第四王子の誕生日と成人を祝うパーティは日没とともに開始された。パーティが始まり間もなく現れた王子は集まった民たちの目にも聡明で麗しく見える。しかし王子は一通り会場内を巡り客たちと言葉を交わしただけで踊ることはしない。王子の席として用意された椅子に座ると近衛隊長を呼んだ。
間もなくやって来た隊長は帽子を目深にかぶり王子を見上げる。
「隊長、例の子を探してきてくれないか。あの子はきっと城のどこかで迷子になっているのだと思う」
「例の……川で会った人物ですか」
「ああ、今夜ここに来ると言っていたんだ」
そこまで話した王子は自分の失態に気づいて口を押さえた。そんな王子の目の前で近衛隊長の目が細められる。
「ここに来ると、本人と会って確認したかのような言い草ですね」
「あああ……えっと、そう、言い間違えたんだ。あの子なら必ず来ると思うから」
慌てて訂正した王子は隊長に探して欲しいと改めて頼み込む。そのため隊長も嫌とは言えず了承して会場を離れた。
会場のある大広間を出た隊長はひとり回廊を歩きながら嘆息を漏らした。成人前の王子が森で民と密会していたなどと周囲に知られればただでは済まないだろう。特に口うるさい大臣の今河などは前代未聞と騒ぐに違いない。そしてその非難の矛先は確実に近衛隊長である自分だけでなく森に住むあの子にも及ぶ。
「だから中間管理職は嫌いなんだよ」
そうなれば面倒だと隊長は顔をしかめる。しかしそんな隊長の視界の先、回廊の入り口から足音を響かせて女性が走ってきた。
そのため隊長はかぶっていた帽子を目深にさせ顔を隠しながら柱の裏に隠れる。すると間もなく深い青色のドレスをまとった女性が駆け抜けて行った。
やがて足音が遠ざかると近衛隊長は柱の影から出てくる。そして走り去る女性の後ろ姿を眺めた。
「平民にしちゃ高そうなドレスだったな……」
もちろん今夜のパーティには貴族の淑女なども普通に参加している。その中には王子の妃を望む者も多い。だからこそ淑女たちがパーティに遅刻するなどありえなかった。だとしたら遅刻したと走るあの女性は貴族の出ではないだろう。
しかしだとしたらあのドレスはどこで手に入れたものなのか。王家を守る役目を担う者として隊長はそれが気になっていた。
「監視したほうが良さそうだな」
そうして歩き出したところで回廊の角から新たな人物が現れる。隊長を越える身長の持ち主はいつもと変わらない真面目な顔で声をかけてきた。
「仕事中ですか」
「ああ、まぁな。どうした」
「仕事で会場に行ったのであれば、慶次を見かけたかと思いまして」
子供の頃から書物だけが友達だった弟から向けられた問いかけに隊長は口を閉ざす。そして眉をひそめるとわずかに首を振った。
「見てねぇし、王子から探すよう命じられたところだ」
「では慶次が言っていた相手というのは、第四王子の事ですか」
「あいつから何を聞いたんだ」
問いかけ隊長の目の前で書記官を勤める弟が眼鏡を押し上げる。
「結婚したいそうですよ」
「は?」
弟の発言が信じられず隊長は訂正の言葉を待つ。しかし元々冗談を言わない弟は、この時も真面目な姿勢を崩さなかった。
「もし王子と結婚したいと言われたらどうしますか」
「無理だな。あいつをこんな薄汚れた場所にいさせることはできねぇ」
「そういうと思いました。しかしあの子と一緒にいない俺たちが、あの子に何か言えるとは思いませんけどね」
どこまでも落ち着いた様子の弟はそう言い放つと立ち去ってしまった。そのためひとり残された近衛隊長も舌打ちしながら歩きだす。
ドレスの裾を揺らしてパーティ会場へ到着した慶次はひとまず乱れた息を整えた。驚くほどに広い会場では大勢の人々がそれぞれ楽しげに過ごしている。談笑する人々の隙間を縫うように歩きながら慶次は真琴の姿を探した。だがそんな中で慶次に気づいた人々がささやきながら視線を向ける。
小さなざわめきを起こしながら人々がさざ波のように引いていく。そうして道が開けたその先で白い衣装をまとった真琴が立っていた。
慶次は目的の人物を見つけた喜びに微笑みながら歩き進んでいく。そして真琴も微笑みとともに慶次のもとへ来てくれた。
「驚いた」
「ごめん、遅れたせいで変に目立っちゃってるな」
素直に驚いたと告げる真琴に、慶次は苦笑いで謝罪する。周囲の人々から視線が向けられているのは自分が遅れてしまったためだろう。ならば皆にも謝罪しなければと慶次が考えていたところで真琴に手をつかまれた。
「よろしければ、あなたと御一緒する最大の名誉と無上の喜びを、この僕に与えてくれませんか」
「へ?」
「……俺と踊ってくれませんか」
突然の聞きなれない言葉に驚く慶次に真琴は笑顔で言い換える。そうしてやっと理解した慶次はそっかとうなずいた。
「わかった。踊ったことないけど」
おそらくここでは踊らなくてはならないルールがあるのだろう。そう思うままに応じれば真琴が大丈夫だとささやいてくれた。
「実は俺も得意じゃないから」
それは真琴の優しさから出た言葉に違いない。そう思った慶次だが指摘することなく真琴と踊り始めた。
慶次は今までの人生で一度も踊りというものをしたことがない。そもそも言葉を交わす相手すらいないのに、踊る相手がいるはずもなかった。それでも真琴のリードが上手だったおかげで慶次はなんとか一曲乗り越えられる。
そうして踊りが終わると、それをきっかけとして他の客たちも踊り始めた。二曲目が始まると慶次は真琴に手を引かれて人の波を避けながら進む。
大広間を出た真琴は回廊を横切り庭園へ向かった。
「慶次は本当に踊ったことがないんだな」
「当たり前だろ。でも真琴が踊り下手ってのはうそだったな」
手を繋ぎ庭園への階段をくだりながら言葉を交わす。その中で真琴はそんなことはないと笑った。
「兄たちと比べたら本当に下手なんだ。いつも教師に注意を受けてる」
「真琴も兄ちゃんがいるんだな」
「ああ、三人いる」
「四人兄弟かー。にぎやかで楽しそうだな」
いつもひとりぼっちの自分とは違うと思いながら最後の段を降りる。すると真琴はそんなことはないとつぶやいた。庭園に降り立つと真琴は空にそびえる月を見上げる。
「多忙な兄上たちの邪魔をしてはいけないからと、言葉を交わすことも許されてない。近づくだけで大臣たちから叱責されてしまうんだ」
「変な話だな。それじゃあまるで真琴が王子様みたいじゃないか」
「そうだよな」
愚直な慶次の指摘に真琴は弱い笑みをこぼす。そして改めて慶次に顔を向けた。
「俺はこの国の第四王子なんだ。だが慶次が好きなことに変わりはない。誰よりも女装の似合う可愛い慶次と結婚したい」
「かわいいは余計だぞ」
月明かりの下で再び向けられた告白に慶次は照れ隠しのように返す。結婚は慶次自身も望んでいたことで、真琴も同じ思いだったことが嬉しい。
だがその喜びは兄の存在を思い出した瞬間にかき消えた。父の土地屋敷を奪ってしまった兄がね真琴の存在を知ったらどう思うだろうか。街の人から財布を奪うように、真琴にも迷惑をかけることになるだろう。
自分の幸せと迷惑をかけることを天秤にかけて悩んでいると鐘の音が響き出した。零時を知らせる鐘の音に我に返った慶次は半歩後ずさる。そうして真琴から離れるとドレスの裾をぎゅっと握りしめた。
「ごめん、俺は真琴と一緒にいられない」
全力で涙をこらえながら告げた慶次の目の前で真琴は驚いた様子を見せた。
「何か問題があるのか? 俺に直すべき部分があるのなら…」
零時を告げる鐘はまだ鳴り続けている。その中で慶次は今だけはと全力を振り絞って声をあげた。
「真琴は悪くない!」
けれど慶次が告げられたのはそれだけだった。我慢が続かず決壊したように涙があふれだすとそれを隠すようにその場から逃げ出す。