俺の涼風 ぼくと涼風   作:おかぴ1129

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4. 海に出たことのない艦娘(1)

 二人で紙飛行機を飛ばした日から私は、足繁くゆきおの部屋に通うようになった。ノースリーブでいるのがそろそろ肌寒くなってきた11月中旬の今日も、私は、ゆきおの部屋へと向かう。

 

「へへ……ゆきお、喜んでくれっかなー」

 

 今日はゆきおへの手土産がある。ゆきおの部屋に遊びに行くといったら、鳳翔さんがこっそりくれた、豆大福。以前食べた時は、たくさん入った豆の塩味がほんのり効いて、あんことお餅の甘さが口いっぱいに広がる、とても美味しいものだった。これならゆきおも喜んでくれるだろう。豆大福が入った紙袋を手に下げ、私はゆきおの部屋を目指す。

 

 いつものように階段を駆け上がり、三階のゆきおの部屋の前に来た。中からなんだか話し声がポソポソと聞こえる気がする。

 

『ここの生活はどうだ』

『楽しいよ。友達も出来た』

 

 一人はゆきお。いつものように、とても優しい、でもよく通る声だ。おかげで、ドアの向こう側にいる私の耳にも声が届く。もう一人は提督かな? そんなに性格が似てない感じがする二人だけど、声の感じはよく似ている。二人とも、静かだけど、よく通るキレイな声だ。

 

「おーい! ゆーきおー!!」

 

 そして私はいつものように、駆逐艦に相応しい、単装砲の砲撃のようなノックを響かせ、部屋の中の二人に聞こえるように、大声でゆきおに呼びかけた。

 

「はーい。涼風?」

「そうだー。ゆきお、今日も来たぞー」

「はーい。どうぞー」

 

 最近は、ゆきおも『だれですか?』と確認しなくなってきた。私の声だって分かってくれているようだ。私はゆきおの返事を受け、ドアを開く。

 

「よっ。涼風」

「や。涼風」

「おーう。ゆきおと提督ー」

 

 部屋にいたのは、思ったとおり、ゆきおと提督だ。ゆきおは今日も変わらずベッドの上に腰掛けていて、今日は淡いブルーの上下の部屋着を着ている。肩にはもちろん、いつものクリーム色のカーディガン。ベッドのそばにあるソファに座る提督は、いつもの純白の制服だ。帽子は頭にかぶらず、自分の膝の上においている。

 

「雪緒から聞いてる。お前、しょっちゅうここに来てるんだってな」

 

 なんだかいつもと違って、とっても柔らかい微笑みの提督がそう言う。提督はいつも朗らかで優しいけれど、ゆきおの部屋にいる提督が見せる表情は、いつもの朗らかな表情よりも、さらに優しく見えた。

 

 提督の問いかけには『うん』と適当に相槌をうち、私は提督の隣にボフッと腰掛ける。ここのソファは柔らかい。ある程度勢い良く座っても、柔らかいソファが沈み込み、こちらを優しく抱きとめてくれる。

 

「涼風、それは?」

 

 カーディガンを羽織ったゆきおが、私が持ってる紙袋を指差した。私の気のせいなのかもしれないが、ゆきおの鼻がひくひくと動いた気がした。ひょっとして、匂いで何かおやつを持ってきたことがバレたか?

 

「これか? 鳳翔さんからもらってきた! 豆大福だって!」

「へー。鳳翔の豆大福、おいしいもんな」

 

 早速紙袋を開けて、中の豆大福を二人に渡そうとした、その時。

 

「……」

 

 意外と、ゆきおが浮かない顔をしていることに気付いた。少しうつむき、上目遣いで自分の父親である提督の様子を伺っている。

 

「……父さん」

 

 どんよりとした浮かない表情のゆきおが、ぽそりとそうつぶやいた。なんだろうこの感じ……持ってきたらダメだったのかな……。

 

「いいぞ。鳳翔の豆大福なら大丈夫だろう」

 

 ゆきおの伺いに対する、提督の答えはOKだった。『やった!』の歓喜の声とともにゆきおの顔に生気が戻り、雪緒は途端に鼻の穴を広げ、フンフンと言いながら私に大福の催促をはじめる。

 

「すずかぜっ」

「お、おお?」

「早くっ。早く豆大福っ!!」

「あっ。こら待てゆきおっ!」

 

 私が持っている紙袋の中を覗き、必死に中をまさぐろうとして、私にまとわりついてくるゆきお。それを必死に制止しようとする私とゆきおとの、果てしなくしょぼい攻防戦が幕を開けた。

 

「こらゆきおっ! あたいが出すからっ!!」

「だったら早く僕によこすんだっ!!」

「落ち着け! 落ち着けって!!」

 

 是が非でも紙袋の中に手を入れたいゆきおと、それを阻止したい私との、子犬同士のようなじゃれつきがしばらく続いた。しかし、力が弱く身体も小さいゆきおが私に敵うはずもなく、ゆきおはすぐに息が上がりへばっていた。艦娘をなめるなっ。

 

「ゼハー……ゼハー……」

「やーいやーい。艦娘のあたいに勝つなんて10年早いんだよゆきおー!」

「だ、大福ぅうう……」

「甘いの大好きだもんな雪緒……」

 

 仕方ない……珍しく獣のような顔になりながら、口からヨダレを垂らしているゆきおが、段々不憫になってきた。隣で苦笑いしながら一部始終を見ている提督はとりあえず置いておいて……私は紙袋の中に手を突っ込み、中の豆大福を取り出した。

 

「ほい、ゆきお」

「うがー!!」

 

 今までに聞いたこと無いような咆哮を上げたゆきおは、私の手の平から大福を奪い去り、そしてぱくりと口に運ぶ。その途端ゆきおのほっぺたがこの大福のように柔らかくもちもちになり、まるでお風呂に入って油断しきってる摩耶姉ちゃんみたいな眼差しになった。もごもごと口を動かし、豆大福の美味しさを堪能するゆきおは、今まで見たどのゆきおよりも、ゆるんでだらしなく見えた。

 

「んー……おいし……幸せだ〜……」

 

 そんな雪緒を見ていたら、私も食べたくて仕方なくなってくる。私の全身が豆大福を欲し始めたので、私は紙袋の中に再び手を伸ばした。だが、中の豆大福は、あとひとつしかない。しまった……鳳翔さんには『ゆきおの部屋に行く』としか言わなかったから、二人分しかくれなかったのか……

 

「ていとくー」

「ん?」

「もうひとつあるけど、提督、食うか?」

 

 ちょっと残念ではあるが、ここは上官である提督に譲るべきだ。私は(本当は私が食べたいんだけど)紙袋からもうひとつの豆大福を取り出し、それを(仕方なく)提督に渡そうと、豆大福を持つ手を、提督に向けて伸ばした。

 

 だが提督は、そんな私に対し、手の平をこちらに向けて制止した。首を横に振って、私に対して、とっても柔らかい微笑みを向ける。それはまるで、先ほどゆきおに向けていたような、優しいものだった。

 

「いいよ。お前も食べたいだろ?」

「いいのか?」

「俺、甘いの苦手だしな」

 

 そこまで言ってくれるのなら、この豆大福は素直に私が食べることにしよう。手に取った豆大福をしげしげと眺め、これからこの豆大福が私の口の中にもたらしてくれる幸せを思い浮かべながら、私はおもむろにその豆大福を口に入れた。

 

「ぅぉぁああーん……はぐっ」

「んー……はぐっ……」

「もぐもぐ……んー……」

「もぐもぐ……んー……」

「「ごきゅっ……ほわぁー……幸せだー……」」

「ぶほっ」

 

 私とゆきおが、まったく同じ表情で、まったく同じ素振りを見せながら、まったく同じセリフを口走ってしまう。その様子を横で見ていた提督は勢い良く吹き笑いしていたが、そんなことは気にしない。

 

 もう一度口に運び、その幸せを口いっぱいで堪能する。つぶあんの甘みは私の心に幸せを届け、ほんのり感じる塩気がその幸せを何倍にもふくらませてくれる。

 

「ねー……もぐもぐ……涼風?」

「んー? どしたー? もぐもぐ……んー……」

「豆とあんこって、二つで一つだよね」

「だなぁ……んー……豆大福を知ったら、あんこだけじゃ物足りないよな」

「うん……んー……二人で一人だよね……」

「うん。まさにそんな感じ……んー……」

 

 二人してもっちもちのほっぺたをもにゅもにゅと動かし、そんな意味不明なことを口走ってしまう。その様子を見て苦笑いを浮かべていた提督は気にせず、私とゆきおはしばらくの間、あんこと赤えんどう豆の塩気が織りなす幸せの相乗効果に、しばらくの間夢中になった。

 

 その幸せの余韻の向こう側で、トントンという控えめのノック音が聞こえた。幸せのぬるま湯に浸りきっている私とゆきおに代わり、提督が『おーう。どうぞー』と返事をしていた。

 

「邪魔するぜー」

 

 ガチャリと開いたドアから入ってきたのは、摩耶姉ちゃんだ。摩耶姉ちゃんはつきたてのお餅のようにとろけきっている私とゆきおを見て、ブフッと吹き出していた。提督と同じく、幸せに浸りきっている私たちが可笑しいようだ。そんなことは全く気にしないけれど。

 

「おいおい涼風も来てたのかよー」

「なんだよ摩耶姉ちゃん……あたいは今……んー……幸せなんだ」

「ねーすずかぜー? んー……」

「なーゆきおー? んー……」

「お前ら……顔そっくりすぎんぞ……」

「まったくだ……まさか俺の息子と涼風が、こんなに似た表情をするとは……」

 

 私たちの幸せな姿を見ながら苦笑いを浮かべる二人は、しばらくして部屋を後にした。どうやら提督に用事が出来たらしく、摩耶姉ちゃんは大淀さんに頼まれて、提督をこの部屋まで呼びに来たらしい。去り際の摩耶姉ちゃんが、

 

「ごゆっくりー……ニヒンっ」

 

 と酷くいやらしいニタニタ笑顔を私に向けながら、ドアを閉じていた。最後の『ニヒンっ』という、摩耶姉ちゃん特有の、ちょっと鼻から抜けるような含み笑いは、私の耳にもしっかりと届いていた。摩耶姉ちゃんが私に何を伝えたかったのかはわからないけれど。

 

 提督と摩耶姉ちゃんがいなくなったあともしばらくの間幸せを堪能した私とゆきおは、いつものようにベッドの上に腰掛け、今日も話をすることにする。豆大福を食べた後だし、本当はお茶でも飲めればいいんだけど、ここにお茶はないし、私も持ってきてない。だから残念だけど、今日は我慢することにした。

 

 ここ数日で、ゆきおとは本当にいろいろな話をした。

 

「ゆきおってさ。なんでこの鎮守府にきたんだ?」

 

 例えばこれ。14歳といえば、人間でいえばまだ学校に通ってる年齢だったはず。それなのに、ゆきおはここに引っ越して以来、一度も学校に行った様子がない。いつもここで本を読んでいるか、そうでなければ、食堂でご飯を食べてるかのどちらかだ。時々提督と外出することはあるけれど、それだって学校に通ってるとは思えない。

 

 私がゆきおにこの疑問をぶつけた時、ゆきおは一瞬ハッとした表情を浮かべ、そして突然、鋭い眼差しで周囲の様子をキョロキョロと見回し始めた。まるで索敵中の空母の人たちのような真剣さだ。

 

「……ッ」

「……? ゆきお?」

「……ッ!」

「……どうした?」

 

 ひとしきりキョロキョロと周囲の様子を確認したあと、ゆきおは至極真面目な表情で私をジッと見つめた。

 

「……涼風」

「ん?」

「本当は秘密なんだけど、涼風にだけは、本当のことを言うよ」

「本当の……こと?」

 

 ゆきおの額に、一筋の汗が滴る。その眼差しはとても真剣で、まっすぐに、私のことを射抜いていた。

 

「……ゴクリ」

 

 ゆきおの真剣味に呑まれ、私の額にも冷や汗が浮かぶ。緊張で胸が次第にドクンドクンと波打ち始め、私は息が次第に激しくなってきた。

 

「涼風……実は、ぼくは……」

「う、うん……」

 

 私のことを信頼し、意を決したゆきおの口が語ったこと。それは、私の頭を混乱させる、驚愕の事実だった。

 

「ぼくは……実はぼくは……」

「お、おう……ゴクリ……」

「……僕は、男の艦娘なんだッ」

 

 率直に言うと……私ははじめ、ゆきおが言っていることが理解出来なかった。

 

「え……ごめんゆきお……男の……なんだって?」

「艦娘。……僕は、男の艦娘なんだ」

 

 その後、あまりに突拍子のない事実を突き付けられ頭の回転が完全にストップしている私に、ゆきおが至極真剣な表情ですべてを説明してくれた。

 

 話は、ゆきおがこの鎮守府に来る数カ月前に遡る。全身が気だるくなったゆきおは父さん……つまり提督に連れられ、軍の医療機関で精密検査を受けたらしい。血液検査や身体の細胞の検査、胃カメラとかその他諸々の検査を受けた結果、驚愕の事実がゆきおにつきつけられたそうだ。

 

 その運命の日、ゆきおは自分の家で栗まんじゅうを食べてくつろいでいたそうだ。のんびりと栗まんじゅうを味わって幸せを堪能していると、提督が血相を変えて帰宅。手には病院で見た覚えのある、薄水色の大きな封筒があった。

 

『雪緒!』

『検査の結果、出たの?』

『ああ。聞いて驚くなよ雪緒!』

『う、うん……ゴクリ』

『雪緒。お前はな……お前は、艦娘だ!!』

『バカなッ!? 男なのに艦娘!?』

『父さんもびっくりだ!! まさか自分の息子が艦娘だったとは……!!』

 

 その後、『男の艦娘なんて前代未聞だから、鎮守府で保護すべきだ』『世界初の男の艦娘適合者だなんて、最重要機密事項だ』と上から勅命を受けた提督が、自分の鎮守府にゆきおを引っ越しさせたとのことだ。

 

 この境遇に関しては、ゆきおは元々、将来は父さんと同じ仕事をしたかったため、いうほどショックは受けなかったらしい。元来身体が小さく弱かったのがコンプレックスだったこともあり、艦娘への適性があるということも、むしろうれしかったと語ってくれた。

 

 ただ、現在はまだゆきお専用の艤装を開発している段階で、すぐに艦娘として活躍出来るわけではないらしい。私たち既存の艦娘の艤装ではサイズ的な問題で不都合があるらしく(ゆきおには関係なさそうだけど……)、今はゆきおの身体検査を繰り返し、完全にゆきおにフィットする艤装を開発している段階なんだとか。

 

「だから僕はここにいるんだ」

「ふーん……」

 

 ゆきお自身も言っていたが、『男の艦娘』なんて存在、私は聞いたことがない。私自身は艦娘だから、言ってみればこの業界の最前線の存在だ。その私が知らない、聞いたことのない話なんて、あるのだろうか……?

 

 だが、私をまっすぐと見据え、真剣で、キラキラと輝いた眼差しを向けるゆきおに対し、その疑問を口にすることは出来なかった。友達の言葉を疑うなんて、悲しいことをしたくないという気持ちもあった。

 

「ところでゆきお、艦種は分かったのか?」

「分からない……でも、僕の体格と年齢で考えたら、多分駆逐艦……それか、大きくても軽巡洋艦か……その辺りだと思う」

「そっか。もし白露型だったら、あたいと姉弟になるな!」

「うん! その時はよろしく!」

 

 今、目の前でほっぺたを少しだけ赤くしながら、自分の艦種が何かを楽しそうに話すゆきおに対し、『そんな話は聞いたことがない』とは、私自身言いたくないし、言えなかった。私の友達のゆきおが言うんだ。きっと、男の艦娘は存在するんだ。そしてゆきおは、男の艦娘第一号として、いつの日か艤装をつけて、私と共に遠征に出る日が来るんだろう。

 

 私とゆきおがそうして会話を続けている時だった。窓の方から、シャーっという、カーテンが走る音が聞こえた。

 

「ん?」

「お?」

 

 私とゆきおがタイミングを揃えて、二人で窓の方を振り返る。空気の入れ替えのためだろうか。以前に私たちが紙飛行機を飛ばした窓は、全開に開けられている。その窓から、冷たくて少々強い風が吹き込んできていて、半開きになっていたカーテンが完全に開いていた。外のお日様の光に照らされたカーテンのレースが、真っ白よりクリーム色に近い色に輝いていた。

 

「あ……そろそろ窓閉めなきゃ」

 

 ゆきおが寒そうに両腕をさすり、立ち上がって窓に向かう。何やら北風に立ち向かう小さな旅人のように見えて、その後ろ姿がなんだかおかしく、そしてその小さな背中が、なんだかとても頼りなく見えた。私も立ち上がり、ゆきおの背中に手を当てて、この小さな友達を支えてあげることにする。

 

「ん?」

「へへ」

「ありがと。涼風の手、あったかいね」

 

 そのまま二人で、窓のそばまで歩み寄る。窓の取っ手に手をかけたゆきおは、そこから見える、キラキラと輝く大海原に目をやった。

 

「……」

「……?」

 

 そのままゆきおの手が止まる。海をジッと眺めるゆきおの目は、なんだか、水平線のはるか彼方をジッと見つめているような、そんな気がした。

 

「……ゆきお?」

 

 そんなゆきおの横顔が、なんだかとてもさみしそうで。でも、なんだか邪魔をしては行けないような気がして。

 

「……どうかしたか?」

 

 私はゆきおのカーディガンの袖を控えめにつまみ、小さな声で問いかける。しばらく海を眺めたゆきおは、私の声にやっと反応し、私に振り向いて、ちょっと悲しそうな、泣きそうな笑顔を浮かべていた。

 

「……僕ね。海に出たことないんだ」

「え……」

「おかしいよね。艦娘なのにね」

 

 眉をハの字型にして、そう苦笑いながら、ゆきおは窓を閉じていた。その途端、この部屋から潮風の香りが途切れ、ゆきおの身体から、ほんのりと消毒薬の香りが漂い始めた。

 

 実際、ゆきおぐらいの年齢で海に出たことがないのは、別におかしいことではないと思う。内陸に住んでいたら海に出る機会なんてないだろうし。こうして海のそばに住んでいたとしても、ゆきおのように周囲から隠れて生活しているのなら、海に出たことないとしても、おかしなことではないだろう。

 

 でも、なぜだろう。窓を閉じて踵を返し、自身のベッドに戻っていくゆきおの背中が、私にはとてもさみしそうに見えたのは。

 

「艦娘になる前に、一度は海に出てみたいんだけど……」

「ゆきお……」

「でも仕方ないか。僕はここに隠れてなきゃいけないから」

 

 なぜだろう。今ベッドに腰掛けた私の友達が……私の、とても細っこくて小さな、大切な友達の背中が、いつもよりも小さく、そして悲しく見えるのは。

 

「……」

 

 私の足が、勝手に動いた。どすどすと足音を響かせ、大股で元気よく、そして足早にゆきおの元に移動した私は、次の瞬間、ゆきおの右手首を、カーディガン越しに力強く、握っていた。

 

「?」

「ゆきおっ」

「ん?」

 

 私は、『どうしたの?』とこちらに語りかけるゆきおの眼差しをまっすぐに、目をそらさずに見つめ、そして口走った。

 

「これから海に出ようぜ!!」

 

 ゆきおの目が、点になった。

 

「え……?」

「だから!! これから一緒に、海に出ようぜ!!」

 

 未だ目を白黒させている友達の手を引っ張り、私は強引にゆきおを立たせる。

 

「ぉおっ?」

「ほいっ」

 

 突然のことで、立ち上がったゆきおは勢いを殺せず、私に身体を預けてきた。そのゆきおの身体をはっしと受け止めた私の顔とゆきおの顔が、とても近づいた。

 

「つ、連れて行ってくれるの? ほんとに?」

「おうっ!」

「でも……船なんて、運転……」

 

 ゆきおは呆気にとられているのか、ポカンとした表情で私の顔を見つめてる。ゆきおの身体から、消毒液の香りがほんのりと私の鼻に届いた。友達の匂いが、私の心にさらに火をつけた。

 

「てやんでぃっ! ゆきお、あたいを誰だと思ってんだ!!」

 

 私は胸を張り、右手の親指を自分に向け、今、目の前にいる友達に、私が何者であるのかを、ここぞとばかりに誇った。

 

「お前の先輩! 改白露型の駆逐艦だぜっ!!」

 

 この瞬間、私をポカンと見つめていたゆきおの眼差しが、お日様のように輝き始めた。

 

 私はゆきおの手首から手を離し、振り返って窓に駆け寄ると、改めて外の天気を確認した。今日は快晴。風は少々冷たいが、海を見れば分かるように、日差しは強くてぽかぽかと暖かい。波も穏やか。今なら何の問題もなくいける。再びゆきおの元に戻り、ゆきおの両肩を掴んで正対した。

 

「行こうぜ! ゆきお!!」

 

 うつむき、悩む素振りを見せたゆきお。でもやがて右手をギュッと握りしめ、山吹色に輝く眼差しで私を見つめ返し、そして力強く頷いた。

 

「……うんっ!」

 

 


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