怖感が心を支配し、慌てて私は周囲を見回す。常夜灯のおかげで、ほのかに明るいここは自分の部屋。海の上でなければ、真っ赤な大空も広がっていない。周囲に、今は亡き仲間の艤装も散らばってなければ、視線の先に、あの忌まわしいノムラの歪んた笑顔もない。

 

「……ちくしょう……」

 

 ここが自分の部屋だという確信を持った途端、涙が流れそうになるほどの安堵が私の身体を包み込んだ。身体の震えが徐々に収まり、豆球に照らされた周囲の様子がくっきりと見えてくる。

 

「寝なきゃ……あたいも明日は遠征任務があるのに……」

 

 やっと落ち着きを取り戻し、心に平静が戻ってきた。再び布団に潜り込み、目を閉じて睡眠を取ることにする。心地よい眠気が私の全身を包み込み始め、意識が夢の世界に入り込もうとした、その次の瞬間。

 

『……涼風ちゃん』

 

 閉じたはずの瞼に浮かび上がる、かつて私をかばって沈んでいった、仲間たちの笑顔。姉妹もいた。先輩もいた。でも、彼女たちは皆、私をかばい、私の盾となって、沈んでいった。

 

「ヒッ……!?」

 

 再び目が無理矢理に開かれた。閉じた瞼の奥に刻まれてしまった、仲間たちの最期の笑顔は、落ち着きつつあった私の心に、再び懺悔と恐怖をもたらすには充分だった。

 

 彼女たちの笑顔とともに聞こえてくる、彼女たちの最期の言葉。耳から離れてくれないその叫びと、ノムラ提督が吐き続けた呪いの言葉は、眠ろうとする私の意識を何度も何度も覚醒させる。

 

「みんな……みんなぁ……ごめんよぉ……」

 

 目を閉じるたびに、かつての仲間の笑顔を思い出す。この晩、私は中々眠ることが出来なかった。私は布団に潜り、外界と自分の間に壁を作る。恐怖と悲しみで震える身体を縮込ませ、ギュッと目を閉じた。

 

 だが一切の音と光を遮断してなお、かつての仲間たちの最期は、私の耳に響き、目に届いた。

 

『ずっと一緒にいようなぁ……涼風ぇえええええ』

 

 そして、私に対してノムラ提督が繰り返し言い続けていた、忌まわしい呪いの言葉は、今も私の全身にねっとりと絡みつき、私を執拗に愛で続けているのだということを、私は自覚した。 

 


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