はいかぶり   作:とましの

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最終話

『第四王子は仮装パーティで知り合った謎の人物との結婚を望んでいる』

そのお触れは瞬く間に国中へ伝えられ、国民を大いに喜ばせた。王子の幸福は王国の民にとってもめでたいことであったのだ。

しかしそのお触れが届くのは人里だけで、人里から離れた森の奥までは届かない。さらに第四王子は探し人である慶次の家を知らなかった。森で出会った相手だが、まさか本当に森に住んでいるとは思いもしない。そのため必然的に森近くの集落で探すことを決めていた。

近衛連隊総勢五十名を連れた王子の馬列は街を騒がせ多くの人を集める。その中で近衛兵がガラスの靴をはかせて、それに合う人物を探していった。

その様子を眺めていた王子は見覚えのある人物がいないことに落胆する。

「近衛隊長、あの子はこの街にいないのだろうか」

「……殿下」

「もしやあの子は本当に森の妖精なのではないか? あの子は零時の鐘が鳴ると同時に去ってしまった。もしかしたらあの鐘が、妖精であるあの子が人の世界にいられる期限だったのかもしれない」

人ではないのかもしれないと、王子はたくましい想像力をさらに膨らませている。そんな王子に近衛隊長は帽子を少し引き下げながら口を開きかけた。そんな近衛隊長のもとへ兵士がひとりやってくる。

「おそれながら殿下に報告いたします。この集落より先の森は私有地であり、そこを進んだ先に一件の邸宅があるとのこと」

森のなかに屋敷があると報告を受けた王子の目に輝きが戻る。笑顔で近衛隊長を見やった王子はそこへ行こうと兵士たちに告げた。

 

秋が深まり落ちた木の葉が庭を埋める。そんな中で慶次はガラスの靴を埋めた場所を見つめていた。本当なら畑にできた作物を収穫しなければならない、けれど畑に立ち入ってあのガラスの靴を踏んでしまうことが恐ろしかった。ものあの靴が割れでもしたら、真琴との思い出も壊れてしまう気がしたのだ。

夜の森での泣きそうなほど嬉しかった告白。パーティでの下手なダンス。きらびやかな光の中で見た彼の笑顔も庭園で見せた真面目な顔も、すべてが好きで楽しい思い出だ。

だからこそ捨てるように靴を埋めてもなお、その思い出にすがってしまう。

「ガーコさん、これでもまだ希望と正しい心を持たないといけないのかな。この家だって父さんのものじゃないんだから守っても仕方ないよ。どうせ俺はこれからもずっとひとりなんだ。それならいっそ…」

返事の期待ができない言葉を漏らしながら慶次は涙をこぼした。そんな慶次の耳に馬のいななきが届き、足元のアヒルが逃げていく。

 

広い庭の入り口にたくさんの馬と兵士が現れる。そしてその先頭にいた第四王子が慶次を見つけて笑顔を輝かせた。馬から降りると軽い足取りで慶次のもとへやってくる。

「探した」

好きな人の短い言葉に慶次は別の意味で泣きそうになった。けれど喜んではいけないと自分に言い聞かせて慶次は王子から目を背ける。

「困るよ。だって俺は……」

「俺にとっての問題は慶次の出自じゃない。平民でも何でも、慶次が妖精でないのならそれで良い」

人として人の世にいられるのなら、結婚を阻むものは何もない。そう笑う王子に慶次はほだされそうになった。好きな人にここまで言われて幸福を感じない人間はいない。しかしそれでも慶次は笑ってしまわぬように唇を噛んだ。

そんなふたりの様子を見守る近衛連隊の中で、不意に隊長が動く。

馬を降りた近衛隊長は黒い軍服の裾を揺らしながらふたりのもとへやってきた。その姿を慶次は緊張のまま見つめる。

「もう帰るなら」

「殿下。もし許されるなら、彼へ謝罪と釈明の機会をいただけませんか」

帽子を目深にかぶった近衛隊長は王子の前であるためか頭を下げたまま告げる。そのため帽子のつばに隠され表情を見ることはできなかった。

そんな近衛隊長の様子に、王子は慶次を一瞥しながらも許しを向ける。

「構わない。だが慶次への釈明は俺も聞くぞ。隊長が彼に何をしたのか知っておきたいからな」

そう告げた王子は慶次を守るようにその肩を抱いた。そんなふたりの前で、近衛隊長は礼を述べながら帽子を脱ぐ。

そうして隊長の顔があらわになると慶次は驚きに目を丸めた。

「兄ちゃ……え?」

「まずはひとつ、俺がこの土地屋敷を奪ったとの事だがそれは誤解だ。親父さんが他界したとき、おまえは遺産を相続管理するには幼すぎた。だから俺は代理人としてそれらの管理を行い、おまえが成人したら渡すつもりだった」

「俺はもう17だよ!」

長兄である近衛隊長の説明を聞いた慶次は反射的に返していた。そこで年齢を知った王子が驚いた顔を見せているが、慶次はそれにも気づかない。

「それに兄ちゃんは街で財布を取ったって」

「強盗から財布を奪い返して被害者に返したことなら何度もある。ただ、俺の失態はその加害者をあの時に見逃したことにある。そのせいでおまえが狙われたらしいからな」

「じゃあ兄ちゃんは悪人じゃないつてこと?」

兄を疑うすべての事に理由が出され、慶次は戸惑いのまま兄の左胸を見た。黒い軍服の胸には金の紋章がつけられている。それに王子は兄の事を隊長と呼んでいた。だとしたら本当に兄は悪党ではなく、兵士たちを率いる人なのだろう。

そう納得しかけた慶次の目の前で、不意に兄が悪そうな笑みを浮かべた。

「悪党や周辺諸国にとっちゃ誰よりも恐ろしい悪人だけどな」

「近衛隊長は俺たちが最も信頼する側近だ。そして兵士たちの間では悪をくじき弱者を守る兵の鏡とまで言われている」

悪人でいようとする兄に代わり、王子が訂正してくれる。そうして話が落ち着いたところで王子が笑顔を見せた。

「慶次、俺はこのままおまえを連れて帰りたいんだが、良いか?」

兄が悪人でないのなら障害となるものは何もないということになる。慶次が兄をちらりと見れば、兄は帽子を目深にかぶり背を向けてしまった。その広い背中を見た慶次は笑みをこぼして真琴に抱きつく。

「俺ももう真琴と離れたくないよ」

 

 

 

 

昔々あるところに自然豊かな王国がありました。老齢の王に四人の王子、そして王家を守る強い騎士たち。聡明で強い彼らのおかげで王国は小さいながら長い平和の時を過ごしていました。

そして王国で最も愛された末王子は、成人を迎えるとともにはじめての恋の相手を見つけます。

もちろん恋は平坦な道ではなく、時に高い障壁もあるでしょう。けれど真実の愛を手にしたふたりはたくさんの障壁を乗り越えいつまでも…………。

 

 

 

「まったく、王子が小汚ない平民と結婚など認められるか。あんなもの国の恥だぞ」

忠臣たちを引き連れ夜の城内を歩く今河大臣は不機嫌顔で悪態をついていた。成人したばかりの第四王子が、数日前に結婚相手と名も知らぬ小僧を連れてきている。それ以降、王城の中は混乱の極致にあった。第一王子は賛成しているようだが、平民との結婚など認めて良いものではない。

そのため今河大臣は婚礼の話を壊すべく他の大臣たちへ根回しをしようとしていた。そんな大臣たちの前方から固い足音がひとつやってくる。ランプも持たずに暗い夜の回廊を歩く何者かに大臣は顔をしかめて立ち止まった。

「何者だ。見回りの兵であれば灯りくらい持たんか」

「…テメェこそ、なにデカイ声出してんだよ」

従者がランプを掲げた先に現れたのは黒い軍服をまとった近衛隊長だった。不審者ではないと知った従者は安堵の顔で引き下がる。そうして道をあけたところで、やってきた近衛隊長は今河大臣の胸ぐらをつかんだ。

勢いよく大臣を壁に叩きつけるとその顔近くの壁を殴り付ける。

「俺の弟のどこが小汚ないってんだ? なぁ、大臣」

暗い回廊で、ランプの灯りに照らされた近衛隊長の目が殺意に見開かれていた。その恐ろしい眼光に突き刺された大臣は猛獣ににらまれた蛙のようにうち震える。

「っ、たっ隊長の弟君っ……ということは公爵家の……」

「テメェは、俺の弟と王子の結婚が気に入らねぇらしいな」

「だっだだだだ大賛成させていただきます」

恐怖にろれつが回らなくなった舌で賛成を述べれば近衛隊長がゆっくりと離れてくれる。あげく近衛隊長は笑みを浮かべると大臣の襟元を整えてくれた。

そうして近衛隊長が立ち去ると大臣は青ざめた顔でその場に座り込む。

 

 

かくして王国の皆から祝福され結ばれたふたりはいつまでも幸せに暮らしました。

 

 


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