俺の涼風 ぼくと涼風   作:おかぴ1129

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12. 久しぶりの外出(1)

「呼び出しって何だろうな?」

 

 私と摩耶姉ちゃんは、一緒にてくてくと執務室までの道順をたどっていった。廊下の窓から差し込むお日様の光は、まさに冬の温かいお日様とでもいうべき晴天の暖かさ。今歩いてなかったら、私はこの心地よさで、珍しく眠気に襲われていたかもしれない。

 

「さぁなー。さっぱりわかんねー」

 

 私の隣で同じくてくてくと歩く摩耶姉ちゃんも、私たちが提督に呼び出しを受けた理由は皆目見当もつかないらしい。二人で頭の上にでっかいはてなマークを浮かべたまま、私と摩耶姉ちゃんは執務室へとてくてく歩く。

 

 お昼ごはんを食べてすぐのことだった。私は今日は摩耶姉ちゃんと間宮に行く約束をしていたのだが……昼食後に一度自分の部屋に戻ったとき、館内放送が鎮守府全域に鳴り響いた。

 

――涼風と摩耶は大至急、執務室にきてくれ

 

 とりたてて慌てた様子はなかったから、火急の用事というわけでもなさそうだが……それにしても突然の呼び出し、一体何なんだろう。途中で合流した摩耶姉ちゃんとともに、私は執務室へと急ぐことにする。

 

 執務室の扉の前に到着する。

 

「あ、涼風」

「おっ。ゆきおー」

 

 扉の前には、いつもと同じく白い室内着と、クリーム色のカーディガンを羽織ったゆきおが、ドアノブに手をかけているところだった。どうやら、私たちと共にゆきおも呼び出しをくらったらしい。

 

「でも館内放送じゃゆきおの名前、言ってなかったけど?」

「内線。最近ぼくの部屋に引いたんだよ」

 

 あの生活感のないゆきおの部屋にも、少しずつものが増えてきたということか。内線なんて昨日までなかったはずだけど。

 

「おうおう雪緒ー。最近、あたしの妹分と、随分と仲がいいるぁすぃいじゃねーかぁ」

 

 まさにゆきおがドアを開けようとしたその瞬間、摩耶姉ちゃんがゆきおの肩を後ろからガシッと抱いて、こんな感じでふた昔ほど前のヤンキーよろしく、巻舌でゆきおにからみはじめた。その途端、ドアノブにかけられていたゆきおの右手が、ドアノブから離れた。

 

「うぇひっ……へへ……」

 

 そんな摩耶姉ちゃんのからみなんか放っておけばいいのに、ゆきおはゆきおで、ほっぺた赤くして、苦笑いを浮かべて鼻の頭をポリポリとかき、ねっとりと絡みつく視線を向ける摩耶姉ちゃんから、顔をそむけている。適当にさばいておけばいいのに……

 

「なー涼風ー」

「ん? 摩耶姉ちゃんなんだよー?」

「顔、にやけてんぞ?」

 

 言われて慌てて口を抑えた。私の無意識は、『ゆきおと仲がいい』という指摘がよほどうれしかったらしい。それこそ、私自身が気づかないうちに、口角を持ち上げてしまうぐらい。……ニヤ。

 

「い、いいから早く執務室入ろうぜ!!」

 

 照れ隠しに、ゆきおの代わりにドアノブに手をかけ、勢い良くひねる。ノックを忘れてしまったが、それはまぁいい。私はそのままの勢いで、執務室のドアを勢い良く開いた。

 

「バカやめろッ!!」

 

 途端に室内から響く提督の悲鳴。私もドアを開いたその瞬間に思い出したが、事態は、思い出した時にはもう遅い。

 

「あ……」

 

 私のパワーで勢いよく開かれてしまったドアは、あっさりと白旗を上げてしまったようだ。『バキン』と音を立てて蝶番が外れ、壁からドアが外れてしまった。

 

「提督……ニシシ……ごめん」

「このアホ……」

 

 開いた……いや、壊れたドアの向こう側にいる、机の前の提督は、私と、外れたドアの惨劇を見て、いつかのように頭を抱え、頭上にモジャモジャ線を描いていた。申し訳ないとも思ったが、あとで提督が直すだろうし、まぁいいか。

 

 外れてしまったドアを壁にたてかけ、私と摩耶姉ちゃん、そしてゆきおは提督の机の前に並ぶ。自分が思っていた以上に、入り口が開きっぱなしというのは気になる。外の冷たい空気が入ってきて寒いし。

 

「んで、提督。あたいたちを呼んだ理由は?」

 

 ドアの話もそこそこに、私は早速主題に入る。一枚の紙を机の引き出しから取り出し、それを私達に見せた。

 

「ん? これ、見てもいいのか?」

「いいよ」

 

 渡された書類に目を通す。右隣のゆきおも『僕も……』といい、私が持っている書類を覗き込んだ。消毒液の香りがフッとただよい、なぜだか胸がドキンとするが、そこは悟られないように……

 

「涼風。ニヤニヤ」

「んー? 摩耶姉ちゃん? どうかしたか?」

「なんでもねーよ。ニヤニヤ」

 

 私は今この瞬間ほど、摩耶姉ちゃんのことを張り倒したいと思ったことはなかった。

 

 提督から渡された書類は、外出許可証だった。これは、私たちが鎮守府の外に出る用事があるときに、提督から発行してもらう書類だ。何か外に出る用事……例えば市街地に買い物に行く時なんかに、事前に提督に申請して、この書類をもらう必要がある。

 

 でも、私は外出許可申請なんか申請した覚えはない。それに……

 

「……僕の名前もある」

「だな」

 

 申請者の名前の項目には、私の名前だけでなく、ゆきおの名前『北条雪緒』もあった。

 

「父さん、これ……」

「ああ。実はだな。お前と涼風に、ちょっと市街地まで買い物に行ってきて欲しいんだよ」

「買い物?」

「ああ」

 

 提督は頭に被った帽子を脱ぎ、大げさに自分の髪の毛を前からなでつけた。その様子は、妙な威厳というか……必要以上な厳かさが感じられる。

 

 なんだか無駄に威圧感を発揮している提督いわく……提督は、酒保に常備されてない、ある品物を購入してきて欲しいらしい。それも、私とゆきおの二人に。

 

「それだったら、あたい一人でも行ってくるぜ? なんでゆきおも一緒に?」

 

 当然の疑問が頭を駆け巡る。ただの買い物なら、わざわざ二人で行かなくても、私一人でもいける。それなのに、わざわざゆきおをパートナーに、二人で買い出しする理由は何だ?

 

 私の問いかけを受け、提督が机の上に頬杖をついて、さらに威厳を漂わせ始めた。私がこの鎮守府に来てからこっち、ここまで威厳を漂わせた提督を見るのは初めてだ。目も真剣で、そこには何か決意のようなものが……まさか、私とゆきおの二人に、何か重大な任務でも任されるというのではあるまいな……

 

「実はな涼風。俺が今回お前たちに買い出しを頼みたいものは、雪緒でなければ買えないものだ」

「へ?」

 

 突然の告白……。ゆきおもまったくの予想外だったらしく、突然の衝撃の事実に口をあんぐりと開いている。今回手に入れるものは、ゆきおでなければ買えないもの……つまり、この任務の主役はゆきおで、私はその護衛といえる。

 

「と、とうさん……」

「ん?」

「ぼ、ぼくでしか買えないもの……って?」

 

 額から冷や汗を垂らすゆきおが、恐る恐る提督を伺う。提督はしばしの間、鋭く、そして真剣な眼差しで私たちのことを見つめ続けた。私とゆきおの間に緊張が走る。

 

「実はな……」

「う、うん……ゴクリ……」

「お、おう……ゴクリ……」

 

 気のせいか……提督も冷や汗を垂らし始めた。口に出すことすらためらわれるほどの重大任務なのか。摩耶姉ちゃんは……涙目であくびしてた。

 

 緊張を含んだ沈黙が執務室を支配する。そうして数十秒後、ついに提督が、その重い口を開いた。提督の口から聞かされた衝撃の事実。それは……

 

「俺のパンツを買ってきて欲しいんだよ」

 

 私はこの時、これからも執務室のドアを遠慮無く破壊しようと、心に決めた。

 

「なんだよていとくー! そんなん自分で買いに行けよーなんであたいらに頼むんだよ!!」

「いや、だって俺、今日はここから動けないし」

「だからってあたいに買いに行かせるのかよー!! あたいだってこう見えて女だぞー!」

「だから雪緒と一緒にだな……」

「いや、でもさー……」

 

 と、ここまで言われて、フと気付く。外出許可証には、私とゆきおの二人の名前だけだ。ということは……。

 

「!?」

 

 右隣のゆきおを見る。顔を真っ赤っかにして、恥ずかしそうにうつむいて、両手の人差し指を付きあわせてもじもじしている。その様子は、華奢で細っこい身体も相まって、なんだか私より、よっぽど女の子っぽい。

 

「なぁ、提督?」

「ん?」

 

 念の為……念の為、もう一度確認しなければ……。

 

「あのさ。その買い出しって、あたいと……」

「お前と雪緒の二人で行ってもらおうと思ってる」

「えーと……」

 

 自分の顔が熱くなってきた。改めてゆきおを見ると、やっぱり恥ずかしそうに俯いていた。……と思ったら、恐る恐る顔を上げ、私の方をすがるような眼差しで見つめ始めた。これは……

 

「で、デート……みたいな、もの……かな?」

 

 口を尖らせたゆきおが、ぽそりとそう言った。私の顔がボンっと音を立て、一気に真っ赤っかに染まる。顔が熱い。自分の顔に血が集まってるのが、自分でも良く分かる。

 

 一方のゆきおも同じく、さらに真っ赤っかになった顔を私からぷいっと背け、そっぽを向いた。やめてゆきお……そんな反応されたら、ますます恥ずかしい……。

 

「……あー、オホン」

 

 大げさでわざとらしい、提督の咳払いが執務室に鳴り響いた。

 

「あー……まぁ、そういうわけでよろしく頼む。金はあとで雪緒に渡す。寄り道してきていいから」

「う、うん……」

「わ、分かった……」

「遊んでくるのは構わんけど、パンツだけは忘れないようにしてくれ」

「お、おう……」

「……父さん、いつものでいい?」

「おう。いい感じのトランクスを頼むぞ雪緒」

「うん」

 

 真剣な眼差しの提督の口から、『パンツ』という単語が出てきたことに対する違和感は、ここでは何の意味も持たなかった。

 

「……んじゃ涼風」

「お、おう」

「僕は準備があるから、一旦解散で……いいかな」

「う、うん……」

「んじゃ、10分後に、僕の宿舎の前の桜の木に集合で……」

「わ、わかった……」

 

 それよりも、目の前にいる、顔が真っ赤っかになってるゆきおと、二人で市街地に行くという前代未聞の事態で、私は頭が一杯になっていた。

 

「ニッシッシ……まぁがんばって任務達成してきな。二人っきりでな」

 

 左隣の摩耶姉ちゃんは、ニッタニタのいやらしい笑顔を私に向けていたが、言い返す余裕もない。なんせ私とゆきおは今、ゆだった頭のてっぺんから、湯気を出すのに精一杯だったから。

 

 

 

 その後『お前には別のことを頼みたい』と提督から言われていた摩耶姉ちゃんを執務室に残し、私とゆきおは自分の部屋に戻った。

 

「何……着て行こう……」

 

 部屋に戻って、改めて事態の重大さに気付く。いつの日か、ゆきおと市街地で遊べたらと考えたことはあったけど、まさかそれが今日になるなんて……心の準備がまったくできてない……自分の部屋のクローゼットを開ける。自分が持ってる服の中で、カワイイ物なんて一つもない。

 

「うう……どうしよう……」

 

 困った……背格好が似てる五月雨に、何かカワイイ服を貸してもらおうかと思ったが、五月雨は今遠征中だったことを思い出した。

 

 鏡の前で、目の下にクマができてないかどうか確認してみる。昨日の夜はちゃんと眠れたから、クマはできてないようだ。だけど。

 

「……あ、お化粧……」

 

 急いで榛名姉ちゃんに『これからデートにいくから、お化粧教えて』て聞きに行こうと思ったけれど、よく考えたら今、榛名姉ちゃんは出撃中だ。困った……これじゃすっぴんでデートに行かなきゃいけなくなる……せっかくゆきおとデートなのに……

 

 悩みに悩んだ末、以前に摩耶姉ちゃんから『サイズ間違えたからお前にやるよ』と強引に押し付けられた紺色のダボダボパーカーを着て、下は黒のデニムパンツにした。裾を折れば水色のストライプが見えて、ちょっとはかわいくなるはずだ。パーカーは前のジッパーを開けて羽織って……インナーは……うう……白のTシャツしかない……こんなことなら……榛名姉ちゃんと仲直りした時に、おしゃれのことももっと色々聞いておけばよかった……。

 

 なんだかいまいち自信が持てないまま、ゆきおと待ち合わせの場所の、桜の木の下に到着した。もっと早く知っていれば、もっと色々と準備が出来たのに……提督も意地が悪い……。

 

 そうしてどんよりした気分のまま、待つこと数分。

 

「お待たせー」

 

 いつもの、優しくて耳障りのいい柔らかい声とともに、ブラウンのダッフルコートを着たゆきおが、宿舎の入り口からとことこ歩いてやってきた。

 

「待った?」

「ん、いや! あたいも今来たとこ!」

「そっか」

 

 ゆきおの全身を見る。ダッフルコートは前が閉じられているのでインナーはよく見えないけれど、どうやらクリーム色のニットを着ているようだ。いつもクリーム色のカーディガンを羽織ってるせいか、よく似合ってる。パンツは私と同じく紺色のデニムパンツで、白のスニーカーを履いていた。

 

 ……なんか、よく似合ってる。

 

「……ゆきおー」

「んー?」

「似合ってんな」

 

 言ってしまった……ポロッと……。言われた当の本人ゆきおは、とたんに顔を真っ赤にして戸惑いながら『ありがと……』といい、恥ずかしそうに俯いている。その仕草は、何も知らない人が見たら、女の子と間違えても可笑しくない。

 

「え、えと……涼風も」

「へ?」

「スポーティーで、元気な涼風に……よく似合ってると、思うよ?」

「あ、ありがと……」

 

 これは仕返しだろうか。ゆきおはゆきおで、私の私服を真っ赤な顔でたどたどしく褒めてくれた。こういう切り返しは卑怯だ。やめて欲しい。顔を真っ赤っかにして言われたら、こっちも恥ずかしくなってしまう。

 

 それに。

 

「……へへ」

「? どうかした?」

「へあっ!?」

「へあ?」

「な、なんでもねーよっ!」

 

 妙に心が弾んで、顔がニヤニヤしちゃうから。

 

「よしっ。んじゃいこっか」

「おーう。行こうぜゆきおー」

 

 こうして、私とゆきおの、初めての……デートが、始まった。ちなみに少々残念だったけど、さすがに手を繋ぎはしなかった。ちくしょう。

 

 ……ちょっと待って。なんでちくしょう?

 

 鎮守府の正門に行くまでの間、ゆきおの部屋がある宿舎が、最近少しずつ内装が変わってきていることが気になった。実際にその宿舎に住んでいるゆきおに聞いたら、何か分かるだろうか。今、まっすぐ前を見て、てくてくと歩いているゆきおに、少し聞いてみることにした。

 

「なーゆきおー」

「んー?」

「ゆきおの宿舎さ。最近物が増えたり内装が変わったりしてるけどさ」

「うん。けふっ……」

「あれって、どんな建物になる予定か、ゆきお知ってっか?」

 

 私はとても軽い気持ちでゆきおに質問してみたのだが……

 

「……涼風」

「ん?」

 

 私が質問した途端、ゆきおは深刻な眼差しで私を見た。そして、その深刻な眼差しのまま、周囲をキョロキョロと警戒している。木陰やベンチの下……私たちの死角になっている部分に注意を向け、まるで周囲に人がいないかどうかを確認しているみたいだ。

 

「ゆきお?」

「……よし。誰もいない……」

 

 私も周囲を軽く見回すが、人影はないようだ。安心したらしいゆきおは意を決したらしく、さっきの真剣な表情を私に向け、驚愕の事実を私に告げた。

 

「僕の宿舎はね。実は、男の艦娘たちの調整施設なんだ」

 

 ……んん? 調整施設?

 

 思わず吹き出してしまいそうなほどに真剣な表情で語ってくれるゆきおの弁によると……あの建物、実は男の艦娘たちの宿舎兼体調や艤装などの調整を行う施設なんだそうで。

 

 以前に私があの宿舎の中ですれ違った、薄ピンク色の白衣を着た女の人は、看護師さんで間違いないそうだ。あの人たちが、いずれ増えるであろう、ゆきおたち男の艦娘たちの体調管理を任された人たちらしい。

 

「でもさーゆきおー」

「ん?」

 

 ゆきおの話を聞いていて疑問に思ったのだが、私たち艦娘には、そんな調整施設などない。確かに怪我を治すための入渠施設はあるが、せいぜいそれぐらいだ。艤装の整備と調整だって、別に特別な設備が必要なわけではない。

 

 それなのに、ゆきおは『男の艦娘には調整施設が必要』だと言っている。なんだか妙な話だと思うんだけど……

 

 そんな疑問をゆきおにぶつけてみたところ、ゆきおはふぅっとため息をつき、首を横に振っていた。なんだか私の質問に呆れてるような……? 私は、そんなにアホなことを言ったのだろうか……?

 

「涼風……僕達男の艦娘は、今までにない、新しい存在なんだ」

「だなぁ」

「そんな新しい存在である僕達は、まだまだ分からない事が多い、謎の存在なんだよ」

「へぇ」

「だから僕達には、どんなことでも万全の体勢で臨んでくれる、調整施設が必要なんだ……!!」

「ふーん……」

 

 新しい存在の一体どこに調整施設な必要なのか、私にはさっぱり分からない。正直なところ、『私たち女も男も艦娘は変わらないんじゃないの?』と身も蓋もないことを思わないわけではないのだが……。

 

「まぁ、ゆきおが必要って言ってんだから必要なんだよな」

「そうさ。僕達男の艦娘は、新しい存在だからね!」

 

 そう言って目をキラキラと輝かせて、鼻の穴を広げてそこから水蒸気を吹き出してるゆきおを見てると、そんなことはどうでも良くなってきた。ゆきおが元気。それでいいじゃないか。大切な友達のゆきおがそう言うんだ。きっとそうなんだろう。

 

 

 

 ゆきおとともに正門をくぐり、私たちは市街地へと向かう。正門前にはバス停があり、そこからバスに乗れば、市街地まではそう遠くない道のりだ。乗客の乗ってないバスの最後尾の席に二人で座り、私たちは市街地までの道を辿る。

 

「……」

「……ゆきお?」

「……」

 

 バスに揺られてる最中、ゆきおは、ほっぺたを少し赤く染め、まっすぐに窓の外を見ていた。

 

「……」

 

 私は、ゆきおのその眼差しに覚えがあった。

 

――すごい! こんなの初めて見た!!

 

 あの、みんなに内緒で、二人ではじめて沖に出たあの日のゆきおと、よく似た眼差しだ。あの時はゆきおは大騒ぎしていた。それに比べると、今日のゆきおはずっと静かだ。だけど。

 

「……」

 

 今、顔を窓の外に向け、後ろに向かってびゅんびゅんと流れる景色を、食い入るようにじっと眺めている、ほっぺたが赤いゆきおの目は、あの日の眼差しと、まったく同じだった。

 

 そんなゆきおの横顔を見ていると、なぜか胸が締め付けられた。自分でも理由はよく分からない。だけど、そのキレイな瞳に、窓の外の景色を映しているはずのゆきおの横顔は、抱きしめて支えて、守らなければならないような、そんな気持ちを抱いた。

 

「ん?」

「……」

 

 ゆきおが不思議そうにうつむき、自分の左手を見た。私は、知らず知らずの内に、ゆきおの左手を握っていた。

 

「どうしたの?」

「……へへ」

 

 ゆきおの当然の質問に、私はただ、微笑むことしか出来なかった。

 

 顔を上げ、しばらく私を不思議そうに見つめたゆきおは、優しく微笑んだ後、自分の左手を握る私の右手を、同じくギュッと握り返してくれた。

 

「……へへ」

「暖かいね。へへ……」

 

 ひとしきり見つめ合った後、ゆきおは再び窓の外の景色を眺めはじめた。もう少し、そのキレイな瞳を見つめていたかったけど……あんなに食い入るように景色を眺めるゆきおを、邪魔なんてしたくない。私は市街地に到着するまで、そのままゆきおの横顔を見つめ続けた。

 

 


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