そして、その集会場の1階部分には…
「……」
「……」
豪華な椅子に座り相対する、長髪の男と黒髪の青年。
長髪の男は肘掛けに頬杖をつき深い笑みを刻んでいる。長い髪は蠢くように波打ち、肩にかかっている。
黒髪の青年は刀を椅子の脇に立てかけ、膝に肘を起き、こちらは唇をきつく結んでいた。
そして、その2人を囲むように密集した無数の人影が見えた。
部屋はランタンに照らされ、薄暗く影が映し出される。しかし、周りの人物達の仔細な顔の様子は見れない。
「…貴方をここに呼んだ理由は、他でもありません。」
長髪の男が、その静寂を破る。
そして、率直に話題を切り出した。
「私の仲間になりませんか、桐宮修也?」
「…また随分と、予想外なお誘いだな。」
修也は相対する人物…フランスの伝説的英雄であるジル・ド・レからの誘いに薄く笑う。
それに合わせるかのようにジルも笑みを薄くする。
「おや、予想の範疇だったのでは?私とて軍人の端くれ。我が軍の精鋭達を2人で蹴散らした者達…勧誘しない手はないと思いますが…?」
「悪いねえ。こちとら前線復帰したのは最近なもんで…色々鈍っちゃってんだよ…」
ギシッ…
チャキッ…
「…なあ、これはそっち側からの《交渉》と見てもいいんだよな?」
首元を、横目で見ながら修也はジルに問う。それに、ジルは満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんですとも。だからこそ貴方をここまでお呼びして、茶も出した次第です。」
その気持ち悪いぐらいに良い笑顔を確認して、修也は目の前の卓上のティーカップを取り1口中の液体を含んだ。
チャキッ…
「…」
それと同時に、鳴り響く金属音。
「…こりゃあ頼まれてる奴の扱いじゃねえと思うんだが?」
修也は苦笑混じりのため息をついた。
先程から、首元に突きつけられている鈍い輝きの物体。蝋燭の光を反射し、修也の顔を軽く照らしている。
その《剣》がおよそ7本。修也の首周りおよそ180度をおおっていた。
「せっかくの来客にこのような無粋な対応。是非大目に見てもらえないでしょうか。我々とて国家を相手取っている立場。無駄な手間は省きたいのです。」
ジルが少し手を動かすと、剣はそれぞれ少しずつ首元から離れるが、尚も修也の首元に突きつけられたままだ。
『…なるほどね。』
それは、明らかに明確な《脅迫》であった。既に修也がフランス王家からの刺客(そんな大層なものでもないが)であることはおそらく周知。
ならばと、王家…フランス国家の戦力を少しでも落とそうとしているのだ。そして、同時に情報の漏えいを防ぐための《逃げる素振りで見せたら殺す》という明確な敵意と脅迫。
「…伝説の英雄サマってえのは随分と臆病なんだな。たかだか情報が少し漏れたぐらいじゃ大した変化はねえだろうに。」
修也の言葉にジルは不気味に笑う。
「いえ、私は自分の怠慢で計算が狂うことが嫌いなだけですよ。どうせやるなら徹底的に、完璧に進めていくものでしょう?それに、最近は一般兵共の張った結界で他の街に行くのですら命をかける必要もある次第なので、凄まじく迷惑しているのです。」
「なるほどね…こりゃ手こずるわけだ。」
修也の頭の中には様々な謎が存在していた。その中の一つに、ただのテロリスト相手に世界最高クラスの戦闘力を誇るフランス軍が、攻めあぐねている理由があった。…だが、それも先程の会話ですぐに理解した。
おそらく、ジルによる部隊の徹底管理や正確な作戦行動で翻弄され続けているのだ。
「…おい、あんた。自分のしてる事分かってんのか?」
修也は剣を突きつけている男性の一人に質問を投げかける。しかし…
「黙れ。大人しく座っていろ。」
帰ってきたのは、カンペにでも書かれているかのような簡素なものだった。彼の目には、光というものが存在していない。無論、他の6人も一緒。この様子なら周りにいる者達もだろう。
「なるほど、もう既に洗脳済みってわけか。」
「フフフフフッ、人聞きの悪いことを言わないでください。彼らには《協力》して貰っているだけですよ。ただ少しばかり記憶を書き換えただけです。」
「…そういうのを《洗脳》って言うんだけどなー…」
そう苦笑しながらも、修也は横目で周りを見渡した。無数の人影は、壁装飾を見せないほど密集していた。
『…黙認出来るだけで千はくだらない。しかもこの街一帯が全部こいつの洗脳下に置かれてるとしたら数千は軽く超えるな…』
修也は首元に突きつけられた剣に不快感を覚えながら、体を少し前に倒した。手を組んでジルに問う。
「ところでさ、英霊の中にはかつて仕えた者達が付き添って現界するやつもいるってのを聞いたことがあんだよね。…あんたはいんの?」
明らかな情報を抜き出す質問。これは答えないだろうなと、修也は鷹を括っていたが…
「ええ、もちろん居ますよ。かつて《百年戦争》で私と戦場を共に走った兵が。」
特になんの躊躇いもなく、ジルはそう言い放つ。
「…へえ、案外あっさりと教えてくれるんだな。」
先程の言っていた言葉とは真反対の言動に多少の驚きはあるものの、態度は変えず更にそう問うた。
それにジルはくつくつと笑う。
「正直人数がバレることなどは別にどうでもいいのです。私が徹底的にと言ったのは作戦であって人数、構成が明るみに出ることはそこまで重要ではありません。ただの一般兵が、霊の兵に勝てるわけないんですから。」
「…」
その言葉は、確実に核心を捉えていた。ただの一般兵が、霊の兵に対抗出来る手段など、ほとんどない。あるとすればそれも、霊使者の力を借りてようやくなせるものだ。
そう考えれば、一般兵の出来ることなど限られてくる。しかし…
「まあでも、このフランスには霊術の英才教育を受けた一般兵もそこそこ居るぜ?そいつら相手だとあんたらもかなり苦戦しそうだけど?」
「英才教育と言っても、所詮は付け焼き刃。この世界に現界することで得た我々の力の足元にも及びませんよ。」
「…」
こいつには何を言っても届かない。
そう、修也は思う。
自分の考えることこそが至高、唯一信じられるものだと考えている、エリート街道を走ってきた者の典型的な考え方だ。
しかも、戦争が続いていた時代のフランスに生きた、貴族クラスの英雄であるからこそ、交渉術にも長けている。非常に手強い相手であった。
だが、俺は思う。
「…フッ…」
だからこそ、やりやすいと。
「そーだよなー。俺も王家から命令されて動いてるけど、正直このままだと勝ち目ねえなーと思いながら動いてんだよねー。なーんか数年前の資料持ち出して、英霊サマ探し出せって言ってくるしさー。人使いの荒いこったありゃしねえ。」
俺は両手を挙げて首を振る。まあこの動作の意味がこの英霊に分かるかどうかは分からんが…
「それに…」
…俺は最後の言葉を口にした。
「英霊なんて、居るかどうかも分かんねえのにさ。」
俺は出された茶を飲み干す。
…さて、これで餌は撒き終えた。あとはこいつが釣れるかどうかを待つだけだが…
『…釣れるか?』
俺は、唇を大きく歪ませた。
『…なるほど、
そんなことを考えながら、ジルは内心ほくそ笑む。
この桐宮修也という青年。明らかに国家勝利のために情報を抜きだそうとしている事が見え見えだ。まずは私の技量を確かめるために辺りの者達の状態を確認。次に大まかな戦力を分析しようとしている。
王家のことを悪くは言ってるものの、交渉術が荒くてわかりやすい。
『ま、ここは乗っても大した被害は出ない。むしろ相手側が我々の戦力を知り、震え上がることでしょう。』
そう考え、ジルは背もたれに体重を預けた。
「居ますよ。英霊。」
ジルの言葉に、修也の耳がピクリと動く。驚きを隠しているつもりだろうが、筋肉の動きで驚きの度合いは分かりきっていた。
『…彼を引入れるには、もう一押し要りそうですね。』
「もう1つ深く言いますと、私と共に戦場を駆け抜けたお方。あの聖女・ジャンヌが現界なさっています。それも、凄まじい霊力を宿して、ね。」
これには、修也もそこまで驚いた様子はなかった。正直、一体誰が現界したかは、どうでもよかったのだろう。
「そうか…なら、頑張って探し出さないとな…」
大事なのは、ここだろう。
一体、今その英霊がどうなっているか。それを彼は聞き出したかったのだ。
『…これも、特に隠す必要もないでしょう。』
ジルは、勝ちを確信して大いに唇を歪めた。
「…そのジャンヌすらも、今は私の手中にあるのですよ?」
「…!?」
これには、流石の修也も驚きを隠せなかったのか、目を見開き上体を少し浮かした。その様子を見て、ジルは愉快気に笑う。
「そう取り乱さないでください。部下の剣が刺さってしまいますよ。」
そこで、修也は改めて自身に突きつけられている剣を認識したのか、横目で見ながらゆっくりと椅子に座る。
「分かりましたか?今や我々と国軍との戦力差は決定的なものとなっているのですよ。」
ジルの言葉の後に、修也の顔が焦燥に染まり始める。
『これだけの戦力差を突きつけられたら、当然の反応ですかね。』
「さあ、そろそろお決めになられては?実力差をふまえて我々の仲間になるか。このまま国家に服従して我々に踏み潰されるか。」
ジルは彼に究極の二択を突きつける。
『私の誘いを断り、この場で死すか…。答えは考えるまでもないでしょう。』
ジルは勝ちを確信し、自然と笑みが零れていた。
「なるほどなー…」
修也は呆れたように笑う。
「確かに、こりゃ致命的だな。」
ただでさえ開きまくってる戦力に?英霊2人が追加?それで勝て?冗談キツイぜ。
「しかも今の俺の状況なら剣を少しでも動かせば死ぬ。断る理由が見つからないよな。」
修也はやれやれと、ため息をついた。
「そうでしょう。貴方の言っている正しい。」
ジルは満足気に頷き、椅子から立ち上がる。そして、修也に手を差し伸べた。
「私と共に来なさい。桐宮修也、貴方の戦闘力が入れば、私の陣営は難攻不落となる。もし私に協力してくれるなら手に入れた利益の数割を貴方に贈呈しましょう。悪い条件ではないでしょう?」
ジルの、最終勧告。
この手を取れと。取らなければ殺すと。その目が、体からのオーラが告げている。
その笑みは明らかな邪悪を漏らし、それを実行することを確信させる。
「…そうだな。」
修也は、ゆっくりと立ち上がる。椅子に立て掛けてあった刀を手に取った。
そして、右手をジルに差し出す。
「おや、よろしいので?」
「俺も鈍っているとはいえ、馬鹿じゃない。ここでの最適解を弾き出すぐらいは簡単に出来るさ。」
「フフフフフッ、それはそうですね。貴方にこの話を持ちかけて、正解でした。」
「ああ。…ちなみに、ちょっとしたお願いなんだが、俺が仲間になったら聖女・ジャンヌに会わせてくれないか?ファンなんだ。」
「ええ、構いませんよ。」
その会話の後、2人は笑う。
そうして、2人はゆっくりと握手を交わす。確かに、力を込めて握り合う。それは、強固な契約が成立したことを意味した…。
「フー…フー…フー…ッ」
ここは、住宅街の外れにある小屋の中。存在する光と言えば、木造故に隙間から差し込む月光のみ。
そんな中少女は手足を鎖で繋ぎとめられていた。足を動かす度にジャラジャラと音を立てて鎖が地面を擦る。
「くっ…こんなものに…!」
彼女の目は、見えていない。布で塞がれているからだ。通常の力なら、容易くちぎれる鎖に、手こずっていた。
彼女がこの小屋に軟禁され始めてから、およそ半年が既に過ぎていた。ジルに捕まり、弱体化の効果を持つ結界を、小屋に張られているからである。
今のこの街は、ジルの洗脳にかかっているせいでほとんど人の通りがない。故に、小屋の中に少女が軟禁されているという状況に気付かない。気付いたとしても、別に何もせずに通り過ぎるだけだろう。
『…このまま…では…!』
途切れそうな意識を何とか繋ぎとめながら、少女は体を動かし、鎖を外そうと試みる。その度に先程のような鎖が地面を擦る音が響く。
「なんだなんだ。」
「はぁ…また暴れてんのか。」
その音に反応したのか、扉を開けてがっちりとした体躯の2人の男が小屋の中に入ってくる。
そして、どこか慣れた手つきで、片方の男は少女の背中側に回り込んだ。
「…ま、また…あなた達…自分が、何を…しているのか…アガッ…!」
少女の言葉を聞く気もないのか、躊躇なく背後の男は少女の口を強引に開ける。目の前の男は何やら手に持った白い粉の入った袋を彼女の口に近づけていく。
「…や、やめッ…!」
少女の願望混じりの声にも、男の手は情けなど感じぬほど同じ速度で彼女の口元に近づいていく。
『また…私は…何も…』
少女は、きつく目を閉じた。
……………………
……………
…あれ?
少女はその間に違和感を覚える。
いつも舌に感じる不快なザラザラとした感触も、鼻を抜ける異臭も感じない。
『…何が…』
少女はゆっくりと目を開ける。
…それと、目の前にいた男が倒れたのは、まったくの同時だった。
「お、おい!何が…!?」
後ろにいた男は少女から手を離して、倒れた男に駆け寄る。
「………」
少女には、その2人のことなどどうでもよかった。彼女が目を向けているのは、彼らの向こう。ドアの向こうの道に佇む、1匹の獣だった。
どこか、猫を連想させる体躯に、不釣り合いに大きな2つの耳。目は赤く、背中としっぽからは炎が輝いている。
『まさか…この子が?』
少女は驚きを隠せない。
しかし、その目は立ち上がる男を捉えた。どうやら、扉の向こうにいる猫を認識したようだ。
「炎が出てる猫…?霊使者とかいう奴らの使い魔か?…お前がしたかどうかは分からんが、見られたなら生かしてはやれねえな。」
男はそう言って、剣を振り上げる。
「駄目…!」
少女は声を出す。しかし男には届かない。男の剣は、獣の四肢を真っ二つに切り裂いた…
「うおっ……!?」
…直前に、獣から噴出された炎が男の顔を直撃した。その炎は、どこか黄色っぽい色に変化していた。
「クソッ!何を…し…た…」
…ドサリッ
「ナー。」
「………」
…少女は、ついていけない。今、目の前で起きた事実に。
彼女の軟禁場所であるこの小屋の門番はかなりの実力者が務めていた。どちらもジルが現界する時に連れてきた、霊の兵だ。
ただの人間ならば、まず相手にならない。
一人前の霊使者ですら相手は怪しいのだ。
だと言うのに、この猫(狐?)はそれを一瞬で無効化した。それも2人。
「…いったい…」
少女は、そう呟く。
しかし、そんな彼女を置いて、事態はさらに進行する。
猫狐は何気なしに小屋の中に入ると…
「ナー。」
ピシュシュシュシュッ!
ズババババンッ!
ジャラジャラッ…
繰り出した炎の斬撃で少女をこの場に繋ぎ止めている鎖を断ち切った。
「あうっ……」
少女は力なく、手を体の前でぶら下げ力尽きたかのように
精神的疲労に肉体的疲労。体を結果的にではあるが支えていた鎖が無くなり、彼女は自分自身の身体を支えきれていない。
それだけ、襲いかかる疲労は凄まじかった。
しかし…
「ナー。」
スリスリスリスリ…
「……」
まるで、自分が癒すと言わんばかりに猫狐は少女に体を擦り寄せる。そんな、どこか暖かみを覚える行動に…
「…フフッ…」
少女の口元にも、笑顔が浮かんだ。
ビービービービービービーッ!!
ガシャンッ!
それも、一瞬で終わる。
凄まじい警告音が小屋に響き、唯一の出入口が封鎖される。おそらく、許可のないものが立ち入った時にだけ発動する、
「ジル…どこまで用意周到な…!」
その言葉と共に、天井に黒い刃が形成される。おそらく、少女ごと猫狐を切り捨てる気なのだろう。
『ここは、私の多重結界を…!』
すぐに印を刻もうとするが、今の彼女には霊力が全くと言っていいほどないことに気付く。
…そこで、反応が遅れた。
「しまっ…!!」
数本の刃が1人と1匹に襲いかかる。
少女は今度こそ死を覚悟した…
「ナーー!!」
ボボォゥッ!
そんな、今までない気合と共に猫狐は自身の炎であるものを作り出す。自身と少女の周りを包んだ、簡易の防護壁。
ますます、この使い魔の便利性に驚く少女。
だが、この守りもいつまでも続くわけではない。それとは対照的に、断続的に続く刃の雨。
猫狐…いや、炎狐は辛抱強く、主人の到着を待つ。
…グシャリッ。
「…は?」
瞬間、そんな声がジルの口から零れる。
それも当然だろう。目の前の青年と握手を交わしたと思った右腕が…
いきなり、握り潰されたのだから。
「ぐッ…グアアアアアァァァァ!」
地面に転がり、慌てて治癒の霊術をかけるジル。それを、修也は冷たい目で見下していた。
彼の腕には、赤く光る薄い線が走っている。
「きッ、貴様ッ…何を…!」
それに、修也は答えない。先程と同じ、冷ややかな目でジルを見下す。
手を治療し終えたジルは、ゆっくりと立ち上がる。
「…私が配慮したのは、私の軍の戦力だけではない。貴方がこのまま国軍に残り、先の我々との戦いで死すことをも避けようと勧誘したのです。その誘いを、このような…」
「は?俺のことを考えて、死ぬことを避けるために勧誘した?冗談キツイぜ。」
修也は笑う。
「それなら、
「…!?」
修也の指摘に、ジルはすぐさま掌を隠した。
「その呪印…かつてヨーロッパにいたという錬金術師達が、無術者達を自由に操るために開発したっていう代物だな。かつて、大勢の子供を殺して黒錬金術を研究してたお前なら、そこにたどり着いてもおかしくない。」
「馬鹿な…何故気づいた!」
ジルはこれまでにないほどの声を張り上げる。
「これは…この術は、数百年前を生きた古の錬金術師達が発明し、既にこの世からは失われた呪印…!私も
「別に。ただ、そういうのに詳しい奴がいてな。聞いたのさ。」
「な…!?」
秘策を見抜かれ、声を荒らげるジル。それに修也は何も無いように飄々と答える。
…彼の従霊。かつての吸血鬼の王にして、数千年を生きる彼女には知らぬことなどほとんどない。それは例え、今の世界にない、葬られた事実でさえも。
「……殺れ!!」
ジルの一声。
それだけで、今まで後ろに待機していた7人が修也に剣を向け動き出す。
それはジル自身も同じ。腰に刺していた一振りの剣。サーベルと呼ばれるそれを、すぐさま抜刀。目の前の青年に斬りかかった。
修也と7人との距離は少し離れているにしても、ジルとの距離はほぼゼロ距離。避けることなど不可能だ。
もし避けられたとしても、後ろからは7つの刃が迫っている。串刺しは必至。
『
彼は剣が目の前の青年の体を貫くことを確信する。自身の勝ちを、信じて疑わなかった。
ヒュンッ
ガキイイイィィィィ……ン…
「なっ…!?」
直後、修也の刀がジルの剣を真っ向から受け止める。
巻き起こる旋風。軋む窓と壁。強大なエネルギーの衝突を物語っていた。
修也は、避けるそぶりを見せなかった。ただ落ち着いて、ジルの剣の迎撃に徹している。おそらく、部下7人の剣など恐るるに足らない。先程見せた強化霊術で耐えきれると踏んでいるのだろう。
だが…
『馬鹿め!そんなもの、私が対策していないとでも思っているのか!?』
彼は、剣士である前に、卓越した霊術師である。それ故に知識は潤沢であり、持ちうる道具にも工夫がなされている。
今、幹部の7人が手にしている剣もそのひとつ。
元はただの剣だったものに、無属性霊術に含まれる《吸収》に属する呪印を刻んでいる。
これにより、斬りつけた相手の霊術に使われている霊力を吸い上げ、効果を強制解除するのだ。
つまり、体の強化霊術など意味はなく、斬りつけられたら最後。重症を負うこととなる。
『終わりですよ、小僧!』
ジルは獰猛に笑う。あとは、修也の背後から剣が突き立てられるのを待つだけなのだから。
『さあ、死の絶望を感じた時、この青年はどのような感情を浮かべ、私を満たしてくれるのでしょう…』
ジルは、幻の断末魔さえ幻聴した。
………………
………
しかし、いつまで経ってもその時は訪れない。鳴り響くのは接触する剣と刀の金属音のみ。
「おい!何を…!」
「している」。その言葉は、口にされなかった。ジル自身、何故幹部達が動かなかったのか理解したからだ。
聖旗軍が裏切ったことも視野に入れていたが、そもそも、今の聖旗軍の者達はジルの洗脳にかかっているため彼の命令に逆らうことは無い。
あるとすれば、それは何かの外的要因で命令実行が不可能になった時だけ。ジルの先程の命令は《剣で刺し殺せ》。
「…!?」
何度、驚けばいいのだろう。
…彼らの剣には、刀身と言えるものが存在していなかった。あるのは鍔と柄のみ。
…見れば、床には大小の鋼の塵の山が築かれていた。
「悪ぃな。」
修也の声に、ジルは彼に目を向ける。そして、修也はゆっくりと顔を上げた。
「あいつらの剣、どーも
修也は笑みを浮かべる。
「全部、叩き斬っちまった♡」
その笑みは、先程のジルと同様の獰猛な笑み。そして、あることに気づく。
「そ、その眼は…!」
先程まで赤く光っていた彼の眼。それは
そして、左眼に渦巻く凄まじい量の霊力。
「貴様、どうやって…!?」
「剣を叩き斬ったことか?簡単だよ。アンタの剣を受ける前に
そう言うと、修也はジルの剣を押し込む。それだけで、ジルは悪寒を感じて後ろに飛び退った。
『…有り得ん。』
ジルは考える。
修也の言うことをそのまま受け取ると、つまり彼はジルの刀を受けるほんのコンマ数秒の間に剣を斬りつけたという。
鋼を塵にしたことはあの眼…《魔眼》の効果と考えるにしても、斬りつける速度は完全にその者の技量に左右される。
『桁違いの速度を生み出す筋力、すぐに状況を理解する判断力、それを流れるように1部の動作としてこなす技術、そして魔眼に流すだけ余裕のある霊力量…』
全てが超一流。ジルが今まで相手にしてきた霊使者とは、訳が違う。
若いながらも、完全な格上。
そんな中、修也は剣を振り払うと鞘に押し込んだ。もう戦う意思はないと言わんばかりの行動にジルは硬直する。そして、修也はその理由を語る。
「もうここにいる必要はなくなったんで、そろそろお暇させて貰うぜ。」
「…貴方の目的はジャンヌをその手中に収めることではないのですか?まだ目的は達せられていないでしょう?」
「んー…そうでも無いよ。別に目的はそれだけじゃないけど…」
修也は、不敵な笑みを浮かべた。
「
その言葉の真意を、修也は語らない。ゆっくりと後ろに振り向き、扉へと向かう。
直後…
ビービービービービービーッ!
「…!?」
ジルの頭に鳴り響く警報音。それは、彼が仕掛けておいた霊力装置。《あの場所》に侵入者が入り込んだ時に備えた警報装置。
「まさか…」
ジルは、なおも歩く修也を見る。
最優先事項。その言葉に特に意味は無い。ただ、その通りなのだ。彼の目的である…
「…!!」
無音の跳躍。ジルは力を加えて足を踏み抜く。
砕かれる石材。その手は剣を持ったまま振り上げられている。そして、その剣先は修也の体に振り落とされ…
ズンッ!!
「…!?!?」
ビシッ!!
ジルの浮いていた体が地面に叩きつけられる。しかし、上からなにか落ちてきたわけでも、修也が霊術を使った訳でもない。
そして、周りを見ると他の聖旗軍のメンバーも同じ状況に陥っていた。
そこで、ジルの脳内にある霊術名が思い浮かぶ。
『しかし…使える者がいたのか…!?』
それはかつて、神が生み出したとまで言われる術式。生半可な霊力量なら死に至る程の印を体に刻んだ者にだけ扱える絶技。
この時代に扱える者は、数えるのに片手で十分と聞いていたが…
『そのような者まで仲間とは、どうなってるんだこの小僧!』
歯ぎしりをするジルの事など知ったことではないのか、修也は足を止めて少し振り向く。そして、こう笑いかけた。
「そういや、さっきはありがとな。」
「…?」
その言葉の、意味は分からない。
だが、ジルは自身が修也との交渉で《失態》をおかしていることは確かだった。
『とこだ…どこで間違えた…!』
ジルは頭をフル回転させる。
しかし、幸か不幸か…。
「さあ、行こうか…」
次の修也の言葉が、彼の思考をある結論に落とし込んだ。
「
…待て。
何故、彼はこの街にジャンヌがいると知っている?彼女は少しの霊力も漏らさない仮想・別次元結界で隔離している。
なら、彼はいつ、
「…あ…」
そこで、ジルは気づいた。己の、拭えない失態を。彼に話した、間接的な事実を。
「………」
体が震える。なおも重い体を、彼は震わせ拳を握り締めた。そして…
「……!!」
思いっきり地面を叩きつける。
広がるクレーター。しかし、それ以上に…
「…チクショオオオォォォォォ!!」
この世界に現界して、初めての《敗北》に後悔したジルの絶叫がこだました。
「ナー……」
炎狐が少女の元に駆けつけてから、既に10分程が経過していた。
毎秒のように降り注ぐ闇の刃。それを10分も防ぎ続けていれば主人から相当の霊力を貰っているはずの式神でも、霊力切れは当然のこと。
もはや立つことも限界なのか、4本の足は小刻みに震えていた。
「もういいです!私のことは良いから、自分を守ることだけに集中してください!」
少女は霊力切れを起こしかけていても尚、自らの安全と共に少女の安全も確保している式神に叫ぶ。
しかし、炎狐の耳にその声は届かない。いや、まず聞く気すらない。
炎狐の脳裏に浮かぶのは、数年前の《あの光景》。かつての主人…桐宮修那の命令により、今の主人・修也の援護にまわったことによって、炎狐は自身の主人2人を守れなかった。あの時、何故修也の親友が亡くなったかは分からないが、しかし…《自身の力不足で、2人の主人は死んだ》。これだけは分かっている。
別に、自身の力を過剰に評価している訳では無い。だが、式神、使い魔というのは主人や主人の周りの命を
つまり、炎狐の中では自身は使い魔としては1度死んでいるも同然なのである。そんな炎狐にとって自身の命は二の次。大事なのは《守れ》と命令された横にいる少女の命。そのためなら…
「…ナーー!!」
命尽き果てても、悔いはない。
また、私は何も出来ない。目の前に、式神とはいえ自身のために命をかけている者がいても、何もしてあげられない。
生前もそう。人々は私の行いを素晴らしいことと言い、聖女と言う。しかし、私はそうは思わない。私はただの、神託に従い戦争に加担しただけの女。勝利だって、戦った兵達が命を賭して勝ち取ったものだ。いくら私が士気を上げたと言っても、根底にあるのは彼らの《救国精神》。
確かにそれの底上げには手を貸したかもしれないが、私が突出して盛り立てられるのはお門違いだ。シャルル七世を王にできたのも神託があったおかげ。
結局、私は自分では何もしていないのだから。私は戦争加担して死者を増やした犯罪者。そのことに変わりはない。
「ナ…ァ…」
とうとう、霊力が切れたのか、炎狐は床に倒れ込む。少女…ジャンヌは、そんな炎狐に覆いかぶさった。
『式神だって、命はあるのです。この子が、そんな命を張って私を守ってくれたんですから…!』
「…私も、命を張らなきゃ釣り合わない!」
たとえそれが、自己満足だとしても。
生前救えず、見殺しにしてきた分だけ守りきる。
「それが、今唯一私に出来ることなんですから…!」
そう、ジャンヌは叫んだ。
だが、術式は非情。1人と1匹の元に数本の刃が降り注ぐ。それは、まさに致死。受ければ一溜りもないだろう。
だが、ジャンヌは動かない。
炎狐だけは守り抜くという強い意志を持って、覆いかぶさり抱きしめる。
そして、闇の刃が細い四肢を斬り裂く…
バシュッ!
シュンッ…
…直前。そんな音と共に、張られていた結界とジャンヌに迫っていた刃が幻のように消え去る。そして、その直後に近づく人影と足音。
『…まさか、ジルが駆けつけたの…?』
それならば終わりだと、本能が告げる。しかし、今自身で抱いている炎狐が繋いでくれたこの命。何としてでも生き残ろうと思考を回し…
「ギャーッハッハッハッハッ!なんじゃなんじゃこのエテ公!あんなにもナーナー鳴いて主の機嫌を取っておきながらこんなお使いも出来んのか!?そんなんじゃからワシに黙って平伏しておけば良いものを!」
…そんな、下品な笑い声と可愛らしい声のけなす口調に、ジャンヌは呆気に取られた。そして、ゆっくりと顔を上げる。その人物は(当然ではあるが)
「んん?ああ、一応おつかい程度にはこなせたようじゃな。しかしまあ、所詮主に霊力を分けてもらわんと動けん狐よ。ワシならまだまだピンピンしていたじゃろうに!」
「ウハハハハハハ!」と少女らしからぬ笑い方で豪快に笑う。そして、その間に炎狐の体が淡い光に包まれた。
「え…?」
「ウーーー……」
モゾモゾと炎狐は尚も自分に被さるジャンヌから抜け出そうと身じろぐ。それを配慮し、ジャンヌは少し上体を浮かせた。
「……フシャアアアァァァァ!」
「む!?ぬおっ!?」
それと同時に炎狐は弾丸のように飛び出し、黒髪少女の顔にしがみつく。やがて取っ組み始めた1人と1匹は木造の小屋に倒れ込んだ。
「き、貴様ッ!不意打ちとはなんと卑怯な…!ええい、離さんか!髪を引っ張るでない!」
「ウーッウーッ…!フシャアアアァァァァ…」
いきなり取っ組み合いを始めた1人と1匹。
炎狐は先程までの弱りようが嘘であったかのように少女に攻撃を加え、少女は手で弾きながら炎狐の攻撃を凌いでいた。
「………」
英霊であるジル・ド・レの監視下にあるこの場で、ここまで緊張感のないことをされ、呆気に取られるジャンヌ。
そんな、異様な空気の小屋の中に…
「おいおいお前ら。まーた喧嘩してんのか?いい加減とっとと和解しろって言ったろ。」
新たな、闖入者。その男性…いや、青年は小屋に入るやいなや、扉の目の前で取っ組み合いをしていた1人と1匹を呆れたように見下ろす。
「ナー♪」
炎狐はその青年が入ってくると、すぐに少女を踏み台にして彼の肩に飛び移った。それを、少女は羨ましげに見つめる。
『…何者でしょう、この人達は…』
ジャンヌは座り込んだまま、そう考える。この街の住人ではない。それは確かだ。このような服装の者を見たことはないし、何より使い魔などという高等な術を使える者も見たことは無い。いったい…
「こんな夜遅くに悪ぃな。大丈夫?立てるか?」
そう言って、青年はジャンヌに手を差し伸べる。
「え…あ…」
さすがにいきなり警戒を解くことは出来ないのか、恐る恐る手を伸ばし…ゆっくりと、自分の手を重ねた。
それに青年は微笑むと、優しく引っ張りあげた。
「あ…の…」
ジャンヌは口を動かし、青年に話しかけようとする。
しかし数ヶ月間座りこんでいたせいか、立てるのもおぼつかない。
「わっ…」
よろめき、前方に倒れかけるジャンヌの体。
「おっと。」
それを、青年が受け止める。
「……」
それはジャンヌにとっては、久々に感じる人の温もりだった。それと同時に、固く鍛え上げられていながらも感じる、肉特有の柔らかさ。
それらは、今まで張り詰めさせていた意識を、ゆっくりと刈り取っていく。
「おい、大丈夫か…?」
心配するかのような、青年の声。その声も、どこか遠い。
「あな…た、は…」
懸命に口を動かそうとし、瞼を開けようとするが、酷使してきた体が言うことを聞かない。
そのまま、ジャンヌの意識は、闇に落ちていった…