騒がしい女子の悲鳴が、興奮する男子の歓声が、それらを宥めようとする教師の声が教室に響き渡る。そんな慌ててもどうしようもないだろ馬鹿馬鹿しいと嘆息するが、自分もそういう感情を押し込めているだけなので何も言いはしない。
こんなにもクラスが大騒ぎになっている原因は、一言で説明できる。今が夏という理由が普段ならば挙がるが違う。原因は
「はぁ……鬱だ」
呟きながら自己確認をする。俺の名前は
他の特筆すべき特徴は、自分の事が死ぬ程嫌いという事。この低い身長も、女顔も、声も、長めにさせられてる髪も、華奢な身体も何もかもが大っ嫌いだ。もっと男らしい体つきが良かった。それなら、昔虐めに遭うことも無かったのに。
駄目だネガティブスイッチ入ってるわ。
「よう欠月! お前なら分かるよな! 異世界転移だぞ異世界転移! これぞロマン、これからが楽しみだな!」
そんな誰に意味があるのかも分からない事を考えつつ空を見上げていた俺に、1人の男子生徒が話しかけてきた。
「ごめん、名前なんだっけ? 佐藤?」
多少ぽっちゃりという感じの体型の話しかけてきた男子に、率直な感想で答える。人の名前を覚えるのはそこまで得意じゃないのだ。クラスの人の名前すら覚えきってない。
「酷えな。俺は鈴森だよ、鈴森 優」
「そうだったっけ。まあいいや、それで俺に何の用? 鈴森」
「いや、みんな何かしら騒いでるのに、お前1人だけ静かにしてるだろ? 何か調子でも悪いのかと思ってな」
「ああ、そういう……」
教室内をざっと見回して、俺は答える。
ただ、呆れてるだけだ。正直、馬鹿みたいに騒いでる奴らの頭の方こそ俺は気でも狂ってるんじゃないかと思う。浄水の貯蓄はタンク分ない。食料の備蓄も多くはない。お約束のチートは知らないが、縦しんばあってもそれが食料事情を解決してくれるとは限らない。それに加え、未知の病気や野生動物の危険性も見ないことには出来ないのだ。
確認してみた限り、校舎の存在する場所は背後に山、前方に草原の広がる自然ど真ん中。ソーラーパネルのお陰でまだ電力は保ちそうとはいえ、言わせてもらうならば詰んでるのではないだろうかこの現状。
「ちょっと外を見てるだけだから、あんまり気にせず放置してくれていいよ。ほら、村とか街があったら保護してもらえそうだし」
「だー、夢がないなぁ! だけどまあ、お前みたいな態度が今は正解なのかもな。そんじゃ」
そう言って鈴森は離れていった。馬鹿騒ぎして、体力を無駄に消費して、虚しくて阿呆らしい。ラノベとかのように成功するなんて確率は、宝くじの一等に当選する確率以下だろう。
「なのにまあ、こんなに騒いで」
先生の一声で一先ず自習と言うことになったが、見ていて本当に呆れる。そんな風に格好つけている自分にも嫌悪感しか湧いてこない。
嗚呼、嫌だ嫌だ。先生達はこれから会議らしいし、耳栓をして不貞寝しよう。目が覚めたら、多少気分はマシになってる筈だ。
・
・
・
目が覚めた時には既に夜だった。
備蓄水とカ○リーメイトが配られており、これが今日の晩飯の様だ。ダラダラと文句を垂れてる奴らが大半だが、こんな状況で食料を貰えるだけ良いことの筈なのですが。やはり浮かれきってるようだ。
けれどこの分だと、後々食料の奪い合いとかが起きるかもしれない。だって誰も先を見てないんだもの。鞄の中のウ○ダーinゼリーとかも、バレないように隠しておくのが得策かもしれない。杞憂かもしれないけど。
「欠月くん、食べないんですか?」
「はい、まあ。今はあんまり腹は減ってませんし」
そう俺に話しかけてきたのは、隣の席の岸村 弓恵さん。流石に隣の人は覚えているというか、一応女子方の委員長でもあるからまだ覚えやすい。長めの髪に茶色がかった黒目、一般的な日本人感溢れる普通の女子だ。美少女、とまで言っていいのか分からないが十分に可愛い方だとは思う。
「倒れたりしない様、気をつけて下さいね?」
「これでも燃費は良い方なので……今日は色々あって眠いので、お先に失礼しますね」
適当に言いくるめて、虚言を並べて机に突っ伏す。勿論耳栓をするのも忘れていない。一先ず、先生方の判断を仰ぐのが良いだろう。もし、もしの可能性だがチート能力なんてものがあるならば、それはそれでまた問題だ。絶対に争いが、思い上がりが、傲慢が、支配者気取りが、テンプレの如くわらわらと出てくる。
何にしても、これからを考えると頭が痛い。親孝行をしてないくらいしか未練はないけど、これからどうなるのやら。出来れば、死にたくはないなぁ。
そんな事を思いながら、俺は安寧の眠りに落ちていった。
◇
【悲報】先生方、トチ狂った模様
2日目の朝、始まったホームルームで聞かされた方針は、馬鹿馬鹿しいにも程がある考えだった。「助けが来るのを待つ」物資が足りないというのは先生方も理解してる筈なのに、どういう事なの…?(困惑)
「…い、………、おい!」
「ん?」
声をかけられた気がしたので、耳栓を外し外を眺めている状態をやめる。そこに居たのは案の定、例の鈴森とかいう男子だった。
「お前はそうずっと外を見てて楽しいのか? 今男子で大富豪やってるんだ、一緒にやろうぜ!」
「いや、今更俺が混じっても空気が悪くなるだけじゃないか? なら俺は見てるだけで十分だよ」
「そういうもんか? まあ混ざりたくなったらいつでも言ってくれよな!」
じゃあな、と気さくに手を上げて鈴森は去っていった。俺みたいな奴によくもまあこんなにも構ってくれるこって。
その後は特に何もない、平和な1日だった。携帯がネットに繋がらない、電波がない等の不満が上がっていたけれどそれだけだ。
ただやはり気になるのが、食料の備蓄。今日も水とメイトが配られたけれど、こんなにも大盤振る舞いしても良いんだろうか…?
◇
転移3日目、今日は鈴森の叩き起こす声によって起こされた。周りが異常に騒がしいし、何かあったのだろうか?
「凄いぞ欠月! チートだ! 遂にチートが出たんだよ!」
「へぇ、そうなんだ」
「何だよ冷めてんな、全員が全員チート持ちなんだぞ?」
そうは言われても、何か言うことがあるとも思えない。確認方法も知らないし。寧ろ心配の種が1つ増えたくらいだ。
「ま、とりあえず良いから確認してみろよ。ステータスって唱えると、どんなもんか分かるぞ! 因みに俺は《肉の壁》だった。耐久型だな!」
「……同情、いるか?」
「いや、事実は事実って認めるから……」
腹を摘んで言う鈴森のせいで、何だか微妙な雰囲気が漂う。流れを変える(迫真)
「ステータス」
意気込んで唱えたキーワード。それによって頭に流れ込んできた情報は、なんとも言い難い無残なものだった。
《亜空間収納》
《自己否定》
詳しい説明も何もありはしない。けれどどうにも、出落ち感がひどい構成だった。後2つ持ちとかバレたら問題になりそう。
「お、どうだったお前のチート」
「《亜空間収納》だって。アイテムボックス的なアレじゃないのかな?」
「ほー、チートだな!」
そう笑顔を向けてくれる鈴森を騙してると考えると、どうしようもない罪悪感が湧いて来る。嗚呼本当に嫌だ、すぐこう考える事になるからーー
自己否定ーー嫌悪感を否定しました
そんな文字が頭の中に浮かび上がり、突然頭がクリアになった。なるほど、こっちはそういう能力か。つまりは自分の心の動きを否定すると。自分の事が大っ嫌いな俺にはお似合いのチート(笑)だな。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもない。でもそろそろ食料と水が尽きるだろ? チート持ちにそれを解決できる奴はいないのかと思ってな」
自己否定ーー嫌悪感を否定しました
嘘をつく度に、いや、何か嫌な事を思うたびに自動でこの能力は発動するようだ。事実を言ってるからバレにくいし、気持ちが消されるから更に心を悟られにくい。何かを誤魔化す以外に、何に役立つんだコレ。
「あー、それに関してはアレだな。確か委員長が水をどうこうできるって話だって聞いたな」
「水のないところで、そのレベルの水遁を…」
「卑劣様じゃねーか!」
お互いに笑ってしまい、手を打ちあわせる。一応ネタに反応してくれる感じ、名前は覚えてなかったけど鈴森とは良い友達になれる気がした。
そう、思っていた。