自然豊かなその国は小国ではあるが長い年月を平和に過ごしてきた。近隣諸国ともおおむね良好な関係を築けているのはこの国が有する軍事力のおかげである。そして長く国を守ってきた国王のもとには腹違いの王子が四人いた。
長兄である第一王子は文武に優れ今は軍を率いる逸材とまで言わしめている。そして心優しい第二王子は政の際には民を第一に考えてくれる。さらに第三王子は近隣諸国との外交を担い貿易を活性化させている。
そんな優秀な兄たちを持つ末の王子はもうすぐ15の誕生日を迎えようとしていた。王国では15から大人として扱われ、王子であれば政に参加することもできる。そしてその時に初めて国民の前にお披露目される事になっていた。
王子が成人を迎える際にはいつも国内がお祭り騒ぎとなる。城下には多くの人が集まり酒を飲みながら王子を祝ってきた。そして今回はさらに王子と同世代の者たちが招かれパーティが開かれる事が決定した。
そんな話を慶次は買い出しに出た街の商店で耳にする。開かれるのは仮装パーティで十代後半の者であれば誰でも参加できるらしい。
「それ、俺も参加できるって事ですか?」
驚きとともに問いかけた慶次は店主からできると返され笑顔を輝かせた。この街では慶次と同世代の者はあまりに少ない。みな少し離れた大都市や王都へ働きに出てしまっているのだ。そのため慶次はこの街でも友達がいなかった。
ただこの街で働く少し年上の女性たちからはとても親切にしてもらっている。
「おいテメェ!」
仮装パーティ用の布を買い終えて街を歩いているとがらの悪い男に呼び止められた。慶次よりもはるかに年上であるこの男は、いつも酒に酔っては暴れているらしい。そのため近づかないようにと、慶次は随分前に教えられていた。
そして今回も呼ばれて立ち止まった慶次の周囲から人が離れていく。人がいなくなった道の真ん中で、慶次は酒臭い男に突き飛ばされた。
「テメェのアニキはどうなってんだよ! クソ野郎このおれを踏みつけて財布を奪っていきやがって!」
「あぇっ、にい……兄が財布を盗んだんですか?」
「だから言ってんだろ!」
地面に尻餅をついたまま見上げる慶次の前で男が憤然と声を荒げる。慶次はそんな男の発言に驚き固まっていた。たまにしか帰宅しない上の兄がどこで何をしているのかを慶次は知らない。しかしまさか他人の物を奪うような人間だとは思いもしなかった。
「けどテメェも可哀想だよなぁ。血の繋がらないとはいえあんな悪党をアニキに持っちまってよ。親父の土地屋敷を奪った性悪な継母と極悪非道なクソアニキってか」
「家は取られてません。俺は今でも住んでるし……」
「は? テメェ権利人が移ってんの知らねぇのかよ。ここの大人のほとんどが知ってることだぜ。だからみんなおまえに同情してんだよ」
嘲笑った男は呆然自失の慶次をおいて立ち去った。突き飛ばして文句を言うことで気がはれたのだろう。けれど事実を知らされた慶次は気がはれるどころか混乱のど真ん中にいた。
よろよろと立ち上がると落ちてしまった餌の袋を拾いあげる。そして事実を確認するために長の家へ向かうことにした。
この街の長は住民同士のいさかいなどを仲裁する役目は持つがそこに権限はない。しかし国から信任はされていなくとも住民の信頼は得ていた。そんな老齢の長のもとで事情を話した慶次は相手の悲しげな顔を目にする。
「そういう届け出が国に出されたという話は聞いているよ。君のお父さんが所有していたあの広い森も今は私有地として扱われていてね。だからこの街の誰も森で狩りや採集などできないんだ」
私有地として国に定められたため街の人間が踏み込むことはできない。そんな難しい説明までされた慶次は、それを意地悪な話だとしか思えなかった。森で木の実を拾うことも狩猟もできないでは猟師などは仕事が立ち行かないはずだ。
「俺…兄が帰ってきたら聞いてみます。土地の権利とか難しいことはわからないですけど、せめて街の人が使えないかって」
「よろしく頼むよ」
街の人の生活がかかっているのだからと慶次は勇んで帰宅した。誰もいない屋敷へ飛び込むと購入した布を台所に投げる。そして再び外に出ると購入した餌を庭の草とまぜて餌箱に入れながらアヒルに言葉を向けた。
「聞いてくれよガーコさん! 兄ちゃんたちすっごい悪いやつだったんだ!!!」
他人の財布を奪い迷惑をかけるだけでなく父が遺した土地まで奪っている。そんな兄たちを、慶次はもう唯一の肉親として慕うことができなかった。けれどそんな気持ちを吐き出しても目の前のアヒルは餌を食べるだけで返事をくれない。
それにも寂しさを覚えた慶次は家を離れると、独り気落ちしたまま川へ向かった。既に日は沈み森の中は静まり返っている。そんな中で川辺に近づいた慶次は岩の上に腰をおろした。
川のせせらぎに包まれながら慶次は少し前に出会った若者を思い出す。あの時はろくに会話もしていなかったが、きっと話をすれば楽しい気持ちになれるだろう。少なくともアヒルを相手にするのとは違った反応が得られるはずだ。
「名前……知りたいな」
「それは俺も思っていた」
月を見上げてつぶやいた慶次の語尾に別の声が続く。ありえない出来事に驚いた慶次は慌てて振り向いた拍子に川へ落ちてしまった。
ずぶ濡れになりながらも立ち上がると慶次の頭上から謝罪の言葉が落ちる。そのため見上げた先で、細い手が差し伸べられた。
「大丈夫か?」
月明かりだけが照らす暗い森で、若者は微笑とともに手を貸してくれる。その手をつかんで岸に上がった慶次は周囲に目を走らせた。
「もしかして今夜もあの人と夜釣りとか? でも川魚は夜には寝てしまうって…」
「違う。その……お前に会いたくて」
またあの怖そうな人と来ているのかと探す慶次に若者が言う。
「だからひとりで…その、家を抜け出して来たんだ」
「ひとりでここまで? 俺に会いに?」
「ああ、迷惑だったらあやまる」
「迷惑なものか!」
あふれだした喜びが抑えられず声とともに吐き出す。そんな慶次の目の前で若者も嬉しそうな顔を見せた。
「良かった。本当に、俺は友人というものがいないから、会話も苦手なんだ。だから楽しくはないと思うけど」
「そんなことない。君が……あ、名前聞いていい? 俺は慶次っていうんだ」
「真琴」
「まこと…」
若者の名前を聞いた慶次はその名前をはんすうする。そんな慶次の目の前で若者は少し緊張したような顔を見せた。
しかし慶次は若者の変化に気づかないまま緩んだ笑顔を浮かべる。
「かっこいい人は名前もかっこいいんだな」
「慶次は可愛いな」
「なんだと!?」
「あ、いや……明るくて好感が持てる」
同世代の男から可愛いと言われても嬉しくない。そう返そうとしたが素早く言い換えられ反論の余地を失う。ただそんな若者の硬い態度が新鮮で、誰かと会話できるのも嬉しかった。
「慶次、は……十日後の仮装パーティには来るのか?」
ふたり隣り合い川辺の岩に腰を下ろして言葉を交わす。その中で問われた慶次は行くつもりだと返した。
「ごちそう食べ放題らしいし、同世代の人たちが集まるって聞いたからな。今日は仮装用の布も買ったんだ。その時にいろいろ嫌なこともあったけど、それはまぁいいや。真琴と会えたからチャラになった!」
「まさか慶次、セクハラされたのか」
「セク?」
「ああ……えっと嫌がらせを受けたのかと思ったんだ」
頭が良いらしい真琴は、たまに硬い言葉や難しい単語を出してくる。けれど慶次はそれを気にする事をしなかった。育ちが良いだろうとは先日一緒にいた男を見ればわかる。大切なことはそんな真琴がこうして会いに来てくれたことなのだ。
「嫌がらせじゃないよ。なんていうか、義理の母さんたちが父さんの土地を取ったらしいことがわかっただけ」
「それは大事じゃないか。土地の権利を略奪したと言うことだろう?」
「リャクダツ……ってのはわからないけど、たぶんそうかな」
「詐欺事件の案件に当たるか調べる必要があるな。今すぐ戻って……」
急いだ様子で立ち上がる真琴に慶次は慌てて腕をつかみ引き留めようとした。だがその勢いで濡れた岩に足を滑らせ体制を崩す。
倒れかかった真琴はそんな慶次の頭を守るように抱え込み一緒に倒れ込んだ。
岩の上に倒れた状態で慶次は間近から大丈夫かと声をかけられる。そうして目を開かせた慶次は驚きに固まった。
光をちりばめたような星空の下に真琴の整った顔がある。ただそれだけのことで慶次の心臓が大きくはねた。
「だいじょーぶ……真琴がきれいなこと以外は」
「なんだそれ」
落ち着かない心臓を全力で抑え込もうとしているそばで真琴が笑う。そしてわずかに顔を近づけてきた。
「慶次のほうがずっときれいだ」
「そんなこと…」
「ここではじめて会った時から、ずっと思っていた。素直に笑う慶次はきっと誰よりも正直でまっすぐで、誰よりもきれいなんだって」
「あの時の俺は灰まみれだったけどな」
「たとえ灰かぶりでも、俺の評価は変わらない」
まるで愛の告白のような言葉とともに慶次は頬にキスをされる。ただそれだけで慶次は完全に思考が停止してしまった。しかし心臓があまりにも激しく脈打つため自分は死ぬのではと思える。
ただそれでも慶次は、このまま時間が止まればと願ってやまなかった。