聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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久しぶり、妹。


第27話 約束の指切り

「兄さんなんて、大っ嫌いです!!」

 

 

出雲の山。

少女の声に震えて、木々がざわめく。

そして、彼女の目の前の男は…

 

「……」

立ち尽くしていた。

 

 

夕刻のカラスが鳴く中、修也は自宅の門をくぐる。

「おかえり、修也。」

「爺さん、しばらくぶりだな。」

修也と才蔵は軽く抱擁を交わして、彼の仕事を労わった。

墓参りの後、修也と天乃は城で宴を開いてもらい、一通りどんちゃん騒ぎをした後、次の日の昼に日本の支部へと戻ってきた。

報告などは天乃が事前にしてくれていたが、多少の検査もあったため、1日出雲の地下施設に泊まって、こうして数日ぶりに家へと帰ってきたのだ。

「今回の任務はまた激務だったと聞いている。…よくやったな。」

「あぁ」

「琥珀様も、お疲れ様でした。孫息子をこれからもよろしくお願いします。」

「わっはっは。」

「…。そしてあなたが、修也と新しく契約された英霊・ジャンヌ殿ですね。お話は聞いております。此度は、孫息子の窮地を救ってくださり、誠にありがとうございます。」

「い、いえそんな…むしろ助けられたのは私の方なので…」

「おや、そうだったのですか…それでも、あなたがいなければ危なかったと、修也からは聞いておりますが…」

「いえ、彼があの状況を切り抜けられたのは、彼自身の力のおかげです。私など、ほんの助力で…」

「あんま謙遜すんなよ、ジャンヌ。」

修也は靴を脱いで、玄関先で立ち止まる。

「お前の力がなけりゃ堕天使の野郎を浄化すんのは難しかった。その点はちゃんと自分で評価してやれよ。」

「コラ!修也、敬称を付けて呼ばんか!」

「あ、いえ、今修也君は私の主なので、敬称なんてそんな…」

「そう、ですか…ジャンヌ殿がそう言われるのでしたら…」

才蔵が少し柔和な笑みを浮かべると、修也は「そうだ」と彼に問う。

「なあ、爺さん。《アイツ》、もう帰ってんのか?」

「あぁ、椿()()()なら数日後には帰ってくるようだ。先日連絡があってな。」

「あそ。了解。なら今日の晩飯は5人前で良いな?」

「ああ。よろしく頼む。」

修也はそのまま廊下の奥へと消えていった。

「あの、椿さんって…」

「あぁ、ウチの家政婦というか…修也と翠の世話係として住み込みで働いる分家の女性ですね。家事や、小さい時は勉学なんかを頼んでました。修也が高校に通うようになってからは家事をお願いしたのですが…」

「確か、修也君が休むように言ったんですよね。」

「ええ、『あいつは働きすぎだ。俺らですら休みがあるのに、これじゃ割に合わん』と言って…。最終的には追い出す形になってましたが…」

「あはは…」

 

「兄さん…」

「翠か。入っていいぞ。」

数回のノックの後、聞こえた声に修也は答える。やがて、着流しを来た少女が襖を開けて入ってくる。

「…おかえりなさい。」

「あぁ、ただいま。体は大丈夫か?すぐ飯作るから待ってろ。」

「兄さん。」

遮るように、兄を呼ぶ。

そこに、少し違和感を覚えて、修也は片付けの手を止めた。

「…どした?」

「…ッ…」

翠は口篭り、そして…

「…なんで、また私に黙って、行っちゃったんですか…」

「え…?」

「兄さんは、前もそうでした。霊使者として復帰することも、今回のフランス遠征のことも…お爺様にだけ話して、私は除け者…」

「いや、そんなつもりは…」

「そうなってるんです!!」

彼女の叫びがこだまする。

「なんでですか…私が、邪魔だからですか…?私が、兄さんを引き止めるって分かってるからですか…?」

修也は、答えない。目を閉じて、思考するように黙り込む。

「答えてください!」

それに、翠は催促するように叫ぶ。

「お前が引き止めるって思ってたこと。これに関してはその通りだ。一刻を争ってたからな、手間を省きたかった。」

「手間…」

「ただ、お前を邪魔に思ってるなんてことは、絶対にない。そんなことは、思ったことすら1度もない。」

「なら、私を無視しないでください!私の願いも聞いてください!」

ダンッ!

「私の願いは、兄さんがこの家にいて、学校に通って、ずっと幸せに暮らすことです!」

翠は修也の腕を掴む。

「今なら、まだ引き返せます!」

「無理だ。」

翠の言葉に、修也は冷たく言い放った。

「俺はもう、《そちら側》には戻れない。」

「な、なんで…」

後ずさる妹に、兄は多くは言わない。ただ、少しだけ、悲しげに笑った。

「…悪ぃな、翠。」

その笑顔から、現実を突きつけられたような感覚から、逃げ出すように…

「…兄さんなんて、大っ嫌いです!」

そう言って、彼女は部屋から逃げ出す。

彼女の目じりにあった雫を、彼は見逃さなかった。

 

「おわっと」

琥珀が翠を避ける。

「…修也君。」

背後で見ていたジャンヌは、主人の背中を見つめる。

その背中は、何処か悲壮感すら感じた。

「…ジャンヌ、翠を頼んでいいか?」

「…了解しました。」

シュバッ!

掻き消えた姿の後ろから琥珀は呆れたようにため息をついた。

「…随分と激しい兄妹喧嘩じゃな。」

「あぁ…あいつが声荒らげたのは、久しぶりだな。」

「…追いかけんのか?」

「…今の俺に、あいつにかけれる言葉が思いつかない。」

「…いつもは減らず口が止まらんくせに、相変わらず、妹にだけは弱いのぉ。」

「…本当にな。」

 

 

「ハァハァハァハァ…」

翠は裸足のまま家を出て、そのまま近くの草むらを駆ける。しかし、脆弱な彼女の体では、そこで足が止まってしまう。

膝に手をつき、肩で息をする。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

彼女の体は、弱く、脆い。

彼女の持つ、強化霊術を常にかけておかねば、まともな生活すら送れないほどに。

「翠さん。」

翠は膝に手をついたまま、前方を見る。

そこには、金髪碧眼の異国の美女が立っていた。確か、兄と一緒に歩いていたと、記憶している。

「…なんですか。兄さんに言われて連れ戻しに来ましたか…?あの人の部下が、私達兄妹の事情に首を突っ込まないでください…」

「…彼の部下、であることは否定しません。しかし私はあなたを頼むと言われました。それには従わなければなりません。」

「…連れて行きますか?」

「いいえ、まずは話を聞かせてください。あなたの心の内を聞かなければ、解決には至らないでしょう。」

「あなたに話して、何になると?」

「何かにはならなくとも、あなたの助けにはなるはずです。本人には話せないこともあるのでは?」

「……」

しばらく翠はジャンヌを睨みつけていたが…

「…ハァ…」

根負けしたように、ため息をついた。

「…あなたは、私たちの家を…家系のことをご存知ですよね?」

「はい。霊使者協会直属最高位家系《桐宮家》。司る属性は《火》の霊術…でしたよね?」

「ええ、その通りです。…ただ、霊使者協会直属、というのはあれは誤りです。私達最高位家系の当主…《五元老》はあらゆる決定権を委ねられており、家系の発言力は相当なものです。だから、正確には協会直属というのは誤り。」

「…」

「私と兄さんは…いえ、兄さんは、その家系の次期当主として、あらゆることを期待され、指導されて生きてきました。」

「…妹のあなたは、そうされなかったのですか?」

「私は、幼少期はずっと家にいました。体が弱くて、任務にも行けない。学校だって、霊術を使って、護身用の札を持ってないと行けない始末。…当主として、私には足りないものが多すぎる。」

そう言う彼女の口には、嘲笑が浮かぶ。

「私は、あの人を失いたくありません。…もう、家族を失いたくないんです。…身近な人の死は、もう見たくない。」

「…だから、私は兄さんが他の人のために、自分の命を賭しているなら、それを見てられない。兄さんには、普通の生活をして、普通の幸せを手にして欲しいんです。…最低ですよね。今の今まであの人に押し付けておきながら、自分の要求は通そうとするなんて。」

「…それは、人として当然のことです。誰もが家族を、大切なものを失いたくない。守りたい。…幸せになって欲しい。…その思いは、決して《最低》と評されるようなものではありません。」

「…私は…そう思えるほど、大人じゃ、ないん…で…す…」

トサリ。

途端に、よろけた翠を、ジャンヌは近づいて受け止める。彼女は目を閉じ、ゆっくりと眠りに落ちていた。

「フゥ…ご協力感謝します。琥珀さん。」

『…まったく、貴様が会話をしている最中にバレないように妹の霊力を吸うなど…この距離からの無接触のエナジードレインは難しいんじゃぞ。』

「ええ、だからこそ、交錯する瞬間に自身の髪を翠さんの髪に絡ませたのでしょう?」

『ま、そうじゃがな。…とりあえず、妹君を連れ帰って来い。そろそろ冷えるじゃろ。』

「はい、勿論。」

 

「ん……」

モゾリッ、と布団で寝返りを打って、翠はゆっくりと目を開ける。そして、仰向けになると、視界に入るのは木造の天井。

「あれ…私…」

朧気な思考の中、縁側を歩く音が聞こえて、体を起こしてそちらを見る。

ガラリと一息に開けられた襖。

その奥にいた、黒髪の青年。赤い眼の周りを少しだけ柔和に曲げて、彼は笑いかけた。

「翠、起きたか。体調はどうだ?」

「…問題、ないです。」

「そっか。…飯食うか?雑炊作ってきたけど…」

「…貰います。」

「ん。そのままでいいぞ。」

修也は部屋に入って、布団に入った翠の膝の上にお盆ごと乗せる。

小さめの土鍋の蓋を開けると、白と黄色のマーブル色の物が湯気をあげる。

翠は中身をすくって口に入れる。

「……」

そこで、初めて彼女は笑みを浮かべた。

安心したような、そんな笑みを浮かべながら、噛み締めるように咀嚼し、嚥下する。

「…どうだ?」

「…美味しいです。とっても…」

「そうか。良かった。」

「……」

翠は、黙々とレンゲを進めた。

 

「…先程は、すみませんでした。頭に血が上って…」

「いいよ。怒ることでもない。」

修也はゆっくりと腰を下ろす。

「…なんだか、久しぶりな気がします。こうして2人きりで話すのは。」

「…そうだな。学校行ってた時はリビングのことが多くて爺さんも一緒だったし、病院も爺さんと同じ部屋だったもんな。」

「ええ。…それに、兄さんの隣には、いつも人がいた。」

「人…?」

「はい。海斗さんや、天乃さん、椿さん、門下生の子達。今では琥珀さんや金髪の女の人も。…一緒に戦えない私は、いつだって蚊帳の外。」

いつだって、彼女は傍観者だった。

修也や、両親、祖父の帰りを部屋で待つ日々。

料理すら、自身の脆弱な体では危なくて出来ない。強化霊術を覚えていなかった幼少期ならば、尚更だ。

彼女はいつだって近くにいたが、しかしいつも一緒にいなかった。

それが、修也が霊使者から離れたことで変わった。傍観しかしてこなかった兄との関係は、情報の共有などあらゆることを行えるようになった。

初めて、彼の中に、自身の存在が写ったのだと思った。

「…私は、怖かったんです。いつか、兄さんの中で私の存在が消えるのが。私みたいに、足手まといにしかならない身内なんて…」

「翠…」

「勿論、兄さんが死ぬのも怖いです。…でも、それよりも、見放されて、離れていってしまうのが…1番、怖いです。」

それは、彼女の本音。

軽蔑されたくなくて、自分可愛さにずっと黙っていた、彼女の本心。

それを、彼は…

「……」

黙って、受け止める。

彼女の体と一緒に。

「兄…さん…?」

彼はしっかりと、優しい力で妹を抱きしめる。

ガランガランッ

お盆やレンゲも落ちるが、彼は抱きしめ続ける。そして、頭をポンポンと叩くと、少し笑う。

「…ったく、身なりは少し大きくなったと思ったら、中身はまったく成長してねえな。」

「え…?」

「…ほんと、小学生の頃と一緒だ。」

彼の言葉に、身を震わすが、ゆっくりと兄に体を預ける。

「…覚えてるか?俺が小3の頃…お前が小1だった時、任務に行く俺を引き止めたの。」

「…いえ。」

「そっか。…そん時は深夜の出動で、ただ人手も必要だったから1家全員が呼ばれてな。椿さんに翠の世話を頼んだんだ。」

「そしたら、玄関で息切らしたお前が俺に抱きついて来て、行くの止めたんだよ。離そうとしても服引っ張って離さねえし、大変だったな。…大泣きして力いっぱい掴むお前を、今でも思い出せるよ。」

修也の言葉に、翠の顔が赤くなっていく。

「…その後に、指切りまでさせられてな。『絶対に死なないで』なんて真剣な顔で言われちゃ、断れるわけなかった。」

修也は、頭を撫でると、続ける。

「その時の俺は、ちょいと迷走しててな。期待の声やら周りのプレッシャーで、何のために任務をこなしてんのか分かんなくなってたとこもあった。」

その言葉で、彼の知られざる苦労が、苦悩が告げられる。

「…お前を見て、思ったよ。」

修也は、抱擁を放して、コツリと額と額を合わせる。

「俺は、こいつのために戦ってるんだって。…翠が、町の人がいつだって安全に危険なく過ごせる。そんな日々のために戦ってるんだって。そう、思えたんだ。」

お前のことは、忘れたことなんてない。

そう、修也は断言する。

「…なんだか、嘘みたいな話です。」

「確かにな。…けど、俺はそんだけ単純だった。可愛い妹に泣き付かれちゃ、守りたくなるんだよ。…昔も、今もな。」

「…ならっ」

「ただ、今回のことは…承諾も出来ない。霊使者を離れることは、もうない。」

 

「俺は、《普通の人生》は、もう捨てた。」

 

兄の断言に、翠の目に涙が浮かぶ。

「…なんで、なんで…兄さんが、そこまでしなきゃいけないんですか…?他人のために…どうして…?」

「他人だけじゃない。これは、俺のためなんだ。」

「俺はきっとここでやらないと、一生後悔する。これまで続けてきた高校生活を、その先を一般人として過ごせば、一生…な。」

「…兄さん…」

「だから、俺は、お前の望みは叶えられない。お前の願いは聞けない。自分の、勝手なわがままで…兄貴としては、最低だな…」

「…ええ。本当に、最低です。…体の悪い妹を放っていくだなんて。」

「…すまん。」

「…けど」

 

「私は、そんな兄さんが、自慢です。」

 

「いつだって、減らず口が多くて、少しドジで、態度もでかいけど…」

「おい…」

「だけどすごく強くて、とても優しくて、最高にカッコイイ兄さんが、自慢だったんです。…昔も、今も。」

そう、泣き笑いながら、翠は言って、より一層、強くない腕に力を込める。

「翠…」

「兄さん。…私は、もう止めれません。それだけの決意なら止める方が野暮です。…ただ、これだけは約束してください。」

翠は、額を離すと、ゆっくりと小指を立てて差し出した。

「絶対に、この家に帰ってくること。」

 

ーー死なないで。ーー

 

何処か、そう聞こえるお願いに、修也は笑顔で頷いた。

「ああ。約束する。いつだって帰ってくるよ。大切なこの家に。…大切な、お前の元に。」

「…うん…。」

 

 

「ゆびきりげーんまん。うそついたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった!」

「…ほら、これでいいか?」

「うん!おにいちゃん、ぜったいかえってきてね!それで、またおはなしきかせてね?」

「ああ。とっておきの面白い話用意してやるから、ちゃんと良い子にしてるんだぞ?」

「うん!」

 

「…指切りげんまん。嘘ついたら札千枚喰ーわす。指切った。」

「ちょっとまて。9年前と内容が過激になってんだろ。札千枚の霊術ってやばすぎ…」

「ほら早く。…守ってくれるんでしょ?約束。」

「…わぁーったよ。指切った…」

「うん。…えへへ。」

 

 

2人は、月明かりの下、9年前と同じ約束を指切りで結んだ。




「……」
「妹君との会話、あれで良かったのかの?」
「…琥珀か。というと?」
「…お前様、まだ本当のことを言っておらんな?」
「…」
「お前様が霊使者に復帰した、本当の理由を。」
「翠に話したことも真実だよ。あれに関して嘘はない。」
「だが、核心にも触れておらんじゃろ。…いいのか?」
「………これは、俺の問題だ。あいつに話す事でもねえだろ。」
「……」
「不満か?」
「いや、主が決めたことなら、それで良い。儂はお前様の従霊じゃからの。口出しはせん。」
「ありがてえこった。」
「なら、早く寝ようぞ。疲労が溜まっとるしのぉ。」
「…だな。」
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