俺の涼風 ぼくと涼風   作:おかぴ1129

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23. 涼風。……と、ぼく。

 眩しい朝の日差しがカーテンから差し込み、その眩しさで、私は目が覚めた。カーテンの隙間から差し込まれたお日様の輝きは、私の部屋の中を、きれいな山吹色に輝かせていた。

 

「ふぁー……んー……ッ!」

 

 ベッドから起き上がり、軽い伸びをする。睡眠が若干足りなかったのか、私の瞼はまだ少々重い。

 

「……おはよっ」

 

 誰に対して言ったわけでもない、朝の挨拶を口ずさむ。強いて言えば、この場では見えない……でも確実に隣にその姿を感じる、もう一人の私に対しての挨拶。

 

 眠い目をこすりながら、歯を磨き、顔を洗う。鏡の前であっかんべーをして、自分の目の下にクマがないかどうかを確認する。大丈夫なようだ。今日も無理してお化粧する必要はないだろう。教えてくれた榛名姉ちゃんには悪いけど、やっぱり私は、お化粧なんて柄じゃない。

 

 ドアがガンガンとノックされた。ついでドアの向こうから聞こえるのは、摩耶姉ちゃんの威勢のいい大声。

 

「おはよー涼風!!」

 

 いつものように鼓膜にビリビリと届く大声にプレッシャーを感じつつも。私は背後のドアを振り向いた。摩耶姉ちゃんははいつものように元気いっぱいな顔でニシシと笑い、ドカドカと部屋に入ってきて、私の頭をくしゃりとなでた。

 

「おはよー摩耶ねーちゃん!」

「おはよ! 今日も元気だな!!」

「うん!」

「行こうぜ! 鳳翔さんの朝ごはん、食えなくなっちまう!」

「うん! ……あ、ちょっと待って。あたい、まだ着替えてないッ!」

「んじゃさっさと着替えな。あたしは外で待ってるよ」

 

 摩耶姉ちゃんが部屋を出て行ったのを確認し、私は寝巻きをぽいっと脱ぎ捨てて、改白露型の制服を身に纏った。ハイソックスを履き、身支度を整え、そしてカーディガンを羽織って姿見の前に立つ。

 

「うしっ!」

 

 自然と感嘆詞が口をついて出た。クリーム色のカーディガンは今日も温かい。

 

「おーい涼風ー?」

 

 カーディガンの温かさに感激していたら、ドアの外で待っている摩耶姉ちゃんの呼びかけが聞こえた。摩耶姉ちゃんは、今日も朝からおなかぺこぺこなようだ。

 

「まだかー? あたし、腹がぺこぺこなんだよー」

「いまいくー!!」

 

 摩耶姉ちゃんに促され、私は摩耶姉ちゃんの待つ廊下へと出た。ドアを閉じ、カギをかけ、二人で食堂へと向かう。

 

「そういやさ。涼風」

「ん?」

「お前、今第一艦隊の旗艦やってるだろ?」

「うん」

 

 そう。あの後、私は主力の第一艦隊の旗艦を任されていた。戦うことが出来るのなら、ぜひやってくれと提督に言われ、私もその要望を飲んだ。ノムラもいなくなったし、今の私には、心強い味方もいる。

 

「それでさ。今度大規模作戦があるだろ?」

「うん。連合艦隊を組むって聞いた」

「その連合艦隊の旗艦、お前らしいぞ」

 

 摩耶姉ちゃんが鼻息を荒くしながら、どこで仕入れたのかわからない機密情報を私に教えてくれる。情報源は青葉さん辺りだろうか。得意げに左手の人差し指を立て、それを小刻みに揺らしながら話す摩耶姉ちゃんと、私は食堂へと急いだ。

 

 食堂に到着する。すでに多くの艦娘のみんなが朝ごはんに舌鼓を打っていて、食堂内は騒がしい。がやがやとうるさい食堂内をかき分け、私と摩耶姉ちゃんは鳳翔さんから朝ごはんが乗ったお盆を受け取り、そして空いてる窓際のテーブルへと足を運んだ。

 

「おはようございます!!」

 

 朝日が差し込んで眩しいテーブルに腰掛けると、すでに朝ごはんを食べ終わったらしい榛名姉ちゃんが、急須と湯呑みを片手にテーブルに遊びにやってきた。以前は顔を見るたびに睨まれ、辛辣な言葉を浴びせられたが、今では榛名姉ちゃんは、会う度に、パアッと花開いたかのような、満面の笑顔を私に見せてくれるようになった。

 

「榛名姉ちゃんおはよー!!!」

「はい! 摩耶さんも!!」

「おーう榛名ー。おはよーさーん」

「はい! ご一緒していいですか?」

「いいけど、あたいら、これからだぜ?」

「いいですよ? 榛名はもう食べ終わりましたし」

 

 頭の上に八分音符を浮かべ、榛名姉ちゃんは上機嫌で私たちと自分の湯呑に熱いお茶を注いでくれる。コポコポと注がれたお茶の色は、とても綺麗な薄緑。朝ごはんの香りに混じって、お茶のいい香りが漂ってきた。

 

 笑顔の榛名姉ちゃんに見守られながら、摩耶姉ちゃんと私は息を揃えて『いただきます!』と宣言し、美味しいお味噌汁に口をつけ、ご飯を頬張り、ハムエッグの目玉焼きに箸をつけた。私はいつものように、目玉焼きには塩コショウ。一緒に焼かれたハムを箸で器用に巻いて、それで黄身を突き崩し、ハムを浸して、その妙味を堪能する。

 

「んー……幸せだー……」

 

 ……フと気付く。摩耶姉ちゃんが、目玉焼きにとんかつソースをかけている。

 

「ま、摩耶姉ちゃん……」

「あン?」

 

 そして、とんかつソースをかけた目玉焼きを、そのままご飯の上に乗せ、目玉焼きをご飯の上で細かく刻み、そして、黄身と白身とご飯を同時にがばっと箸で取って口に運んでいた。

 

「そ、それ……うまいの?」

「うまいもクソも、普通こうやって食うだろ?」

 

 首を綺麗に上に伸ばし、摩耶姉ちゃんがきょとんした顔で私を見た。そういえば、摩耶姉ちゃんが目玉焼きを食べてるところははじめて見た気がするけれど……

 

 榛名姉ちゃんの顔をちらっと見る。私と同じく、榛名姉ちゃんも冷や汗をかいて苦笑いを浮かべているようだ。『タハハ』と言いながら、顔が若干青ざめているのは、私の気のせいではないはずだ。

 

「つーかさ、涼風。お前、随分とケッタイな食い方してるな」

「ぇえ!? 目玉焼きって言ったら塩コショウだろー!? んで、黄身を突き崩してそこにベーコンとかハムとか突っ込んで楽しむもんだろー!?」

「ちげーよ!! 目玉焼きってのはなぁ!! とんかつソースをたっぷりかけて、ご飯の上でぐちゃぐちゃにして食べるのが普通だっつーの!!」

「ちーがーうー!!」

「ちーがーわーなーいー!!」

 

 塩コショウ派の私ととんかつソース派の摩耶姉ちゃんとの間に、果てしなくしょぼい戦いがはじまった。互いに立ち上がり、歯をギリギリと噛み締め、互いに拳を握りしめての、一歩も退かない、しょぼい戦い。

 

 そばで見てる榛名姉ちゃんは、冷や汗をだらだらと流して周囲の様子を探りながら、私たちを制止しようと必死だ。椅子に座って私と摩耶姉ちゃんのぷんすか顔を、おたおたしながら見比べている様子が、なんだか面白い。

 

「あ、あの……」

「「おい榛名(姉ちゃん)!!」」

「は、はい!?」

「「姉ちゃんは(お前は)どっちが正しいと思う!?」」

「え、えーと……」

「「……」」

「は、ハハ……」

 

 私達に言い寄られる榛名姉ちゃんは、途端に顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに口をとんがらせて俯いた。時々顔を上げ、なにか言いたげにむにむにと口を動かした後、思い直したようにハッとして、またうつむく。榛名姉ちゃん、目玉焼きになんかとんでもないものでもかけて食べてるのだろうか……。

 

 私と摩耶姉ちゃんが言い合いをし、榛名姉ちゃんがその仲裁に苦心していると、突然『カンカンカン』という、金属が叩かれた甲高い音が鳴り響いた。

 

「みんな!! おはよう!!!」

 

 音が鳴り、声がした方を向く。私たちの提督が、真っ白い上下の制服に身を包み、今日も笑顔で立っていた。おたまとフライパンを持って、私達の注意を引くべく奮闘するその姿には、息子を失った悲しみは、もう感じられない。

 

 提督は、ゆきおの告別式のあとも、この鎮守府に戻った。ゆきおが無くなった時、誰もが『もう提督をやめるのでは……』と危惧していたのだが……

 

――やめるわけがない

  雪緒は、自分の事は自分で最後までやるヤツだった

  その親父の俺が、途中で提督を投げ出すはずがない

 

 そういって、初七日が過ぎた頃にはもう、執務室で書類整理に勤しんでいた。当初は時々気分が落ち込む日もあったようだったが、今ではすっかり立ち直り、元気に過ごしている。

 

 その提督が、今日も私たちの予定を発表していく。私と摩耶姉ちゃんの第一艦隊は、南の方にある敵勢力圏内への攻撃。第二艦隊と第三艦隊は資材確保のための遠征任務で……

 

「第四艦隊はいつもの通りオリョールだっ!!!」

「んがぁぁあああああ!!?」

「ま、また過重労働でちっ!?」

「人の血が通ってないのねッ!?」

「キャッキャッ」

 

 いつものごとく、潜水艦のみんなのテーブルからは阿鼻叫喚が響き渡り、食堂内は笑いに包まれた。提督はとても優しい人だけど、潜水艦のみんなにだけは、妙に手厳しいのはなぜだろう?

 

「それじゃ、今日もよろしく頼む! 朝飯を食ったら、各自任務についてくれ!!!」

 

 再び提督が、カンカンカンとフライパンとお玉を鳴らし、食堂内に喧騒が戻った。がやがやと騒がしい食堂内で、提督が自分の朝ごはんを鳳翔さんから受け取っているのが見える。その途端、『提督、こちらへ!!!』『わ、私達のテーブルにきてもいいのよ!?』『ヘーイていとくー!! ワタシの隣が空いてマース(お姉様ッ!?)』と方々から熱烈ラブコールを受け、提督は苦笑いを浮かべていた。

 

 潜水艦のみんなの悲鳴にひとしきり笑った後、私は摩耶姉ちゃんのお茶碗をしげしげと見つめた。

 

「……なー、摩耶姉ちゃん」

「あン?」

 

 摩耶姉ちゃんのお茶碗は、炊きたてご飯の上に、とんかつソースがたっぷりかかり、黄身と白身がまぜこぜにされた目玉焼きが乗っかっている。

 

――とんかつソースをたっぷりまぶした目玉焼きを、

  ご飯に乗せて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べるのが普通なのっ!

 

 なんだか懐かしいセリフを思い出した。

 

「それさ、うまいのか?」

「当たり前だろー? 正直言って、これ以外の食い方は邪道だと思うねこの摩耶さまはッ!」

「だったらさ! あたいもやってみる!!」

「おう。やってみろやってみろー!」

 

 私は自分の目玉焼きを見た。幸いなことに、私の目玉焼きはまだ白身も黄身も充分残ってる。私はその目玉焼きにとんかつソースをかけ、自分のご飯に乗せた。

 

「そこからなぁ。黄身と白身をぐちゃぐちゃにしろ」

「あいよー!!」

 

 榛名姉ちゃんが笑顔で私を見守り、そして摩耶姉ちゃんの厳しくも優しい指導を経て、私の艦娘人生初の、目玉焼きとんかつソースご飯乗せが完成した。ほかほかご飯の上に乗ったとんかつソースの目玉焼きは、周囲にとんかつソースのいい匂いを撒き散らし、私のお腹にダイレクトなダメージを与えてきた。

 

「んじゃ、いただきまーす!」

「食え食え〜」

 

 黄身と白身をぐちゃぐちゃにかき混ぜたお茶碗の中は、正直なところ綺麗だとはいえない。だけど……

 

「……ん! おいしい!!」

「だろー? やっぱ目玉焼きにはとんかつソースだよな〜?」

「あたいは塩コショウ派だけど……でもこれもうまい!!」

 

 これが意外と美味しい。とんかつソースの甘酸っぱさと、香辛料のピリピリ感が、いい感じにご飯と目玉焼きに合う。ソースが染みたご飯と、目玉焼きを一緒に食べる。黄身のトロトロ感と白身のプリプリ感、そしてご飯とソースのコンビネーションが抜群だ。

 

「んー……幸せだー……」

「どーだ涼風ー。この摩耶さまに感謝するんだな! なんせ、あたしが教えた食べ方でそんなに幸せな気分にひたれるんだからなっ」

 

 私がもっちもちのほっぺたで目玉焼きご飯を堪能していたら、摩耶姉ちゃんが腰に手を当て、胸を張って偉そうに、私を見下ろしていた。『ヘヘンっ』と、ちょっと鼻にかかったようにほくそ笑む。でも、私は別に感謝するつもりはない。

 

「てやんでい。あたいはな。やったことないだけで、元からこの食べ方を知ってたんだよっ」

「そうなのか?」

「前にゆきおが、同じ食べ方してるって言ってた」

 

 摩耶姉ちゃんがあんぐりと口を開いた。榛名姉ちゃんは興味深そうに『へぇ〜』と言いながらお茶を注ぎ、お漬物をパリパリと言わせてる。私が前に聞いた時もそうだったが、ゆきおイコールとんかつソースという組み合わせは、やはり意外だったようだ。不思議とゆきおって、塩コショウって感じに見えるんだよね。

 

「あいつがか!?」

「うん」

「あんなに細っこかったのに!?」

「うん。しかも摩耶姉ちゃんと同じ食べ方」

「マジか……あの、細っこくて優しい感じの雪緒が……」

 

 なんだか、私だけが知っていた驚愕の事実だったみたいだ。誰もゆきおのとんかつソースを知らなかったってのが、驚きつつも鼻高々だ。さすが、私と二人で一人。

 

 ゆきおが大好きだった、とんかつソースをかけた目玉焼きご飯の残りを口に運び、そして頬張る。

 

「んー……幸せだー……」

「……おい涼風」

「んー? なんだよ摩耶姉ちゃん……あたいは今、幸せに浸ってて忙しいんだ……んー……」

「……ホント、雪緒くんそっくりですね……」

 

 私が目玉焼きご飯を堪能するその姿を見た、摩耶姉ちゃんと榛名姉ちゃんの反応がこれだ。私はよほど、ゆきおに似ているらしい。

 

 まぁそれも仕方ない。ゆきおは、私の中に生きている。だって、私とゆきおは、二人で一人なんだから。

 

 

 

 朝食が終わり、姉ちゃんズと一旦別れた。自分の部屋で時計を確認すると、出撃までまだあと30分ほど時間がある。私は、軍病院の前まで、少し足を伸ばしてみることにした。

 

 ゆきおがいた宿舎……軍病院は、あのあと正式に医療機関として活動を始めた。軍関係者はもちろん、近隣の一般の人たちも診察してくれる、軍と民間を繋ぐ医療機関として活動していくらしい。今日も軍病院は、たくさんの患者さんで溢れかえっているようだ。

 

 私は桜の木の下のベンチに腰掛け、その様子をのんびりと眺める。

 

 一際強い風が吹き、桜の木の少ない葉っぱがサラサラと音を立てて揺れた。風はとても冷たいが、カーディガンのおかげで、私は全く寒くない。むしろ、さっきの大騒ぎした朝ごはんやあたたかいカーディガンで温まった身体には、心地良い冷たさの風だ。ほっぺたをなでる風の冷たさが心地いい。

 

 かつてゆきおの部屋だった病室の窓が、全開で開いているのが見えた。カーテンがパタパタとはためき、室内を通る風がとても気持ちよさそうだ。

 

「……」

 

 私は立ち上がり、その窓を見た。

 

「……ゆきお?」

 

 いるはずない。それは分かってる。だけど。

 

「……」

 

 ゆきおの部屋の窓を眺める。そんなことありえないって分かってるけど……そんな頭とは裏腹に、あの部屋の窓を見る私の心は、そこにゆきおの姿を求めているのが分かった。

 

 窓から、クリーム色の袖が伸びたのが見えた。

 

「!?」

 

 立ち上がり、窓を見つめる。ひょっとしたらという、ありえない可能性を期待してしまう自分がいる。

 

「……ゆき……」

 

 窓から伸びた手が、その全身を見せた。そこにいたのは、ゆきおとは似ても似つかない、クリーム色のパーカーを来た、身体がぷるぷると震えているおじいちゃんだった。

 

「……ったりめーだろ……いるわけないだろ……」

 

 当たり前の事実。ゆきおは、あの部屋にはもういない。

 

「……ッ」

 

 私の目に、少しずつ涙が溜まってきた。分かってたのに。あそこにゆきおはいないって分かってたのに。勝手に期待して、勝手に落ち込んで……

 

 桜の木がサラサラと揺れ、冷たい風が私の身体に吹きすさんだ。

 

「……?」

 

 でも、身体は全然冷たくない。ゆきおのカーディガンが、私を冷たい風から守ってくれているみたいだ。

 

 指輪をつけている薬指がむずっとした。左手を空に掲げる。私の左手の薬指にはめられた二連の指輪が、お日様の光を受けて、キラキラと輝いていた。

 

「……だよな! あたいとゆきおは、二人で一人だもんな!!」

 

 消毒薬の匂いが、フッと漂った。ゆきおの匂いが、私の胸を包み込む。この香りは、ゆきおの言葉。見ることも話すことも出来ないけれど、声は香りを通して聞くことが出来る。

 

 消毒薬の香りが教えてくれた。『ぼくはここにいる』

 

「おーい! 涼風ー!!」

 

 摩耶姉ちゃんが、入渠施設のそばから、両手でメガホンを作って、私に向かって大声を張り上げていた。慌てて時計を見る。すでに出撃10分前だ。

 

「そろそろ時間だぞー!!」

「はーい! 今行くー!!!」

 

 摩耶姉ちゃんに返事を返し、私はもう一度、ゆきおの病室を見た。心地よい風がカーテンをパタパタとなびかせ、窓のそばのおじいちゃんが、清々しい顔で海の景色を楽しんでいた。

 

 あの病室は、もうゆきおの部屋じゃない。ゆきおは、あの部屋にはいない。

 

 だってゆきおは、私の隣にいるから。私とゆきおは、二人で一人だから。

 

 『よっし!』と声を上げ、私は摩耶姉ちゃんの元にかけていった。摩耶姉ちゃんはいつも通り、ニコニコ笑顔で私を出迎える。

 

「よっし、行こうぜ」

「うんっ」

 

 ドックに向かう途中、今日は榛名姉ちゃんも第一艦隊に編入されるということを摩耶姉ちゃんが教えてくれた。どうも今日の海域はいつもよりも敵の戦力が高いらしい。そのためこちらの戦力強化の意味で、この鎮守府で最強の名を欲しいままにする、榛名姉ちゃんも編入されることになったそうだ。

 

――俺の義理の娘を守ってやってくれ

 

 榛名姉ちゃんは提督にそうお願いされ、そして二つ返事で了承したらしい。久しぶりの、榛名姉ちゃんとの出撃。私と摩耶姉ちゃんと榛名姉ちゃん……みんなで出撃出来ることが、何と無しに嬉しかった。

 

 ドックに到着すると、私と摩耶姉ちゃん以外のみんなは、すでに出撃準備が整っていた。

 

「今日はよろしくお願いしますね」

 

 すでに水面にたち、いつでも出撃出来る状態の榛名姉ちゃんがそういい、微笑んでくれた。いつかのような、辛辣な言葉はない。私に対する優しさのみが、その言葉には込められている。

 

「おらっ。出撃すっぞー」

 

 摩耶姉ちゃんが両肩を回しながら、艤装の準備にとりかかった。榛名姉ちゃんから借り受けてた、あのダズル迷彩の主砲も似合ってたけど、やっぱり摩耶姉ちゃんは、今の、本来の艤装がよく似合う。

 

 私も自分の艤装をつけ、主機をはき、みんなの待つ水面に立つ。準備が整った。皆がいつでも出撃出来る状態になった。

 

 そして。

 

「……ゆきお」

 

 左の薬指が、むずっとした。きっと今、ゆきおが私の左手を握っている。

 

「行こうぜ」

 

 消毒薬の香りが、私の身体を包み込んだ。ゆきおは今、私と一緒にいる。私を守ってくれている。

 

――うん

 

 主機を作動させ、加速力をためる。私達の足元から背後に向かって水柱が立ち、私の背中に背負われた魚雷発射管をぱしゃぱしゃと濡らす。狙うのは、あの日のロケットスタート。あの日に私がゆきおを連れ出して、あの日にゆきおが決めてくれた、私たちの得意技。

 

「みんな! 行こうぜ!! 全速ぜんしーん……」

 

 艦隊のみんなの『了解ッ』という返事が聞こえた。それを合図に私は、溜めに溜めた加速を開放する。きっと付いてこられるのは……同じ改白露型で、私と二人で一人、名コンビな、一人だけ。

 

「よぉぉおおおそろぉぉぉおおおお!!!」

 

 『ドカン』という音と共に、猛烈な速度で前方に弾き飛ばされる私の身体。摩耶姉ちゃんも榛名姉ちゃんも他のみんなも、その場に取り残されていった。みんな大慌てで主機を作動させ、そして私に追いつこうと、必死に私を追いかけてくるのが見える。

 

 だけど私の予想通り、カーディガンからほのかに漂う消毒薬の香りだけは、私から剥がれることはなかった。

 

 終わり。

 


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